第23話 レリエット村1
「ここがレリエット村……ですか?」
「ああ、オレもきたことはないが、地図によるとそうなるな」
旅支度をして数日後、私たちはレリエット村に着いた。人攫いが起きている村だから活気がなくなっている村かと思ったが、活気に満ち溢れていた。この村の名産であるミルベリーで出来たパイの匂いがしてきた。
ああ、美味しそう。
「取り敢えず……村長さんにお話を伺いに行きましょうか?」
「そうだな」
「すみませーん。……」
私たちは近くにいた村人に、村長の家を聞き向かった。
「……どちら様でしょうか?」
村長の家に行くと、白い髪の初老の男性が姿を現した。きっとこの人が村長だろう。
「私たちは、リベルタのギルドから依頼を受けてきたのですが」
「?依頼ですか?」
「はい、この村で人攫いが立て続けに起きていると」
私がそう言った瞬間、村長の顔がこわばったように見えた。しかし、すぐに平常に戻る。
「……いえ。そのような事は起こっておりません」
「え?」
「起こっておりません」
「……でも依頼が」
「最近村を出て違う街に嫁いだ娘に想いを寄せている者がいたと、聞いたことがあります。もしかしたら、その者がそう言った依頼を出したのかもしれません。……全く困ったものです」
「そうですか。分かりました」
「えっ⁈セリュードさん。あのっ……」
「ただの間違いだったんだ。行くぞ」
「……はい」
「ああ、冒険者さん。今日はもうすぐ夕刻になりますしこの村に泊まっていってください。せめてものお詫びです。宿屋の主人には話をつけておきます。良かったらこの村名産のミルベリーのパイも召し上がっていってください」
「分かりました。ありがとうございます」
セリュードさんは、私たちには見せることのないキラキラとした笑顔で答えた。
外面良いな、セリュードさん。もう王子様スマイルだよ。
私は釈然としないまま、セリュードさんに促されるまま村長の家を去った。
私たちは街の外れにある大きな木まで歩いてきた。
「セリュードさん‼︎さっきのは一体……‼︎」
「うるさい。もう少し静かに話せ。怪しまれるだろ」
「……怪しまれる?」
「あの村長が嘘をついているのは明らかだ。ここは一旦、信じたと思わせ静かに探るんだ」
「成る程‼︎」
「……だから、静かに話せと言っているだろうが。今日のところは村長の言う通り村に泊まるぞ。オレは街を散策するから、お前は言われた通りミルベリーのパイの店に行ってこい」
「……分かりました」
まあ、私が調べるよりセリュードさんのが適任だよね。
それに気になっていたミルベリーパイ‼︎
……いっ、いやこれはあくまで仕事よ、仕事。
私はウキウキしながらミルベリーパイの売っているお店に行った。
「わあ、可愛いお店」
茶色の落ち着いた外観に、可愛らしい猫の看板のお店。店先にはこの村名産ミルベリーをふんだんに使ったパイ絵が書かれたメニューボードが出ていた。
お店の中を覗くと沢山のお客で賑わっていた。
私が扉に手をかけようとすると、すっと他の人の手が扉に近づいた。スラリとして骨ばった手。大きさも私より幾分大きい。男の人の手だ。
私は顔を上げて、その手の主を見た。
私と目があった男の人は一瞬目を見開いた。だが、すぐに笑みを浮かべた。
「これは失礼。貴方もこの店に?」
「あっ、はい」
「そうか……。では、どうぞ」
そう言い、男は扉を開け私に先に中に入るよう促した。
「いらっしゃいませ……あっ……」
笑顔で出迎えてくれた店員さんが、少し困った顔をしている。どうしたのだろう。
「何名様でしょうか?」
「一人です」
「……あの……。申し訳ございませんが、ただ今1テーブルしか空いていなくてですね……」
ああ、同時に入ってきた2人。あいているのは1テーブル。私たちの距離が微妙に離れているからおひとり様だとどちらかが席につけない。店内を見渡してみると、すぐに席を立ちそうな人はいない。
このままだとどちらかが暫く待つか、諦める必要がある。
「ああ、オレは構わない。彼女を案内してあげてくれ」
男は爽やかに言った。
「でっ、でも……」
「オレのことは気にするな。暫くこの村に滞在する予定だからな。来ようと思えばいつでも来れる」
「あの……もし良かったら、ご一緒しませんか?」
「えっ⁈」
「……その、お嫌でなければ」
いきなり初対面の人に大胆だったかな?しかも男の人に……。軽率だったかな?
「では、お言葉に甘えて」
「では、ご案内いたします」
男の人はフット笑みを浮かべた。
良かった。
でもこの笑顔……。
「ツェベルッツォ兄様……」
転生後は見ていないが、記憶にはしっかりある。私の下のお兄様、ツェベルッツォ=ミッドハイツ。この人は漆黒の髪に真紅の瞳。全然違う。
だがふと笑った顔が兄様に重なった。
よく見たら、体型も顔の造形も似ている。色違い兄様みたいだ。
服装は、袖のない黒い服で、鍛えられた肉体が服からもよくわかる格好だ。家で見た兄様はこんな荒々しい感じではなかったな。
こんなに風貌が違うから普通は似てると思わないのに。笑いかけた顔が、記憶の笑顔と何故か重なった。
「えっ?」
「あっ、いや。……なんでもないです」
しまった。軽率な発言だった。
私ったらつい声に出して……。
兄様の名前なんて言って、私の出自がバレてたりしたら困るのに。
私たちは席についてメニューを眺めた。
看板メニューのミルベリーパイを食べにきたのだが、ホイップクリームとミルベリーがふんだんにあしらわれたパンケーキも食べてみたい。……だが、流石に一人で2つは難しいか。
「随分迷っているな」
「あっ、すみません。ミルベリーパイは外せないのですが、パンケーキも捨てがたいなと。明日には発つ予定なので」
「そうか。なら2つ頼めばいいじゃないか」
「2つ食べたいけど……でも……」
食べたいけど、体重が……。
最近運動たくさんしたし、良いかなとも思うけど……でも……。
それに食べきれるかな……。
「……なら2つ頼んで半分に切り分けてもらうか?オレはこの2つなら問題はない」
「えっ?良いんですか?」
「問題ない。じゃあ注文するぞ」
「あっ、ありがとうございます‼︎」
やった‼︎二種類食べれる‼︎
女子は一個ずつは少しの量で色々な物を食べれるのが嬉しいのよね。
この人、見た目少し近寄り難いけど、整っているからモテそうよね。女心がよく分かっている。
「……?どうかしたか?」
「いえ、さぞおモテになるのだろうなと」
「いや、モテた試しがないがな」
「でも、さっきみたいな女性の心が分かるような……」
「妹が……いたからな」
「妹……」
男はどこか遠くを見ているようだ。懐かしんでいるように感じる。暫く会っていないのだろうか。それとも……。
「お待たせいたしました。ミルベリーパイとパンケーキ・ミルベリーとホイップクリーム添えになります」
目の前に置かれたスイーツは色鮮やかなミルベリーがふんだんに入ったパイ。断面からカスタードクリームが中に入っているのが分かる。
もう1つは、ふんわりと焼きあがったパンケーキに山のようにそびえ立つホイップクリームが乗っている。その上から散りばめられたミルベリーは、量が多く皿の淵まで転がるほど乗っている。
彼はナイフとフォークで取り皿に丁寧に盛ってくれた。
私は一口パイを頬張った。
「美味しい……‼︎」
サクッとしたパイ生地に、酸味が強いミルベリー。それを包み込む甘いカスタードクリーム。甘みと酸味が絶妙なバランスで、とても美味しくて食べやすい。ついたくさん食べてしまいそうな味だ。
パンケーキも口に入れた瞬間シュワっととけるような食感。ホイップクリームとミルベリーの相性も抜群でたくさんつけてもパクパク食べれてしまう。
私は夢中でスイーツを頬張った。
するとふと視線に気づく。
向かいに座っている彼が、じっと私のことを見ていた。
「あっ、あの。何か……」
「ああ、すまない。とても美味しそうに食べるから、つい見入ってしまったよ」
「〜〜〜‼︎」
私は恥ずかしくなり下を向いた。
この人天然なのかな⁈こんなことサラッと言っちゃってさ‼︎
絶対にモテたでしょーー‼︎
「そっ、そう言えばどうしてこの街に?」
私は、恥ずかしさを消すように、違う話題を探した。
「ああ、旅の途中でな。噂で人攫いがあったって聞いてな」
「人攫い⁈」
村長はそんなの知らないって言ってたけど、やっぱり人攫いはあったのかしら。
「ああ。だが、この村で聞き込みをしたがそんなのはないと言われた」
……じゃあ、只の噂話だったということかしら?
「君は……見たところ冒険者のようだが、この街をどう思う?」
「どう……とは?」
「何か気になることはないか?外から来た君の意見を聞きたい」
「そうですね……」
私は窓から村を眺めた。この店は、村の中心部。一番人が行き交う場所。
「金回りが……良い?」
そう、村を行き交う人、この店にいる人、こう言っちゃなんだが分不相応な格好をしている人が多い。
私が旅をしている時、これくらいの規模の村はいくつか見たが、結構質素な格好をしている人が多かった。
だが、この村の人は真新しい上質な衣類を身に纏っている人が多い。
女性は高価なアクセサリーを付けている。
「まあ、このミルベリーの加工品が売れるようになって確かにこの村は以前より潤った。だが、それにしては羽振りが良過ぎだよな」
確かに。彼に言われて改めて注意深く観察して見たけど、変よね。
羽振りの良い村人。
人攫いを隠す村人。
この街では一体なにが起きているのだろうか。
「当店のスイーツは如何でしたか?こちらミルベリージュースになります。よろしかったらどうぞ」
店員は空いた皿を下げ、ジュースをテーブルに置いた。
「ありがとうございます」
赤紫と青紫の二層のジュース。ミルベリーの実もこの二色のマーブルだった。
私はジュースを飲もうと手をかけた。
「ーーまて」
彼が私の手に手を重ねて、飲むのを制する。その声はとても低く、少し怖かった。
「あっ、あの……」
私が戸惑っていると、彼は瓶を二本取り出し、そこに2人分のジュースをさっと詰める。
その動作はかなり出際よく、店員が見ていないうちにサッと行われた。
「そろそろ出ようか」
先程までの怖かった彼は消え、私に優しい笑みで笑いかけた。
「はっ、はい……」
私は圧倒され、彼に言われるがまま席を立ち店を後にした。
彼は私の手を引いてさっさと店から離れて行く。
「確か、村の宿に泊まると言っていたな」
「はっ、はい」
彼は私の手を引きながら宿屋に向かっている。私は村長の好意で宿屋で一泊することになっている。この村には宿屋は一つしかない。彼も泊まると言っていたから、旅人だし同じところだろう。
「この村に滞在中、あのジュースを出されても絶対に飲むな。それと、君がこの村を去るまで行動を共にさせてもらう」
「えっ、あの……」
なんで飲んではダメなのとか、行動を共にするとかどうしてとか聞きたいことは沢山あるが、気迫に押されて上手く言葉が出ない。
「君たちがこの村でどう行動するか、見させてもらうよ」
えっ?私ここに何しに来たか具体的な事は言ってないわよ?
それに私たちって……。
彼がそう言うと、彼の足は止まった。
宿屋に着いたようだ。
「あっ……」
宿屋の前には眉間に皺を寄せて立っているセリュードさんがいる。その目は私たちを捉えており、睨んでいる。
「……おい、こいつは誰だ?」
「随分な物言いだな、初対面の相手に対して。もう少し礼儀を学んだらどうかな?」
ああ、なんだか火花が散っているように見える。
この2人は相性が悪い。
直感的にそう悟ったシェリーであった。




