第16話 ウィザーキャット2
「いっ……っ……」
私を抱き上げた男は、引っかかれ顔をしかめている。男は、手を伸ばして私を持ち上げた。
……そうか。私今ウィザーキャットだった。
私は持ち上げられ、自分がウィザーキャットになっていたことを思い出した。
ウィザーキャットは実体がないため、物理攻撃は通常時は出来ない。ただ、魔力を消費し実体化することが出来る。私は無意識のうちに実体化し引っ掻いていた。その証拠に今は実体化しており、体は透き通った感じではなく普通の猫のようだ。
……多分結構痛かっただろうな。
私は我に返り、少し落ち着きを取り戻した。
そして、下を見下ろす。
男は多分顔を引っかかれて痛かったから、私を顔から遠ざけたのだろう。上に持ち上げられ、私はやっとその人の姿の全貌を捉えた。
その人は水色がかった銀色の髪に、蒼玉のような綺麗な瞳の男性。涼しげな顔立ちで思わず見惚れてしまうくらい美しかった。後ろ髪は襟足に少しかかるくらいで、全体的に短すぎず長すぎずと言う感じだ。
すらっとした手足に細身の体だが、程よく引き締まっている。
白を基調とした服装で、差し色で入っている水色が髪や瞳とマッチしていてオシャレだ。
荒くれ者が多いイメージのこの街で、こんな優雅で綺麗な人に出会うとは。
私は素直にビックリした。
色んな意味でビックリした。
冷たそうな人に見える外見からは、先程の行動は想像つかない。
人前で……きっ、キスなんて‼︎
いや、ウィザーキャットにだけどさ‼︎
確かに動物にぎゅーってしたりぽっぺ擦り付けたりする人はいるけどね。
私もついやりたくなるし。
でも、そういうキャラじゃないでしょ、この顔は‼︎
「ぁあ⁈お前何者だ?こいつはオレのウィザーキャットだ」
私が頭の中であれこれ考えていると、私を追いかけていた人たちが追いついた。こうして見ると皆、いかつくてむさ苦しい男たちだ。
綺麗な人を見た後だから余計にそう思ってしまう。
ってか黙って聞いてりゃ好き勝手に‼︎私は、貴方のじゃないから‼︎
私はいかつい男たちに対して威嚇する。それを見た男たちは私をギロリと睨む。
……怖いよ。
すると私を抱き上げた男は、私を肩の上に乗せた。私は思わずしがみついた。
ふと横を見ると、もう片側の方には紫のウィザーキャットが乗っていた。辿っていた光と一致する。
シルビアだ。
≪シルビア‼︎≫
≪あら?私の名前を知っているの?≫
≪貴方の飼い主に探すように言われたのよ≫
≪マリヴェルのやつ……。酷いのよあいつったら、新しい薬が出来たから実験に付き合えって‼︎前に付き合った時は、それはもう酷い目にあったんだから‼︎≫
ああ、やっぱり。それで逃げ出したのね。
≪飲んだ瞬間意識が飛びそうなくらい不味くて不味くて。……でも何故か魔力が回復したのよね。意味分からないわ≫
味は酷いが効能は良いということなのだろう。それはかなり複雑だな。
回復するのに勇気がいりそう。
≪でも、貴方に帰ってもらえないと私が困るのよ≫
≪そう心配しなくても大丈夫よ。……もう逃げないから≫
≪えっ?≫
どういう意味だろう?
「だあーー‼︎おまえらにゃーにゃーさっきからうるせーよ‼︎」
「そうだ、うるせーぞ‼︎」
ウィザーキャットになった私は、シルビアと会話が出来た。だがそれは人には聞こえず、二匹がにゃーにゃーうるさく鳴いているように聞こえた。
「迷子のこの子を捕まえようとしてくださったのですね。ありがとうございます。ですがご心配なく。もう、捕まえれましたので」
綺麗な男はにこりと微笑み、いかつい男たちに話しかけた。
「ぁあ⁈お前のだって証拠はあるのかよ‼︎嘘をついてこいつを手に入れようとしてんじゃないだろうな⁈」
いかつい男は掴みかかりそうな勢いで吠えている。迫力がある顔で怖い。
すると綺麗な男は私の首に手を添えた。そこには首輪がついていた。
……いつの間に。
よく見ると、シルビアにも同じものがついている。お姉さんが外に出すときに私に着けたのだろう。
「この子たちには同じ首輪がついています。ここには迷子防止タグで住所も書いてある。疑うならついてこればいい。オレは本当にここに住んでいるからな」
綺麗な男は声のトーンを落として、冷たい低い声で語った。綺麗な人が睨むと迫力があるな。……怖いよ。
私と同じようにいかつい男も少し怯んでいる。
「そっ……そんなこと言って、途中でオレたちを巻く気じゃ……」
「吠えるな下衆が。オレはお前たちのように浅はかなことはしない」
「なっ……‼︎」
いかつい男の一人が、綺麗な男に向かって拳を上げた。
「……下手な真似をするとその首が飛ぶぞ」
綺麗な男は一瞬のうちに帯刀していた剣を抜き、男の首元に突きつけた。一歩でも動けば、言葉通り首が飛ぶかもしれない。
その場にいる人誰も目で追えなかった。
圧倒的な実力差だ。彼はこの場にいる誰よりも強かった。
圧倒的な実力差を見せつけられ、男たちはすごすご帰っていった。
周りで遠巻きに見ていた人たちも散っていった。
皆、この人に手出ししてはいけないと認識したのだろう。
私は安堵しゆっくり息を吐いた。
「さてと、お前はマリヴェルの新しいペットか?ったく演技でしたことなのにいきなり引っ掻くなよ。躾がなってないな。それとさっさと実体化を解け。毛が服に着くじゃないか。ウィザーキャットの良いところは、実体がなくて毛がつかないところなのに」
綺麗な男は次から次へと文句を言ってきた。
演技……。ああ、さっきの……あれは、飼い主のスキンシップを表していて、奴らに飼い主と思わせる演技だったのか。
≪口煩いけど、このまま彼の肩に乗ってれば、ちゃんと帰れるわよ≫
シルビアは私にウインクした。そうね、お姉んのこと知ってるみたいだし、シルビアもそう言ってるし、ちゃんと帰れそうね。
逃げ出したシルビアも、さっきのが怖かったのか彼の肩の上で大人しくしている。
そう言えば……
≪そう言えばなんで肩に乗れるの?≫
私は疑問に思っていたことを質問した。
私、逃げているときもこの人にぶつかったのよね。なんでだろう?
ウィザーキャットは実体がないからすり抜けるはずなのに。私は実体化してたけどシルビアは実体化していない。
≪この人の服に魔法が織り込まれてるからじゃない?結構値ははるけど、冒険者は着ている人もいるって聞くわ≫
へぇー、色々な品があるのね。この人強いし、色々な相手と戦うだろうからいるのかもね。
「……ウィザーキャットが二匹いると、こんなにうるさくなるとは知らなかったたな。お願いだから静かにしてくれ。耳元でうるさい。あんまりうるさいと置いていくからな」
歓楽街に置いていく宣言をされは私たちは、そこから家に着くまで一言も喋らず大人しくしていたのだった。