第12話 侯爵令嬢は死にました【ツェベルッツォ SIDE】2
「……さま。ツェベルッツォ様‼︎」
「‼︎……すまない。余りにも辛い出来事で……」
時計を見る。先程から余り時間は過ぎていない。オレはショックの余り、少しの間意識を失った。
「顔色が悪うございます。ベッドでお休みになられた方が」
「いや、直ぐに準備をし自宅に戻る。緊急の用事だ、転移装置は使わせてもらえるだろう。直ぐに手配を」
「畏まりました」
シェリルーリアが……死んだだと⁈
一体何があった。彼女は昨日儀式を終えて……。
「まさか……」
彼女もオレのように家に害なす称号でも出たのか?
あの男なら……害なす存在と分かれば、掌を返したようにコロッと変わるだろう。
「取り敢えず、ちゃんとこの目で確認せねば」
他殺か、自殺か、事故死か……はたまた死んだ事にして追放したか。
この目で確認しなくてはならない。
オレは直ぐに支度を済ませ、自宅へと向かった。
「シェリルーリアは……どこにいる?」
深夜、オレは自宅に戻ってきた。転移装置の使用手続きに時間がかかり遅くなってしまった。街からここまで馬車ではなく直接馬に乗る事により、なんとかこの時間についた。
「ツェベルッツォ様、おかえりなさいませ。シェリルーリア様のご遺体はこちらに」
使用人に案内された場所には、一つの棺が置いてあった。オレは棺の蓋をそっと外した。
「シェリルーリア……」
そこには眠るように亡くなっている、シェリルーリアの亡骸があった。
血の気のない顔で、綺麗な花に囲まれた彼女は……とても美しかった。
ここに来る間にシェリルーリアの死因について聞いたが、蛇の毒により亡くなったようだ。
つまりこれは事故死で、称号は関係ないという事か。
オレは背後から突き刺さるような視線を感じた。この感じはあいつだ。リーベルッツォだ。多分オレが帰ってきたと聞き、見張りに来たのだろう。
オレはお前とは違い普通に妹として好きなだけで……。
そう言えば、留学前に「妹に対してその邪な感情は如何なものか」と苦言を言ったことがあったな。
そうしたら「恋愛感情のような下賤な感情と一緒にするな‼︎私は彼女を崇高なる存在として崇めているだけだ‼︎」
とか言っていたな。
彼女に手を出さないと分かって安堵したが、これはこれで気味が悪い。これは重度のシスコンという部類に入れて良いものなのだろうか?
まあ、オレが留学でいない間の虫除けにはなるとは思ったけど。
「……シェリ……ルーリア」
オレは消え入りそうな声で彼女の名前を呼んだ。最後のお別れとして、愛おしいものを愛でるように彼女の頭を撫でる。昔から彼女はこうするとにこりと微笑んでくれた。
大切な妹。たった一人家族でいてくれた人。
何も知らなかったから故だとは思うが、それでも彼女の微笑みはオレを救ってくれた。
「ん?」
彼女に触れている手が違和感を感じた。彼女の亡骸からは魔力を微かに感じる。
亡くなって日が浅いなら、魔力は確かに多少は残ることもある。残滓というやつで、突発的な死を迎えるとその無念が漂うという。
だが、それにしては淀みがなく……。
普通の人なら見過ごすレベルの小さな異変。だが、オレはある薬の存在を知っていた為、一つの仮説に辿り着いた。
仮死薬だ。彼女は、死んだフリをしている。
多分能力解放の儀で、よくない称号でも得たのだろう。でなかったら、その日の夜にこうな行動に出るなど考えにくい。
つまり、彼女は葬儀のどこかでこの棺から抜け出すつもりだ。埋葬する棺には亡骸は……ない。
まずい。
あいつは……リーベルッツォはただ恋慕を抱いていたわけではなかった。
あいつならどこか秘密の部屋に棺を置き、自分の手元にずっと置いておこうとか考えるかもしれない。あの歪んだ感情はどんな行動に出るか計り知れない。最悪の事態を想定して動かねば、彼女の計画が破綻する……‼︎
オレは一芝居打つことにした。そう、後ろで覗いているあいつに聞こえるように。
「……綺麗だな」
オレは彼女の頬に手を添えた。
「……シェリルーリア」
オレは恋慕の感情を滲ませるように呟いた。
「生きている時は普通に可愛い妹だった。リーベルッツォがお前に恋慕を抱き、俺を邪魔者扱いして留学させた時も嫌悪感を抱いた。俺は純粋に家族として妹を大事にしているのに、こいつはなんなんだと」
リーベルッツォの感情が恋慕でないことは、留学前に分かった。だが、ここは敢えてこう言おう。あいつを煽る為に。
「大事な妹をあいつから守りたかったが、留学は今後の俺の人生にも必要だと感じたから行くことにした。まあ、留学して2年で戻ってきた時、お前はまだ15歳だし恋をするのは先だろうからあいつが暴走することはないと思ったしな」
15歳なら恋くらいするかもしれないな。もし恋を彼女がしていたら、その相手は……。
……うん。誰かに恋していなくて本当に良かった。
「まさか……この俺があいつと同じような穢らわしい感情を抱くことになるとはな。はははっ……」
オレは頭を抱えて笑った。
「生きている時のお前には妹以上の感情は湧かなかったが、今は……死んだお前には、妹以上の感情を抱いてしまうよ。ああ、このまま死んだ君を側において暮らしていきたい。死体にこのような想いを抱くことになるとは、人生何があるか分からないものだな」
どうだ。これで奴はオレを死体愛好家だと認識した筈だ。
奴はオレが葬儀後、墓荒らしをすると思っただろう。それで良い。
そこには死体がない。
これが上手くいけば、彼女の死は完璧なものとなる。
オレは窓辺に立ち、空いている隙間から奴に見えないようにこっそり伝令を飛ばす。
オレは死体愛好家として彼女の亡骸を愛でる演技を続けた。朝になれば誰かが来るだろう。それまではこの演技をして……その後準備に取り掛かろう。
オレの演技を信じ込んだリーベルッツォは、朝までずっと張り込んでいた。
唯一の誤算は、彼女が……シェリルーリアの飲んだ仮死薬が、まさかの意識を保てる薬だったということだ。
そのせいで、オレは大切な妹に死体愛好家のレッテルを貼られてしまった。
その誤解が解ける日は、大分後の話である。