第10話 新しい旅立ち
今回はいつもより長めになります。
「はじめまして。メイリーン=クーリックと申します」
礼儀正しく、目の前の少女は私たちに挨拶をした。綺麗な青色の長い髪に紺色の瞳の少女。
その少女は車椅子を先生に引いてもらいやってきた。少女は先生に担がれ荷台に乗る。服の裾から覗く手足は今にも折れてしまいそうなくらい細かった。
「シェリーよ、よろしくね」
私は彼女にシェリーと名乗った。これからは別人として生きていくのだから名前を変えないといけない。安直過ぎるかと思ったが、まあシェリルーリアは死んだことになっているし、問題はないだろう。
因みに髪を染めようとしたら私の髪は染料が全く入らず、そのままとなった。
私は彼女に手を差し出した。しかし彼女はその手を取ろうか躊躇う。
「どうしたの?」
「あの……恐ろしくないのですか?皆は私に触れるのを嫌がります」
彼女の服は首が隠れるブラウスに、長いスカート。肌の露出を最小限にした格好だ。しかし、それでもそこから覗く包帯が痛々しい。
そして包帯の巻けない顔付近の肌の一部は禍々しい色をしていて、瘴気を放っている。
魔物や魔族から傷を負うと、稀にその傷口から瘴気が入り込み、体内を侵食することがある。それは侵入した場所から徐々に広がり、全身を侵す。
絶え間ない痛みが襲い、どんどん体は壊死していく。そして最終的には死ぬ。
じわじわと、死が迫ってくるのだ。
それが起こるのは、瘴気の量や、受けた人の体力などによって変化する。
なのでお年寄りや小さな子供はなる確率が他より高い。
だが、それでも稀だ。
それほどの瘴気に侵され晒され生きているのが稀なのだ。
だが、運良く生きながらえても直す手立ては少ない。まず一般の人は治療を受けられない。
それは、聖女にしか治せないから。それもかなり高位の聖女のみ。多分これを治せる人は世界で数えるくらいしかいないのではないだろうか。
彼女らを抱えている国は、手放したくなく手元に置きたがる。だから、国の偉い人しか基本的に治療は受けられない。
だから聖女の治療が必要な者は、高位でない普通の聖女の治療を受ける。
だが彼女らもそう人数がいるわけではない。戦地に赴き負傷者を治療したり、聖水作りに没頭したり忙しいのだ。
だから一般の人が彼女らの治療を受けるには法外な金額がかかる。
多分メイリーンも普通の聖女の治療を受けていたのだろう。
完治は出来ないが、ある程度病状を抑えることは出来る。だが、確実に死に近づいていく。
……私でも治せるだろうか?
いや、ここで私が力を使うのは、私が聖女であるとバラすようなもの。
リベルタに行けば治せる人がいると先生は言っていた。金はある。
リスクを冒す必要はない。
私はにこりと微笑み彼女の手を取った。
「怖くはないわ。だって触れてもこの病気にかからないわよ。何を怖がる必要があるの?」
ーーそう、瘴気による症状は人に感染るようなものではない。
だが生きているのが珍しい症状故、皆が正しい情報を知らず、その禍々しい状態から避ける人は多い。
それにより傷つく人を前世で私は見てきた。
私はおずおずと私の手を取った彼女を引き寄せ抱きしめた。
「ねっ、だからもっと堂々としてれば良いのよ」
「うっ……ううっ……」
彼女は私の腕の中で暫く泣いていた。
それから彼女は私に心を開いてくれた。
「シェリーちゃん、あのねーー」
「あら、そうなの。ふふっ、先生って案外お茶目なのね」
私たちは旅の間たわいのない話をして過ごした。
私たちはすっかり仲良くなり、私は今世で初めて友達と呼べる存在が出来た。
そんな私たちにある大変な出来事が起こった。それは旅を始めて数ヶ月が経った頃。
「うっ……ああっ……あぁあああーー‼︎」
「めっ、メイリーン‼︎しっかりして‼︎先生、メイリーンが‼︎」
時刻は夜中、この日は野営をしていた。私たちは私の噂が立たないようになるべく目立たないように行動していた。
人がたくさん行き交うような大都市ならまたま宿を取りやすいが、外の者など滅多に来ないような村ではどうあがいても余所者は目立ってしまう。
ここ数日は大きな街がなく野宿が続いていた。次の大きな街はリベルタである。後一日移動すれば着くだろう。
そんな後少しという時に事件は起こった。
メイリーンが突然苦しみだしたのだ。
ずっと聖女の治療を受け続けてきたメイリーンは、治療を受けられない旅の間は購入した聖水を患部にかけてやり過ごしていた。
聖水は効き目が凄く弱く、聖女に診てもらうまでの一時凌ぎとして使われる。
聖女の力より、病魔の影が刻一刻と迫ってくるのは仕方がないことなのだ。
そしてついに限界を迎えた。
彼女の左足は壊死寸前だった。
持っていた聖水をどばどばかけるが全然効かない。
左足は瘴気が体内に入り込んだ際の傷口があった場所。他の部位より元々症状は酷かった。聖女に治療してもらっていた時も、後一年くらいしか左足は持たないと言われていた。
「くそっ、後少しだというのに……このまま休みなしで移動しても足はもう……。このままほっておけばどんどん侵食されてしまう。そうなる前にここで足を切断するしか……」
「そんなっ‼︎先生、他に……他に方法はないのですか⁈こんな器具も設備も不十分な場所での手術なんて、下手したら命も危ないですよ‼︎」
「だが、この症状が出ると進行は一気に進む。リベルタについてからでは壊死は足だけでは済まない。そうなると……もう手遅れだ……」
「そんなっ……」
今ここで手術するしか選択肢はないのか。
私はその場に崩れ落ちた。
「お父……さん。私は大丈夫だから……。覚悟は……出来ているから……。お願……い、切って‼︎」
メイリーンは力を振り絞って、先生に意思を伝えた。何て強い子なんだろう。
手術をしても、この何もかも不十分な状況では死ぬリスクだって高いというのに。
それなのに私は……自分の保身しか考えていなかった。
私も、覚悟を決めなくては……。
私は両頬を叩き、自分に喝を入れる。
そして立ち上がり皆に向かって言った。
「これから行う事は他言無用でお願いします。リック、人が来ないか外で見張っていて。先生はそこにある黒い大きな布で私たちを覆ってください」
「「「………」」」
「メイリーンを助けたくないのですか⁈早く‼︎」
「「はっ、はい‼︎」」
二人は急いで持ち場についた。
私はメイリーンの足に手を当てる。
「大丈夫よ。直ぐに痛いの治るから」
「……えっ……?」
ホーリーライト。これは私が使える回復魔法。魔法は詠唱の際範囲や方向性をイメージする事で、効果を変えることが出来る。
例えば範囲魔法を、ある一人にだけ使用する単体魔法にしたり出来る。範囲を狭べる事で効果を上昇させることが出来る。
今回は、ただの傷を癒す回復魔法ではなく、瘴気の除去と瘴気によってダメージを受けた体の再生。聖女のサブスキルがあるから出来るはず。どの程度の回復が見込めるか分からないが、壊死は防げるはず。この魔法が範囲魔法かどうかは分からないが、範囲は一人に絞る。
私は深呼吸し、詠唱した。
【癒しの力よ、降り注げ。ホーリーライト】
魔法が発動するとメイリーンの体が白い光に包まれる。
禍々しい瘴気が見る見る消失していく。そして緑の光が発動し、壊れかかった細胞を再生していく。
光が治ると、メイリーンの体からは瘴気は完全に消失していた。壊死前だった左足も再生する事に成功した。
あっ、あれ?
私、完治させちゃった?
……うん、聖女のサブスキルの熟練度がヤバいくらい高いし、魔力も化け物並だからまあ、あり得なくはないけど……。
レベル1でこの回復力は……あり得ないでしょ。
前世の私がこの領域に到達したのはレベル60に達したあたりだったわよ‼︎
怖い……自分が強過ぎて怖い‼︎
「痛く……ない。どこも……痛くないよ」
「そう……なら、良かったわ」
メイリーンはボロボロ涙を零している。
クーリック先生もメイリーンを抱きしめ声を上げて泣いている。
それを聞いたリックは、外でひっそりと鼻をすすっていた。
「ありがとうございます。ありがとうございます、シェリルーリア様」
「シェリーよ、クーリック先生」
「しかし、完治とは……これは……」
ああ、どうしよう。私がレベル1なのは周知の事実だし。高位の聖女でもレベルがある程度ないと、ここまで凄くないものね。
つまり、私はとても奇異な存在という事だ。
この状況どうしたら良いのだろう。
【かの者の記憶を喰らえ、メモリアスペーニェレ】
私が困っていると、外から詠唱が聞こえた。そして先生とメイリーンの体が青白く光っている。光が止むと、二人は床に倒れた。
「えっ?二人とも、ちょっとしっかりして……」
「大丈夫ですよ。身体に影響はないです。ただ、ここ最近の記憶があやふやになるだけです」
「リック……」
「これで二人は先程のことを忘れました。これでオレ自身にも魔法をかければ、貴方が秘密にしたいことは漏れません」
「どうしてこのような事を?」
「貴方はオレを救ってくれた。新しい生き方も提示してくれた。このご恩は感謝してもしきれません。今、貴方は困っていた。貴方の役に立ちたかったんです」
「リック……」
「追加で魔法をかけて、二人を眠らせます。二人には近くの村で馬を一頭盗んで私がメイリーンさんを担いでリベルタまで運んだことにします。そうすれば荷馬車より早く着くし、辻褄があう」
「でっ、でも私たち治療してくれる聖女の居場所を知らないわ」
「オレは知ってますよ。オレ、御者として様々なところを訪れました。その人の噂話なら耳にしたことがあります。ギルドである言葉を言い、治療を受けたい人を見せる。料金は全額前払い。ここから先見たもの聞いたもの治療を受けたこと全て公開を禁ずるという契約書にサインし、治療を受ける。だからだれもその先のことを言わないから噂にもならない。記憶が曖昧な二人には真実を調べる手立てはない」
成る程、それなら問題ないか。
「なら、実際に近くの村から一頭拝借しましょう。貴方はその馬でリベルタ付近まで走り、馬を放して頂戴。それから身を隠して私たちと合流する。貴方とメイリーンは荷台の荷物の中に隠れて。荷物までは開けられないだろうけど、荷台の中は見られるかもしれないし」
「あの……運転は……?」
「忘れたの?昔貴方の馬車を使ってこっそり運転させてもらったのを。結構上手だったでしょ?」
記憶にはあるけど、私は体験していない。
でも、体は覚えている。
「確かに、なかなか良い線いっていましたが」
「なら問題ないでしょう。そうと決まれば早速行動に移すわよ」
こうして私たちはそれぞれ行動を開始した。
翌日、私たちは無事自由都市リベルタに入ることが出来た。
街の外れにある林の側に馬車を停めた。
「では、お嬢様………」
「シェリーよ、リック」
「シェリー、これからオレは自分の記憶を消します」
「……ありがとう、リック。貴方に出会えて私は幸せよ。事情も聞かず助けてくれた。貴方はこれからどうするの?」
「そうですね……取り敢えず、頂いたものを活かし商売を始めてみようかと。ご入用の際はお申し付けを」
「ありがとう。私は取り敢えずこの街で生きていくわ。困ったことがあったらいつでも頼ってね。あっ、使わなかったお金、払った事になってるから無くしとかなきゃね。良かったら貰ってくれる?これは貴方のお陰だもの。」
「しかし、こんな大金……」
「成功報酬よ。これで良い仕事してよね」
「……はい。必ずや貴方が気にいる品を提供できるような商人になってみせます」
「それは凄いわね。私の目は厳しいわよ、ふふふっ」
私たちは固い握手をしたのち、リックは魔法を使い眠った。
ありがとう、リック。本当にありがとう。
私は心の中で何度も感謝した。
暫くすると先生が目を覚ました。
「ここは……‼︎メイリーン‼︎」
「先生、大丈夫ですよ。メイリーンは完治しました」
先生はまだ寝ているメイリーンを見た。彼女は包帯をしておらず。瘴気の跡もすっかり消えていた。
「えっ?……何故……。記憶があやふやで何があったか思い出せない」
「リックが近くの村から馬を拝借して、先にメイリーンを見ていただいたのです。リックもその治療者の噂は知っていましたので。その後先生は安堵したのか気を失ってしまいまして。私がフードを被って荷馬車を操縦してきました」
「そうだったのですか。確かに直接馬に乗れば、速度は格段に上がる。二人のお陰で娘は助かりました。……ありがとうございます。本当にありがとうございます……‼︎」
先生は涙を流しながら、私の手をギュッと握った。
「じゃあ、私は先に行くわね。怪我した時は割安でお願いしますよ、先生」
「お金なんて取れませんよ。一生タダで診させていただきます」
「ふふっ、それは助かるわ。リックは夜通し働いて寝ちゃってるから、起きるまで一緒にいてあげてちょうだい」
「はい、ではお気をつけて」
「ありがとう、じゃあまたね」
こうして私は一人馬車を降りた。
死を偽装してシェリルーリアは死んだことに出来た。
医者と行商人の仲間が出来た。
リックに聖女であることを隠匿してもらえた。
懸念材料は消え、私はこれで心置きなくここでの生活を謳歌できる。
髪を染めれなかったのは残念だが……。
「せめてこれくらいはしておくか」
私は髪を一つに結った。そして結った髪を掴み、ナイフを当てる。
ザクッ
膝くらいまであった髪は、高く結んで肩甲骨くらいの長さとなった。下ろしたらそこそこの長いのだが、多少は雰囲気が変わるだろう。髪には魔力が宿るとも言われている。魔力しか取り柄がないのに切ってしまうなんて普通じゃ考えられないわよね。
だってこれから冒険者として生きていくのだから。だが、あれだけ長すぎるのは邪魔だ。
邪魔で回避が遅れたら本末転倒だ。私は魔力以外は今は底辺。まずはちゃんと鍛えなくてはいけない。
なら魔力が少し削られても、動きやすくなることの方が堅実的だ。まあ、レベル1の冒険者として手堅く冒険していけば問題はないだろう。
見た目の雰囲気を多少は変えることも出来るしね。
握っていた手を開くと、切った髪が風に舞って飛んでいく。
「よーし、頑張るぞーー‼︎」
新しい人生を始めた私は、意気揚々と街の中心部へと歩くのだった。