レガリア
よろしくお願いします。
僕の世界は、とても広大だ。
人類は太陽系の端まで進出し、その人口も十兆にも達している。
この人類を支えている人類史上最高の発明がある。
レイドナー 極小のナノマシンで構築されたどんなモノにでも変化する最高の道具だ。
このレイドナーはコアと呼ばれる中核を持ち、そのコアの統制によってナノマシンがコントロールされ、様々な現象と物質、道具、機構、エネルギーが生成される究極のマシンであるが…。
レイドナーには致命的な欠点がある。それは女性しか扱えない事だ。
レイドナーのコアは、男性の脳構造では耐えられない程の情報を送り込む。この情報を処理するにはどうしても、女性のようなマルチタスク、同時並列処理の脳構造でしか扱えない。
そうして、世界は女性がメインとなり、男性はそのサポートという仕事しか無い。
きっとレイドナーが生まれる五百年前の世界では、こんな事になるなんて想像も出来なかっただろう。
僕の同性のクラスメイトは良く口ずさむ。
こんな世界になんて生れたくなった。何も出来ないし、男に産まれた意味さえない。
いっそ、レイドナーが誕生する前の世界に産まれたかった。
と…まあ、嫌みを口ずさんでもどうしようもない。これが現実であり、揺るがしようもない強固な世界なのだ。
そして、僕は中等部を卒業する十五を迎えた。
この世界で男性が生きて行くには、レイドナーの調整を行うリジュネ―ターという職に就くしかなく、選ぶ事が出来ない一本道のレールを進むしかない。
それに反発する者もいるが、それは一時的な事、思春期に起こるチョットした反骨心みたいな程度で、卒業する間近になると現実を思い知らされ、結局はそれを受け入れる。
そうして、五百年の間、世界はそうして過ごしてきたのだ。
変わらず、この雪空のように…。
シンジは、空を見上げると雪が舞ってきた。
寒い学校の帰り、進路の説明で夜遅くなり、街灯がポツポツを淋しげに灯る道沿いは、誰もいない。
「はぁ…」
と、白い息を吐き肩を竦め、首を縮めて家路を歩いて行く。
不意に、脇に並ぶ住宅街に目が行く、その瞳に映った家の窓に映る風景は、親子の姿だった。男性と女性がいて二人の女の子が楽しげに食事をしている様子である。
「へぇ…珍しい」
と、シンジは驚く。
レイドナーを扱える女性がメインの世界に於いて、夫婦という概念は遙か昔の遺物である。世界はレイドナーの扱える女性を欲し、それに応じて男女比も劇的に変化した。男性が一に対して女性は四である。
では、どうして人口が増えるのか、その疑問は夫婦制度を崩壊させた事で解決した。
夫婦制度が崩壊した事により、男性は複数の女性と子供を作る事が許された。
元より夫婦制度自体、男性が強かった時代に作られた男性の為のシステムであり、男性がただの荷物程度に変わった、この世界では何も意味が無くなった。
男性よりも遙かに収入が上になった女性は、自分で子供を育てるようになり、男は無用の長物と化した。
だから、こうして一人の男性が一人の女性の下にいて、昔の時代の家族を形成している事がとても珍しかった。
シンジには、父親がいない。母親と妹だけの家族である。この世界では、それが当たり前であり、一般的な事なのだ。それでシンジは淋しい思いをした事はない。シンジのような家族構成を支援する制度も存在し、手厚く保護されている。だから、父親が誰かなんて知ろうとも思わない。それがこの世界では普通なのだ。
シンジは、珍しい家族の場景を後にして家路を進む。
「ただいま…」
玄関を潜りコート掛けに、コートを引っ掛け家に入ると、奥のリビングから明かりと
「アハハハハハ」
と、軽やかな少女の笑い声が聞える。
アヤか…とシンジは妹のいるリビングへ向うと、案の定、妹のアヤがソファーに寝そべり、ネットテレビのお笑いを見ていた。
「あ、お帰り兄」
青髪のアヤは、手を振り、その後を通り過ぎながらシンジは
「ご飯、食べたか?」
「うん…」
と、アヤは返事をして、シンジはキッチンへ向うと、テーブルに契約で取っている宅配の食事のパックが置かれていた。その横にアヤが食べたであろう食事のパックの空が置かれているが、そのパックの上に山盛りのピーマンが残っている。
「はぁ…」とシンジは溜息を吐き
「アヤ、ちゃんと全部食べないとダメだろう」
「いいじゃん、別に嫌いな物を食べなくても…」
シンジはイスに座り
「ちゃんと全部食べないと、必要栄養素不足で食事の全部が野菜だらけになっちゃうぞ」
シンジは食事を始める。
アヤはソファーから顔を出し
「いいもん、必要な栄養素は全部サプリで取っているから。それに食べ残しは兄が全部、食べてくれるから食事内容、変わらないもん」
「全くもう…」
呆れるシンジ、食事を続けながらアヤが
「ねぇ。兄は来年、中等を卒業だよねぇ」
「ああ…もう、進路を決めないといけないからねぇ…」
「どうせ、リジュネーターになるんでしょう」
「リジュネ―ターって、今の世の中、男性はリジュネ―ターの職業しかないよ」
「リジュネ―ターになった後はどうするの?」
シンジは食事の手を止めて天井を見つめ
「そうだなぁ…」
アヤの指摘にシンジは、考える。
リジュネ―ターになった後、その先の事、何にも思い浮かばない。
「特に何も…かなぁ…」
シンジは食事を口に含む。
アヤがソファーから飛び起き
「じゃあ、兄がリジュネ―ターになって働き出したら、あたしと子供作ろうよ」
ブーとシンジは食事を噴き出した。
「何を言っているんだよアヤ」
驚くシンジの隣に、アヤが座り
「だって別にいいでしょう。あたしと兄のお父さんって別の人でしょう。遺伝的にも多少は離れているし」
シンジは額を抱え
「倫理的問題がある…兄妹とするなんて変だろう」
「ええ…そんなの五百年前の話でしょう。今は、子供が遺伝病を持っていても簡単に修正出来るし、あたしの知り合いも兄妹で作ったって子いるよ」
「よしてくれよアヤ…」
項垂れるシンジに、アヤは肩を叩きながら
「何をそんなに気にしているの? まさか、兄って前時代的な男は、こうだっていう価値観があるの? 全然、似合わないから」
「違う。妹をそういう対象として見れないの」
「ええ…そんなにあたし、魅力ないかなぁ…」
中等一年、十四歳のアヤは自分の胸を触る。多少は膨らみがあるが
「…そうだよねぇ。こんなんじゃあ。燃えないか…」
シンジは項垂れて後頭部を抱え
「そういう事じゃないって」
そこへピンポンとインターフォンが鳴る。
シンジとアヤの目の前に立体映像が飛び出す。玄関にいる人物を映しているのだ。
「シンジィィィィ」
と、玄関にいる人物、シンジと同年配でショートの黒髪にイタズラっぽい子猫のような瞳の少女が呼び掛ける。
シンジは席から立ち上がり
「サヤか…」
「あ、サヤちゃんだ」
アヤは嬉しそう微笑む。
シンジは玄関に向い、何度もピンポンピンポンとするサヤに
「もう…判っているから」
サヤは仁王立ちに腰に手を当て
「遅いぃぃぃ。こんな寒い空の下で何分待たせるのよ」
苛立つ幼馴染みにシンジは両手の合わせを掲げ
「ごめんよ」
「全く…」
と、サヤは遠慮なしに玄関に入り家へ上がる。
「食事、まだなんでしょう」
「今、食べ始めたところ」
サヤの後をシンジが続き、二人がキッチンへ来ると
「サヤちゃん!」
キッチンにいるアヤが手を振って迎える。
「やあ、アヤちゃん」
返事をしてサヤは、アヤの隣に座る。そこは先程、シンジが食事をしていた席だ。
「なぁ…サヤ、そこ…僕の…」
「なぁに…」
サヤは鋭い視線でシンジを睨む。
「はいはい…」
シンジは、食事のパックを移動させ、アヤとサヤの二人を横見する別の角に座り、食事をする。
「ねぇ…シンジ」
サヤが呼び掛ける。
「なに?」
シンジは食事しながら返事する。
「アンタ、明日リジュネ―ター養成校へ見学に行くんでしょう」
「ああ…」
「何処にしたの?」
サヤが眉間にしわ寄せジーと見つめてくる。
「そんなの決まっているだろう。サヤの言った通り軍事関係のリジュネ―ターだよ」
サヤは肩を竦め、表情を解して
「そう、それなら良かった。もし、気が変わったって変な所に行くなら、今日中にムリヤリでも変えさせたわよ」
シンジは頭を撫でながら
「別に何処でも同じだろう」
「アンタねぇ。軍事関係の方が給料いいし、私も行くんだから、気が知れた相手がいた方がいいでしょう」
アヤが「え!」と驚きの声を上げ
「兄、サヤちゃんと同じ養成校へ行くの?」
「ええ…コイツ、全然、進路について考えもしてないから、私がムリヤリに尻を叩いてやったの」
シンジは食事のパックをフォークで突きながら
「強引に、アンタの先はここだってしたくせに…」
「なに?」
ぼやくシンジをサヤが鋭く牽制した。
「何でもないです」
シンジは食事を口に頬張って黙る。
アヤはニヤニヤと笑いながら
「兄は、サヤちゃんに刃向かえない犬くんだもんね。ああ…あたしもそこにしようかなぁ…」
「歓迎するわアヤちゃん」
サヤは嬉しげに微笑む。
アヤはサヤに甘えるように抱き付き
「ねぇ。サヤちゃん。さっきね、兄と話していたんだけど、兄がリジュネ―ターになって働き出したら、あたしと子供を作ろうって言ったのにダメだって」
「え…」
サキは暫し固まった後
「そ、そう…へぇ…」
戸惑い気味の口調で返事をして、シンジの足を蹴っ飛ばす。
「痛てぇ」
シンジは足を蹴ったサキを恨めしそうに見つめると、サキがもの凄い形相でこっちを睨んでいた。
「ん…ん…」
シンジはサキの形相が怖くて目を背けて食事を続ける。
サキが、抱き付くアヤの頭を撫でながら
「でもさあぁアヤちゃん。兄妹で子供を作るなんてちょっとねぇ…。特にコイツの子供なんてイヤじゃない」
サキが、シンジをバカにするような視線で見つめる。
アヤは首を傾げながら
「でもさあ、そうでもしないと兄、子孫を残せない気がするんだよね。全く、もてそうもないし、それじゃあかわいそうだから」
「ああ…」
と、サヤは呆れた笑みを浮べ
「ねぇシンジ、アンタ、妹までにも同情でそんな事を思われて、どうしようもないわねぇ」
シンジは食事を食べ終え
「ごちそうさま、じゃあ、部屋へ行くね。明日の準備があるから」
食事のパックを回収ボックスに入れて、部屋に行こうとするその背へ
「シンジ、サッサと準備終わらせて戻りなさいよ。こっちは遊びに来たんだから、相手をするのが当然だからねぇ」
「はいはい」
シンジは手を振って去ろうと廊下に出ると、玄関が開いた。
「あら、シンジ…食事は終わったの?」
帰って来た母親が優しく微笑む。
「おかえりなさい母さん」
シンジは返事をしていると、母親が近付き
「進路はどうしたの?」
「ああ…サヤと同じ軍事の方にしたよ」
「そう…明日、見学なんでしょう。気をつけて行きなさいよ」
「うん、じゃあ、準備があるから」
シンジは二階にある自分の部屋へ向った。
シンジは部屋に入り、押し入れの奥にある旅行用バックを取り出し、着替えや持って行く備品を入れ始める。
不意に机の上にある写真立ての写真を見る。
そこには、まだ五歳くらいの泣きべそをかく自分と、ムスッとした顔のサキが自分の手を引いている、何とも懐かしい写真である。
サキとの絡みは十年にもなる。サキの母親は軍勤めの人で長期に渡って家を空ける事がある。その度にサキが家に預けられ、姉弟のような関係が続いている。
そして、進路に至ってもだ。
「はぁ…」
シンジは溜息を漏らす。
優柔不断で意思が薄弱だなぁ…。
自分のどうしようもない弱さに嘆いても仕方ないが…。
「シンジィィィィィィ」
サヤの呼ぶ声が二階に届く。
「はいはい、行きますよ」
シンジは荷物を急いで詰め終えて部屋を出て階段を下る中で
もっと自分に意思があれば、色々と変わったかなぁ…。
そんな事を思いつつもサヤが階段を駆け上がり
「なに、してんのよバカ。早く来なさいよ」
サヤがシンジの手を取り引っ張って行く。
まあ、いいか。どうせ何も変わらないか…。
シンジは諦めた気持ちで連れて行かれるのであった。
一隻の四キロ近い巨大宇宙戦艦が、地球に向って進行していた。
この戦艦の乗員は全て女性である。白に近い白灰色の軍服に身を包む女性軍人達は全員が戦闘タイプのレイドナー使いであり、この世界には当然の光景である。
女性軍人達のいる通路に、一つの異物が混じっている。男である。
男は長身、白髪白面で他の女性軍人と同じ軍服に身を包んでいる。その眼光は鋭くまるで獲物を狙う豹のように輝いている。
その人物を目撃する女性軍人達は、男を避けて道を開く。
まるで、男を危険物のように扱う様子に、男は満足気に笑み
「オラオラ、どきやがれ。クソ雌共が、オレの前に立ったら殺すぞ」
その扱いが当然とする白髪白面の男は、自分に用意された部屋に入ると、ソファーに寝そべって本を読む同じ長身で軍服に身を包む赤髪の男がいた。
「なんだ覇道。テメェ…何しに来やがった」
赤髪の男は本を閉じて
「いや…なぁに、ウィルの持っている書庫の中で気になる本があってよ、読ませて貰っている」
ウィルと呼ばれた白髪白面の男は、その場で服を脱ぎ捨てながら
「そんなの勝手に持って行けばいいだろうがぁ」
と、言いながらシャワールームに入る。
覇道と呼ばれた赤髪の男は、本を再び開きながら
「部屋にいると、色々とうるさいんだよ。契約を求める女達が来て、説得工作を繰り広げて堪らん」
「はぁ…」
と、ウィルはシャワーを浴びながら
「自業自得だ。やらせてやれば契約を結んでやるなんて、したからだろうが…」
覇道は本を読みながら
「本当に軽率だったよ。だから、この本が読み終わるまで居させてよ」
「け…」
と、ウィルは皮肉に舌打ちする。
覇道は、文章に目を通しながら
「しかし、熱心だね。さっきまで訓練していたんだろう」
「ああ…」
ウィルはシャワールームから出て、体を拭きながら
「最近、獲物がいやしねぇから。何とか遊びで誤魔化していんだよ」
冷蔵庫にあるジュースを取り出し、飲み干す。
「仕方ないさ…」
覇道は、本のページを捲り
「オレ達は、レガリア持ちなんだから」
ウィルは、もう一本ジュースを取り出し、覇道に投げる。
「じゃあ、何かぁ。クソ雌共に力を分け与えて弱体しろってかぁ」
覇道はジュースを受け取り開け、飲みながら本を読みつつ
「上層部はそうしてくれた方がありがたいと思っているよねぇ」
「ケッ」とウィルは嘆息して
「誰がやるかよクソ雌共に…。オレの力はオレの為に使う。それだけだ」
覇道はクク…と笑い
「ウィルの、その女嫌いはどうしようもないからねぇ」
覇道が本のページを捲った次に、ウィルと覇道の正面に立体映像の画面が現れる。
画面に映る女性がお辞儀して
「ウィルヘルム中尉、覇道中尉、ガルマ大佐がお呼びです。直ぐに来る様にと」
覇道は本を閉じてソファーから立ち上がり
「だとよウィル」
「ケ…」とウィルは嘆息し
「クソ雌の呼び出しなんざ知るか」
「まあまあ、行かないと…これもお仕事だから」
ニヤニヤと覇道は笑う。
ウィルは、引き出しを開け新しい服に身を通し、先程投げ棄てた衣類を、衣類用のダストシュートに入れ、部屋を出るとその後に覇道も続いた。
二人は、巨大宇宙戦艦の中でも豪華な作りをした司令クラスの部屋に入る。
その部屋の豪勢な飴色の机に腕組みして座る四十代近い女性が、入ってきたウィルと覇道を鋭く見つめる。
女性の前で覇道は、背筋を正し敬礼し
「火星軍第十三師団レガリア部隊所属 上坂 覇道中尉であります」
ウィルは視線を女性から背けたまま、気怠そうに沈黙していると、左にいる覇道が
「おい、ウィル…」
と、ウィルの脇を突く。
「へ…誰が敬礼するかよ」
全く言う事を聞かない。
「はぁ…」
と、覇道が溜息を漏らした次に、再度敬礼し
「同じく火星軍第十三師団レガリア部隊所属 ウィルヘル・ニーベンルグ中尉であります」
女性は、呆れた顔をした次に視線を鋭くさせウィルを見つめ
「ウィルヘルム中尉。私はアナタの上官よ。軍は規律で成り立っている。その辺は重々承知して欲しいわ」
「ああ…」
ウィルは上官である女性を睨み
「机の上であーだこーだ言って出世したクソ雌に言われたくないねぇ」
「はぁ…」
覇道は顔を押えて溜息を漏らし
「申し訳ありません。ガルマ大佐」
と、覇道は頭を下げた。
ガルマ大佐と呼ばれた女性は、目頭を押え呆れ果てる。
「そんなに命令されるのがイヤなら、さっさと出世をする事ね。ウィルヘルム中尉の功績と数千名のレイドナーとの契約を交わせば、私なんか軽く越せるわ」
ウィルは「はぁ?」と苛立ち
「ふざけんな、オレの力はオレの為に使う。クソ雌共にくれてやる道理なんざねぇ。それに出世なんざしたら戦場で戦えなくなる。そんなのはゴメンだねぇ」
ガルマ大佐は覇道を見て
「覇道中尉、アナタはどうなの? 彼と違って十名の契約を成しているけど」
覇道は肩を竦め
「俺もちょっとそれ以上は考えていませんね。俺もウィルと同じく戦いたいし」
「そう…」
ガルマ大佐は背を深くイスに凭れさせ
「二人とも、今回の任務については説明を受けているわよね」
「ええ…」と覇道は頷く。
「ああ…」とウィルはソッポを向いたまま返事をする。
ガルマ大佐は鋭い顔で
「じゃあ、働きを期待するわ」
「へぇ…」とウィルは皮肉に笑い
「別に大した事じゃあねぇだろうが。地球にある地球軍の軍施設を襲撃して、そこにあるレガリアを奪ってくるだけだろうが」
覇道は首を傾げ
「何で、そのレガリアを奪う必要があるんですか? レガリアなんて、その辺にゴロゴロあるじゃないですか。俺達みたいな適合者のいないレガリアは、動力システムとして活用される。この艦の動力だってレガリアだ」
ガルマ大佐は手を組むと、ウィルと覇道の前に立体画面が現れ、そこにレガリアのコアが二つ映る。
「このレガリアは特殊なレガリアらしいわ。二機で一対として機能する」
「二機で一対?」
覇道は首を傾げると、ウィルが獲物を狙う豹の顔で
「ああ…アレか、レイドナーに適合するレガリアってヤツか」
「はぁ? 何だよそれ?」
覇道がウィルに疑問をぶつける。ウィルは覇道を横見して
「レガリアはオレ達、レガリアが選んだ野郎にしか適合しない。クソ雌じゃあ無理だ」
「ああ…それは当然だな」
「そして、レガリアにはレイドナーにその力の一端を与える契約という方法がある」
「はぁ…それが…」
「契約すると、レイドナーにレガリアは力を割き、力が落ちる。契約者が多ければ多い程、力は目減りする。その問題を解消する方法がある」
「へ、そんな裏技があるの?」
「それがこれって訳か…。要するに、多重レガリアって事だ。レガリアのコアの複製コアを製造する。勿論、複製されたコアは欠陥がある。その欠陥をレイドナーで補い、レガリアと同じ力を出力させるって寸法だ」
「へぇ…じゃあ、野郎がいらないレガリアって事か…」
「そこがちょっと違う」
「違うってなんだよ?」
「結局は、このレイドナーに合わさった複製レガリアを動かす動力とトリガーが欲しい。その為にその複製コアとリンクした、レガリア持ちの野郎が必要だ。だから、二機で一対なんだよ」
「成る程、よく判ったよウィル」
ガルマ大佐が両手を離すと、覇道とウィルの前にあった立体画面が消え
「という事だから、この任務の重要性を熟知して欲しいわ」
ウィルはニヤリと笑み
「別に難しい事じゃあねぇ。オレ達は要するに囮だろう。派手に暴れて敵を引き付ける。その間に隠密部隊がこのレガリアを強奪、それで終わりだ」
「ええ…その通りよ。そして、もう一つある。もし奪取に失敗した場合…そのレガリアを保管している施設ごと全てを消し飛ばす」
覇道が呆れた顔をして
「大仰な事で、後で大変な事になっても知りませんよ」
「構わないわ。地球と火星は現在、冷戦的な敵対状態よ。重要な施設が、消失する損失を与える事はとても重要よ」
ウィルと覇道の表情が笑みに歪む。その顔は獲物を見つけた獣の如き獣面である。
「頼んだわよ。火星の大英雄と呼ばれる二人の力の見せどこね」
ウィルが大人しく敬礼する。
「そんな、訳の判らん呼び名はゴミ箱に棄てろ。だが…命令受理しました。大佐殿…楽しんで来ます」
その顔は、人とは思えない程に獣じみた笑みと殺気が漂っていた。
覇道も敬礼し
「了解です。大佐」
彼の顔の、ウィルと同じ獣面じみた笑みと殺気が篭っていた。
早朝の地球、日本地区のとある住宅街のとある風景。
ピーピーと早朝の目覚ましの立体映像が点灯と鳴っている部屋で、ベッドの布団で丸々、シンジは手を伸ばして目覚ましの立体映像に触れて止める。
「ああ…寒い…」
寝ぼけ眼のシンジは、二度寝に陥ろうとした瞬間、腕から外していた腕輪型の携帯が震える。
「なんだよ…」
と、シンジは腕時計型端末を手にした瞬間
「この、起きんかぁぁぁぁ」
サキの怒声が端末から爆発する。
「ああ、サキ?」
と、シンジは飛び起きてドアを開けたそこに
「おはよう、このおバカ!」
制服のサキが立っていた。
「ああ…サキ、ごめん」
シンジは謝るが、サキがシンジの耳を抓み。
「全くもう…寒くなるとこうなんだからぁぁぁぁ」
シンジの抓む耳を上下に荒く引っ張る。
「痛い、痛いよサキぃぃぃぃ」
シンジは飛び退き、耳を押える。
「ほら、早く来なさいよ」
サキが去って行くと、シンジは渋々着替えをして、部屋から出てキッチンへ行くと
「あら、おはようシンジ」
母親が朝食の支度をしている。
「おはよう兄、いい加減にサキちゃんに起こして貰うのから卒業しないと…」
朝食のパンを頬張る妹のアヤがテーブルの席に座っている。
「全く、私がいないとダメなんだから…」
アヤの隣でサキが座り朝食を取っている。
母親は、シンジの朝食をテーブルに置き
「本当に困ったわ。これじゃあ、リジュネ―ターの研修中もサキちゃんに起こして貰おうしかないわよね」
シンジは頭を搔きながら
「おはよう…」
と、取り敢えず朝の挨拶をしてテーブルの席に座る。
シンジは食事をしながら、黙って何時も通り母親とサキ、アヤの会話を聞く。
「兄…もう、十五なんだから自分で起きなよ。これ以上サキちゃんに迷惑かけちゃあダメだよ」
アヤがニヤニヤと笑っている。
「本当よ。私だって幼馴染みというだけでアンタを起こしに行く義務なんてないのよ」
朝食をパクパクと食べるサキ。
「本当にごめんなさいね。サキちゃん」
困り顔の母親も朝食を取る。
「ああ…そんな気にしないでくださいよ。おばさん、コイツが情け無いからいけないんですよ」
謙遜し両手を振るサキ。
そんな女性達の会話を流し聞きながらシンジは、朝食を食べ終える。
「ごちそうさま」
シンジは手を合わせると、部屋に荷物を取りに戻ろうとする背に
「シンジ、早くしなさいよ」
「判っているって」
シンジは急いで荷物を取ってくる。その荷物は、昨夜用意した大きめの旅行バックである。
そして、玄関では
「じゃあ、おばさん行ってきます」
サキもシンジと同じ旅行バックを肩に掛けている。
「行ってきます」
シンジは挨拶して
「ほら、早く」
と、サキに背を押されて出ると
「あ、待って」
アヤも続き様に
「行ってきますお母さん」
「行ってらっしゃい」
母親は手を振って見送った。
外に出ると昨夜降った雪が道ばたにチラホラとあり、シンジとサキにアヤはその新雪を踏み締めて学校へ向う。
アヤが二人を覗きながら
「ねぇ。帰りは何時ぐらいになるの?」
サキは腕を上げ腕時計型端末を触り、予定を出す。
「そうねぇ…。二泊三日だから、明明後日の午後一番には帰ってくるみたい」
「フ…ん。お土産、期待していい?」
「それは、どうかなぁ…。なんせ軍事施設へ行くんだから」
「そう…残念」
「心配ないわよ。シンジが休憩で立ち寄った先で何か買ってくるから」
シンジは驚く顔をして
「はぁ? なんでそうなるの?」
サキはニヤニヤと意地悪な笑みで
「だって、そういうのアンタの仕事でしょう」
アヤがうんうんと頷き
「そうだよ兄。かわいい妹がお願いしているんだよ。買ってくるのが当然じゃん」
シンジは頭を抱え
「どこが、かわいい妹だよ」
ドゴとシンジの弁慶の泣き所をアヤが蹴った。
「痛てぇぇぇぇぇ」
シンジは、蹴られた右足を掲げる。
「何するんだよ」
と、恨めしそうにアヤを見つめるシンジにアヤは、シンジの鼻を抓む
「なぁに、このバカ兄。こんなにかわいい妹の為に働けないっていうの?」
シンジは鼻を摘まれたまま、ハガハガと不様に唸る。
「判りましたよ…」
「わぁぁい、ありがとうお兄様」
アヤは抓むシンジの鼻を離して喜ぶ。
シンジは鼻と、足を摩りながら
なんで、何時も僕は貧乏くじを引くんだろう…。
肩を落としていると、その首根っこをサキが掴み
「ほら、キビキビ歩く。もう…何時まで子供なんだから」
「はいはい、判りました」
シンジは痛い鼻と足の鈍痛をガマンして歩いた。
そうして、午前の中半にシンジとサキは進路先の見学へ向うバスへ乗り込む。
男女分れた席だが、殆どは数の多い女子が占領し、男子は前席の僅かなスペースへ収まる。
バスが出発し,窓の外を見つめるシンジだが、腕時計型端末にコールが掛かる。相手はサキだ。
シンジは立ち上がり、後の席にいるサキに
「何だよ…」
「ジュース持ってきてシンジ」
「はぁ? 自分で取りに来いよ」
「なぁに…私に逆らうっての!」
シンジは髪を掻き上げ
「もう…」
と、前の席に置かれているジュースの箱を後の席に運ぶ。
「はい、どうでしょうか。サキ様」
「ご苦労ご苦労、シンジ、ついでに配って」
「はぁ…?」
と、シンジは呆れるも言う通りに配っていくと、サキに回りにいる女子が
「本当にシンジくんってサキの犬だよねぇ」
「何でも言う通りなんだから」
サキが胸を張り
「当然よ。コイツ、私がいないとなぁぁんにも出来ないから」
アハハハハハハハと女子の笑い声が響く中でシンジは、ジュースを配り終え
「はい、終わったよ。じゃあ」
「あ、待ちなさいよ。ついでにお菓子も」
と、サキが次の要求をする。
「ええ…」
項垂れるシンジだが、言われた通りに前に行き菓子の入った箱を持ってくる。
そして、ジュースの時と同じく配り終え、やっと解放されて席に戻る時
「お疲れさん」
と、相席している男子が労いの言葉を掛けてくれた。
バスは午後の二時に目的の軍事施設に到着した。
生徒が降りて、荷物を受け取っているそこへ、一人の女性軍人が近付く。
「サキ、シンジくん」
サキはその声に反応して
「アスカ姉ちゃん」
声のした方へ振り向くと、紺色の軍服に身を包む女性が、腰に手を当て微笑んでいた。
シンジはお辞儀して
「どうも、アスカさん」
アスカと呼ばれた女性軍人は、サキの姉だった。
「二人ともよく来てくれたね」
アスカはビッシと敬礼をして
「地球軍第十二方面師団所属、蒼月 アスカ少尉であります。二人の学校の生徒を担当します。以後、よろしくね」
舌を出してイタズラ気味に笑うアスカに、シンジは微笑み
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「よろしくねお姉ちゃん」
サキは楽しげに笑む。
「じゃあ、生徒さんを誘導するから」
アスカは、シンジ達の後にいる生徒達へ呼び掛ける。
その姿にシンジは惚れ惚れして
「格好いいなぁアスカさん」
サキがムッとしてシンジのケツに蹴りを放つ。
「痛てぇ」
シンジは痛みで背筋を伸ばす。
その後、荷物を滞在用の寮に置き、施設の生徒を伴った施設の巡回が始まった。
アスカが先頭で、様々な施設を回る中、サキが
「ねぇ。お姉ちゃん。お母さんは?」
「ああ…いるわよ。後で顔を見せに行きましょう」
「やったぁ」
喜ぶサキの後にシンジが続いていた。
シンジは不意に、道路を移動する貨物に目が行く。
大型トレーラ二台で引かれる巨大な棺桶のような貨物に視線が合わさり、足が止まった瞬間、脈が強く打ち付けた次に声がした。
”君は何を望む?”
「え?」
と、困惑するシンジだが
「何してんのよ!」
サキが止まっていたシンジの手を引いた。
「ああ…うん」
と、シンジは運ばれる巨大貨物を尻目に
なんだったんだ?
疑問を感じながらも、サキに引かれていった。
丁度、その時刻、遙か大気圏の上で一隻の小型宇宙艇が、地球に降下していた。
それに乗っているのは、ウィルと覇道の二人だけ。
ウィルは両足を操縦基盤の上に置き、シートを最大に倒し、腕枕で頭を寝かせる。
その隣の覇道は立体画面でとある女性軍人と話していた。
「覇道中尉、本当にこれで大丈夫ですか?」
心配する女性軍人は、三つ編みの黒髪に眼鏡を掛けた可愛らしい容姿である。
覇道は手を振り
「大丈夫、大丈夫。心配する事はないってなぁ、フィリナ少尉」
「でも、本拠地に乗り込むんですよ。心配で…」
フィリナ少尉は、眼鏡の奥にある瞳を心配げに細める。
覇道は微笑み
「全然、問題無い。それよりも、誕生日を祝ってやれなくて、ごめんな」
と、覇道の顔が曇る。
フィリナ少尉は、嬉しいような困惑するような笑みで
「いいんです。覇道中尉の邪魔にならなければ…」
「そんな事を言うなよ。この埋め合わせは必ずするから」
立体画面の前で両手を合わせる覇道に
「はい、判りました」
と、女性軍人フィリナ少尉は微笑んだ後、通信が切れた。
隣で寝ているウィルは、薄目で覇道の席を見つめ
「おい、覇道。テメェは良くそんなに愛想良く出来るなぁ…。あの女に利用されているのによぉ」
覇道は「フゥ…」と深い溜息を尽き
「おれは、彼女に利用されているなんて思っていないよ」
「どうだか…」
ウィルは妖しげな含み笑みをする。
覇道は、ウィルが背の向こうで笑っているのが判る。まあ…どうしようもない事だと、覇道は判っている。ウィルヘルム・ニーベンルグはこういう男なのだから…。
それ故に、面白いのだが…。
操作盤の計器がアラートを鳴らす。
「ウィル…到着するぞ。支度しろよ自爆するんだから」
「ああ…そう」
と、ウィルが首を解した次に、カウントを示す立体画面が出る。残り十秒だ。
「さて…どれだけ楽しめるか…」
これから、宇宙艇が爆発するというのに、ウィルの顔には一切の焦りも無く、むしろ、それを楽しみにしていると笑っている。
覇道は両手を組んで伸ばし
「久しぶりの戦場だ。軽く遊んでいるやるか…」
「おい!」
と、ウィルが釘を刺すように
「軽くじゃねぇ。徹底的に遊んでやろうぜ」
覇道は、プッと吹いた次に、宇宙艇が爆発した。
宇宙艇は大気の摩擦に焼かれている最中で爆発、多くの破片となり大気に焼かれているが、全く燃えていない存在がいた。
ウィルと覇道の二人だった。
二人の周囲には、千数百度となる大気の摩擦熱を跳ね返す力場が発生し防護していた。
音速の落下速度そのままで、二人は大気圏を落ちた。
軍事施設内を回っていたシンジが、不意に、何故かは判らないが…空を見上げた。
一つの閃光が見えた。
「んん…」
その閃光の後を凝視すると、何か…小さな二つの点らしき、極僅かな何かが見える。
「何だ…?」
立ち止まるシンジの頭を、サキが叩き
「ちょっと、何、止まっているのよ」
迷惑を掛けるなという顔のサキだが、小突かれたシンジは、頭を摩りながら
「ねぇ…アレ…」
と、空を落ちてくる二つの点を指差す。
「はぁ…?」
サキは、シンジの指差す点を凝視する。
「隕石?」
と、サキは考えられる可能性を口にした次に、小さな点から何かが広がる。
シンジとサキが空を凝視している時、施設の集中コントロールルーム、司令センターでは、大量に並ぶ女性オペレータの一人が
「司令ぇぇぇぇぇぇ」
声を張り上げる。
「どうした?」
司令の女性、サキの母親ミサトがオペレータの女性の隣に来て、画面を覗き込むようにして左手を画面端に乗せる。
オペレータの女性が震えながら
「レガリアの…信号をキャッチしました」
「はぁ? 今、この基地周辺にはレガリア保有者はいないはず? 誰か来たのか?」
「はい…レガリア同調率…一八〇〇…このレガリアの信号は…」
オペレータの女性は、恐怖に顔を引き攣らせ
「火星軍所属、あの…大災厄のウィルヘルム・ニーベンルグです」
司令のミサトは、驚愕し食い入る様に画面を睨み
「そんなバカな! もう一度確認しろ!」
怒鳴り声を張り上げる。
「何度も確認しました。間違いありません」
オペレータの女性は泣き出す寸前だった。
更に「司令!」と別のオペレータの女性が
「基地のレーダーシステムと望遠システムが、上空から降下してくる物体を…、その…二名を確認しました」
司令センターの正面にある壁を覆う巨大画面に、降下してくるウィルと覇道の姿を映し出す。
ギリッと司令のミサトは歯軋りし
「現時刻を以て、戦闘態勢に移行する。そのレベルは最大クラス、レベル5だ」
その掛け声と共に、オペレータ達の女性達の周囲に光が渦巻きナノマシンが発生、ナノマシンが幾つも重なりオペレータ達の全身を包む三メータ近い大きな機械装甲スーツ、戦闘装甲機のレイドナーが出現し、それをオペレータ達は装備する。
司令のミサトも同じく戦闘装甲機のレイドナーを装備して
「全戦闘システム起動、最大防衛で迎える」
『了解!』
オペレータ達は同時の声を張り、レイドナーを行使して大量の情報を処理する。
音速で落ちてくるウィルと覇道のレガリア使いは、覇道が
「なぁ…ウィル。先発の一番槍をオレにやらせてくれよ」
フッとウィルは笑み
「いいぜ、やり過ぎて全部、ぶっ飛ばすなよ」
「了解…」
妖しく笑む覇道の背が歪む、空間が裂け、黒金に輝く巨大砲塔が幾つも突出し翼状に広がる。その砲台達が、一斉に砲口をシンジがいる軍施設に向けた。
シンジとサキは、落ちてくる二つの点を見つめていると、その一つが大きくなった事に気付き
「な、なに…大きくなった?」
サキは首を傾げた次に、耳を貫くような警報が鳴り響く。
『警告、警告、現施設は戦闘態勢に移行します。全職員及び、関係者は所定の行動をしてください』
「ええ…」
サキは不安になり、隣にいるシンジの右腕の裾を掴むが、シンジは、魅入られた如く空の点を凝視する。
「シ…シンジ…」
と、サキがシンジを引くが、シンジは動かない。その瞳は鋭かった。まるで…そう…獲物を狙う獣じみた視線だった。
シンジの中で何かが呼び掛ける。
”来るぞ…彼らが…”
「来る…」
シンジの口の端が歪な笑みに曲がる。
「ねぇ…」
と、呼び掛けるサキの声さえシンジに届いていなかった。
その間に、施設全体が変貌する。施設の何カ所の建物が地下に沈み、巨大な砲台達が出現する。その砲身達がシンジの見つめる点に向けられる。
サキは、次々と変化してくる状況に混乱し、シンジの腕へ縋るように抱き付く。
周囲にいる軍施設関係が次々とレイドナーを展開して、戦闘用の装甲機に身を包む。
「サキ! シンジくん!」
戦闘装甲機に身を包む。姉のアスカが二人の傍に来て
「何をしているの! 急いで避難するのよ!」
空、雲のラインに達した砲台達を背負う覇道とウィルは
「じゃあ、いっちょ、撫でてやるか…」
覇道が残虐に笑う。
ウィルが突然、体を地上に向け、自分を防護するシールドを槍状に鋭くさせ降下速度を上げる。
「お先に…」
と、軽く手を振るウィルに、覇道は不満な顔を向け
「おいおいぃぃぃ。狡いぞ」
「テメェがそれを志願したんだ。ちゃんとヤレよ」
「ああぁぁぁぁ」
のたうった覇道は、降下する施設を睨み。
「悪い、遊ぶつもりだったけど…鉄火場になれ」
覇道の背負う砲台達が起動の轟音を轟かせ、膨大なエネルギーを収束、衝撃波が発生する強大な威力の砲撃を放つ。
光の豪雨だった。軍施設の照準域外から迫る光の暴威に半径数キロある施設全てが、呑み込まれた。
シンジは、迫る光の暴威を前に立ち尽くし、戦闘装甲機に身を包むアスカはサキを内に抱き締め、サキはシンジに手を伸ばすが、全てが光に消え。
「シンジィィィィィィィィィ」
サキの叫びは全て光の暴威に呑み込まれた。
大地が幾度もの抉られる震動が響き渡り、衝撃波が地上を残酷に舐め回す。空へ破滅の崩炎と土煙を昇らせる。
暴威に弄ばれた後、残ったのは鉄火と瓦礫の戦場がそこにあった。
施設にいる全ての女性、シンジの学校の女子から施設の訓練生及び、施設職員の大人までは、レイドナーが非常発動して身を守られた。
別の場所にいたシンジの中学生の女子は、炎の世界で起き上がり、炎と瓦礫の全体を見渡して呆然とした次に、何かを探す。それはさっきまで他愛もない話をしていた。同学年の男子だった。その内容は、別に大した事ではない。明日の天気とかそんな程度だが、女子は、それが楽しかった。気付かれない小さな好意を持っていた。
だが、炎の世界でその男子を発見した。
……下半身がない、あるのは死んだ魚の目をして苦痛に歪み死んだ男子の亡骸だった。 女子は、事態が把握出来ない、思考が狂い、ああ…これ、夢だと現実を否定したが…。
「誰か助けてぇぇぇぇぇぇ」
叫びが聞えた。体が震えた。振り向くと涙で顔を歪ませ何かを抱えて必死に訴える。同級生の女子がいた。
その娘が抱えているのは、別の同級生の男子だった。その男子は、全身を痙攣に震わせ血を吐き出し、白目を剥いて、震えが止まり死んだ。
「イヤァァァァァァ」
悲鳴が響く。それに呼応して思考を止めていた彼女は、下半身がない亡骸の彼に抱き付き
「起きてよ、起きてよォォォォォォォ」
施設地中深くにある中心、司令センターは、戦場だった。
「早く応援を寄越してよォォォォォ」
必死に叫ぶオペレータに返ったのは
『無理です。対応出来るレガリア使いが到着出来るまで三時間掛かります』
「ふざけないでよ。もう…こっちの施設の装備は一瞬で全部壊されて、もう…保たないわよ…」
司令のミサトは、必死に声を張って命令を紡ぎ続ける。
「諦めるな! 今は、救護優先だ! リジュネ―ター達、男性の安否は?」
ミサトの背後に、オペレータの一人が立ち
「司令…。第三、第四、第六、第…十一…彼のいる施設が完全消滅と」
報告に来たオペレータが、その場に泣き崩れた。
その肩を同僚のオペレータが掴み声を掛ける。
ミサトは拳を振り上げ傍にあるコンソールを激しく叩く。
無力だった。たった一人のレガリア使いに対して、自分達レイドナー使いが全く太刀打ち出来ない。それどこか、彼らにとって軽く撫でた程度が、この施設を完全崩壊させた。
悔しさに塗れているそこへ更に、激震が襲う。
完全崩壊し炎と瓦礫だけの元軍施設の中心に、隕石なみの威力が落ちる。それは、先に降下したウィルというメテオインパクトだった。
大地が沈んだ。ウィルというメテオインパクトが施設の土台を直撃し、施設の縁が上がり中心が地面に沈んだ。
ウィルは、首を解しながら落ちて凹んだ周囲百メータの窪地から、跳躍して出る。
無数の殺気、戦闘装甲機に身を包むレイドナーの女性達が、一斉に武器を向ける。
「ああ…クソ雌共が…」
一斉に、戦闘装甲機のレイドナー達が火蓋を切る。戦車の砲弾並の弾丸が飛び交う領域をウィルは、軽やかに踊るように避け続ける。その口元には笑みがあった。楽しんでいる。 そうしながら、ウィルの両手足の空間が歪み白銀に輝く巨大な鉤爪が出現し、ウィルの体に重なる。
一騎の戦闘装甲機レイドナーの一人が、右手に刃を装備してウィルに突撃する。
幾度も繰り出される刃をウィルは、軽々と回避していると、刃を振う戦闘装甲機のレイドナーの女性が
「お前のせいで、彼が…赦さない!」
ウィルは、アホらしいと皮肉に笑み
「ああ…バカじゃあねぇ…。レイドナーの世界で男なんて無価値だろうが…。死んで良かったね。もう…これ以上、苦痛を味わう事がないからさ」
一撃で女性の逆鱗に触れ、振う刃の動きが荒くなる。仲間も彼女を庇い積極的な攻撃が出来ない。
「ハァ…」とウィルが笑った次に、ウィルの動きが弾丸並に加速して、瞬く間に周囲の敵を粉砕した。
戦闘装甲機に身を包んでいた女性達は、レイドナーの持つ防護力場に守られ身体は安全だったが、装備の装甲機は完全破壊され、その衝撃で気絶している。
敵を倒したウィルは、肩を竦め
「さて…楽しく、暴れてくるか」
と、鉄火場の世界の奥へ向う。
シンジは、暗闇の中にいた。
「ここはどこだ…?」
と、体を起こした次に震えた。
周囲を、白光を輝く剣達が囲んで周回している。
「一体…ここは…」
立ち上がると、ゆっくりと頭上から白く輝く幾何学模様の球体が降臨する。
幾何学模様の球体は、シンジの視線と同じ高さに止まる。
”やあ…何とか…間に合った”
「はぁ?」
シンジの頭の中で声が響く。
”フフ…驚かして申し訳ない。私は、レンテオイスト・ルーンだ。以後よろしく”
幾何学模様の球体、レガリアのコアが鮮烈な閃光を放ち、シンジは眩しさに両腕で顔を隠した後、全身を駆け抜けるような感覚が襲来するが、苦痛はない。
そして…あの声が再び聞える。深く祈るような声が
”君は何を望む…”
閃光が終わり周囲が再び、暗闇に戻るとシンジの背中の空間が歪み、そこから幾つもの白光と輝く剣が重なった巨大な翼が広がる。
シンジのレガリアの装備、王衣が展開される。次に、シンジの身を守る強大な防護力場、王盾が展開する。
「ええ…ええ?」
混乱するシンジの脳裏に、王衣と王盾の説明情報が津波の如く押し寄せる。
「アアアアア」
シンジは膨大な情報量に、頭が混乱して両手で抱える。その混乱が、一時的に王衣の力を発動させる。
翼を構築する白光の剣達が、無数に飛び跳ね暗闇を構築している物体達を切り裂く。
暗闇が崩れ去る。暗闇を構築していたのは、巨大なコンテナだった。そう…シンジが目にしたあの異様な貨物だった。その中にシンジはいたのだ。
頭の混乱が収まり
「戻れ!」
と、剣達がシンジの背中に集まり翼を構築する。
ハァハァ…とシンジは息を荒げ開かれた周囲を見て
「なんだ…ここは…」
そこは、炎の地獄だった。
鉄火場を歩いていたウィルの体が小刻みに震える。
「これは…」
と、ウィルは右手の平を見つめる。
「レガリア共鳴だと…。しかも、この感じ…今までにない。援軍が来たか? いや…到着するには、まだ…時間がある。それに、共鳴の距離が近い」
ウィルが睨んだ先は、シンジがいる場所だった。
「あっちか…」
サキは、必死に瓦礫と炎の世界を走っていた。
「シンジ、シンジィィィィィィ」
シンジを探していた。必死だった、自分は生まれた時に装備されたレイドナーと姉のアスカによって守られたが、シンジは男だ。レイドナーによる防護なんてない。
とにかく、走った。シンジは何処かに飛ばされ、建物の何処かに埋まっているかもしれない。この世界に産まれる女子は全て、赤ん坊の頃にレイドナーを貰う。だが、成長して使える年齢、十六歳になるまで、身を守る以外にレイドナーは発動しないようにリミッターが掛かっている。だが、こういう非常時に時に、レイドナーの力は解放される。
シンジを助けるんだ。シンジを…。
瓦礫の山を登り、高い所に来たサキは、炎の世界を見回す。
何処へ行けども、崩壊と死しかない。もしかしたら…シンジも…。
そんな絶望に押し潰されそうになる時、人は祈る。神様、お願いです。一生分のお願いを込めます。だから…シンジを…助けてください!
瓦礫の山から足を踏み外し、下に落ちる。
「痛い…」
尻餅を付いたサキだが、直ぐに立ち上がると、背後で小石が転がる。
不意にサキは向くと、そこに白灰色の軍服に身を包み白髪白面の男が立っていた。
「え…」
サキは、困惑する。
え? ええ…白い灰色の軍服みたいな…。え? 確か、地球軍って紺色の…白い灰色って火星の…。
「アアア」
白髪白面で火星軍の軍服を纏うウィルが、サキを睨む。その視線は鋭く、目の前に凶暴な肉食獣がいる威圧を纏っていた。
サキは一歩下がる。その顔は恐怖に引き攣っていた。
火星軍、男性、白髪白面…。
ウィルは、両手足に自分のレガリアの王衣である巨大な鉤爪を装備する。
男性はレイドナーを使えない。だが…レイドナーを製造するシステムプラントは、年に数機のレイドナーを遙かに超えるシステム、レガリアを創造する。
レガリアを持つ事が出来るのは、何故か、男性しかない。しかも、全員ではない。その適性がある男性だけ、何十億分の一にも匹敵する確率だ。
そんな、強大なレガリア使い手の中でもトップに君臨する男がいる。
白髪白面、残虐非道、冷酷無比、無情にして凶暴、火星では大英雄と崇められ、地球では大災厄と忌避する男。
火星軍第十三師団レガリア部隊所属 ウィルヘル・ニーベンルグ中尉
サキは、全身が硬直する。恐怖で指一つさえ動かせない。呼吸が止まりそうになる。
動かないサキに、ウィルは睨みを外し脇を通り過ぎるが…。
サキの思考が様々な事を過ぎらせる。こんな地獄があるのは、もしかしてコイツの…。
「あの…」
「アアアア?」
サキととウィルは背を向け合っている。
「あの…もしかして、ここを破壊したのは…?」
「ああ…したけど、それで? ああ…お前も男が死んだ口か。レイドナーの世の中じゃあ、男なんて紙くず程度だろう。良かったじゃん」
それを聞いたサキは、思考なんて吹き飛んで、傍にあった鉄の棒を取りウィルへ殴り掛かる。
ウィルは背後に、王衣の巨爪が纏う右足蹴りを放つ。
それがサキに到達する寸前に、サキのレイドナーが発動して防護力場を展開するが、ウィルの巨爪の威力は絶大で、防護力場ごとサキを蹴り飛ばし、サキが瓦礫の山へ突っ込むと、そこへ更にウィルが巨爪の右蹴りを放ち押え、サキは防護力場に守られつつ埋まる。
「何だ、クソ子雌が…」
ウィルは苛立ちの顔で、巨爪の足蹴にする防護力場に守られるサキを睥睨する。
「お前なんかのせいで…シンジがぁぁぁぁぁ」
涙するサキは叫ぶ。コイツのせいで、シンジは…こんなヤツがなんでいるんだ!
「ああ…なんだ、それ」
ウィルは呆れた顔をしたが、全身が小刻みに震える。レガリア共鳴だ。
「サキィィィィィィ」
ウィルの左、サキの右の瓦礫の山に、王衣を展開するシンジが立っていた。
シンジは、全身が震えた。サキが、幼馴染みが今、殺されようとしている現場にいる。全ての思考がサキを助ける為に疾走する。
シンジの思考に準じたのは、シンジの翼の王衣だった。何千もの剣で構築された翼は、一瞬でバラバラになり、豪雨の如くウィルへ襲い掛かる。
ウィルは、王衣の巨爪の左手を上げ、薙ぎ払うように剣の豪雨へ、音速に達する巨爪の一閃を放つ。
巨爪から生じる衝撃波の牙は、迫る剣の豪雨を一蹴し、シンジに迫る。
衝撃波の牙がシンジの立つ瓦礫の山ごと吹き飛ばす。
「アアアアアァァァァァァ」
悲鳴を上げるシンジは、王盾に守られ体は無事も衝撃波の牙が伴う衝撃は、相殺されず全身を打ち付け、その場に倒れ、吹き飛んだ瓦礫の雨が降り注ぐ。
「シンジィィィィィィ」
サキは、シンジを案じて叫ぶ。
ウィルは、倒れて瓦礫に埋まるシンジを凝視し「ホゥ…」と一人心地で呟く。
さっきの共鳴は、このガキだったのか…。
ウィルの見立てでは、まだ…レガリアと適合して日が浅い。さっきの剣の豪雨も荒さが見える。
「楽しめねぇなぁ…」
レガリアビギナーのシンジなど、ウィルは獲物としての価値さえ見いだせない。
仰向けに倒れて瓦礫の雨を見つめるシンジは、恐怖した。圧倒的だった。ウィルの一撃が迫った瞬間、死が過ぎった。このまま殺されると…。全身から逃げろ逃げろと、声が聞える。そして…。
「シンジ、逃げてェェェェェェ コイツは、火星のレガリア使いの中でも最悪な、大災厄って言われているヤツよ」
サキの必死の声が響く。シンジを生かそう。生きて欲しいと…。
逃げよう。殺される!
そう、シンジは生存に駆られた。
「黙れやクソ子雌が…」
と、ウィルはサキを足蹴にする力を強め、更に深くサキは埋まる。
レイドナーの防護力場に守られサキを中心に、卵型に地面が窪む。
「う…」
サキの怯える声が聞えた。
サキ…僕は、何て事を思ったんだ!
シンジの瞳に火が灯る。サキを、大事な幼馴染みを置き去りにして逃げようとしたのだ。そんな事をして…この先、生きたくない。
だが、今の自分には、サキを助ける術が…と、思った瞬間、シンジの眼前に立体画面が現れる。
その立体画面に記されているのは…ダブルコアシステム。
シンジの脳裏に、ダブルコアシステムの概要が送られる。レイドナーにレガリアクラスの力を与える、相互援護システム。
シンジは、体を起こし、ゆっくりとウィルを凝視する。その瞳は鋭く強い輝きに満ちていた。
サキを…絶対に助ける。どんな事をしても…。
ウィルは、僅かに身を引かせる。シンジから伝わる尋常ではない。そう…死を賭してでも何かをしようとする意思の輝きに全身が泡立つ様に鳥肌が広がる。
脅威、コイツは…強い。そう直感した。
「ク…ハハハ…」
ウィルは嬉しさが、快楽が込み上げて来た。そこへ、シンジが疾走する。
シンジは背に剣の翼の王衣を纏い跳躍する。その速度、一気に音速を超え、衝撃波の鎧を纏った。
ウィルは、サキを足蹴にしたまま、両腕の巨爪の王衣を交差させシンジへ振り切った。 地面を、空間を削る光の爪がシンジの命を刈り取ろうと走る。
シンジは指揮者の如く手を振い、剣の翼を前方へ伸ばし、巨大な剣として音速に乗ったまま、ウィルの放った光の爪と衝突した。
衝突のエネルギーで膨大な爆煙が広がる。ウィルは視界を完全に塞がれ、周囲を覆う土煙を凝視の一望で睨んでいると、足蹴にするサキが輝く。
「え…」とサキは、混乱しているその背にシンジと同じ王衣の剣の翼が広がる。自分を埋める地面を砕きながら王衣の剣の翼がはためく。
サキの剣の翼は無数の剣達の壁となり、一斉にウィルへ襲い掛かる。
ウィルは「ん…」とサキを離して、空へ飛翔する。
空中を彷徨うその後から、土煙を突き破り、シンジが特攻する。
「サキィィィィ。逃げろぉぉぉぉぉぉ」
ウィルに抱き食らい付いたシンジ。
「シンジィィィィ」
サキが声を張り名を叫ぶ。
シンジは、ウィルを腰から抱き掴んだまま、サキから放たれた剣の壁へ疾走する。
ウィルはフッと笑み
「悪くない手だ。だが…根性だけでどうにか成る程、戦場は甘くねぇぞ」
ウィルは両手足の巨爪の王衣で空間を掴む。
ガクンをシンジは、壁にぶつかった様な衝撃に襲われる。
え?とシンジは、蒼白となる。シンジの作戦はこうだった。
自分へ注意を引き付け、その間にサキへダブルコアシステムで、力を与える。その後、サキの持つ王衣でウィルを攻撃、その隙を突いて掴み。サキの王衣からの攻撃と、自分の威力を合わせた衝突で倒そうとした。
だが、ウィルの実力はそれを遙かに上回っていた。
ウィルは、掴んだ空間ごと体を捩らせた。それだけで、空間が裂け渦巻き状の暴威に変貌した。
サキから放たれた剣の壁も、サキ自身も、その周囲百メータ四方を破壊する空間断裂の竜巻に全て呑み込まれ天へ昇り消える。
シンジは、恐怖し絶望して硬直する。
その隙を絶対に逃さないウィルは、腰に抱き付くシンジへ右肘を放つ。一点突破の肘鉄はシンジの王盾を歪ませ、シンジの背に到達して
「ゴハァァァァ」
と、シンジは白目を剥いて、ウィルから両手を離す。
意識を途絶した為に、レガリアの同調は失われ翼の王衣が空間に砕け消えた。
重力に従ってシンジは、落ちるのだが、ウィルが放った空間断裂の竜巻の力によって重力が曲がり、その空中で浮かぶ。
やがて、空間断裂の竜巻が消え始め、ゆっくりとシンジとウィルを地面に下ろす。
空から、竜巻が飛ばした破壊のガラクタ達が降り注ぐ。その中にサキもいた。
サキは、倒れるシンジとそれを見つめるウィルの二人から数メータ離れた所に落ちた。
「ああ…う…」
サキは全身が動かない。竜巻の衝撃によって全身を打ち付けられて声さえ出ない。
意識だけがハッキリとしたまま、ウィルとシンジを見つめるその脇を誰かが通る。
「派手にやったなぁ…ウィル」
覇道だった。
ウィルの傍に近付く覇道に、ウィルは横目して
「合流が遅れたなぁ…。何をしていた?」
ウィルの問いに、覇道は肩を竦め
「仕事をしていたのさ」
と、ニヤリと覇道が笑った次に、覇道とウィルの周囲の空間から無数の人型の歪みが発生する。歪みは色を帯びて実体化する。いや…正確には周囲の風景に偽装していたステルスを解除したのだ。
地球軍の緑の戦車の匠がある戦闘装甲機ではなく、深い紺色の戦闘機の匠を持つ戦闘装甲機のレイドナーの女性兵士達、火星軍のレイドナー兵士達だった。
その一人が、ウィルと覇道に頭を下げ
「申し訳ありません。ウィルヘルム中尉、覇道中尉。目的の多重レガリアが…」
ウィルはシンジを指差し
「問題ない。それは、適合者を得てここにいる」
「はぁ?」と、覇道は驚きの声を放ち、ウィルの指差すシンジを凝視する。
「このガキが…その多重レガリアの適合者ってか…?」
ウィルは、シンジを荷物の如く右肩に抱えて歩き出す。
「戻るぞ…」
覇道は肩を竦めて戯け「了解」とその後に、ステルスで潜入していた火星のレイドナー兵士達も続く。
その一団の背をサキは見つめながら涙する。
止めてよ。シンジを持って行かないで…。誰か…助けて…。
最後まで読んでいただきありがとうございます。