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私が消えた一日  作者: ぺる
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天川千怜の場合

冷たい雨が肌を打つ。

降り注ぐ水が肌を伝い、血に落ちた。


服は既にその役目を果たしておらず、私の体温はどんどん奪われていく。


でも知ったことではない。もうじきこの体に血は通わなくなるのだから。


そう思いながら、私は傘をもって家を出た。


傘も持たずにこんな雨の中を出ていけばさすがの家族も不振に思うだろう。


今とめられるわけにはいかない。どれだけ親不孝なことをしているかもよくわかっている。


でも私は、止まるわけにはいかない。このまま、なにもせず生きていたくなどない。


傘を通学路途中に流れる川に投げ捨て、携帯ひとつポケットにいれてまた雨の中を歩き出す。


この雨のなか、傘を指さずに歩く高校生など誰の印象にも残る。それが狙いだ。


風邪を引く心配も、もうない。

これから私は、死ににいくのだから。


私をこれから死に追いやったやつらに復讐するために。


§§§§§§§§§

ことの発端は、転入して数ヵ月がたった頃だった。


私の態度が気にくわなかったのか、それとも単に遊ぶおもちゃがほしかったのか...ある日を境に春木零下が私にひどい嫌がらせをするようになった。


典型的な机の落書き、物の紛失。あぁ、虫の死骸なんかもあったながあれはきつかったな。何せ百足とかどこで仕入れてきたのって言いたくなるような虫ばかり机に散らかしてくれたから。


でも其れでも、耐えていた。

こんなこと、私がつまらない態度をとれば飽きると思ったから。


実際、日に日に私の精神は削られていっていたけれどそれを顔には出さなかった。


泣きわめいたり、怒りを見せたら相手を喜ばせるだけ。


何事もなく過ごすことが、相手にたいして一番効果的な手段。


しかしどうやら、裏目に出てしまったらしく、気がつけばクラス全員が敵となっていた。


誰からも、声をかけられない。存在そのものを否定されたような扱いは、私の壊れかけた心を打ち砕いた。


許さない。


取り返しのつかないくらい、惨たらしく苦しめてやる。

私に手を下したもの、見て見ぬふりの教員。すべてが憎くてたまらない。悔しくて仕方ない。


憎悪が私を支配するのに時間はかからなかった。憎悪に満たされた心は、やがてすべてを食い尽くされて空っぽになっていった。


空っぽになったらどうなると思う?例えるなら、そう...空き缶のようなもの。空になった缶をそのまま大事に持ってる人なんてそうはいない。皆捨てちゃうもの。


だから私も、捨てようとしたの。自分の命を。


でも捨てようとして気がついた。ただ捨てるのは勿体無いと。


どうせ捨てるなら、火をつけて同じゴミ(クラスメート)を燃やしてしまおうと。


空っぽの無駄なゴミが、大量のゴミを処分するための燃料になる。


これこそ有効利用というものだ。


大丈夫、燃料(動機)ならたくさん貰ったから。きっとうまくいく。


このときの私は、言い様のない高揚感に包まれていた。一番近い言葉で表すなら"生き甲斐を見つけた"とでも言うのかしら。でも残念ながら、生きるための目的ではないから、この言葉は使えないわね。


念入りに計画をたて、準備を行うことにした。ここで不可欠なのが燃料の調達。いくら火とそれをつける媒介をつけたからって、火をコントロールはできない。


火を燃や事に必要なものは"火種""材料""燃料"だ。火種はここ(私自身)にある。あとは材料(証拠)と燃料(動機)だ。


だから私は必死で材料と燃料を調達する準備をした。


材料は毎日のように私の前に運ばれてくる。傷だらけの机、投げられらるごみ、踏みつけられる自分自身。


私はそれらを、放課後自分の端末のカメラで撮りためた。たくさんの証拠が、次々と私の画像フォルダーを埋めていく。


そして私は、それらの材料に燃料を組み合わせていく。


日に日にひどくなる嫌がらせの現状を、blogに書き綴っていったのだ。非公開にして、その日がきたときに一斉に、この夥しい記事をネットにさらすために。


ここで大事なことは、私の感情をさらけ出すこと。憎くて、辛くて、苦しくて。誰も助けてくれない気持ちを、赤裸々に綴る。生々しい声ほど群衆の興味と同情を引けるからだ。


書いていて私も涙が溢れてきたけれど、だからといってそれをやめることはない。涙を流しながらその日一日辛いことを記録していく。


あとでこれが燃料となるのだ。だからこそ、辛い嫌がらせの日々も我慢できる。


私が苦しめば苦しむほど、あいつらの首を絞めることができるから。


しかし、私一人では一人の首しか締め上げられない。

もっとたくさん、人手がほしい。それも、自分が手を下しているとは思わない不特定多数に。


そうして目をつけたのが、SNSだ。

私はそこに、自分名義のアカウントを作り、不特定多数の人間と交流を深めていた。ネットの私はみんなに優しくて、気を使い、話を会わせる八方美人に勤める。そうして繋がりを増やし、今や500名ほどにまで膨れ上がった。もちろん、すべての人と交流しているわけではないが、私の呟きは、少なくともこの500人の人間の目には止まる。これだけでも十分だ。


この500人が、言わば起爆剤となるだろう。


そうして準備を行って三ヶ月が過ぎた。


三ヶ月分の写真と、私の証言。

本当はもっとあるけれど、あまり多すぎると読む側も大変だろうからこれくらいでいい。


この三ヶ月本当に大変だった。何度も、死にたいと思ったけれど、それも今日で終わる。


舞台は整った。裏方も、ある人に任せてある。


あとは、決行の時を待つだけだ。


§§§§§§§§

私が決行の日と決めたのは、雨の日だ。


雨の日など、皆が傘をさして人など見えにくいが、あえてそこを利用した。


皆が傘を持っているのに、傘もささない高校生など、目立つだろうから。


そうしてびしょ濡れの中を、駅まで歩いてきた。何人もの人間にそれを目撃させながら。


通勤ラッシュの時間帯に電車ホームに飛び込む。


それが最初、私が計画していた自殺方法だった。


しかし...私はその計画を変更せざる終えなかった。


駅員さんが、タオルを差し出してくれたから。

優しそうなおじさん、という言葉がぴったりな駅員さんは私が濡れているのを見て真っ白なタオルを差し出してくれた。


そこで、決心が鈍ってしまった。


この駅員さんに、迷惑をかけたくはない、と。


駅で飛び降り自殺した場合、その片付けは駅員がやることになっている。私に善意か、それとも駅員としてか、それでもタオルを差し出してくれたこの駅員さんの手を煩わせたくなかった。


これから死ぬから、借りたタオルも返せない。


だから私は、強引にだがタオルをもらうことにした。


返せないからという理由もあったけれど、最期に触れた人の優しさを手放したくなかった。ただのわがまま。それでも、最期くらいいいじゃない。


そうして雨の中を、また歩く。

防水携帯だけれども、こんな雨の中さらし続けては限界も来るだろう。濡れかけたタオルにくるみ、通話ボタンを押す。


数回のコールで、電話相手は出てくれた。


「梓、場所を変更するわ。えぇ、○○交差点の歩道橋。あそこにするわ。歩いていくから20分くらいだから。あとはお願い」


用件だけを告げると、電話を切る。唯一の協力者に変更を伝えると、一直線に目的地へ向かう。


あの交差点は、比較的交通量も人通りも多い。あそこならそれなりに注目を浴びるだろう。


もう寒さも、感じなくなった。

肌を打つ雨も少しだけましにはなっていたが、今の私にはどうでもよかった。


§§§§§§§§

ゆらゆらと、ふらつく足取りで歩道橋を昇る。


ふらついた足取りの方が、記憶に残るだろうから。通りすぎる人々は、私が横切れば不振そうに視線を追うだけ。誰も、声なんてかけてこない。かけたくないのだろう。


ゆっくりゆっくり、死への階段を上がる。一段一段が、重く私にのし掛かる。


怖くなんてない

むしろ、笑みすら浮かべられる

これでやっと、復讐できる


最期に、人の優しさにも触れられた。

もう何も、思い残すことはない。

自室に隠した遺書は、後で見つけてもらえるだろう。家族には、申し訳ないけれど何にも変えられないものがあったから。この親不孝ものを許してくれとは、言わない。


さよならを言う相手も、少ないから。これで心置きなく事を起こせる。


端末を操作し、非公開にしていたブログを一斉に公開する。そして、用意したSNSにメッセージを投下する。


さて、準備は整った。

「あとは任せたよ、梓」


"彼女"なら上手くやってくれるだろう。それくらいには、信用していたから。


さぁ、復讐の始まりだ


歩道橋の手摺に立ち、私は笑う。

人々は、私が何をしようとしているか漸くわかったのか、何人かは駆け出して私を止めようとしてくる。


すべてが、ゆっくりゆっくり、流れていく。

落ちてくる雨粒さえ、目で見えるほど時間が遅く感じる。


誰にも、邪魔させない。

これは、私の復讐


燃えるがいい、私の憎悪の焔に焼かれてしまえ

惨たらしく、この世界に生き恥をさらせ

自分から死にたくなるくらい、苦しめ


私は、思う限りの呪いを皆にかけた。

これからどうなるか、楽しみだ。


そうして私は、雨と一緒に地に落ちる。


これから始まる、復讐劇の幕を開けるために。

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