プロローグ
ポツポツと降りしきる雨の中を、人々は傘をさし、或いは自転車や車に乗り、その道を歩いていた。
先程まで強く地面を打ち付けていた雨はややその威力を弱めたが、それでも"面倒な雨だ"と大多数の人間に印象づけるほどには、その存在を地へと降らしている。
そんな中を、傘も手に持たず雨合羽も着ずにふらふらと歩く女子高校生の姿は、雨以上の存在感を人々に与えていた。
その身を包む制服は水を含み、ぴったりと肌に張り付いている。なにもそれは服だけではない。肩上に伸びた黒髪からなにもかも、雨に打たれて項垂れていた。
少女の手には通学鞄はなく、代わりにひとつ、白いタオルを持っている。それが余計に異質で、今日初めて少女と通りすぎる人々の記憶の片隅に、確かにその存在を残していた。
少女は覚束無い足取りとは裏腹に、まっすぐ歩道橋へ向かっている。
なにかを決意したような、諦めたような。なにも知らない人々には、少女の瞳はなにも写していないようにみえていた。しかし、少女のその黒い瞳には、確かに真っ黒な光を称えていたのだ。
明らかに様子のおかしい少女に、怪訝そうに視線を向けるものはいたが、声をかけたものはいない。
誰しもが、彼女に関わってはいけないと、心のどこかで思ってしまう。それほどまでに、彼女の放つ存在は異質であった。
そんな人目を気にせずに、少女は歩道橋を上りきり、道路に架かる橋のそのちょうど真ん中で立ち止まる。
歩道橋にかけられた信号は丁度赤に変わり、歩道橋の下には列をなして止まっている車が、雨に打たれていた。
そこで少女は、笑う。
手にしたタオルを大事に抱えて。
ゆっくりと、歩道橋の手摺の上へ立ち上がる。
そこまでしてようやく、少女が何をしようとしているのか、人々は慌てて彼女に走りよる。中には手にした傘を手放した者もいた。
しかし誰の手にも、彼女を止める手段を持っていた者はいない。手放した傘が地に落ちる頃には、少女の足も地から遠く離れていた。
降りしきる雨と共に、少女はその身を地へと降らせる。
ある者は手を伸ばし
ある者は悲鳴をあげ
ある者はただ、少女の舞うその光景を見ていた。
しかしその誰もが、少女の顔を見ることはなかった。見ていたが、記憶に残すほどの時間など、なかったのだ。
彼女は、安らかに笑っていた。
それは、彼女が地に降り立つその時まで変わらずに。
やがてひどい衝撃音と共に悲鳴が上がる。
雨の音にかき消されることなく
今一人の少女が、姿を消した。