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学校に戻ってきたのは午後四時を回った頃だった。わたしは着くなり、急いで寄り道申請を事務室に届け出た。
申請が下りるのは二日後。本当は今すぐにでも許可が欲しいけれど、行き先変更のためのカートリッジ発行には時間がかかるのだ。できれば今日行くことで解決の流れに持っていきたいなあ……。
わたしははやる気持ちを抑えて、アメリアと共に待ち合わせ場所であるエアポートに向かった。
「先に行っててくれてよかったのに」
「いーの、どーせ三人そろわないと出かけられないでしょ? それにセオってばちょっと用事があるってどっかいっちゃったんだもん。一人じゃ暇じゃない」
「そっか」
「うんうん。あー、セオと手繋いで飛べるなんて夢みたーい! ずーっと憧れてたんだよね」
「うん、わたしも飛行術で連れていってもらうの初めてだから楽しみだな」
飛行器具が発達した今、生身の飛行術を取得する者は減少傾向にある。エアボードやゴンドラと違って、身体保護術も速度調整も全部自分でやらなければいけないからだ。
下手なものがやれば最悪死に至る。でも卓越した技を持つ人なら、器具を使うよりも魔力消費量を抑えて飛行できるらしい。
セオはもちろん後者である。競技の選手でもあるし、全国大会でも優勝した実力の持ち主だ。百年に一度の天才とも言われている程だった。
「セオだから、でしょー? 連れてってくれるのがセオじゃなきゃどうでもいいよー!」
テンション高いなあ。セオと出かけられることで嬉しいのか、さっきからアメリアはずーっとニコニコしている。
彼女の笑顔は可愛い。特にセオ絡みだと。恋してるって感じがして、すごくきらきらしている。わたしもこんな風に可愛かったらよかったのにな……。
「アメリア、ご機嫌だね」
「うん、クリスのお陰だよ~!」
え? わたし何かしたっけ……?
全然思い当たらなくて首を傾げていると、アメリアはにんまり笑ってわたしの顔を覗き込んだ。
「ねね、クリス様と知り合いって嘘でしょ」
「うーん、一応知り合いだよ」
「えーっ? 本当に? 全然知らなかったぁ」
そうだろうね。話すようになったのって、事件後からだもん。
「じゃあさ、今度クリス様紹介してよ。どんな人なのか興味あるな~」
「……うん」
いいのかなーと思ったけれど、クリスが何も言わないってことはいいってことなんだろう。一応あれでも男の子だし、女の子に興味あるんだろうか……。
「てっきり私はね、セオと一緒に居たいから珍しく喰いついたのかな~って思ったの。でもやっぱりクリスはクリスだったね~」
ううん、今の心境はその逆だよ。心の中でそう呟いて、わたしは曖昧に笑った。
「んー、何か元気ない? セオと何かあった?」
アメリアは鋭い。わたしがセオのことが好きだということもすぐ見抜いてきた程だ。でも彼女曰く、わたしはわかりやすいんだそうで……。
「えーと……、振られちゃって。あはは……」
「えっ? そうなの? へー」
何でもないことのように彼女はあっさりと流し、そしてわたしの肩を抱いて頬をつついてきた。
「まー元気だしなよぉ! 案外近くにいい恋落ちてるかもよ~」
アメリアはこうして軽い調子で返してくれるので、言いにくい事でも気兼ねなく言えるのだ。
「いやー、もう当分恋愛はいいよ……」
「ふーん。ってあれー? まだセオ来てないんだぁ」
エアポートにセオの姿はなかった。代わりに変なものが置かれていたので、わたしたちの目は自然とそちらに向いた。
「何だろ、これ?」
「リヤカー?」
「車輪ないじゃん」
そうなんだよね。形状はどう見てもリヤカーだけど、車輪がないからこれじゃ使いものにならないだろう。
廃棄品? でもこんなところに置くかなあ? 用務員さんの忘れ物? なんて二人して首を傾げていると、セオがようやくやってきた。
「二人ともお待たせ」
「あっ、セオ―! 待ってたよ!」
アメリアは顔を輝かせて、セオ前に立ちはだかった。そして彼に向かってにっこり。セオも同じように笑うと、リヤカーもどきを指さした。
「うん、じゃあこれに乗って」
「え? えーっ!? まさかこれに乗っていくってこと?」
「うん。そうだよ」
驚くアメリアが面白いのか、セオはくすくす笑って頷いた。
リヤカーに乗り込むアメリアはちょっと不満そうだ。想像とは違っていたんだから当然かもしれない。わたしだって憧れてたもん。手をつないでの飛行デート。今はこっちの方が落ち着くからいいけどね。
「今日クラブの関係で大荷物だったからさ、丁度良かったよ」
でもセオが話しかけると、アメリアはすぐさま笑顔になって「すごーい!」と声を上げた。この切り替えの早さ、見習いたい……。
「ってことは物体浮遊と飛行術同時にやったんだよね? さっすがセオ~!」
アメリアの言葉を聞いて、わたしは驚いた。
「え、じゃあ運輸飛行の免許も持ってるんだ。本当に凄いね……」
飛行しながら物体浮遊術で物を運ぶときは、必ず免許がなければいけない。ふとした拍子に失敗して、歩行者に荷物がぶつかったら死亡事故につながってしまうからだ。過去にそういった前例が数多くあったため、免許取得が義務付けられている。当然試験は難しい。しかも更新試験もあるので、取ってそれではい終わり、じゃないのだ。
しかし身体飛行術の免許だけでもすごいっていうのに、セオってずば抜けてるんだなあ……。
「うん。あると便利だから取っておいたんだ」
「難しかったでしょ?」
「そんなことないよ」
「え、もしかして一発合格?」
「うん」
……流石天才。運輸飛行の年間合格者って、約十数人なんですけど……。
そんなわけで、わたしたちは荷台に、セオは持ち手部分に座って学校を出発した。
乗り心地はとてもよかった。全然揺れないし、安定性はゴンドラ以上だ。しかも速さだって通常のエアボードと変わらない。セオってば凄すぎるよ。
わたしは荷台からこっそりと彼の顔を盗み見た。いつも穏やかな笑顔を浮かべているけど、今は真剣な表情だ。複雑な魔術なので、神経を集中させなければならないのだろう。
きりっとしていて、かっこいいなぁ……。例え振られたとしても、カッコいい人はカッコいいって思っちゃうんだ。こればっかりはどうしようもない。多分この気持ちは持ち続ける気がする。セオは憧れの人。魔鏡越しに見るスターみたいなものだ。
そう思ったら、居心地の悪さはじんわりと解けるように薄れていった。