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指定の降下エリア真上に着くと、ボードは自動的に下降を始めた。無事着陸してから、ボードにロックを掛ける。そしてわたしは人気の少ない降下場を離れて、玄関へと向かった。
足取りは重い。静かになった途端、セオの事が頭に浮かんでしまったからだ。
クリスと会話している間は気が紛れて良かったなあ、と溜息が出てしまう。
……だめだ、こういう時は楽しい事を考えないと。今日は楽しみにしていた授業なんだから、そのことを思い浮かべよう。
錬金術師を志す者ならば一度は見ておきたい建造物、マリナステラ。そう、あの憧れの場所を好きな人と一緒に見て回れたらいいなって思って告白したんだっけ……。
なんていうか、セオが受け入れてくれるつもりでいたんだな、わたしは……。プレゼントをもらったからって舞い上がりすぎでしょ。
って、ああー……、また考えちゃってるし……。
「クリス~!」
とぼとぼ歩いていると、覚えのある可愛らしい声が聞こえたので、わたしは顔を上げた。赤毛を緩く巻いた女の子が、笑顔を浮かべてこちらに向かってくる。クラスメートで友人のアメリアだ。
「すっごい心配してたんだよー! でも目が覚めて良かったぁ!」
「うん、なんとかね。心配してくれてありがと」
彼女はこの学園で初めてできた友達だ。席が隣同士になったのがきっかけで、それ以来色々とよくしてもらっている。良家の子女が通うこの学園に溶け込めたのも、人懐こい彼女のお陰なのだ。
「そーいえばね、クリスがいない間、錬金学でとんでもなく難しい課題出されたの。もちろん入院しているクリスにも容赦なくね」
「ええー? それっていつまで?」
「来週の水曜まで」
「うわ、死ぬ気でやらないと……。後で休んでた分のノート見せてもらってもいい?」
「もちろん。で、ついでに教えてね!」
「うん」
最近の近況を教えてもらいながら、アメリアと共に教室に入る。すると足を踏み入れた途端、皆からの一斉の拍手が起こり、わたしは目を丸くした。
「奇跡の生還者のお出ましだぞ!」
声高らかに叫んだのはデリックだ。そしてあちらこちらから「退院おめでとう」やら「良かったね」という声を掛けてもらい、わたしはちょっと感動した。注目されるのは苦手だけど、皆が笑顔で出迎えてくれるのは素直に嬉しいものである。
「田舎で頑丈に育ってよかったなあ!」
「あー、うん、雷に打たれても平気なくらいにはね」
ガハハとデリックが笑って、わたしの背中をバシバシ叩く。その力の強さにわたしはううっと呻いた。ノリがいいのは楽しいけど、もうちょっと加減してよ……。
「ちょっとぉ、デリック! 退院したばっかりの人をそんな風に扱っちゃだめでしょー!」
「ほんとだよ、もう……」
恨めし気にデリックを見上げれば、彼は悪い悪いと言いながらますます笑みを深めた。
「今度からメガネじゃなくてライトニングクリスって呼ぶか!」
「やだよ、そんなの」
やめてよ、まるでリングネームじゃない。しかも耳元でクリスが笑い交じりに復唱するものだから、わたしは恥ずかしくなって俯いた。本当にデリックってばろくなことを言わないんだから。
「はぁー、ダサいよね、デリックは。そんなんじゃ好きな子にも絶対振られるよ。ね、クリスもそう思わない?」
「ちょ、アメリア、お前!」
べーと舌を出してから、アメリアはツンとそっぽを向いた。そんな彼女に食って掛かるデリック。いつもの光景である。
じゃれ合う彼らをとりなしながら席までくると、セオがニコニコ笑って手を振っていた。幸か不幸かわたしの席は、セオの隣なのだ……。
「おはよう」
「おはよう。あの、お見舞いに来てくれたんだってね。ありがとう……」
「あの後すぐだったでしょ? 気になってたんだよ。でも元気になってよかった」
セオは全然気にした様子もなく、明るく笑って言ってのけた。いつも通りでほっとしたような、悲しいような複雑な気持ちだ。
「セオのお友達のグロブナーさんの方も心配だよね……。まだ目が覚めてないんでしょ?」
「そうなんだよね……。だからこの見学が終わったら様子を見に行ってこようかなって」
笑顔を絶やさない彼が、珍しく真顔で呟いた。すごく心配している感じだ。それだけ仲がいいんだろう。セオにもクリスが見えたらいいんだけど……。ううん、それよりもどうにかして元に戻さなくちゃ。
『そうだ!』
うっ! いきなり大声出さないでよ……!
急に興奮した声が耳元で思い切り響いたものだから、わたしは肩をびくりと震わせてしまった。
『こいつにお願いして連れて行ってもらってくれないか? セオは身体飛行術の免許を持ってるからあっという間だ』
げっ。やだよ、そんなの。居たたまれないよ。でもセオにと一緒にいけるというのは魅力的かも……、と考えてすぐさまうんざりした。振られたくせに、そんなことを思っちゃう自分が嫌だ。どうにかして吹っ切りたいものである。
それはさておき、様子を見ておきたいのはわたしも同じ。なので、なけなしの勇気を振り絞って頼み込んだ。
「あ、の……、もし迷惑でなければわたしも連れてってくれないかな? グロブナーさんにお世話になったことがあるし、心配で……」
お世話になったことなんかないけど、そうでも言わなければ縁もゆかりもないわたしが行く理由なんてないのだ。でも嘘を言うのは心苦しく、図々しくもあるお願いだったので、ひやひやしながらセオを伺った。
「もちろんだよ」
彼は快く了承してくれた。優しい笑顔のおまけつきで。
セオの笑顔は人を安心させるような不思議な力があると思う。ほっと肩の力が抜けると同時に、性懲りもなくドキドキしてしまった。
「ありが――」
「あっ、私もいいかなあ? 私もね、クリス様にはお世話になったから、すごーく心配なの……」
わたしの声にかぶさるように、アメリアが背後から顔を覗かせて言った。ちなみにクリスはあの容姿だし、貴族だし、ということで、彼を慕う者からは影で様付けされているのだ。
でもアメリアも面識あったなんて知らなかった。まあ彼女、知り合い多いもんね。
『……僕は彼女と話したことすらないんだが』
クリスの怪訝そうな声を聞いて、内心苦笑してしまった。ちゃっかりしててアメリアらしいや。
彼女はセオのことが好きなのだ。ちなみにわたしがセオのことを好きなのも知っている。でも別に友達だからって抜け駆けは無しね、なんて取り決めはしていない。それに今に限って言えば、アメリアがいてくれた方がありがたいのだ。だって二人だけなんて気まずいもの。もっとも、そう感じているのはわたしだけなんだけど……。
「いいよ。じゃあ見学が終わったら一緒に行こうか」
「ありがと!」
「なになに、クリスのとこに行くのか? 三人で」
「そうだよ」
「俺もいこっかなー……」
ちらりとこちらを見て言うデリックに、わたしはちょっと切なくなった。彼もアメリアと同じ理由だろう。つまりは好きな人と一緒にいたいのだ。近くで見ていればわかる。
そう、彼はアメリアに好意を抱いている。何かにつけてアメリアとじゃれ合っているし、彼がわたしをダシに彼女に近づいているのも分かっている。でも残念ながらアメリアはセオに夢中。皆一方通行の片思い中かあ。辛いね……。
「さすがに三人は連れていけないよ。それにデリック昨日行ったんだろ。今日はもういいんじゃないの?」
何か大事な用事でも? と不思議そうに問われて、デリックは言葉を詰まらせた。
「そうだよ。そんなに頻繁に行くものじゃないよねー。何でそんなに行きたいのかなぁ~?」
意味ありげに笑ってアメリアが追撃する。
うわあ、アメリア、それはきついよ。好きな人からそんな風に突っ込まれたら、居たたまれないって。
ハラハラ見守っていると、デリックは頬を赤くさせてアメリアに手を伸ばした。
「お前、いい加減にしろよ!」
「やだぁー、こわーい」
アメリアはそれを身軽にひらりとかわして逃れる。彼らはぎゃあぎゃあ言い合いながら、わたしたちから離れて行った。
騒がしい二人を見やりながら、セオが笑う。
「あの二人ってお似合いだと思わない? 同じ赤毛だし」
「はは、そうだね。いいコンビだとは思う……」
彼らの気持ちを知っているだけに、心からの同意はできないのであった。