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ミスティカルタイム  作者:
鏡の中のナルキッソス
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 憂鬱な気分ではあったものの、その夜、眠りは問題なく訪れた。悪夢も見ずにぐっすりと。

 目覚めは鳥の可愛らしい囀りとともに起床。寝起きで頭はぼーっとしていたけれど、身体の調子も問題ないみたい。のろのろとベッドを抜け出して、顔を洗うために洗面所に向かう。鏡を見ると、ぼんやりした顔のわたしと綺麗なクリスが写っていた。


「あ……」


 そうだった。クリスがいたんだ。寝起きの顔見られるの嫌だなあ……。


 気まずさに苛まれていると、クリスと視線が合う。彼は少し微笑んで口を開いた。


『おはよう』

「お、おはようございます」

『頼みがあるんだが』

「はい?」

『一日に三回は鏡を見てほしい』

「わかりました」


 相変わらず半透明なクリスに向かって、わたしは同情を込めて頷いた。

 まるで幽霊だもんね。自分の姿を確認しなきゃ不安なんだろうな。そう思ったんだけど……


『ありがとう。僕の習慣なんだ。あ、そのまま最低一分はじっとしていてくれ』

「うん……?」


 そして彼は一分間たっぷりと自分の姿を見つめ、ぽつりと一言。


『美しい』


 満足そうに頷いたので、わたしは何事もなかったかのように洗面を済ませた。


 あなたナルシストなんですね。なんて言葉は飲み込んで……。



 お次は着替えである。クリスは見ないって言ってたし、その言葉を信じてわたしはさっさと着替えた。

 白いシャツに深緑のリボンタイ。スカートは二種類あるけど、今日はリボンと同系色のタータンチェック柄。そしてアイボリーのブレザーを着たらこれで完了だ。ちなみに鏡では確認しない。制服は文句なしに可愛いけど、それに自分の顔がプラスされると微妙な気分になるからだ。


 最後に朝食を手早く終えて、いつものように納屋へ向かった。部屋の片隅には黒いボードが置かれている。これはエアボードという箒よりも段違いに速い乗り物で、わたしの通学手段なのだ。


『見たことの無いタイプだ』

「去年の夏に仕上がった試作品なんです。テスターとして、特別に使わせてもらってるの」

『貴重品だろうに、こんな保管方法で大丈夫なのか……?』


 いい加減に保管してるつもりはないんだけどなあ。ちゃんと鍵も魔法罠もかけてあるし。でもクリスのような人には防犯不足に感じるのかもしれない。


「防犯対策はちゃんとしてありますよ。それに魔力性質の登録をしてあるんで、わたし以外の人は使えないし、使おうとすると派手な円陣呪縛がかかるようになってるから、万が一盗まれても大丈夫だと思います」

『へえ。それならまあまあ安心か。じゃあこれは?』

「これはですね……」


 興味が尽きないのか、クリスの質問は止まない。わたしはそれに答えつつ、ボードを手にして外に出た。


 動かし方は簡単だ。片手でハンドルを握って、魔力を手に集中させるだけ。するとそこから魔力がボードに行き渡り、ボードが何から何まで全て行ってくれるのだ。

 というわけで、早速ハンドルを握りしめた。すぐさまブーンという駆動音が起こり、エアバリアがボードから放たれて、わたしの身体を包み込む。そしてボードがふわっと上空に浮き上がった。次に左足で発進スイッチを押せば、学校まで一っ飛びだ。


『従来のものとどこが違うんだ?』

「高速モードが付いているところと、オートドライブシステムです。難点は自分で運転できないから、行き先を変えたければ道が書き込まれたカートリッジを交換しなけれならないんです」


 そう言いながら、右手でモードを高速に切り替える。魔力がハンドルから吸い取られる感覚がしたかと思うと、速度がぐんぐん加速して行き、見慣れた景色をあっという間に通りこしていった。


「高速モードだと、家から学校まで三十分くらいで着いちゃうんですよ」


 公共交通機関だと、四時間。普通の速度だと一時間。だからすごーく時間の節約になって、わたしのような田舎に住んでいる者は大助かりなのだ。登録作業がちょっと面倒だけど、それを差し引いても余りあるほどの素晴らしい道具である。


『凄いな。今まで出た乗り物の中で最速じゃないか。でもこれだと相当魔力を使うんじゃないのか? 着いたころにはへとへとになっていそうだが』

「魔力増幅回路が付いているので、学校ぐらいの距離ならそこまで疲れませんよ。でも自分の魔力を使いたくないって人は、魔石をはめ込む場所があるんでそれで魔力の充填ができます」

『それはいいな。デザインはいまいちだが、機能は本当に素晴らしい。発売されたら是非とも買いたいものだ』

「金貨三百枚はくだらないって先生言ってましたけど……」

『良心的な価格だな』


 うん、もう何も言うまい……。



 それからわたしたちはエアボードのことについて語り続けた。こうなる以前は、クリスのような人と会話なんて続かないだろうと思っていたけれど、意外と弾むものである。お陰で三十分があっという間だ。


 気が付けば眼下には、緑の大きな庭と白亜の宮殿が姿を現していた。あれこそわたしが通うグリーンフィールド学園である。昔の領主館を再利用しているので、とっても豪奢な造りなのだ。


「うわあ、学園の象徴が……」


 雷が落ちたあの大木も見えてきたけど、無残な有様に背筋がぞっとした。


『僕たちよく生きてたな……』

「うん……」

『あ、そうだ。学校に着いたことだし、僕はしばらく黙るよ。人前でもし僕が喋っても、無視して構わない。会話してると君の独り言になってしまうからな』

「はは、それはちょっと不気味ですからね……」


 思わずその場面を想像してしまい苦笑した。早くもこの異常な状態に慣れつつあるので、うっかりやってしまう可能性は十分にある。見られた挙句、変に思われたら病院に逆戻りってこともあるかもしれない。気を引き締めなくっちゃ……。


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