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思いもよらない告白だった。そんな様子、今まであっただろうかと咄嗟に彼の行動を振り返る。
変なあだ名をつけてきたり、事あるごとに悪戯とかちょっかいをかけてきたり、からかってきたり……。
ああ、もしかしてあれかな。好きな女の子には意地悪したくなるっていうやつだろうか。でもわたしはマゾじゃないから、そんなことをされても嬉しくない。むしろ苦手意識しか湧かないよ。
「あ、あの……ごめん、わたし好きな人いるから……」
「セオだろ? 知ってるよ」
「いやちが――」
言いかけて、わたしは慌てて口を噤んだ。ここで否定したら誰だって話になりかねない。下手したらクリスにばれてしまう可能性は大いにある。だってデリックにまでばれていたくらいなのだから。でもわたしってそんなに感情がだだ漏れなのかな……。
「それでもいいんだ。俺と付き合ってくれ!」
焦りと不安に苛まれている最中、両肩をガシッとデリックに力強く掴まれた。わたしは近すぎる距離に怯え、目を白黒とさせて首を振った。
「む、無理、無理だよ! デリックの事そういう風にみたことないもん」
「じゃあ今からそういう風に見てくれ!」
「無茶言わないでよ!」
「俺、お前の事大事にするし、絶対泣かせたりなんかしない。だから、そんなにすぐに結論を出さずにちょっと考えてみてくれよ……!」
切羽詰った顔で食い下がって来るデリックに、心が苦しくなる。何でこんなに必死になるんだろう。それ程わたしのことが好きだってことなんだろうか。でも困る。わたしは同じ思いは返せないし、彼のことを友人以上には思えないのだ。多分それは時間をかけて考えても同じこと。だから考えてみるよ、なんてその場しのぎの言葉は返したくなかった。でも今の彼には無理だと言っても受け入れてはもらえなかったから、時間を置いた方が良さそうだ。何て返したらいいかな……。
返事に窮していると、デリックがポケットから白いボールを取り出した。
「これ、ずっと渡そうと思ってた誕生日プレゼント。受け取ってくれ」
「え……」
「ほら!」
腕を強引に取られて、手の上にボールが乗せられる。触れた途端それはふわふわの毛に包まれた小さな羊に変化した。
「返事はどっちでも、これは返したりするなよ。頼むから……」
デリックの辛そうな眼差しがわたしを射抜く。それを見たら、突き返すことなんてできなかった。
「わ、わかったよ。あの、ありがとう……。わたし、用事があるからもう行くね」
「ああ……」
わたしはデリックの顔も見ずに、逃げるようにその場から去った。歩いて歩いて、辿り着いた先は人気のない静かな中庭である。とにかく今は気持ちを落ち着かせたかった。
わたしは白木造りのベンチに座り、ポケットの中からもらったプレゼントを取り出した。ぬいぐるみのような可愛らしい羊。でもこれは今流行のアニマルラッピングってやつだろう。首元に飾られたリボンを取ると、案の定魔法が解けて白いハンカチとベロアの箱が現れた。如何にも高級そうな箱に、わたしの心が一層重くなる。
恐々と中を開いてみれば、そこにはハートモチーフのネックレスが入っていた。しかもキラキラと光る宝石付きの。
「……これってダイヤ……?」
『ピンクダイヤと普通のダイヤだな』
呆然とネックレスを手に取りながら、そういえばデリックもいいところのお坊ちゃまだったっけ、と思い出した。
「困るよ……」
つい受け取ってしまったけれど、こんな高価な物もらえない。デリックには普通レベルなのかもしれないけど、わたしが持つにはそぐわないし、友人からのプレゼントにしてはちょっと重い贈り物だ。
『それぐらいなら受け取ってやれよ』
クリスの言葉で、更に憂鬱な気分になった。わたしにとってはそれぐらいじゃないんだってば。それに彼の口からそういう言葉は聞きたくなかった。ついでに苦い思い出までが蘇ってしまい、わたしは顔を顰めた。
「……そういえばさ、マリナステラでデリックを薦めてきたのって、彼の気持ちを知ってたから?」
『まあ……。前々からあいつ、君の話をよくしてたから』
「そうなんだ……」
『……ちょっとうるさいけど、あいつはいいやつだよ。でも、君には好きなやつがいるんだよな』
少し気落ちしたような声音に、心がじくりと痛む。
きっとわたしがデリックを受け入れられないことを残念に思っているんだ。デリックがクリスに話してたってことは、相談でもしていたんだろう。クリスだって応援していたはず。だから気落ちしちゃうんだよね。わたしがクリスの立場だったらそういう心境になるもの。
でもそれはクリスがわたしのことを何とも思っていないという証明でもある。だから今の彼の言葉は、わたしにとって辛いものだった。
「それって好きな人がいなかったら、またデリックを推してくるつもりだったの?」
お蔭でついそんな言葉が、恨みがましい口調で出てしまう。言ってから、すぐさまとてつもない自己嫌悪とデリックへの申し訳なさでいっぱいになったけど。
わたしは両手で顔を覆って呻くように呟いた。
「今のは気にしないで。変な事言っちゃった……。ちょっと、混乱してて……」
『いや……』
そうこうしている間に、予鈴が鳴り響く。結局本来の目的を果たせないまま、お昼の時間は終わってしまった。




