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先程お兄ちゃんから聞いた新たなる情報。生年月日だけではなく、時間までが同じというのは今回のことに無関係ではないはずだ。まあたとえ関係なかったとしても、伝えるに越したことはないはず。ということで、夕食後早速ネリーに連絡したわけだけど、
「それって本当かい!? 君たちがこうなったのって運命なんじゃない? 凄いなー! うーん、面白い!」
カードから返って来たのは、ドリューの興奮した声だった。
「ちょっと! あたしのカード返してよ!」
「いやー、興味深い情報をありがとう! 他にも何かあったらどんどん教えてくれよ! 俺も君たちの為にも頑張るからな! とりあえず先生を急かしておくよ!」
わたしが言葉を挟む隙もなく、勝手に通話を切られてしまった。最後にバキっていう不穏な音が聞こえたけど、大丈夫かな……。
まあでも急かしてくれるって言ってたし、ドリューにも伝えられたのは結果的には良かったのかもしれない。クリスはとっても不安そうだったけど。
そして翌朝。
『――きろ。起きるんだ! もう四時過ぎているぞ』
「……はい、はい、起きますって……」
クリスは宣言通り、容赦なくわたしを起こしにかかった。それからてきぱきと下される指示通り、朝の運動をこなして朝の勉強。そして朝食を終えると、一気に眠気が襲ってきた。でも身支度もあるから、寝てもいられない。これはきつい……。
限られた時間の中での慣れない身支度も大変だった。時計を気にしながらの作業なので、集中できずに手がもたついてしょうがない。わたしは心の中で悲鳴を上げた。
こんなの毎日続けてられない! 絶対無理! って。
『うん、昨日より上手くできている』
「そ、そうかな……?」
なのにクリスの誉め言葉一つで、明日も頑張ろうとあっさり考えを改めた。それにしゃんとした自分を見るのも、何だかんだ言って気分がいい。鏡を見るたびにうんざりしていたのが嘘みたいだ。
慌ただしくも充実した朝だ。なんてわたしは足取り軽く家を後にした。我ながら単純なものである。
とまあ、気分がいいのは学校に着くまでだった。教室に一歩近づくたびに、憂鬱な気持ちがどんどん大きくなっていったのだ。なぜかと言えば、それはもちろんアメリアのことである。いくら単純なわたしでも昨日の今日で忘れられるわけがない。
腹立たしいし、見返してやりたい。確かにそういう気持ちもある。でも一方では彼女とちゃんと話したい、という気持ちもあるのだ。結局わたしはアメリアとどうなりたいんだろう……。
もやもやと緊張を抱えてわたしは教室へと足を踏み出した。
入ると同時にわたしが感じたのは、沢山の視線だった。昨日も見たんだから、今日は注目されないだろうって思っていたのに。今日もそれだけ変わったってことなのかな……。どちらにせよ注目の的というのは、居心地が悪いものだ。
わたしは視線から逃れるように、そそくさとアメリアの元へ向かった。
「アメリア、おはよう……」
「おはよー、クリス」
挨拶は普通に返してくれた。良かった。
「あの」
「私、トイレ行ってくるねー」
でも話を切り出そうとしたら、彼女は遮るように立ち去ってしまった。満面に浮かべた笑顔から物凄い拒絶を感じる。落胆と悲しみで、わたしは力なく項垂れた。
『宣戦布告か? やる気満々だな』
違う。そんなんじゃない……。クリスの見当違いな言葉に、思わず首を振ってしまう。
『何にせよ話をしたいなら強気で引き留めるぐらいはしないとな。敵は人前では本性を出さないから、またああやって躱されるぞ』
人前では本性を出さない、か……。
わたしはアメリアのことを考えながら、自分の席へと歩き出した。
なら人が居ないところで話しかけてみようかな。それとも今からトイレに行ってみるか。しつこいって怒らせるだけかな。でも引き留めて、何話すっていうんだろ……。怒りをぶつけるっていうのも何か違う気がするし……。
「あっ」
などと自分の思考にふけっていたら、誰かの背中にぶつかってしまった。高い身長に短い赤毛――デリックだ。
「ごめんね、デリック。おはよう」
デリックは何故か、動きの悪い人形みたいに、ぎこちなく振り向いた。ぎ、ぎ、ぎ、という音が聞こえてきそうな動作である。
「お、お前、メガネ、一体……」
「昨日もそうだけど、今日もメガネじゃないでしょ」
何で片言何だろう。変なの。妙なデリックがおかしくて、笑いながら言うと彼は口を噤んだ。でも視線は相変わらずわたしに固定されたままだ。ジロジロと珍しいものを見るみたいに眺めてくる。
「今日もちょっと変えてみたんだけど、変かな? いい感じに見える?」
「い、いいんじゃ……ねーの」
おお、凄い! 人の容姿なんて褒めることの無いデリックがこんなこと言うなんて。心なしか照れているようにも見えるけど、まさかね。
「うん、凄い可愛いよ。今日は一段といいと思うな。おはよう、クリス」
「お、おはようセオ。ありがとね。色々と」
横から出てきたセオに照れ笑いを浮かべつつお礼を言うと、それで全て察してくれたようだ。彼は心底嬉しそうに笑顔を浮かべて、一瞬わたしの背後を見た。
「そっか。クリス、良かったね」
「うん」
「……良くない。良くねーよ! 前の方が全然いい」
「え?」
「は?」
急に声を荒らげたデリックに、わたしとセオは目を丸くした。急に何なんだろう。
訳が分からずデリックを見つめて首を傾げる。すると彼はハッとしたかと思うと、唇を噛みしめて教室から出て行ってしまった。
「何だあいつ?」
「えーと、話の流れ的に、やっぱりメガネつけて髪の毛降ろしてた方が良かった、ってこと……?」
「あ、そっちもいいと思うよ。俺は」
……セオの可愛いはあんまり信用ならないかもしれない。
『気にするな。デリックはちょっとおかしいだけだ。僕の目からみても今の君は可愛いから』
その言葉に、わたしは思わず両手で顔を覆ってしまった。
「クリス? どうしたの? デリックのせいで落ち込んじゃった……?」
「違うの、何でもないから。大丈夫……」
そう、落ち込んでないし、全然気になんかしてない。クリスの言葉が嬉しくて、にやけているだけだ。
もちろん可愛いの後に「僕がアドバイスしたんだからな」っていう言葉がついてくるのはわかってる。でもやっぱり好きな人に言われると喜びを感じるものなのだ。
しかし、である。クリスの声は聞こえないので、傍から見たら急ににやけ出したように見えるだろう。そんなのおかしいし、何よりクリスにこんな変な顔を見られたくない。
『君に足りないのは自信だな。こういう時は鏡を見るんだ。そして自分は可愛いと声に出して言ってみろ。自信が付くぞ』
いや、流石にそれはちょっと。




