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ミスティカルタイム  作者:
鏡の中のナルキッソス
23/39

22

 左右の横顔、斜めの横顔、それから真正面の顔。いろんな角度で顔を鏡に映して、クリスはじっくりと鏡面を眺めている。自分の顔でもないのに、彼の目(といってもわたしの目なんだけど)は心なしかキラキラしているようにみえた。


 あの後ルシェルと一緒に教室に入るかと思えば、彼はその前に彼女と別れた。向かう先は女子トイレ。そしてご覧の通りの現状である。


『楽しい……?』

「というよりも心が落ち着く。それに飛行で髪も乱れただろうから直さないと」

『心配しなくても朝と全然変わってないよ』

「……そのようだな」


 と言ったのに、クリスは朝も散々見た姿を飽きることなく見つめている。わたしはそれを何とも言えない思いで眺めた。


 わたしの姿でやられると居たたまれないし見るに堪えないんだけど、それでもやめてと言わなかったのは、生き生きとしているクリスに対して水を差したくないと思ったからだ。もしわたしが今日戻れたとしても、彼が元に戻れるのはもう少し先の事。よっぽど変な事でもない限り、今日ぐらいは彼の思う通りにさせてあげたい。


 あーあ、でも見れば見る程この鏡に映る姿がクリスの顔ならなーって思っちゃう。彼の顔だったら、呆れつつもその容貌を鑑賞することができたのに。何だかんだ言っても、やっぱり彼の顔はとても美しいし、好きなのだ。


 ……好き、かあ。この状況でわたしってばよくそんなこと思えたものだ。しかもクリスは今わたしの姿をしているっていうのに。わたし、頭がどうかしちゃったんだろうか……。


「クリス、エリザベスが言った事なんかあんまり気にするなよ」


 クリスの言葉にわたしはハッとして顔を上げた。彼は髪をいじくりながらも、視線をこちらに向けていた。


 きっとわたし、変な顔してたんだろうな。でも先輩の事なんてすっかり忘れてたよ。


『別に気にしてないよ。慣れてるから』


 苦笑いすると、クリスがわずかに眉を顰めた。


「他にも未だにそういうことを言う奴がいるのか」

『でも仲良くしてくれる人の方が多いから気にならないよ』


 今までとは別世界、ということを覚悟して入った学校だ。心構えもあったし、慣れてくれば軽く聞き流せるようにもなった。何事も慣れである。


 今わたしが気にしているとすれば、それは自分の気持ちとクリスの事、そしてルシェルの事だ。


『ね、ねえ、ルシェルの事……』

「うん?」

『えーっと、あの……、ルシェルはあの先輩相手に堂々としていてすごいなーって』


 どう思ってるの? と聞こうとしたけどやめた。そんな質問、わたしがクリスの事を好きだって言ってるようなものだ。それで引かれてしまったら立ち直れない……。


「もともとあいつは気が強いんだ。昔は男相手でも物怖じしなかったしね」

『へえー』


 そうだ。笑いながら聞いてみれば、それっぽく感じないかもしれない。

 彼の言葉を右から左へと聞き流しながら、わたしはそんなことを考えていた。


「でも今のルシェルは少し危ういから心配だな……」


 独り言のように呟かれた言葉に、わたしの意識が引き戻される。彼は視線を落として、少し眉根を寄せていた。その仕草に、今あるはずのない胸がちりりと痛む。


 この思い煩い様、ただの従妹ってレベルじゃないでしょ。やっぱり彼って……


『ルシェルの事、大切にしてるんだね』


 我慢できなくなったわたしは、ついに言ってしまった。といっても流石にストレートには聞けなかったけど。


「もう一人の妹みたいなものだからな。君も弟みたいな甥っ子がいるからわかるだろ?」

『それならわかるけど、でもほら、ルシェルとは年が近いし、ドキドキしたこととかは……』


 なるべく軽く聞こえるように、笑顔を張り付けて聞いてみる。


「あるわけないだろ。何でそんなことを聞くんだ」

『だって顔が似てるから、あり得なくもないかな~って』


 一瞬ぎくりとしたけど、笑みは崩さず「あはは」と気の抜けた笑いを漏らした。どうかばれませんように……。


「君が僕をどう思ってるかよくわかった。つまり僕が自分の顔に性的興奮を感じる変態だと思っているんだな」

『え、いやそこまで言ってないでしょ!?』


 バレはしなかったものの、クリスの機嫌を大いに損ねてしまったようだ。無表情だけど、それが余計に怒りを感じる。うう、言わなきゃよかった。


「確かに僕は自分の顔が好きだ。だけどな、前にも言ったけど、そういう嗜好はないんだよ!」


 ふんっと鼻を鳴らして、クリスはすたすたとトイレを出て行ってしまった。一応ごめんと謝ったけれど、返事が戻ってくることはなかった。代わりに彼がしたことは、肩を竦めて溜息を一つ。これは今までの経験から察するに「はいはい、分かったよ」ってことかな。良かった、そこまで怒ってないみたい。


 クリスの怒りには冷やりとしたものの、わたしは少し安心していた。だってルシェルのことが好きだったら、わたしなんか出る幕ないもの。

 ……あれ? でもそうするとわたしの最大のライバルはクリスだということになる。自分以外好きになったことないって言ってたもんね。

 ど、どっちにしてもこれ、無理じゃない? 勝てっこないよ。そもそも勝負にもならない。だって相手は超が付く程の美形で、品行方正なお坊ちゃまだ。対するわたしは、ズボラでぐーたらな庶民。しかもこっちのだらしなさはクリスにバッチリ見られているわけで……。


 こんな女、クリスが好きになる訳がないじゃん!!


 ああ、好きな人が出来たのはいいけど、これでは前途多難だ。ううん、絶望的展開だよー……!






「うわー、本当に君、クリス? 凄い良い感じじゃん!」


 え? 何? と思って顔を上げると、クラスメートがわたしを見てニコニコと笑っていた。苦悩している間に、教室に辿り着いていたようだ。全然気が付かなかった……。


「メガネないと凄い変わるね~」

「本当だ。一体どうしちゃったの?」


 わたしの変化に、クラスの皆も驚いているようだ。口々に漏れる言葉は、好意的なものが大半である。でも褒められても、嬉しさよりやっぱり流石クリスだね、という感想しか湧いてこない。幽体だとどこか他人事のように感じるんだよね。視点が違うからかな。皆の視線もこっちに向いてないし、自分が言われているっていう気がしないのだ。


「ありがとう。気分転換に色々と変えてみたの」


 クリスはふっと大人びた笑いを浮かべて、軽くあしらっている。その姿を見て、わたしは思わず目を逸らした。今の笑いといい、仕草といい、どことなく艶っぽいものを感じてしまったのだ。

 自分を客観的に見ることなんてできないから、いつものわたしがどんな感じだかわからないけど、これは絶対わたしとは違う。昨日もそうだったけど、わたしじゃないって突っ込むのをやめられない……。


 それからクリスは自分の席に着くまで、普段まったく接点のないクラスメートから話しかけられたリ、遊びに誘われたりしていた。皆の対応の変化に、少しだけへこむ。


 見た目が変わるとこうも変わるものなのか。やっぱり身だしなみはちゃんとしないとね。うん、次から絶対頑張る。……クリスにも少しでも見直してもらいたいし。


 わたしは自己改造を心に固く誓った。


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