表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミスティカルタイム  作者:
鏡の中のナルキッソス
19/39

18

「どうしたの?」

「ここでは話しにくい」


 更にクリスは、困惑気味に近寄るセオの腕を引っ張り教室から連れ出した。ああ、視線が痛い……。しかも一瞬だけど背筋がぞわっとした。刺すような視線、みたいなものを感じたのだ。思わず振り返って見てみたけれど、既に教室を出てしまったので確かめようがない。でも、確かアメリアがいた方から感じたような気がする。セオを連れていったから? いやいや、彼女に限ってまさかそんなはずはない。そのくらいで怒ったりしないもの。多分気のせいだ。


 わたしが不安に苛まれている間にも、クリスはセオを連れて廊下を無言でずんずんと進んで行く。どこに行くのかと思えば、やってきたのは中庭だった。


「君さあ」


 きょろりと辺りを見回しながら、セオがひっそりと呟いた。


「何だ」

「男の方のクリスみたいなんだけど」


 おお、流石長年の友人! しかも彼はこちらの事情も知っているので、普通ならまさかと思う考えにも辿り着いたのだろう。わたしが感心していると、クリスも目を瞬かせて感心したように頷いた。


「お、その通りだ」

「うーん、半信半疑だったけどまさかね……」

「よくわかったじゃないか」

「いつものふにゃっとした感じがないし、彼女がこんなことするとも思えないから」


 そうか、わたしはいつもふにゃっとしてるのか……。いいのか悪いのかわからない評価だ。


「で、大変な事ってクリスと彼女が入れ替わっちゃったってこと?」

「そうだ。おかげで魔法が上手く使えない。だから僕をクラインベイルまで送って欲しいんだ」

「そっか、それは大変だよね。いいよ、送っていくよ」


 あんな遠い所でも二つ返事でオッケーしてくれるとは。なんて親切なんだろう。気心が知れた仲っていうのもあるんだろうけどね。何にせよわたしは感激した。


『ありがとう! 助かるよ』


 ついついお礼を言ってしまったけど、当然セオは無反応。そうだった、わたしの声は他の人に聞こえないんだ。もどかしいなあ。


「彼女がありがとうって言ってる」

「困ったときはお互い様だから。気にしないで」

「よし、じゃあ行ってくれ。最速で頼む。くれぐれも安全飛行でな。保護結界は分厚く張れよ」

「注文多いな」


 セオは口を尖らせて呟き、クリスに背を向けて座り込んだ。そして「ほら」と後ろを振り返って促す。どうやらおぶってくれるらしい。わたしにしてみたら、ちょっと恥ずかしいシチュエーションだ。クリスは全然抵抗もなくセオにおぶさっていたけど。


「それでクラインベイルのどこまで行けばいいの?」

「そうだな……。クリス、ネリーは今の時間でも家にいるのか?」

『そのはずだよ』


 ネリーは学校には通っていない。家の手伝いをしつつ自宅で学習という方法を取っている。昔はそんな彼女のやり方が不思議だったけれど、特殊な事情を知った今では行けない理由も何となく理解できた。


「ならネリーの家に寄ってもらおう。おい、セオ、僕が指示した場所まで行ってくれ」

「うん、わかった」


 最速で、との注文の通り、セオの飛行はとんでもなく速かった。ネリーの家まで何とニ十分足らずで到着してしまったのだ。エアボードより早いとは。凄すぎる……。


「ここでいいの?」

「ああ、でもまだ帰るなよ。話が終わるまで待っててくれ」

「何でだよ」

『ここまで送ってもらったら充分だよ、クリス。セオには帰ってもらおうよ』


 流石にそこまで拘束するのはセオに悪い。ここから自宅までは歩いて五十分くらいだし、そうしんどい距離ではないから彼に頼らなくても何とかなる。


 するとクリスは憂いを込めた眼差しを夕日に向けて、ふっと息を吐いた。


「もう日が暮れる。話が終わる頃には真っ暗になるだろう。魔法が使えないか弱い女の子を、暗がりの中一人で帰らせる気か? 人でなしめ」


 あっ、わたしの言うことは無視ですか。そうですか……。


「そういう憎たらしい口調で言われると、お前なら何があっても大丈夫だよって言いたくなるね」

「うるさい。とにかく待ってろよ、いいな」

「はいはい」

『ごめんね、セオ……』


 聞こえないとはわかっていても、声に出さずにはいられなかった。だってクリスの要求はわがまま娘そのものなんだもん。中身は娘じゃないけど。


「別に君は気にしなくていい。僕とあいつはいつもあんな感じだ」

『あ、そうなんだ。いつもクリスが無茶言って困らせてるんだね……』

「馬鹿言うな。あいつだって無茶苦茶言う時があるんだぞ。お互い様だ」

『えー、セオが? 想像つかないなあ……』

「そう。想像もつかないようなことを言ってくるんだ。君も聞けば驚くさ」


 クリスはシニカルな笑みを浮かべて、滅多に使われない呼び鈴を押した。ややあって、ガチャリという音を立てて扉が開かれた。


「ハーイ、どちらさ、ま……」


 面喰ったようなネリーの視線が、上から下へとわたしたちに注がれる。そしてすぐさま顔を強張らせた。


『ネリー、大変なことになっちゃった……』

「どういうこと? 何でこんなことに? ああ、クリス、何言ってるのかわからないよ……」


 彼女ならわたしの姿が見えるから、入れ替わったことをすぐ理解したのだろう。それでもやっぱりわたしの声は彼女にも届かないみたいだ。


「それが僕らにもさっぱり。だからここに来たんだが」

「それだでわかるわけないでしょ。状況を詳しく話してよ」

「気が付いたらこうなってたんだ」


 実に簡潔な答えに、わたしは苦笑いを浮かべた。それだけじゃわかるわけがない。わたしからも話さないと。ああ、直接伝えることができないって、すごくじれったい。この身体って本当に不便だ……。


「あのさ、それのどこが詳しい状況説明なわけ?」

「僕の場合は本当にそうなんだ。クリスの話を聞いた方がわかるかもしれない」

『じゃあわたしの話、伝えてね』


 授業中にすごく眠くなって寝たこと。そして身体が浮き上がるような感じがしたことを伝えてもらった。言葉にすると大した説明にもなっていないような気がするけど、これがあの時起きたこと全てだ。


「そうだ、あと一つ。関係あるかどうかわからないが、それが起きた時間は例の時間だ」

「君が生まれた時間だね」


 えっ、そうだったのか。混乱していたけど、ちゃんとそこまで確認してたんだね。余裕がないように見えて、結構目敏いんだなあ。


「魔鏡はあった?」

「あるにはあったが、合わせ鏡ではなかった」

「そっか」


 しばらくネリーは考え込み、多分だけど、と呟いた。


「クリスは幽体離脱を起こしたんだと思う。そこで空っぽになった体に、傍にいたクリス君が入っちゃったんだね」

「戻れるか?」

「さて……、やってみないと何とも言えない。とにかく明日、同じ時間に今日と同様のことをやってみようと思うんだけど、学校は早退できそう?」

『そもそも交通手段がないから休むしかないよ』

「あまり休んでもいられないだろう。君の評価に関わる。大丈夫だ、早退できる」

『えっ、どうする気? まさかまたセオ?』

「君は気にしなくていい。僕に任せてくれ。悪いようにはしないから」


 ムッとしてクリスが呟く。まあわたしとしても、行ってくれた方が助かる。それに何か機嫌悪そうだし、これ以上このことについて触れるのは止めた。ただこれだけは忘れずに釘を刺しておかなければ。


『じゃあお任せするけど、くれぐれも普段のわたしからかけ離れた行動はしないでね』


 今日のことを振り返ると、念を押すのは止められなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ