16
晴れやかなる青空の下、わたしは何故か古めかしいメイド服を着て佇んでいた。
傍には青く輝く美しい湖と色とりどりの花畑。そしてリスや子熊、妖精やユニコーンに囲まれたドレス姿の美しい少女が一人。わたしのご主人様であるルシェル姫だ。
……妖精にユニコーンにご主人様?
一瞬違和感を覚えたけど、気を取り直して周囲を注意深く見渡した。今は姫さまのお傍に侍るという大切なお役目の真っ最中。彼女に何かあったら王様に顔向けできないもの。しかも鞭でズタボロにされるという末路も待っているのだ。ボロ雑巾にはなりたくない。しっかり張り番しないとね。
「ルシェル!」
うっ、流石に空はノーマークだった!
頭上から良く通る美声が降ってきたので、わたしはサッと身構え空を見上げた。
天馬に乗った人物が、姫さまを目指して降りてくる。あれは超ナルシストで有名な、隣国のクリス王子だ。
彼は優雅な仕草で白馬から降りると、姫さまの元に駆け寄った。
「クリス、来てくれたのね!」
「もちろんだ。ああ愛しいルシェル、君は何て美しいんだ。まるで鏡を見ているようだ……」
「貴方もよ、クリス。私が一緒に居られるのは貴方だけ。クリスといると自分といるようで落ち着くわ……」
彼らはうっとりと互いの顔を見つめ合い、手を取り合った。その姿はまさしく愛し合う恋人同士そのもの。
画的には凄く美しいんです、はい。でも凄くもやっとする。だってそんな理由で愛し合えるものなの? 冗談でしょ? そんな馬鹿げた話聞いたことないよ!
しかし苦悩するわたしを差し置いて、二人はとっても楽しそうだ。そしてあろうことか、二人は互いの顔を徐々に近づけ始めた。
あ、これキスする気だ。
そう気づいた途端、わたしの胸に広がったのは強烈な焦燥感。
「だ……」
何でかなんてそんなことわからない。でもこれだけははっきりしている。
それは今のわたしにとって、この二人のキスシーンが嫌でたまらないってことだ。
「だめーっ!!」
『おはよう、凄い叫び声だな』
爽やかな朝に似つかわしい爽やかな笑い声が耳元に響く。今のは……夢か。
わたしはのっそりと体を起こして、ぼんやりと呟いた。
「……おはよう」
『まさかまた僕に叩かれる夢を見たって言うんじゃないんだろうな』
「違うよ。まあクリスは出てきたけどさ……」
夢の内容を思い出して、頬がじわじわと熱くなる。我ながら馬鹿馬鹿しい夢を見るものだ。しかもあれって明らかに嫉妬じゃん。昨日感じた不可解な気分も多分そうだ。
でも別にわたしはクリスの事、そういった意味で好きじゃない。一緒に居てムカムカしたりイライラすることはあっても、ドキドキすることなんてない。そりゃ優しい綺麗な声が耳元で聞こえるのはちょっとはドキッとするし、楽しいなって思うこともあるけど……。
『ふーん。僕が出ると叫び声が出る程の悪夢になるんだな』
どんな夢か見てみたいよ、とクリスが楽しそうに笑う。そんなの冗談じゃないよ。あんなの見たら、呆れを通り越して絶対笑われる。何よりわたしが恥ずかしい。
「たまたまだよ。ほら、鏡だよ。存分にどうぞ」
早く話を切り替えたくて、鏡の前に立つ。クリスはわたしをすり抜け、鏡にべったりと張り付いた。彼も遠慮がなくなったのか、やることが段々おかしくなってきている。というか、これがこの人の普通なのか。
『ああ、今日も美しい……』
今日も今日とてこの立派なナルシストっぷり。そうだよ、こんなナルシストを好きになるわけが……。
とまあ朝はもやもやを抱えていたけれど、学校に来たらそれもすぐ落ち着いた。ルシェルが休みということもあって、午後になると夢の事なんてきれいさっぱり忘れた。
そんなことより、今はとっても眠い。日当りのいい席を選んじゃったせいで、お昼を大分過ぎたのに眠気がどんどん押し寄せてくる。しかも今日は実習じゃなくて座学。眠くなって当然だ。
「今や私たちの生活に欠かせないものとなった術式回路。これが取り入れられている物は、移動手段に家事道具や連絡手段等、多岐にわたります。今日着目したいのは、連絡手段として目覚ましい発達を遂げているマギネットについてです。これも術式回路の開発者でもある西の賢者ヘルメスと東の賢者シキ、ミルドレッド・クロウリー、そして新たにロカリオ・ベルネテスを加えたメンバーで開発されました。彼らは古代の技術から着想を得て――」
うう、歴史系の話は苦手なんだよね……。先生の声が平坦だから余計に眠気が……。だめだ、頭ががくがくしてきた……。
『おい、授業中だぞ。寝るなって』
そんなのわかってるって。でも眠くなっちゃうものはしょうがないでしょ。クリスは午後の授業眠くなったりしないの? だったら代わりにクリスが受けてくれればいいのに……。
……もうだめだ。口がむにゃむにゃと勝手に動いている気がするけど構ってられない。っていうかまともに考えられない。もう眠っちゃえ。ちょっと寝ればすっきりするはずだ。今日は階段教室じゃなくて良かった。あれだと寝たら目立っちゃうから……。
眠気に抗えなくなったわたしは目を閉じた。ああ、気持ちいい……。心地よい充足感が全身に広がっていくようだ。そして次に感じたのは、身体が軽くなったようにふわっと上に登っていくような感覚だった。まるで重りから解き放たれたみたい。どんどん上に登っていっている気がする。やがて上昇する感覚はぴたりと止まり、今度は真っ暗だった視界がパッと明るくなった。
『……え?』
気が付けばわたしは自分の頭を見下ろしていた。