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彼女の名前を聞いて、わたしは興奮した。もしかして、サザーランドってあのサザーランドアーケミックの!? クリスの親戚だし、この学園に来るくらいだから十分あり得るよね。
サザーランドアーケミックと言えば、生活用品から飛行器具に至るまで、ありとあらゆる製品に関わる大企業だ。多分この世界で知らない人はいないんじゃないだろうかってぐらい、有名な会社である。
サザーランドさんは見るからに普通とは違うお嬢様って感じだから、そこの娘ですって言われても驚かない。むしろ納得しちゃう。そしてクリスと同じく、見ていて飽きない、というより目が離せない存在だった。
「ミス・サザーランド、席は奥の開いている席に」
「はい」
すたすたとサザーランドさんが階段を上がって来る。彼女が隣に座ると、花のような馨しい香りがふんわりと鼻孔をくすぐった。イメージにぴったりの香りで素敵……。
「あの、わたし、クリス・グロブナーっていいます。よろしくね」
ドキドキしつつも、わたしはすぐさまサザーランドさんに声を掛けた。いつもならあり得ない積極性だけど、クリスと似てるせいか、すんなり話しかけることができたのだ。それにせっかく同じクラスになったんだから、仲良くなりたい。
彼女は一瞬目を瞬かせると、ふわっと柔らかい笑顔になった。その様はまるで花が綻ぶよう。はっきり言ってすごく可愛い。反則だよ、綺麗と可愛いが同居してるなんて……!
「よろしく。ねえ、お昼休みに校内を案内してもらえない?」
「うん。ならついでにお昼一緒に食べようよ」
「そうしてもらえると嬉しいわ。ありがとう」
そう言って彼女が本当に嬉しそうに微笑むものだから、わたしも嬉しくなった。勇気出して声かけてみて良かった。
今日は移動教室が多い日だったので、案内がてらルシェルとたくさん会話することができた。その中で気づいたことがある。どうも彼女は男の子が苦手みたい。女の子の前だと普通なのに、話し相手が男の子になると笑顔が強張ってしまうのだ。今も勇気ある男子が彼女をお昼に誘っていたけど、弱弱しい笑顔を浮かべてわたしと食べるからと断ってしまった。
「クリス、行きましょ」
「うん。……ねえ、もしかして男の子苦手?」
「少し。今までずっと女子校だったから、何だか慣れなくて……」
「そっか。あ、でもセオなら平気でしょ? ルシェルと知り合いって聞いたよ。誘ってみようか」
「ううん、いいの! 今日は貴女と二人で食べたいわ」
ルシェルは慌てたように声を上げてぎこちなく微笑んだ。何だか訳ありって感じがする。仲が悪いのかもって思ったのは、案外気のせいじゃないのかもしれない……。
目立たない場所が良いというルシェルの希望で、わたしたちは食堂の片隅に座った。きっと注目されたくないってことなんだろうけど、それは無理な話だ。傍に見たこともない光り輝く宝石があれば、誰だって見ちゃうもの。近くを通る生徒からの視線は嫌でも注がれた。
「やっぱり女子校とは全然雰囲気が違うわ……」
ランチプレートを上品につつきながら、ルシェルはふうっと息を吐いた。
「初めての環境って戸惑うよね。気疲れするし」
「そうなのよね」
「でさ、女子校ってどこの学校に通ってたの?」
「アラディア女学院よ」
おおっ、魔術専門のお嬢様学校かあ。如何にもって感じだ。
「アラディアはどんな雰囲気?」
「皆仲が良くて、穏やかで落ち着く感じ。まだちょっと緊張してるけど、ここも慣れたら楽しそうね。活気があるし……」
眉を下げてルシェルが微笑む。無理してるっていう感じが、ひしひしと伝わって来るようだった。心細いのか不安なのか。でも苦手なものと過ごさなきゃならないとくれば、そうなるのも分かる気がする。
「ルシェルなら大丈夫だよ。皆優しいから安心して」
「ええ、クリスが言うならきっとそうなんでしょうね。良かった、貴女と知り合えて。貴女に会うまではどうしようってすごく焦ってたのよ」
「何で?」
「ここには従兄が通ってるんだけど、クラスが離れちゃったから不安だったの。あなたと同じ名前の男の子なんだけどね。知ってる?」
「B組のクリスだね!」
「うん、そうなの」
ふーん、男の子だけどクリスなら平気なんだ。確かに深刻なナルシストだし、一緒にいても害はなさそうだからそういう意味では安心だよね。
「でも彼、今は入院中だから頼れない。むしろこっちが助けてあげないと……ううん、助けてあげられたらいいんだけど……」
独り言のように呟く彼女の表情は、少し苦しそうだった。
そっか、この子にとってクリスは大事な人なんだ……。変な風に思っちゃってごめん……。
「心配だよね。実はわたしも一緒に雷に打たれたんだ。でも何事もなく目覚めたから、きっと彼もそのうちって思うけど……」
「そうなの? 大変だったのね……。そうね、貴女が大丈夫だったんだから、クリスにだって希望があるはずよね」
「うん、そうだよ。目が覚めた時のために、メモリーミラーを傍に用意しておかないとね。あの人の事だから、病み上がりの自分を記録したいって絶対言うだろうし」
普段の言動からして、その時のことが容易に想像できる。笑って言うと、ルシェルは驚いたように目を見張った。
「あなたたち、仲がいいのね。彼、他人の前ではあのナルシストっぷり隠してるのよ。鏡は見ても、そういうこと口には出さないもの」
まあ、わたしたちの場合はやむを得ない事情があるんで……。
「女友達っていうのも珍しいわ。女の子苦手なのに」
「へえ~。それは知らなかった……」
ならクリスにとっては今の状態って相当しんどい状況じゃない。彼も運が悪いなあ。あ、でもわたしのだらしなさを目の当たりにしたら、女の子だなんて思わなくなりそう。ちょっとは気が抜けたはずだ。
……うん、自分で言っててちょっと悲しくなってきた……。
その日はルシェルとほぼ一緒に過ごした。コネクトカードの番号も交換し合って、今度遊ぼうっていうお誘いも頂いてしまった。
帰宅したわたしは、鼻歌交じりで自分の部屋に戻った。
『ご機嫌だな』
「だって友だち一人増えたからね」
『そうか。ああ、それに関してなんだが、従兄として礼を言う。ルシェルに良くしてくれてありがとう』
「いーえ。でもルシェルならすぐ学園に馴染めそうだよ」
他の女の子たちも交えて話したけど、ルシェルは話も上手くて聞き上手だったのですぐ皆と仲良くなれた。彼女の今後の学園生活は問題なさそうだ。
わたしはメモリーミラーを取り出して、ルシェルの映像を写し出した。記念にと頼んで撮らせてもらったのだ。
花咲くチェリープラムの木を背景に写る彼女は、花の妖精みたいに可憐だ。ああ、綺麗なものを見ると心が癒される……。
彼女の映像を見ながら、わたしはうっとりと呟いた。
「もしかしたら今年は学園での美人の首位、変わるかもね……」
『他人の評価なんてどうでもいいね。肝心なのは自分が満足できる美しさであるかどうかだ』
相変わらず凄いことを仰る……。ゆるぎない自信を言葉の端々から感じるよ。普通の人がこんなことを言えば「バカじゃないの」なんて呆れた言葉が返って来るんだろうけど、この美貌と自信に溢れる凛とした顔で言われてしまえば、流石としか言いようがない。
うーん。しかしきりっとした顔になると、美しさの中にかっこ良さも表れるのか……。つくづく羨ましい血筋だ。あ、そうだ!
まじまじとクリスを見つめていたわたしは、彼が映る鏡とルシェルの映像を並べてみた。するとツンとした美貌の少年の隣で、可憐に微笑む絶世の美少女の素晴らしい画が完成した。
うわ、思った通り素敵だ。まるで王子と姫君が並んでるみたい……!
『何してるんだ?』
「二人が並んだらお似合いだろうな~と思って。よく言われるでしょ?」
『ないよ。兄妹とか双子と間違えられることはあっても、そんなことを言われたことはない』
視線を落として呟くクリスは、何となく気落ちしているように見えた。
え、何、この反応……。もしかして、もしかすると、クリスはルシェルのことが好きなのかな……? でも自分以上に好きになった人なんていないって言ってたよね。
……いや、この人の事だから自分の気持ちに気が付いていないだけなのかもしれない。だって鈍そうだし。よくよく考えてみれば自分に似てる彼女なら、ナルシストの彼にとって最良の相手だよね……?
『どうした? 変な顔して』
気が付けば、鏡にはきょとんとした顔のクリスと、しかめっ面のわたしが写っている。
「も、元々こういう顔なんで……」
慌てて笑みを張り付けたけど、引きつり気味の歪な笑い顔になってしまった。
『そんなわけないだろ』
うん、そうだよ。そんなわけない。モヤっとしたのなんて気のせいだ……。