12
「病院での魔法は禁止、のはずだけど……」
セオは明らかにわたしを疑っていた。彼にこんな目で見られるのは初めてだ。普段優しい人に疑われるのって凄くグサッとくる……。
「違うの、今のは魔法じゃなくて……」
ど、どうしよう、何て説明したらいいんだろう……。
『なあ、どうせなら全部言ってしまおう。セオなら分かってくれる』
そうかな。今のセオの表情を見てると不安しかないよ……!
パニック状態に陥ったわたしは、馬鹿みたいに同じ言葉を繰り返した。
「あの、違うから、本当に違うの……!」
「ちょっと、落ち着いて。別に言いつけたりしないよ。大丈夫だから、場所変えて話そう。ね?」
わたしがあまりにも慌てているものだから、見かねたのだろう。セオはなだめるように優しい言葉をかけてくれた。それで少しは落ち着いたものの、彼の後について移動している間の心境は、まるで連行される囚人の気分だった……。
病院の裏庭に移動したわたしたちは、ベンチに隣り合って腰かけた。でもわたしは顔を上げられずに、縮こまることしかできなかった。
「何か怖がらせちゃったみたいでごめんね」
「あ、ううん……。あんなの見たら皆不審に思うよ」
それっきり、何も言えなくなってしまった。本当にこんな話、信じてくれるのかな。いくらセオでも、こいつおかしいんじゃないのかって思うんじゃない……?
『真摯に伝えればセオは絶対に信じてくれる。こいつと付き合いの長い僕が言うんだから間違いない』
クリスの穏やかな声が耳に響く。確信の篭った言葉にはちゃんとした説得力があって、不安だった心に勇気が灯るようだった。わたしは逡巡するのをやめて、のろのろと顔を上げた。
『いつもの君を見ていれば、嘘をついているなんて思わないよ。大丈夫だから』
そんな風に言ってくれるなんて嬉しいけど、無性に恥ずかしくなって顔が一気に熱くなる。思わず照れ笑いを浮かべると、困ったような顔をしていたセオも、一瞬目を瞬かせたあと晴れやかに笑ってくれた。
「えーと、話すと長くなるんだけど、実はあの雷の時からちょっと変なことになっちゃって……」
わたしは包み隠さず全てを話した。聞いている彼は、本当にクリスがいるの? と半信半疑だ。
『証明として、僕とセオしか知らないことを話す。そう伝えてくれ。で、君は僕の言うことを復唱してくれ』
クリスの言葉をセオに伝えると、彼は戸惑い気味に頷いた。
「あれは僕らが五歳の頃だった。僕の家に泊まりに来ていたお前は、器用にも地図型のおねしょをして泣いたよな。僕が魔法でごまかしてやったから、ばれずに済んだけど」
「ああ……、そんなこともあったね」
はは、と恥ずかしそうに笑ってセオが言う。子供らしい失敗で微笑ましいエピソードだ。いい話の種になりそうなのに、ずーっと秘密にしてたんだね。クリスって義理堅い……。
『一つでは証明にならないだろうから、もう一つ、去年の夏季休暇中のことを話す』
「って言ってるけど……」
「いや、もういいよ。証明しなくったって信じるよ。君は悪ふざけするような人じゃないもんね」
セオは苦いものでも飲み込んだようにしかめっ面になって、片手を上げて制した。どうやら今の話題、彼にとってよろしくないもののようだ。何があったんだろう。気になるんですけど……。
「二人とも大変な状況になってたんだね。特にクリスは深刻だな……あ、君の背後に憑いている奴の事ね」
『幽霊みたいに言うのはやめろ』
聞こえないとは分かっていても、突っ込むのはやめられないらしい。微笑ましいので彼の言葉をそのまま伝えると、セオも楽しそうに笑った。
「ごめんごめん。でもさ、これ誰かに相談した方がいいんじゃないの? それこそ賢者とかにさ。トリスメギストスさまと知り合いなんだろ?」
「それはわたしも思ったんだけど、そもそもわたし自身が知り合いでもなんでもないから……。あ、でも一応ね、その道に詳しい人に今色々調べてもらってる最中なんだよ」
「そっか……。うん、俺もできる限りのことは協力させてもらうよ」
「本当!? 嬉しい、助かるよ……!」
思いがけない提案に、わたしは飛び上がって喜んだ。セオはクリスの家の人と顔見知りだし、これで病院へも通いやすくなる。心強いよ。
ピリリリリ――。
「あ、ちょっと待ってね、着信だ」
コネクトカードを取り出してみると、相手はネリーだった。もしかして何かわかったのかな。
「どうしたの?」
「クリス、今どこにいるの?」
「病院だよ」
「じゃあ用事が終わったら家においで。母屋じゃなくて離れの方にね。解ったこと色々説明するから」
やっぱり! わたしはお礼を言って、いそいそとカードをポケットにしまった。
「じゃあ、わたしこれから解決方法聞きに行ってくるね! 場合によっては何かお願いするかも!」
「うん。任せてよ」
手を振ってセオと別れる。そしてわたしは喜び勇んでエアポートに向かった。気分はもう解決したも同然って感じだ。
「クリスの言う通り、セオに話して良かったー」
『そうだろ。君にとっても……』
「うん? わたしにとっても、何?」
『いや……。うん、まあとにかく良かったよ』
「何それ」
クリスにしては珍しく歯切れの悪い返事だ。いつもなら気になって突っ込むところだけど、嬉しさのあまりハイになっていたわたしは、特に気にせず笑って流した。