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ミスティカルタイム  作者:
鏡の中のナルキッソス
12/39

11

『あれは何だ? 右にある白い実を付けた木』

「あれはキャンディツリーっていうの」

『じゃあ左のピンクの花は?』

「ピンクローズブロッサム」

『ふーん。ここにしかない植物が色々あるんだな。美しいところだなあ』

「うん。四季を通して綺麗だよ。夏は緑に秋は紅葉、冬は白銀」


 わたしは春の色彩に溢れた森の小道を見渡した。ここは家の近くにある森の中。課題に行き詰ったので、気分転換の散歩に来ていたのだ。


『いいね。ちょっとした詩が書けそうだ』

「詩かあ。如何にもって感じだね」

『……それは褒めてるのか?』


 笑い交じりで返した言葉に含みでも感じたのか、クリスが疑いの篭った質問を投げかけてきた。別に褒めてもいないし、馬鹿にしてもいないんだけど。


「単なる感想。それに詩とか似合いそうな見た目してるし。自分でもそう思ってるでしょ?」


 なんたってナルシストだしね。


『君の笑いにはよからぬものを感じる』

「何それ。勘ぐりすぎだよ」


 やだなー、とわたしはけらけら笑って、また歩き出した。



 最初こそクリスの存在に緊張していたわたしだけど、三日も過ぎればご覧の通り。慣れてしまったのかあまり気にならなくなってきた。ほぼ声だけの存在っていうのが大きいのかも。畏まっていた口調も崩れて、ついでに私生活もだらけた。っていうよりもとに戻った。それで分かったことがある。


 クリスは神経質だ。


『脱いだ靴は揃えるか収納しろって。汚らしいぞ』

「はいはい、わかってますって……」


 家に戻って靴を脱げば必ずチェックが入るし、部屋で上着を脱いでベッドに放りでもすれば


『おい、脱いだ服をそのままにするな。片付けろよ』


 こんな風に一々うるさい。


 でも今のわたしはそれどころじゃないのだ。散歩から戻ってきたあとは、頭がすっきりして冴えている。勉強するには最高の状態だ。余計なことをしたら、この冴えわたる感覚がなくなってしまう! 


「うん、片づけるよ。でもちょっと待って、今すごく頭が冴えてる感じなの。課題があっという間に終わりそうなくらいにね!」


 だから片づけなんて後回し。今大事なのは課題!


「あ、終わるまで話しかけないでね。気が散るから」


 こうすれば彼は律儀にも話しかけてこない。まあ鏡に布を掛けちゃえば、声なんて聞こえなくなるんだけどね。流石にそこまでするのは気が引ける。


 そして三十分後――。


「はー、終わった!」

『じゃあ片づけを――』

「あっ、待って! 今いいアイデアが! すぐ書きとめないと!」


 なんだか今日はいつもより調子がいいや。研究課題のテーマも思いついちゃうなんてね。この前の別荘見学も効いてる気がする。今のうちにメモメモ!

 すらすらと思いついたことを書き留める。耳元でクリスが何やら言っていたような気がするけど、夢中になっているわたしの耳には届かない。


「これでよし……」

『ではいい加減服を――』


 今度はピピピと三時を知らせる時計のアラームが鳴った。わたしは慌てて上着を拾って身に付けた。


「時間になったから病院に行かないと!」


『おい、その前に部屋を片付けるんだ! そのくらいの時間はあるだろ! 服をあちこち脱ぎ捨てて、まるでごみ捨て場じゃないか!』


 たまりかねたようにクリスが怒鳴る。でもこの言いぐさにはわたしも流石にイラッとした。ゴミ捨て場って酷い。失礼だ。そこまで汚くないよ!


「もーうるさい! お母さんみたい! 何でそんなに気にするの!」


 クリスも最初の頃は遠慮してたのか、~したほうがいいじゃないのか? みたいな提案口調だったのに、今では命令口調だもんね。こんな風にあーしろこーしろってうるさく言われてしまうと、鬱陶しく感じてしまう。


『僕は汚い部屋に住みたくないんだよ!』

「住んでるのはわたしです!」

『僕だって一緒に暮らしてるも同然だ! ハッ! 残念だよ、母親じゃなくて。僕が君の母親なら鞭で叩いて躾できるのにな!』


 うわ、言った。鞭だって。あの夢はやっぱり予知夢だったんだ!


「今の時代そんな母親いないよ!」

『少なくとも僕の母はそうだったが』

「えっ、うそー……」


 確かにちょっと厳しそうではあったけど、鞭教育を行う人だったとは……。


『言っておくが、鞭はあくまでも聞き分けのない子供に対する教育だ。それも度を越した聞き分けのない子供のな。虐待めいた想像はしないでもらいたい』


 ちょっと引き気味のわたしに気づいたのか、クリスが釈明でもするかのように言う。でもこの子供って明らかにわたしのことを指してるよね。


「それってわたしが聞き分けのない子供って言いたいの?」

『そのものじゃないか。片付けなんて幼い子供だってできるのに、君ときたら――』

「わかった、わかったよ! もーガミガミ言わないでよ……」


 いい加減うんざりしていたわたしは、大人しく彼の言葉に従うことにした。


『僕だって一々こんなこと言いたくないんだ。体があれば僕が黙って片づけていたさ……』


 身体があればそもそもこんなことにはなっていないよ。と言いたくなったけど、我慢して飲み込んだ。身体のことを言われてしまうと、文句も言えなくなるのだ。おまけに心にずっしり重りがかかる。精神攻撃するなんて卑怯だよ……。


 わたしは無言で服を拾った。たたみ方についての口うるさい指導も素直に受けて、無事に部屋は片付いた。クリスの文句が出なくなるくらいには。


『やればできるじゃないか』

「……おかげさまで」


 まるで子供を褒めるような言葉に、むっつりと返事をして部屋を出る。


『待て、行く前に鏡だ!』

「はいはい、わかってますって……。洗面所に寄りますから」


 恒例になったミラータイムを忘れるわけないじゃん。一回でも忘れたら、何かの中毒患者みたいに鏡、鏡ってうるさいんだもん。


『全身が映る方がいいんだが……』

「……じゃ、部屋だね」


 お坊ちゃまのご注文通りに、わたしは部屋に戻って鏡の前に立った。彼はしばし上から下まで自分の姿をじっくり眺めたあと、今度は鏡にへばりつくようにして食い入るように顔を見つめた。


『美しい……』


 そして辛そうに呟いて、憂いの篭った溜息を一つ。何なんだろう、これ……。


 最初は真顔で呟いていたのに、なんか最近暗い気がするんだよね。


「ねえ、その美しい……っていうの、何で日を追うごとに暗くなるの?」

『わからないのか? この美しさが変わらないからだよ……!』


 何でわからないんだ、とでも言いたげわたしを見るけど、ますます訳が分からない。解るわけないじゃん、ナルシストの思考なんて。


「いいことなんじゃないの? 永遠に若く美しいって」

『冗談じゃない! 年を経て増す魅力というものがあるんだぞ! 日々変化していく自らの美しさを見逃したくはないんだ!』

「そうですか」


 気迫のこもった台詞はよくわからないけど説得力があるような気がして、わたしは思わず頷いてしまった。この人、本当に自分の事好きなんだなあ。ここまでくると感心しちゃうよ。


「じゃあその変化は病院で見ようよ。時間気になるし、もう行っていいでしょ?」

『そうだな。さあ、早く行こう』


 クリスはコロッと態度を変えてわたしを促した。早くって、進路妨害したの、クリスなのに……。




 水曜日も来たくせに、今日も来たのかーって思われないかな。なんて不安はあったんだけど、運はわたしたちに味方しているようだ。

 病室に行くとアレクシアさんは不在だった。代わりにいたのは、クリスの家で雇っている使用人の方が一人。部屋が広いというのも助かった。これなら忍んで触れられるし、小声で喋ることもできる。


 時間を待って、わたしはクリスの手に触れた。でも……


「光らないね」

『何でだろう』


 そう、何も起きなかったのだ。


 水曜日のあの日と何が違うんだろう。帰宅したあとも二人で一生懸命考えたけど、答えは出ず。


 そして次の日――


「あら、また来てくださったんですか?」


 今日の付添人も昨日と同じ人かぁ。笑顔で対応してくれたけど、内心戸惑っていることだろう。でもちゃんと言い訳は考えてあるのだ。


「ええ、ちょっと忘れ物しちゃって」


 苦笑しつつ、摘んできた花束を差し出す。


「まあ、ありがとうございます。では早速活けてきますね」


 目論見通りに使用人さんは出て行った。あとは昨日と同じように触れるだけだ。


「次の言い訳どうしよう……」

『帰ってから考えよう』

「うーん、そうだね……」


 わたしは椅子に座って、ブランケットの下からクリスの手に触れた。この瞬間はまだなれなくて、少し心臓に悪い。


 これは単なる医療行為みたいなものなんだから。気にしない気にしない……。


 気を逸らすように、部屋の時計を見つめる。チクタクと秒針が時を刻み、十二に到達したところで例の時間を迎えた。


「あ……」


 今度は光った。弱弱しい光が少しづつ大きくなる。わたしは咄嗟に部屋を見回した。昨日と違うところがきっと何かあるはずだ。


「あれ?」

『あ……!』


 わたしとクリスは同時に声を上げた。きっと彼も同じことに気づいたのかもしれない。そして次の瞬間だった。


「今の、何?」


 わたしはハッとして声のした方を振り返った。


 そこには、セオが立っていた。戸惑いと疑念の表情を浮かべて――。

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