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ミスティカルタイム  作者:
鏡の中のナルキッソス
11/39

10

 体内を巡る魔力が強制的に動いてる。向かう場所は、クリスの頬に触れている指先だ。しかも触れた部分から吸い取られているような感覚がする。でもそれはほんの少しの間だけだった。わたしたちを包んでいた光は、数十秒ほどで消えてしまったのだ。


 何が何だか分からず、わたしは呆然と呟いた。


「今の、何……?」

『もう一度頬に触ってみてくれ!』

「うん……」


 言われるがままに頬に触れる。でも何も起こらない。


『駄目か……』

「ねえ、何があったの?」

『今、身体が僕の身体に……本体に吸い込まれるような感覚がしたんだ……』

「それってもしかして、もうちょっと何とかすれば元に戻れたかもしれないってことかな……?」

『多分。でもそのもうちょっとが分からない……』


 悔しそうにクリスが呟く。そりゃそうだよね。目の前に自分の身体があって、戻れそうだったとくればどんなにもどかしい事か……。

 でもわたしは嬉しかった。だってちょっとでも進展があったんだから!


 わたしはいてもたってもいられなくなって、櫛を片づけて立ち上がった。


『どこに行くんだ』

「帰るの。学校の図書館で調べるんです!」

『調べるって、当てはあるのか?』

「ないけど、今はとにかく探したい気分なんです」


 このままドリューから連絡を待ってるだけなんてもどかしい。何かしなくちゃ、調べなくちゃ!


 取る物も取り敢えず、脇に置いてあった荷物をひっつかんで扉の取っ手を掴む。


「わっ」


 でも丁度扉が開いたものだから、驚いて手を咄嗟に離してしまった。


 扉の先に立っていたのは、黒髪の貴婦人だった。厳格な雰囲気漂う、如何にも貴族って感じの人だ。そしてクリスと何となく似ている。年の離れたお姉さん……? いや、もしかしてお母さんかな。

 彼女も驚いたらしく、黒曜石のようなきらりとした目を瞬かせた。


「あら……どなた? レナード殿下は……?」

『僕の母だ』


 うわ、やっぱりお母さんだったのか。若くて綺麗だなあ……。なんて感心してる場合じゃない!


「初めまして。わたしクリス君の友人の、クリス・グロブナーです。レナードさまは帰りました」

「まあ、じゃああなたが一緒に事故に遭ったという方ね。無事で良かったわ。私はアレクシア・グロブナー、クリスの母です。来てくださってありがとう」


 アレクシアさんが淡く微笑む。その笑顔は何だか元気がなく、弱弱しいものに感じられた。当たり前だろう。息子がこんな状況になってしまったのだから。


 ふと彼女の姿が、わたしが目覚めた日に号泣したお母さんの姿と重なった。全然似てなんかいないけど、でも子供を思う母親の気持ちっていうのは二人ともきっと同じだ。


 わたしは咄嗟に口走っていた。


「あ、あの! わたしが大丈夫だったんだから、クリス君も目を覚ますと思います。絶対に」


 絶対に、元に戻してみせる。言葉と共に生まれたのはそんな決意。


 けれど反面では冷や汗をかいていた。戻れる確証が得られたわけでもないのに、無責任なことを言ってしまったのだ。感情が高ぶると、後先考えずに口走ってしまうのはわたしの悪い癖だなって痛感する。

 でもアレクシアさんは怒らなかった。


「ええ、そうね。この子もきっとそのうち……」


 彼女は微笑を消して、横たわるクリスを食い入るように見つめた。それを見て、表情こそ変えなかったけれど、鏡の中のクリスが拳をぎゅっと握りしめる。二人のやり取りは、わたしの胸に寂しさと悲しみを植え付けた。


 わたしは運が良かったんだ。もしかしたら、こっちが彼の立場になっていたかもしれないんだよね……。


 そう思ったら、さっきの決意はより硬いものになっていた。


 待っててくださいね、アレクシアさん。何年かかったって、絶対に諦めないから。





 病室を出ると、丁度いいところにセオとアメリアが戻って来た。


「あれ、クリスもトイレ?」

「ううん。急用ができたから帰る。セオ、ありがとね!」

「え、ちょっと待ってよ。帰るなら送ってくよ」

「いいの。セオはアレクシアさんを慰めてあげて! 二人ともじゃあね!」


 ひらひらと手を振って別れを告げる。そして早足で病院を飛び出し、市営ゴンドラに乗り込んだ。


 それからとにかく急いで急いで、図書館に到着。エントランスホールでわたしはゼイゼイと息を吐いて、目の前にずらりと並ぶ書棚を見上げた。

 

 これだけあればきっと何か手掛かりがあるはずだ。学園の図書館は広いのだ。どのくらい広いかっていうと、一般市民の家六軒分くらいの大きさはあると思う。それだけあれば当然本の種類も豊富だ。物語から専門的な魔法書まで多種多様。絶対何か見つけてみせる!


 と勢い込んだのは良かったものの……


『魂とはは永遠なるもの。人間の内に秘めた小宇宙。無限にして不滅の存在……。こんなのばっかりだな。宗教の勉強でもしてるみたいだ』


 結局何もわからずに終わった……。魂関係の本を色々読んだけど、行きつく先は宗教的な内容ばかりなのだ。


「だめか~……」


 散々な結果に、わたしは机に突っ伏して小声で呻いた。


『学校の図書館じゃろくな資料がないな……』


「うん……。今の認識じゃ、魔法で魂をどうこうしようとするのは大昔のインチキで、子供だましのおまじないって感じですもんね。でもマギ研でそういう研究をしているってことは、実際には可能……なのかな?」


『かもね。しかし魂に関わる内容、それこそ黒魔術のような危険なことだから、一般には秘匿しなければならない情報。だから公共の場で調べられるわけがない……ということかも』


「ドリューはあっさり自分の仕事の事ばらしてたけど」


『信用してもらうために本当のことを話すのは基本だろ』


「その割にドリューの事疑ってたじゃないですか」


『手入れもしていなさそうなぼさぼさ髪に、だらしないよれよれの服。見た目はいかにもだらしなく、しかも大した確認もせずに除霊を行おうとした男をあっさり信用しろというのは無理がある』


 反論できなかった。確かに第一印象って大切だ。


『今は闇雲に調べるよりも、まずは状況整理をした方がいいと思う』


「そうだね。ノートにまとめておこうかな。ドリューにも何か変化があったら記録しとけって言われてたし」


 わたしは筆記用具を取り出して、今分かっていることを書き連ねた。


 まず事故があったのはわたしたちの誕生日、四月四日。で、時間は午後四時四十五分かな。クリスの時計、そこで止まってたし。


『いや、僕の時計の長針は9の位置より少し下がっていたから、多分四十四分だと思う』


「へー、ゾロ目で覚えやすいですね。そういえばあの光が出たのもそのくらいの時間だったような……」


 四月十一日、同時刻、二人の身体が触れ合ったことで光が発生。幽体が本体に吸収されるような感覚を感じる。それ以降は触れても何も起きず。と記述を加えた。


「あとは……」


『鏡があれば君にだけ僕の声が聞こえて姿も見える、っていうのも忘れちゃいけないだろ』


「うん、そうだった。鏡かぁ……。何か関係あるのかなあ? あ、でも時間が関係していることは間違いないと思う」


『そうだな。鍵は雷に打たれた時間か……?』


「そうなると、日付も関係あるのか試したいところだよね。だけどこの時間って普段は授業中だから、土日じゃないと難しいか。毎週お見舞いに行くのもどうなんだろう、とも思うけど……」


『母がこの手のことに懐疑的でなければ協力してもらうんだが……』


「じゃあ光ってるところを見せてみたら?」


『発光する魔法なんていくらでもあるだろ。変な真似をするなと追い出されてしまったら本末転倒だよ』


「それもそうかぁ……。でも、できるだけ通って色々試してみます。カートリッジ、金曜日にはもらえるし、今週の土日に早速行きましょ」


『うん。なあ、そろそろ帰った方がいいんじゃないか? 大分遅い時間だと思うんだが……』


「あ、本当だ。もうすぐ九時か。帰ろ……」


 はー、何か疲れちゃったな。わたしはぐっと伸びをして、筆記用具を片づけ始めた。


 長居をしてしまったせいか、外は既に暗く校内にも人気はない。

 夜の学校は不気味だ。しかも元領主館だし、昔は血なまぐさいこともあったみたいで、ここにまつわる幽霊話が結構あったりする。だから今日みたいに遅くなった日は、ひやひやしながら廊下を歩いたものだ。今は側に幽体クリスがいるお陰であんまり怖くないけど。姿は見えないけど、一人じゃないってわかっているだけで随分違うものだ。


『クリス、ありがとう』


「え?」


『僕を戻すために真剣になってくれて』


 何だろう、急に改まって。


「気にしないで下さいよ。わたしのためでもあるんだから」


『うん……』


 クリスの声には元気がないように感じられた。もしかしてお母さんが心配している姿を見て、落ち込んじゃったのかな。


 廊下に備え付けられた鏡を見ると、薄ら透けたクリスが淡く微笑んでいた。その姿はとても神秘的で、やっぱりアレクシアさんとそっくりで、昼間感じたあの胸苦しさが蘇る。


 綺麗だけどさ、そういう寂しそうな顔、させたくないなあ……。


 わたしは焦るように、鏡に向かって両こぶしを握り締めた。


「二人で頑張りましょう! ね!」

『そうだな』


 視線が合うと、彼は陰りのない笑顔を浮かべて頷いてくれた。うん、さっさと問題を解決して、心から今みたいに笑い合いたいものだね。


 そしてこうも思った。


 誰かが悲しんだり苦しんだりしている姿って胸にくるものなんだな、と。

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