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ミスティカルタイム  作者:
鏡の中のナルキッソス
10/39

 首都にあるハイアーク病院。それがクリスの入院先だ。学園は隣の県ということもあって、十分ほどで到着した。


 エアポートには高級ゴンドラの姿がちらほら見えた。ここは富裕層がよく通う病院らしい。部屋も凄そうだなあ。わたしの入院していた病院とは全然違うや。


 未知の領域に足を踏み入れたせいか、わたしは不謹慎にもわくわくしてしまった。そしていよいよクリスの病室に入ると、三重の驚きがわたしを待ち構えていた。


 病室は思った通り凄かった。だってまるでホテルのスイートルームみたいなんだもん。

 磨き上げられた黒檀のテーブル。鏡台と等身大の鏡が二台。座り心地のよさそうなソファにデザインの凝ったリクライニングチェアー。壁には高そうな森と湖の風景画。綺麗な映像が映りそうな最新型の大魔鏡。ベッドはもちろん鉄パイプのものなんかじゃなく、温かみのある木の素材で作られている。マットレスはふかふかでふわふわだ(多分)。


 そしてそこで眠るのは、美しく長い黒髪のこれまた美しい女の子……ではなく男の子。うん、クリスなんだろうけど。でも何で髪が長いんだとか、この時のわたしは疑問に感じる余裕がなかった。


 だって、彼の傍らにははなんと、レナード王子が座っていたからだ!


「レナード、何してるんだよ……」


 クリスとレナードさまを交互に見て、セオが不愉快そうに眉を顰めた。

 セオの珍しい姿に一瞬おや、と思ったものの、レナードさまが喋った瞬間、興奮でその疑問も吹っ飛んだ。


「やあ、セオ。どうだい、このカツラを付けると彼女にそっくりだろう?」

 

 うわああ! 動いて喋ってるレナードさまをこんな近くで見たの、初めてだよ! しかも、二人ともカッコいいから目が幸せなことに……! これ以上ないほど眼福だよ……!


「そりゃ、まあ血は繋がってるんだし……。でも意識不明の人にこんなことしちゃだめだろ」

「別にクリスで遊びたかったわけじゃないさ」


 言い合ってる二人を、わたしは夢見心地で眺めた。


 レナードさまは、さらさらのプラチナブロンドに青空みたいな碧眼。精悍でありながら、涼やかなお顔立ちをしている。

 セオは少しくるっとしていて柔らかそうなこげ茶色の髪に、新緑の瞳。甘い顔立ちだけど、今はちょっと眦が吊り上がってて勇ましい感じ。

 レナードさまとセオが並ぶと、王子様とその守護騎士みたい。そこにクリスが加われば、絶対最高の絵になる! 似合ってるけど、今すぐそのカツラを取って起き上がって三人並んでほしい! 素敵な物語ができそうだよ……!


 なんて妄想が暴走しかけていたけど、ベッドの上の壁掛け鏡を見た途端、わたしの頭は一瞬で冷えた。

 だってクリスがこれ以上なく冷え切った目でレナードさまを見ていたからだ。


「こうすれば怒ってこいつが起きるかもって思ったんだ。まあ、だめだったけどな」


 ものすごく怒ってますよ、王子。彼はあなたをものすごい目で睨んでいます。ううっ、何だか寒気が……。


 視線に魔力でも込めていそうな怖い眼差しのせいか、腕に鳥肌が浮かぶ。アメリアも寒さを感じるのか、二の腕をさりげなくさすっていた。でも元凶であるレナード王子は何の影響もないみたい。


 彼はニヤッと笑ってセオの肩を叩いた。


「彼女連れなんてやるじゃないか。それも二人も」

「クラスメートだって。クリスの知り合いなんだ」

「初めまして、殿下。アメリア・ブライスです」


 アメリアが可愛らしく笑って、レナードさまに挨拶をする。その様子を見て、わたしは慌てて姿勢を正した。

 これって、わたしも王子さまに挨拶しなきゃいけない流れだよね。緊張するなあ。


「よろしく」


 レナードさまの視線がこちらに向く。わたしもアメリアに倣って笑顔を作った。


「初めまして。クリス・グロブナーです」

「ああ、一緒に雷に打たれた子か!」


 レナードさまは破顔して、目が覚めて良かったね、と言ってくれた。その気さくで優しい言葉に、ほっと気が緩む。


「ありがとうございます」

「優秀だって聞いてるよ」

「こ、光栄です」


 気恥ずかしさからついどもってしまったけど、王子はにこりと微笑んでくれた。愛想も良くってカッコよくて優しいとは。この王子さまが周りからの人気が高いのも頷けるよ。


「レナード、アレクシアさんは?」

「小母様は今小用で外している。すぐ戻るといっていたからそろそろ来ると思うけどね。じゃ、私はそろそろ行くよ」


 レディたち、ごゆっくり。と王子さまスマイルを残して、レナードさまは護衛の方々を引きつれて病室を出て行った。


「へ~、セオってば王子さまと仲いいんだ~」


 彼らがいなくなってしまうと、アメリアが興味深げにセオを覗き込んだ。


「子供の頃からの付き合いだからね」

「幼馴染ってやつだね」


 へえ。じゃあ三人揃ったところ、いつか見られるね。楽しみだなあ。物語のタイトル、二人の凸凹王子と気苦労騎士とかどうだろう……。


 戻れる方法が見つかったわけでもないのに、呑気にもわたしは再び妄想を始めた。


「そ。ああ、俺トイレにいってくるね」

「あ、私もー! クリスはちょっと待っててねー」


 アメリアの声にハッとして顔を上げると、彼女は肩越しにウインクを投げてよこした。トイレにかこつけてセオとちょっと話したいってことなのかな。上手くいくといいね。


『おい、僕はそのままかよ』


 ……そういえばそうだった。セオも不謹慎って感じでレナードさまをねめつけた割に、クリスのことは放置で行ってしまった。


「多分似合ってるからじゃないですか?」

『やめてくれ。とにかくそのカツラを取ってくれよ』

「はい」


 ふーん。ナルシストだけど女装は嫌なんだ。どんな僕でも美しい、って悦に入るかと思ってた。


 ちょっと失礼なことを思いつつ、かぶせられていたカツラを取る。中からさらりと流れるようにクリスの頭髪が落ちた。


 わー、綺麗……。きっと誰かが洗髪してくれてるんだね。


『ああ……、お陰でぼさぼさじゃないか。レナードめ……』

「そこまで乱れてないと思いますけど……。気になるなら整えましょうか?」

『頼む。(くし)はそこのチェストに入っていると思う』


 彼の指示通りに、まずはチェストの一段目を開けてみた。中にはシックで高級そうな腕時計と、わたしが持っているチャームと同じものが入っていた。


 セオがクリスのために勝った誕生日プレゼント、かぁ……。わたしにくれた時楽しそうな顔していたのって、誕生日も同じなんて面白いって思ったんだろうな。おかげで同じもの、増えちゃったね……。


『おい、大丈夫か……?』


 何とも言えない気持ちで眺めていると、不安そうな声が聞こえたのでわたしは咄嗟に誤魔化した。


「あ、うん。素敵な時計だなーって……」


 そう思ったのは本当だ。黒革のベルトに、文字盤部分はゴールドタイプのオリハルコンとオニキスが使われていて、シンプルでありながら高級感を醸し出している。デザインは凄く素敵。でも使い辛そう。日付と曜日は分かるようになってるけど、肝心の文字盤に数字がないんだもん。


『君もそう思うか。素晴らしいよな、このデザインといい配色といい。この時計は一番気に入っている物なんだ。でも、壊れてしまったな』


 一瞬え? と思ったものの、確かに日付は四日で止まっている。今の時間と同じくらいだから気が付かなかった。きっとあの雷のせいで止まってしまったのだろう。オリハルコンは衝撃には強いけど伝導率が高いのだ。


 それよりも今はさっさと櫛を探さなくては。家族でもないのに漁っている姿、誰かに見られたら怪しまれちゃう。えーと櫛、櫛……。


「あ、櫛、ありました」

『じゃあよろしく』

「はーい、梳かしますよー」

『何だ、その掛け声』

「いやあ、緊張をほぐそうと思って……」

『誰の』

「わたしの」


 変なの、とクリスは笑って言った。

 彼には分からないだろうなあ。こんな綺麗な人に触ろうとするんだから緊張するって。


 少しドキドキしながらわたしはクリスの髪に櫛を入れた。彼の髪は凄くさらさらで、するっと櫛を通り抜けていく。これ別に櫛入れなくてもいいんじゃない? って思う程に……。


 そんな綺麗な髪でも、梳かせば抜けるもの。抜けた毛が一本頬にかかったので、それを払おうとしてわたしはクリスの頬に触れた。


 すると異変が起こった。わたしの指先とクリスの頬、触れた所からぼわっと小さな光が放たれたのだ。


『……!?』

「え? 何……」


 思わず驚いて手を離す。しかし光は消えない。


『手を離すな! 頬に触れたままでいろ!』

「は、はい!」


 クリスの厳しい声に、わたしは慌てて彼の頬に手を添えた。


 次の瞬間、クリスとわたしの身体は淡い光に包まれた。

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