09.リョウちゃん
「つまり、社長も何か事件を抱えてるってコトですか?」
分かりきったコトだけど、一応、確認。
「やあ、君たちか!……じつはそうなんだ。ああ、昨日はどうもね。女房から聞いたんだけど、娘のお見舞いにも来てくれたんだって? ありがとう」
ややこしいから、整理しないとダメね。
「アッキー、こちらモモのお父さんで、川口インキの社長さん」
あたしが(なぜか)紹介すると、アッキーも社長も改まって、
「あ、これはこれは。萌百さんの担任の紅林です」
「おお、これはどうも。いつも娘がお世話になってます」
と握手を交わし、社長はアッキーに名刺を手渡した。
「で、社長とユリさんはどんな関係なん?」
ナナが聞くと、ユリさんは左右の手を胸の前で握り合わせて、答える。
「じつはあたしも初対面なんだけど、リョウちゃんに会いに来たんだって。それでびっくりして、いまお話を聞いてたところなんだけど……。こちら、リョウちゃんのバイト先の社長さんだって……」
「エエッ!?」
「まじかっ」
偶然とは、恐ろしいもので……。
「そのリョウちゃんというのがね、君たちが昨日会いに来た、木田原くんのことなんだ」
「うひゃあ~」
ナナのオーバーアクションに、ツッコむ余裕がなくなっちゃったわ。
「それで、社長。その木田原リョウちゃんに会いに来たってコトは、つまり……」
「うん。彼、今日、無断で休んでるんだ。それに……彼とは実家がお隣さんで付き合いも長いし、娘も世話になってるし、疑いたくはないんだけど……会社のお金の一部が、いつの間にか無くなってたんだよ」
つまり、持ち逃げの可能性が高い、って言いたいわけね。
「いつの間にか、って……具体的には、いつからいつの間か分かります?」
あたしが聞くと、社長はやや白髪混じりのあたまを右手でわしわしと撫でながら、ギュッと目をつぶったまま答えた。
「たぶん、ここ2~3日の間かな。連休明けに現金で集金した分を、僕の机の引き出しに入れといたんだ。勝手に開ける従業員なんかいないから、油断してた。専務に手渡すつもりですっかり忘れてて、今日、思い出したんだ」
あたしの中で、事件がつながった。
おとといの朝から、リョウちゃんはユリさんの家を出ている。
おとといの放課後、リョウちゃんはモモに会っている。
おとといの夜から、モモは行方不明……かもしれない。
今朝から、リョウちゃんが行方不明。
そしてここ2~3日の間に、現金が消えた。
これらのタイミングと関係性が、偶然とは思えないよね。単純に考えれば、リョウちゃんは会社のお金を持ち逃げしてて、新しい住処にモモをかくまってる……。
でも、証拠は一切ないし、事はそんなに単純じゃないと思う。
なぜなら、そんなリョウちゃんからユリさんに、おかしなメモが届いたからだ。
話を整理するために、この際、ハッキリさせとこう。
「社長、ひとつ確認したいんだけど……」
あたしの声に、一瞬、社長の肩がピクリと反応した。
「なんだい……?」
「モモは、本当に風邪で休んでるの? 昨日も今日も、お宅の洗濯物にモモの衣類だけ1枚もないんだけど……まさか、おとといのワンピースやら下着やら着たまま、2日も寝込んでるの?」
「シチューつけたままな」
「それな」
ナナの横やりに、うっかり乗っちゃった。社長はしばらく黙りこみ、アッキーは何となくまだ話が飲みこめてないのか、うろたえた表情であたしと社長の顔を交互に見てる。
ゆっくりと、社長があたしに頭を下げた。
「まいったな。その通りだよ。おととい会社に来た後、娘はいなくなった。行方不明だ。……でも、誘拐なんかじゃない。脱いでおいた僕のスーツのポケットに、『探さないでください』と書かれた紙が入ってたよ」
「家出……」
アッキーが、ボソッと呟いた。
「お父さん、なんで風邪だなんて嘘をついたんですか。それに、警察には連絡したんですか?」
そう言って、アッキーが社長の腕を掴む。
「すいません、先生。会社の信用にも係わりますし、会社が潰れれば従業員の生活にも影響します。家出なんて、そう何日も続かない。すぐに帰ってくるだろうと信じて、少し様子を見るつもりでいたんです」
「そしたら、今度はリョウちゃんが行方不明で、会社のお金も行方不明……。じゃあ、こっちの件も警察には……?」
あたしからの質問に、「はい」と敬語で即答する、社長。
「木田原くんは、生まれた時から知っている。僕にとっては息子みたいな存在です。きっと何か事情があったか、ほんの出来心だと信じたいじゃないですか。だから……こうして、自宅を訪問しにきたんです。警察にはなるべく知らせたくはないというのが本音ですが、とにかく木田原くん本人と話してから判断しようと思ってました」
なるほどねえ。社長が会社や従業員を守りたい気持ちは理解できる。どーしても警察に頼りたくないなら、あのメモの暗号を解いてみるしかなさそうね。
「たぶん……本当にたぶんなんだけど、事の成り行きから考えて、リョウちゃんがモモをかくまってるのは間違いないと思うの。つまり、リョウちゃんの居場所さえ突き止めれば、おのずとモモに辿り着ける。それに、これは誘拐とか監禁とかじゃないから、モモは極めて安全な状況にいると思う。……まずは、リョウちゃんを探すところから始めるってコトで、いいかな?」
あたしが言うと、社長は急に手を握ってきて、
「助かります、名探偵お嬢ちゃん」
と、また子供扱いしやがった。
「社長、こう見えて一応、モモのクラスメートなんで、お間違いなく。あ、ついでにそこのデカイのも、クラスメートね」
「おう、よろしくな、社長」
なぜか急に上から目線で、社長の肩をポンポン叩きだすナナ。
「やめろ、お前!」
アッキーが、けっこう本気でナナの頭をひっぱたく。やっぱり教育に体罰は必要だって、ちょっと思った。
おかげで野田先生やユリさんが爆笑しちゃって、場の空気が一気に緩んだ。人が2人も行方不明だってのに、緊張感なさすぎ。
こうして捜査の方針がある程度決まったところで、ユリさんが自宅へと案内してくれた。
おとといの朝まで2人暮らしだった部屋に、6人も入っちゃっていいのかな……。
「これが実物のメモよ」
手渡してくれたメモをよっく観察したけど、特に変わったところはない。何か書いて消した跡とか、切ったり貼ったりした跡があればと思ったんだけど……。
『ザクロの実を割ると、出てくるものは? 答は5+6』
それ以外に、何か書いた形跡も、加工した形跡もない。
「ユリさん、何かヒントになりそうな思い出とか、資料的なものないの?」
「それがね、あたしもいろいろ考えたんだけど、なかなか手掛かりになりそうな記憶が見つからないのよ。それにリョウちゃん、私物はほとんど持ってっちゃったから、資料も何も……あるのはこの合い鍵と置手紙だけよ」
ユリさんが窓際のCDラックの上から、鍵と紙切れを取って見せてくれた。
手紙には、「言い訳はしない。さようなら。今までありがとう。」とだけ書かれている。
「この手紙は今回の失踪事件より前のやつだから、ヒントなんか隠してないよね。合い鍵も、もう戻ってこないってゆう意思表示でしょ? てゆーか、それも事件前のネタだから関係ないか……」
これといってヒントになりそうな思い出も何もないとすると……そうだなあ。
「そもそも、リョウちゃんってどんな人?」
「二人の出会いは?」
急に新聞記者が乱入してきたけど、その質問はおっけーよ。
ユリさんは「ん~」と言いながら、やや照れくさそうに話し始めた。
「きっかけは趣味でね、ネットで知り合ったんだけど……あたしはイラストを描くのが好きで、リョウちゃんは音楽をやってるの。……DTMとか、ボーカロイドとかって、知ってる?」
ボーカロイドは、何となく聞いたことある。ナナなら、詳しいんじゃないかな。
「初音ミクさんとかだろ? DTMは、知らないけど……」
「DTMっていうのはね、デスクトップミュージックの略で、簡単に言えばパソコンとかに打ち込んで作る音楽のことよ。ボーカロイドはそのためのソフトの一種と思ってくれればいいわ。メロディーと歌詞を入力すると、その通りに歌ってくれるソフトなの。その歌声にもいろいろあって、歌声ごとにキャラクター化されてるものがほとんどでね。初音ミクっていうキャラは、そのダントツ人気ナンバーワンのソフトね」
まあ、わかったような、わかったような、わからないような……
「要は、リョウちゃんはパソコンを使って、自分で作詞作曲した音楽作品をネットで公開してる人なの。でね、その作品の公開の仕方にもいろいろあるんだけど……映像をつけて、動画作品として動画投稿サイトに投稿するのが一般的っていうか、人気があって。あたしは、その動画のためのイラストを描く係としてネット上で活動してるわけ」
「つまりアレだ。コラボってやつ?」
こういうトレンドとかカルチャーの話なら、ナナが詳しい。
「そうそう、それそれ。それである時、リョウちゃんの曲にあたしのイラストを使ってもらったのがきっかけで知り合って、そのうち家がけっこう近いことがわかって、実際に会うようになって……」
「それで付き合い始めたんだ? で、同棲を始めたのが、4年ぐらい前?」
あたしが言うと、ユリさんは口元を手で押さえて、
「なんでわかるのッ!?」
と大げさに驚いた。
「な~に、初歩的な推理よワトソンちゃん。間違い電話の時に推理した通り、アッキーとリョウちゃんの家デンの契約時期は近いはず。アッキーがうちの学校に赴任してきたのが2年生のときだから、およそ4年前……。それに、同棲のタイミングとして、今26歳のリョウちゃんが大学を出てるとすれば、現役で卒業したのがたぶん4年前……。ユリさんの歳は聞いてないけど、夜のお仕事してるから20歳以上、ナンバー2ってことはキャリアもそこそことして……同棲開始が仮に高校卒業の18歳からだとすると、4年で現在22歳、19歳からでも23歳、キャリア2~3年ってとこで、まあ妥当な線かと思ったの」
さっきからずっと黙ってる社長が、この推理を聞いて一瞬目を見開いたのを、あたしは見逃さなかった(笑)。
「すごいねルルちゃん、大正解。あたしは今、23歳。高校を出てデザインの専門学校に進んだんだけど、職業デザイン的な、なんかイメージと違くて……それで、リョウちゃんが大卒で就職したのと同時に、あたしも学校辞めてここで同棲始めたんだけど……リョウちゃんは音楽が好きすぎて、残業も多く休みも取りづらい会社を、あっさり辞めちゃったのね。それで、社長さんのところでバイト始めたの」
ふ~ん、音楽とイラストで繋がったカップルかぁ。
「そういやこないだ、半分はリョウちゃんのために働いてるようなもんだって、ユリさん、言ってたっしょ? 社長、リョウちゃんの給料、そんな安いん?」
ナナ、言い方っ!
急に振られて、社長がわたわたしながら答える。
「じ、時給は安くないんだよ? ただ本人の希望で残業はしないのと、週3日休みなんだ。だから、あの年頃の男子としては、稼いでない方だとは思うな」
するとすかさず、ユリさんがフォローに入る。
「音楽のためだし、あたしは応援したかったの。だから、足りない分はあたしが余計に稼ごうって、自らの意思で水商売の世界に行ったんだけどね。……最近はなんか、小説でも書こうかな~とか訳わかんないこと言いだすし、やる気あるのかどうか、わからなくなってたところだったわ」
小説……こんな暗号なんか作って、ミステリー作家でも目指すつもりかな。
いや、趣味や遊びや芸術活動なんかじゃない。モモの身柄を預かってるリョウちゃんが、わざわざ届けに来た暗号……ユリさんへの置手紙みたいなストレートな文章じゃダメだったんだ。暗号化した理由って、いったい何なの?
ううん、それ以前に……モモをかくまって、お金も持ち逃げして、普通ならしばらく身を隠すなり遠くに逃げるなりしそうなもんだよね。紙切れがポストに入ってたってことは、郵便とか使わずに、直接持ってきたってことだから……リョウちゃんは、まだ近くにいるハズ……。
そうか、暗号。これを解けば、リョウちゃんの居場所が分かるかもしれない。ううん、いずれにしても、リョウちゃんに関わる手掛かりは、今のところこれしかないんだから。
解いてやろうじゃないの。この、花柄の脳細胞で!