08.重なる事件
「ですよね、すいません」
「ああ、いや、気にしないで。モモのことを心配してきてくれたんだろ?」
顔や声だけじゃない。喋り方も、なんなら仕草も、なかなかのイケメンだ。
「ありがとう、おにーさん。今日のところは、帰ります。……ほら、ナナも挨拶しなよ」
そう言ってナナの脇腹をつつくと、ナナは若干顔を赤らめて、
「あ、えっと、好きな女性のタイプは……」
とか言い出すので、あたしは思いっきり彼女のお尻を叩いてやった。
「あはは、じゃあ、コーヒーは遠慮なくもらっておくね。気をつけて」
「お忙しいとこ、すいませんでした。さよなら~」
「さいなら~」
微笑みと共に、彼は軽く手を振りながら、再びドアの中へと消えていった。
あたしが叩いたお尻を手でさすりながら、ナナはなんか、凹んでる。
「なに凹んでんのっ。あんたまさか、本気でおにーさんのこと……」
「ちげーよ! 結局何の手掛かりもナシじゃんか。プリンとコーヒーの金かえせ。誰でもいいから、おれに返せ」
むちゃくちゃなコトを言う。
「手掛かりなくないよ。明日、もう一回モモん家の様子見に来るから、付き合ってよね」
「え、まじか」
「まじだよ?」
「何だよ、その手掛かりって……」
言いながら、ナナがあたしのキュートなツインテールを両手で掴む。
「ごめん、ナナ。なんで掴まれたのか、意味が、ちょっと……」
「手掛かりを、教えてくれさい」
「教えるから、放してくれさい」
ナナの拘束から逃れ、モモの家の前を通らないルートを選んで歩き出す。
午後4時過ぎの風は、いくぶん涼しい。
揺れる麦の穂、空にはひこうき雲。
「ナナ、さっきモモの家で洗濯物、見た?」
「見たっちゃ見たけど……それがどーかしたん?」
昨日の洗濯物と、今日の洗濯物には、決定的な違いがある。それは――
「昨日モモん家に行った時は、ちょうどママさんが洗濯物を取り込んでたでしょ? その中に、モモの体操服とかあったんだけど……。今日はモモのものが全く見当たらなかったのよ。気づかなかった?」
「気づかねーよ、そんなん。おれモモのぱんつになんか興味ねーし」
そりゃそーだろうけどさ。言い方、言い方っ。
「あたしはね、興味ありありだったから探してみたんだけど、下着どころか、あのシチューのついたワンピもなかったんだよね」
するとナナは手の平を上に向けて、アメリカ人とかが呆れたときによくやるあのポーズで「はぁ?」と言った。
「あれは昨日のことだし、今日は休みなんだから、汚れものなんかなくてもべつに不思議じゃねーだろ」
あたしもアメリカ人ポーズを返す。
「はぁ? はこっちのセリフだよ、ナナ。ママさんは前日の汚れものを朝から洗ってるんだよ。それを、おそらく午前中から干して、夕方に取りこんでるんじゃん。それに昨日、うちらが来た時にはすでに洗濯物を取りこんでて、その時まだモモは帰ってなかったんだから。昨日のシチューのワンピを洗って干すとしたら、今日でしょ? でも、ワンピもパンツも子供ブラも干してないなんて、おかしいと思わない?」
あたしの説明を受けて、ナナは「うぅ」と黙りこむ。でも、ポーズはそのまま。
「もしかしたら、モモは昨日から帰ってないのかもしれないってコトよ」
「うわー、まじか~。おれのせいで家出とかだったら、どーしよう……」
頭をがしがしと掻きむしる、ナナ。
「ナナのせいかどうかより、モモの心配しなよ。誘拐とか事故の可能性もあるんだからさ」
「あ、そーか」
急に冷静になって、ナナがバッグから双眼鏡を取りだした。「ナナの七つ道具」のひとつだ。
モモの家の前を通らないルートを選んだのは、このため。遠目からでも、モモの家の様子を探れる場所があるかどうか、今のうちに確認しとかないとね。
「明日、モモが学校に来ればよし。来なかったらここから観察して、モモがいそうならよし。でも、いないようなら……ひとつ、謎が残るのよね」
ナナは双眼鏡を覗きながら、
「モモがどこに消えたかだろ?」
と、当たり前のように言った。
「ううん、それはもちろんなんだけど、そーゆう謎じゃなくて……。モモが帰ってきてないとしたら、ママさんも社長も、なんでモモが風邪で寝てるなんて嘘つくのか、ってコトよ。普通なら、真っ先に110番じゃん?」
ナナがあたしに双眼鏡を手渡して、ふと気になることを言う。
「じゃあ事故の可能性はほとんどないじゃん。事件の匂いがするぜ」
「そうなんだよね……」
あたしも双眼鏡を覗いてみる。モモの部屋も、お庭の物干しもよく見えるわね。
ここは、モモの家のある集落からちょっと離れた農道のような道。舗装されてないけど、一応は生活道路なのかな……。
「ああ、それと――」
双眼鏡を返して、あたしはもうひとつ、手掛かりがあるのを思い出した。
「木田原のおにーさん、あの人イケメンだけど、怪しいよ」
「なんでさ」
バッグに双眼鏡をしまいこんで、今度は手帳を取り出す。
「モモのこと心配してるわりに、ウチらが何者なのか、全く興味を示さなかったでしょ? 名前も聞かれてないし、おそらく見た目じゃ同学年かどうかも微妙だと思ってるはず……ってゆーか、あたしは最初、完全にちっちゃい子扱いされたのに。クラスメートかどうかもわからない子が、モモに何があったのか知りたがってるんだよ? 何者だろう、って気にならないもんかな……?」
「忙しかったんじゃねーの?」
「忙しくないから大丈夫って、社長が言ってたじゃん」
「あ、そっか……」
手帳を覗きこむと、明日の予定が特に書きこまれていない。ナナがそこに「モモ宅観察」とか「キタハラアヤシイ」とかメモしながら、
「木田原のおにーさんも観察できねぇかな」
と呟いた。
あたしも、できればそうしたいと思うんだけどね……。さすがに、倉庫の中は覗けないし、ずっと張り込みって訳にもいかないよね。
「ともかく、明日モモが学校に来てくれることを祈ろ?」
「そーだな」
学校の4時半のチャイムが、街中に響き渡る。静かで、のどかな田舎町。
アッキーの間違い電話事件、モモの失踪疑惑と、連日にわたって事件が起こるような土地柄でもないんだけど……二度あることは三度あるって言うでしょ。
重なる時は、重なるもんなのよ。
翌日。やっぱり、モモは風邪でお休みだと告げられた。そんな朝のホームルームが終わった後、あたしとナナは、職員室に呼ばれてしまった。
あたしたちがモモのことを嗅ぎまわってるのがバレて、密告された? なんて思いつつ、二人で職員室へ行くと……
アッキーは、あたしたちに相談があると言いだした。
「恋の相談なら乗らねーぞ」
「違うわ!」
アッキーのいいツッコミが入った瞬間、おとといの朝の事件が頭をよぎった。
アッキーの顔。これ、マジなやつだ。
「恋の相談でもなければ、もちろん、勉強を教えてほしいわけでもないよね、アッキー。何か解決してほしい事件でもあるの?」
アッキーの椅子の背もたれに手を掛けて、正直、ちょっとカッコつけた。
「おっ、さすが加賀谷、話が早い。こないだの河南辺さん、覚えてるだろ?」
「河南辺さんって……ユリさん?」
「ああ、そうだ。そのユリさんから、今朝また電話があってな……」
「アッキー、いつの間に連絡先なんか教えたんだよ」
ナナはちょいちょい、こーやって話をゴシップ風に変換しようとするから。ややこしいこと言わないでほしいわ。
「違うよ。彼女、こないだの間違い電話から、どの数字をを押し間違えたのか予想して、予想した番号に片っ端から電話してみたそうだ。6回目でうちにかかったって言うから、まあ上手くいった方じゃないか。……って、そんなことよりそう、事件なんだよ」
そういってアッキーは、おもむろにポケットから紙切れを取りだした。
「おととい、あのあと彼女が自宅に戻ったら、リョウちゃんは出てった後でな。リョウちゃんの私物はあらかた無くなってたんだが、代わりに合い鍵と簡単な置手紙が残されてたそうだ。で、昨日も丸1日連絡がなかったから、もう二度と会うこともないだろうと思ってんだが……今朝、仕事から帰ってきたら郵便受けにこんなメモが入ってたらしいんだよ。……ああ、これは電話で聞いて俺が書いたものだが、実物は完全にリョウちゃんの筆跡だって言ってたな。ちなみにリョウちゃんに電話しても、繋がらないそうだ」
そうしてアッキーから受け取ったメモには、
『ザクロの実を割ると、出てくるものは? 答は5+6』
と書かれていた。
もう、意味が分からないとかのレベルじゃない。明らかにわざと、分からなくしてる。
「俗に言う、暗号ってやつじゃないの、これ?」
「だよな」
あたしの肩にアゴを乗せ、ナナもメモを覗きこんでくる。
「でも、間違い電話かけまくってまで、なんでアッキーにこれを持ちかけてきたの?」
そう聞くと、アッキーは頭を掻きながら、
「いや、俺というより、お前にだよ加賀谷るる。あの事件でお前の推理力を見せつけられたからな。ユリさんが、ぜひ加賀谷にこれを解読してほしいと言ってきたんだ」
なるほど。花柄の脳細胞の出番ってわけね。
けどこれ、推理で解けるような暗号じゃない気がする。ひらめきが大事なタイプの謎解き……。それに、何かヒントがほしいわね。
「わかった、引き受けるわ。けど、ふわっとしすぎててこのままじゃ解けそうもないから、ユリさんとリョウちゃんの思い出とか、出会いのきっかけとか、鍵になりそうなことを詳しく聞きたいって言っといてくれる?」
もしかしたら、ユリさんとリョウちゃんしか知らないコトがヒントになってるかもしれないからね。
「わかった。伝えとくよ。……俺も、加賀谷なら解けると期待してるぞ」
アッキーに肩を叩かれ、少し気合いが入った。
「なんせアッキーのメモも解読した実績があるからな」
ナナが余計なことを言う。面白いけど。
「お前、掲載許可、取り消すぞ?」
「すんません」
そして、弱い(笑)。
時間はあっという間に過ぎて、その日の放課後。
ユリさんが直接会って話したいと言ってきたので、急きょ自宅を訪問することになった。
アッキーは免許を持ってないから、野田先生も誘って4時にコンビニで待ち合わせ。その前に、あたしたちはモモの家の様子を見に行った。
「あのベージュのでっかい下着は、さすがにモモのじゃねーよなぁ」
「あんた、ママさんに失礼ね」
ちなみにモモの部屋の窓も、昨日やおとといと全く変わっていない。姿も見えない。
いよいよ、モモの失踪が現実味を帯びてきたわ。
4時になって、あたしたちはアッキーたちと合流し、野田先生の車でユリさんのマンションに向かった。教育者のお手本ともいえる運転で(汗)。
10分ほどで、マンションの前に到着。
そこにはユリさんと、もう一人……ワイシャツにエプロン姿のオジサンが、何か話している。
「あれ、社長じゃね?」
ナナが言った。まったくもって、川口インキの社長……すなわち、モモのパパさんだ。
助手席の窓を開けて、アッキーが「お待たせしました」と声を掛ける。
「ああ、来ましたよ、社長さん」
ちょっと意外なユリさんの一言に、かなりウザいナナの一言。
「事件の匂いがするぜ」
いったい、いくつの事件が重なるつもりなのか……。
「ルルちゃん、相談事が増えちゃった。聞いてもらえる?」
ああ、先が思いやられる……