05.今ここにいる理由
「あたしがバッグまるごと置いて飛び出してきたとこまでの推理は、よくわかったわ。でもあたし的に驚いてるのは、ここがどうやって判ったのか、っていうことなのよ」
ここは、山太郎池公園という大きな公園の一角にある塔の屋上。
「たしかに。あの電話からこの場所を導きだした経緯を知りたいな」
アッキーまで言い出した。いや、もともとそこまで説明するつもりだったから、いいんだけど……。
ぐーぐー、ポッポーというキジバトの鳴き声が、遠くかすかに響いている。気にしてみると、大通りを行き交う車の音も、いつの間にか増えている。
「えっと……電話番号ってさ、国内では『0』から始まる最初の区切りが『市外局番』、次が『市内局番』、最後の区切りが『固有番号』って言って、まあ3つの区切りから成り立ってるのはみんな知ってるよね? で、話はちょっと戻るけど、ユリさんは『押し間違い』タイプの間違い電話をかけてきたでしょ。これって、2つも3つも押し間違ったりは普通しないじゃん? せいぜい1文字だけ押し間違うか、どこかの数字と数字の順番が入れ替わっちゃうか、その程度だよね」
この話はさっきもしたから、みんな黙って数回、うなずくだけ。
「その押し間違いの可能性を考えた時、いちばんやりそうなのって、3つの区切りのうち、どこだと思う?」
あたしからの問いかけに、まずは野田先生が答えた。
「少なくとも、市外局番はなかなか間違えないと思うわ。その土地に長く住んでいればいるほど、慣れ親しんだお決まりの数字だし、同じ地域にかける時は、省略するからねえ」
「だよね。それに、市外局番は種類も少ないから、押し間違えるとどこにもつながらない可能性も高いしね」
するとナナも、珍しく手を挙げてから、
「だったら、同じ理由で市内局番も、可能性は低めじゃね? 市外局番ほどじゃないけどさ。固有番号に比べたら種類も少ないし、最初の1桁なんかみんな一緒の数字だったりするし……」
と、これまた珍しく、真面目に答える。
そうそう、電話番号の仕組は、前にあたしがナナに頼んで一緒に調べてもらったんだっけ? だから、この子もそれなりに詳しいのね。
「でしょ? だから、べつにちゃんとしたデータがあるわけじゃないけど、普通に考えたら、やっぱ固有番号の押し間違いが圧倒的に多いんじゃないかな、と思うわけ。それから……市外局番はほぼキッチリ地域で別れてるんだけど、市内局番も、よ~く観察すると、地域によっては同じ番号や近い番号が集まってたりするのよ。あくまで地域によって、なんだけど……特に、同じ地域で同じ時期に契約した番号なんかは、市内局番がいっしょだったりするみたい」
これはあくまで、あたしとナナの研究でわかったこと。調べて出てきた知識じゃないから、あしからず。
「でね……。最初にアッキーが電話に出たとき、ユリさん、アッキーの声聞いただけで、リョウちゃんだと思いこんじゃったでしょ? アッキーも、ユリさんの声を聞いて若い女性だって思ったわけだし、声の印象ってバカにできないなと思って。だから、リョウちゃんの年齢とか経歴はしらないけど、アッキーと年頃はそんなに違わないんじゃないか、って考えたわけ。だとすれば、一人暮らしを始めた時期とかも、そこそこ近かったりするかもしれないでしょ?」
「ちなみにリョウちゃんは26歳。オジサマ先生は?」
「オ……俺様は、29だが……」
すっかりオジサマ呼ばわりのアッキー。念のため言っておくけど、それほど老けてるわけじゃないからね(笑)
「ほらほら、そんなに離れてないじゃん。……でさ、さっきも言った通り、電話番号の『押し間違い』は、固有番号の確率が高いと思うから、逆に言うと、市内局番までは番号が同じ可能性が高い、ってコトになるでしょ? その上、契約時期も近いとなれば、アッキーの家とリョウちゃんの家は、案外遠くないかも、ってことになってくるわけ」
「なるほど、ウチとリョウちゃんの家が近いのは分かった。……だがそれはそれとして、なんでユリさんがこの公園にいると思ったんだ?」
アッキーが腕を組みながら言った。
「来るときにも言ったけど、あたしは可能性に賭けてみただけ。証拠もない、データもない。市内局番が同じだから近所、なんて考えも、正直アテにならない。ぶっちゃけ、推理なんて呼べるようなもんじゃないんだけどね。……さっき、ユリさんはバッグごと自宅に置いて出てきた、って言ったでしょ? そのバッグの中にはたぶん、メイク関係のものとか、おサイフなんかも入ってたんじゃないかと思うわけ。そんな手ぶらのユリさんが、じゃあいったい、どうやって電話をかけてきたんだと思う?」
アッキーの前に立って問題を投げると、彼は腕を組んだポーズのまま、
「そりゃあ……無理だろう」
と、的外れな回答を返してきた。
「だって、実際アッキーん家に電話かかってきたんでしょ!」
「いや、そうだけれども……だな………」
ああ、この人があたしの担任だなんて、情けない。
「ケータイは持ってない。お財布も持ってない。けれども、やっぱり電話でリョウちゃんに言いたい。『リョウちゃんのせいで死んでやる』って……。そんな内容の電話、交番やコンビニで電話を借りるわけにもいかないし、早朝に民家の電話を借りるのも、通行人を捕まえてケータイ借りるのも、ヘンだよね。じゃあ、やっぱり公衆電話しか、ないじゃん」
「だって、お金持ってないんでしょう?」
野田先生も、反論してきた。
「それ。あたしがこの公園を思いついた最初の理由が、それなの。この公園の特徴のひとつ……あたしたちもさっき、あの池の横を通ってきたでしょ。そのとき、池の底にたくさん沈んでるものがあったの、気づかなかった?」
あたしが言うと、みんなは「ああ」と目を見合わせて、
「小銭ね!」
代表で野田先生が答えた。
「正解! この公園なら、小銭がいっぱい落ちてる。それに、公衆電話もある。……もちろん、ユリさんがこの公園にいる保証なんか何もないし、むしろ他の可能性もいっぱい考えられる。けど、この公園のことをいろいろ思い出してみると、けっこういい確率で、ここにいるかもしれないと思ったの」
山太郎池公園。名前が、特徴的でしょ?
「ナナ。この山太郎池公園について、知ってること教えてくれる?」
話を振ると、ナナは自分の出番を待っていたかのように立ちあがって、
「いいぜ」
とカッコつけた。
「昔ここには、この公園全体がスッポリ収まるぐらいデカイ池があって、そこには4メートル以上もあるデカイ鯉が住んでたらしい。そいつは山のようにデカイっつーことで、地元では山太郎って呼ばれて、土地神様の化身みたいに崇められてた。んで、この池に毎日遊びに来てた絹っつう名前の女の子がいて、その子はまぁいろいろあって山太郎に恋しちゃうんだな。あ、魚の『鯉』と恋愛の『恋』をかけたダジャレじゃねーぞ」
余計なネタが入ったけど、気にしないで聞いてやってください。
「絹はもともと変わり者で有名だったんだけど、そのうち山太郎の言葉が分かるようになって、雨や火事を予知するようになった。んで、そんな絹を、みんなはキモイと言って避け始めて、そのうち絹は池に身を投げるんだ。……けど、絹の死体は上がらず、代わりに2メートル半ぐらいある白い鯉が、山太郎と一緒に泳いでいる姿がこの池で目撃されるようになった。そいつは絹に違いないっつーことで、絹と山太郎の恋の奇跡はその後も語り継がれたとさ。めでたしめでたし」
こらこら、話が終わっちゃうでしょ。
「昭和時代、人口が増えてこの地域が住宅地として開拓されると、丘を切り崩した土で、この池が埋め立てられていったんだ。けど、伝説の池がなくなるのはアカンっていう地元住民の反対もあって、最終的には山太郎池公園として、この公園が出来た、つーわけだ。……ちなみに伝説にちなんで、この公園の池にカップルで小銭を投げて祈ると、二人は永遠に結ばれるっつー言い伝えができて、ここはローカルだけどデートスポットとしても有名になったんだな、これが」
「あと、この裏山の神社に、山太郎と絹が祀られてるらしいよ」
事件には関係ないけど、一応あたしから、プチ情報ね。
「ありがと、ナナ。とりあえず、そこまででいいよ。……この話は私もだいたい知ってたんだ。まあ、詳しい話はともかく、ザックリこの公園に伝説があるってこととか、永遠に結ばれるとか、けっこう有名だからみんな知ってるよね」
みんなが、うんうんと首を縦に揺らす。
「さて、話はユリさんに戻るけど……リョウちゃんとの一件があって、家を飛び出してきたユリさんは、とにかくリョウちゃんに電話をしたかった。リョウちゃんのせいで死んでやるって、言いたかった。だけどこれって、そもそも本気で死ぬつもりじゃないよね。本気なら、遺書だけ残して予告なく飛んじゃった方が確実だもん。つまり電話の目的は、死の予告ではなく、リョウちゃんが探しに来てくれるかどうかの、テスト……」
「じゃあ、アッキー合格じゃん。にひひ……」
ナナが床に座りなおして、アッキーの脇腹をつつく。「うるせぇ」と、アッキーがナナの頭をひっぱたく。
「でもユリさん、電話では居場所を言わなかったよね? これはつまり、言わなくても分かるでしょ、ってゆうメッセージ。リョウちゃんが探しに来てくれるかどうかだけじゃなく、居場所を当てることも、テストのうちだった。……となると、考えられるのは2人の思い出の場所だよね。っていっても、実際は2人の思い出なんて数えきれないぐらいあるだろうし、だからこの公園が思い出の場所だなんて保証は全くないんだけど……まあ、ここで永遠の愛を誓った思い出ぐらいは、あってもおかしくないかなって」
「じゃあ、本当に賭けだったんだな……」
アッキーが言った。
「思い出の場所、ってだけなら、そーとー無謀な賭けだったわ。ううん、実際、もしリョウちゃんがあの電話を受けてたとしたら、ユリさんの居場所の候補はいくつも頭に浮かんだりすると思う。その候補の中からどれか1か所を選ぶとしたら、どうする? 勘? 当てずっぽ? ううん、ちゃんと条件を考えた方がいいに決まってるでしょ? そこで、その条件を実際に考えてみると……そこは、自宅からけっこう近い場所に絞られてくるの」
「どうして?」
と、野田先生がまたみんなを代表して言った。
「電話の感じからして、浮気発覚からあまり時間が経ってないのと、財布がないので徒歩でしか移動できないってこと。これらの理由から、まだそんなに遠くへは行ってないはずだ、ってコトになるでしょ?」
「なるほど」
「なるほど」
野田先生とアッキーの声が、綺麗にハモッた。
「じゃあ、ここまでのすべての条件を整理するよ。自宅の近く……つまりアッキーの家の近くで、小銭や公衆電話があって、自殺しようとしてる体でいられる場所――たとえば高い塔があって、2人の思い出の場所かもしれない所。……ほら、可能性に賭けてみる価値はありそうでしょ?」
またドヤ顔で、みんなの顔を見回す。
「とゆーわけで、あたしたちは今、ここにいるわけです」
話を締めくくったその時、ユリさんがゆっくりと拍手をしてくれた。
「すごいわチビちゃん。本当、ほとんど完璧な推理と勘ね。だけど……ひとつだけ、事実と違うことがあるわ」
ひとつだけならむしろ上出来なんだけど……気になるわね。
「電話をかけたとき、あたしは本気で死ぬつもりだった。リョウちゃんが来てくれたら、カレの目の前で飛び降りてやるつもりだったの。それが、あたしが今ここにいる理由。だけど……なかなか来てくれないんだもん。って、あたしが間違い電話しちゃったんだから、当たり前よね。ここで景色を見ながら待ってるうちに、気が変わったの。逆に、やっつけてやろうって……」
「やっつける……?」
あたしが聞くと、ユリさんは「ああ」と自分の頭を軽く叩いて、
「さっきも言ったけどリョウちゃんの浮気相手、うちのお店のナンバーワンの子なの」
と、本当は相当ショッキングなことを、あっけらかんと言ってのけた。
「ちなみにあたしが2番なんだけど、こっちは順位なんか気にしてないのに、むこうはやたらとあたしをライバル視してくるのよ。たぶんその関係で、嫌がらせ……にしては度が過ぎるけど、どうにかリョウちゃんのことを調べて、誘惑してきたんじゃないかな。って、思う。……普段から嫌がらせはちょくちょくされてきたけど、ずっとガマンしてた。だから今回、そこまでやる? って思って、本当に頭にきたの。それに、あの子の誘惑に負けちゃったリョウちゃんにもね。半分はリョウちゃんのために頑張ってあたしが稼いでるのに、それはないでしょ、って。ヒドイ話よ」
いつもは愚痴を聞いてくれるリョウちゃんが、あちら側の人になっちゃって、愚痴をこぼせる相手がいなくなっちゃったユリさん。可愛そう……。
そのとき、アッキーがおもむろに口を開いた。
「ユリさん、どんなにつらいことがあっても、自殺だけはだめだ。そうやって、正しい生き方ができない奴もいるが……いや、俺だって正しく生きれているか分からないし、だいいち正しい生き方なんて本当は誰にも分からないかもしれない。だが、……生きることは正しいっていう、たったひとつの答を忘れないでほしい。……生きること、それが……俺たちが今、ここにいる理由だ」
アッキーは、腐っても教師だった。