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04.花柄の脳細胞(笑)

挿絵(By みてみん)

 おねーさん、ナナ、アッキー、野田先生の順に横に並んで、床に腰を下ろす。

 みんなに注目され、あたしは喋り始めた。

「まず、事件の概要だけど……今朝6時45分ごろ、アッキーの家デンが鳴った。アッキーが出て『もしもし?』とだけ言うと、その相手は『あっ、リョウちゃん!? あたし、死んでやるから! リョウちゃんのせいだから! リョウちゃんのせいだから! リョウちゃんのせいだから!』と言って、そのまま一方的に電話を切ってしまった。アッキーが聞いたかぎり、相手は若い女性で、知り合いではなかった。相手の名前も電話番号も、もちろん居場所もわからないけど、放ってはおけない、というのがアッキーの選択だった」

「ああ、その通りだ」

 アッキーが言うと、

「あ、なんかすいませんでした、オジサマ」

 おねーさんはそう言って、くすくすと笑いながら軽く頭を下げた。

「ちなみにおねーさん、お名前は?」

「ああ、あたしは、河南辺かわなべ ゆりっていうの。ユリって呼んで」

 ニコリとほほ笑む、ユリさん。フレンドリーで、いまいちこの事件を起こした張本人には見えない。

「警察が動くには確かに、手掛かりが少なすぎるけど……あたしから言わせてもらうと、案外この電話からだけでも、いろんなことがわかるよ。たとえば……ユリさんとリョウちゃんの間に、何かただ事じゃない出来事があったのはもちろんなんだけど、それがいつの出来事か。昨日? おととい? ううん、感情の高ぶり方にしても、言っている内容にしても、そんな古い話を蒸し返してる感じじゃないよね? だとすれば、それは電話の少し前の出来事ってコトになるでしょ?」

 うん、うん、とみんながうなずく。あっちのフェンスに止まってるセキレイも、うん、うん、と尻尾を上下に振っている。

「その出来事、具体的な内容は勝手に想像するしかできないんだけど、ざっくり言うと、リョウちゃんがユリさんを本気で怒らせるようなことをした。もしくは、それがバレた、ってトコでしょ? だって、リョウちゃんのせいだって、3回も言ってたぐらいだもん」

 言いながら、なぜかあたしもうん、うん、とうなずく。

「それって、あたしたちにとっては早朝だったけど、本人たちにとってはどんな時間帯だったんだろ。朝起きてすぐに、そんなような出来事って、考えにくくない? そう考えると、2人のうちの少なくともどちらか1人は夜型生活者かなって。で、怒ってるユリさんの方は、おそらく起きたばっかじゃないと思った。……ここまでで、ユリさん。何か間違ってること、ある?」

 あたしが振ると、ユリさんはいわゆる女の子座りの姿勢のまま口を開いた。

「すごいね、チビちゃん。……ルルちゃんだっけ? あなたの言うとおりよ。あたしは収入が必要で、本当はそういうタイプじゃないんだけど、夜、飲み屋で働いてるの。でね、今日はお客さん少なくて暇だったから、これでもいつもよりちょっと早めに帰ってきたのよ。そしたら、リョウちゃんが、うちのお店のナンバーワンの子と一緒にいたの」

「え、浮気かよ!」

「ひどい話ね」

 ナナと野田先生が、自分のことのように怒りだす。なぜだかアッキーは何も言わない。

「それって、ユリさんの自宅の話だよね?」

 あたしからの質問に、ユリさんは

「もちろん」

と答えた。

「え、帰り道とかじゃねーの?」

「私もそう思ったわ」

 そうか、普通に聞いたらそう思うよね。

「加賀谷は何で自宅だって判ったんだ?」

 アッキーがあたしに聞いてきた。

「状況からして、ユリさんとリョウちゃんは同棲してるはずだからだよ」

みんなの目が、ハテナマークに変わる。では、説明しましょう。

「アッキーが受けた間違い電話には、時間帯の他にもう一つ、違和感を覚えたコトがあったの。それは、アッキーのケータイじゃなく、家デンにかかってきた、ってコト。じつはこれこそが、今回の事件の全体を知る上でいちばん重要な手掛かりなのよ」

 あたしはそう言って、ナナの目の前にちょっとしゃがみこんだ。

「ナナ、あたしん家に電話くれる時って、いつもどこからどーやってかける?」

 ナナは自分のケータイを実際に示しながら、

「どこからって……家でも外でもケータイからかけるだろ、持ってる人は普通」

 と答えた。みんなも、それに同意するように、何度もうなずく。

「じゃあ、ウチの番号ちょっと言ってみて」

「言えねーよ、そんなん。ケータイに登録してんだから、いちいち覚えてねーよ」

 ナナのセリフに、野田先生が続く。

「そうね、ケータイを持つようになってからは、必要な番号は全部、登録に頼ってるから、よその番号なんて覚えないわね」

 そうでしょう、そうでしょう。

「ユリさんが『リョウちゃん』なんて呼び方で呼ぶぐらいの相手だもん、リョウちゃんの番号をユリさんが自分のケータイに登録してないはずがないでしょ? だったら、電話するときは当然、その登録を呼びだすか、最近かけたなら履歴を呼び出すかしてかけるんじゃない? ……そしてその場合、たとえ間違い電話をかけるとしても、他の登録番号か他の履歴、ってことになるワケよ。つまり、縁もゆかりもないアッキーに、間違い電話なんかかかってくるハズがない。……てコトは、少なくともユリさんはその電話をかける時、何らかの理由で登録や履歴を使わなかったはずじゃん?」

 そこまで説明すると、みんなは目をしょぼしょぼさせながら、なんとなく首を縦に動かした。ほんとに、伝わってるかな……。

「使わなかった、ってのはつまり、使えるけど使わなかったってわけじゃなくて、故障かバッテリー切れか、どこかに置いてきたか……何らかの理由で使えなかったと考えるのが妥当でしょ? だからさっき、おねーさんは今ケータイ持ってないって言ったのよ」

「あ、そういや言ってたな。だからおれのケータイ貸したんだもんな」

「手帳にでもリョウちゃんの番号がメモってあればよかったんだけどね。登録も履歴もメモもなければ、あとは記憶を探るしか……。でも、登録に頼ってると、番号なんか覚えてないもんなんでしょ? 当然、リョウちゃんの番号も覚えてるとは考えにくい。でもさ、だいたいみんな覚えてる番号ってあるじゃん。たとえば、自分のケータイ、実家、それから、住んでいる自宅……」

「自宅……同棲……なるほどね」

 野田先生が、ボソボソと呟くように言った。

「同棲していれば、自分の自宅はリョウちゃんの自宅でもあるわけね」

「そーゆーコト。リョウちゃんのケータイ番号は覚えてなかったけど、そーゆう理由で自宅の番号なら覚えてた、ってわけ。だから、二人は同棲してるはずだと思ったのよ」

そこまで説明すると、今度はみんな納得の表情でうなずいてくれた。

「それからね――」

「まだ何かあんのかよ。もういいよ~」

「喋らせてよ~」

 ナナが、飽きてきたみたい。記者魂はどこにいったのよ!

「みんな妙に納得してるけど、ここまでで疑問はない? リョウちゃんの浮気が発覚したのは自宅だって、あたし言ったよね? なんでそう思ったか、ナナ、わかる?」

「ちょ、急に振るなよ」

 ナナが焦って答を探すけど、ちょっと目を覚ましてほしかっただけだから。べつに、答えなくていいよ(笑)

「もし仮に、浮気発覚みたいなトラブルが外での出来事だとしたら、リョウちゃんがそもそもユリさんの自宅になんかいないわけでしょ? そうなると、ケータイを使えず番号がわからないユリさんは、もうその時点で電話で連絡なんか取れないわけよ。……じゃあ、トラブルは自宅で起こりました。その瞬間はリョウちゃんもユリさんも同じ自宅にいるわけだから、電話する必要がそもそもないよね。電話をかけたってコトは、トラブルの後、二人が別行動になった証拠じゃん。で、もしリョウちゃんの方が外に出て行ったんだとしたら、外でトラブった場合と同じ理由で、電話は無理。最終的な図式として、リョウちゃんが自宅、ユリさんが外にいることが、絶対条件なわけ」

 うん、うんと、またみんながそろって首を縦に振る。

「じつは、そこからたった1つだけ、自宅の家デンに電話しない可能性が出てくるの。それは、ユリさんがケータイを使えない理由が、ケータイを自宅に置いて出て行ったからだった場合……」

「あ……そっか」

 ナナの目が、ちょっと覚めてきたみたい。

「自分のケータイにかけても、連絡取れるかもしれないんだ」

「そーゆーコトよ」

 あたしは人差指をピッと立てて、ナナと目を合わせた。

「ここでちょっと、間違い電話の種類について、簡単に説明するね。間違い電話には大きく2つのパターンがあるの。ひとつは『かけ間違い』で、もう一つは、『押し間違い』。この『かけ間違い』ってゆーのはつまり、かける相手先を間違えちゃうやつね。あたしがナナにかけるつもりで、間違ってアッキーにかけちゃったりするパターン。で、もうひとつの『押し間違い』ってのは何かってゆーと、登録や履歴に頼らず相手の番号をダイヤルする場合に、文字通り番号を押し間違えちゃうパターン。この場合、全く知らない相手にかけちゃうこともあって……もうわかったと思うけど、アッキーが受けた間違い電話はかけ間違いではなく、押し間違いってコトになるの」

 みんなが、うなずく。ユリさんまで、なんかうなずいてる。

「そして、『押し間違い』の場合は、正しい番号と間違った番号がそっくり……たぶん、普通は1文字だけ押し間違えたとか、1か所だけ数字の順番が入れ替わったとか、その程度の間違いだったりするわけで……常識的に考えて、少なくともケータイにかけるつもりで家デンに、なんて間違いはありえないよね」

「それはそうだ。家デンとケータイじゃ、桁数も違うしな」

 アッキーが言った。

「つまり、うちの家デンにかかってきたってことは、ユリさんがケータイではなく、自宅にかけようとしたからだ。ってことだな?」

「はい、アッキー、正解!」

「よっしゃ」

 いい大人が、教え子から正解と言われて、よっしゃ(笑)

 やっぱり、あたしはこの人とは付き合えないなぁ……。

「とにかく最終的にユリさんは自宅に電話をかけた。……つもりで、番号を『押し間違え』た。そこまではいいよね? さてさて、じゃあ今度は、ケータイを自宅に置いて来てしまった経緯なんだけど……その前に、そもそもバイト先にケータイを忘れてきた可能性もあったのよ。でも……リョウちゃんの浮気現場に自宅で遭遇したってことは、本来その時間にユリさんが帰ってくるハズじゃなかったわけで、早く帰れることになったユリさんもユリさんで、その時点で連絡してれば、浮気の現場なんか見ずに済んだのに……なぜ連絡しなかったのか?」

 あたしはみんなの顔を見回して、話を続ける。

「その可能性のひとつが、帰る途中で連絡しようと思ったら、バイト先にケータイを忘れてきた、ってゆうパターン。でも、ケータイ忘れる可能性って、そんなに高くないでしょ? それより、他に何か、あえて連絡しない理由があったんじゃないかって考えた。で、思いついたのよ。……もしリョウちゃんも夜型生活者だったら、きっと浮気は外でしてくるハズだって。……いや、どっちにしても自宅で浮気なんてどうかとは思うけどね。可能性としては、リョウちゃんは朝型で、普段は寝てる時間だったんじゃないかって。だとすれば、ユリさん的に寝てるリョウちゃんを起こすよりは、無言で帰った方がいいでしょ」

「すごい。まったくもって、その通りよ!」

 ユリさんの言葉を受けて、あたしはドヤ顔を返す。

「あとは、理論ってより仮説……。玄関を開けてすぐ、女性用の靴があったりしたと思うんだけど、何かの誤解かもしれないし、たぶん確認したかったんじゃないかな、ユリさんは。部屋まで入って行って、悲しい現場を見てしまった。その時のユリさんのリアクションはわからないけど、持っていたバッグを投げつけたのか、その場に落としたのか……いずれにしても、おそらくバッグを自宅に置いて、外へ飛び出してしまったんだと思う」

「なんで、バッグごと置いてったって、わかんのさ?」

 ナナの質問に、あたしは目を閉じ、瞼の裏を見ながら答える。

「ケータイってさ、男の人とか女子高生の人とかはよくポケットに入れてるけど、大人の女の人って、バッグに入れてる人が多いじゃん? アッキーに間違い電話がかかってきた事実がある以上、最終的にケータイが使えなかったのは間違いないわけだから、まあバッグごと自宅に置いてきた、ってゆーのがいちばん可能性が高いかな、って」

 そこまで説明し終わると、ユリさんは、5回ほど雑な拍手をしてくれた。

「マジで、子供とは思えない推理ね。後ろのチャック下ろしたら、中にマープルおばさんが入ってるんじゃないの?」

 マープルおばさんって、アガサ=クリスティの?

「ユリさん、さすがにそれはないけど、性格的にはこいつちょいちょいオバサンだから、どこぞの博士の力で子供の姿をしてるだけかも」

 ……褒められてるんだよね、あたし?

 だけど、まだ謎解きが終わったわけじゃない。

 ユリさんが「はい、質問」と言って、手を挙げた。

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