20.書き出してみては?
01行目から23行目まで
歌詞をすべて書き出してみてはいかがカナ?
「やっぱり『01行目』っていう書き方は、あえてファイル名っぽさを醸し出すためにやってるとしか思えないのよね」
ユリさんが言った。……あたしもそんな感じがする。
「そう考えると、やっぱ『書き出す』ってゆう言葉も、引っかかるのよね」
すると面倒臭がりのナナが、面倒臭そうに、
「メンドくせえから、考えるよりやってみよーぜ」
と言って自分のパソコンを起動した。
「要するに、1行ずつファイルに書き出す体で並べてみりゃいんだろ?」
パソコンが立ち上がるとすぐに、カナで書いたバージョンの歌詞のファイルを開く。
その1行1行の頭に、まずは「01」「02」……と数字を振っていく。
「んで、このゼロを消して、数字を文字列扱いした体で並べ替える、と。……え~っと、『10』の前に『1』が来て、『20』の前に『2』が来て、『23』の後に『3』から『9』をまんま持ってけばいいから……よっ、ほっ……」
そうして出来たのが、次の図。
正直、度肝を抜かれたわ。リョウちゃんてば、普段、こんなコトばっか考えてるの?
「見て、この語尾のタテ読み……」
あたしが言うと、みんなが画面に顔を近づけて、黙読する。
「つまり日本語に訳すと、こうだな」
ナナが歌詞の下の余白に、その文章を書いて見せた。
枕の中に不思議な傷があるものを隠した
「枕の中……ユリさん、枕の中に、何かない?」
「ちょっと待ってよ」
ユリさんが立ちあがって、リビングの隣の寝室に入る。覗きこむと、彼女は枕をがばっと掴み上げて、ガサガサと手で探った。
「何もないわよ」
あれ? おかしいな……。
「枕カバーの中は?」
モモが言うと、ユリさんは枕カバーから本体を取り出して、カバーを裏返して見せた。
「ない~」
「枕本体は開けられないん?」
ユリさんは、プリティなおケツをこちらに向けて、ベッドの上で枕をいじった。それにはチャックが付いていて、開けるとユリさんはその中に手を突っ込んだ。
カサッ、という紙の音がした。
「あ、なんかあったよ」
そう言って、ユリさんが枕の中からようやく取り出したものは、小さく折りたたまれた先月のカレンダー。
そしてその裏側には、落書きのようなイラスト。絵心がないなりに頑張って描いたのが伝わってくる。
「これ……いけるわ」
ユリさんがつぶやいた。
描かれていたのはトラ柄の、ブルドッグ。
強面なのに冴えない表情、頬には大きな、傷……。
そしてイラストの下には『トラブルさん』と書いてある。
「不思議な傷って……やっぱこのほっぺの傷のことかな?」
「単なるバッテンじゃんか」
「不思議なような、不思議じゃないような……」
あたしたちが口々に言うと、ユリさんはひとつ、くすりと笑って、
「あいつ……」
と小さく言った。
そして、作業机に向かうや否や、すぐにこの落書きブルドッグの描き直しに取り掛かる。
「今日、社長さんにこれ見せて、同伴出勤してやるわ」
そのセリフは、ヒトミさんへの宣戦布告にも聞こえた。
「見つけたよ、って、リョウちゃんにも知らせたいな。モモ、連絡取れない?」
「実家の家デンに電話すれば、たぶんリョウちゃんが出るわ」
……家デンに電話。思えば数日前、アッキーの家デンにかかってきた、1本の間違い電話から、すべては始まったのよね。
今だから、分かる。あの時、ユリさんがダイヤルを押し間違えてなかったら――リョウちゃんは、ヒトミさんのコトをほったらかしにしてでも、山太郎池公園の塔までチャリで爆走していただろう。
「あ、もしもし? リョウちゃん?」
モモの声が、部屋中に響く。電話の向こうのリョウちゃんの声も、かすかに聞こえる。
10センチほど開けた窓の外からは、ヒヨドリの必死な鳴き声が、飛び込んでくる。
「……わかった。じゃあ、待ってるね」
モモが電話を切る。ちなみにモモは、スマホ。
「リョウちゃん、すぐ来るって」
「ちゃんと仕事探してんのか、リョウちゃん」
「探してるよ! たぶん……」
ユリさんの机から、鉛筆の音が響く部屋。街に5時の音楽が流れ始めると同時、アパートのすぐ前で、自転車のブレーキ音が聞こえた。
ヒヨドリの声に似て、必死だ。
階段を駆け上がってくる足音。そしてほどなく、インターホンが鳴った。
モモが玄関のドアを開けると、額に汗をかいたリョウちゃんがドカドカと部屋に入ってきた。
「ユリ!」
「ちょっと、リョウちゃん。今はダメだよ」
「ユリさん、いま集中してっから――」
あたしとナナでリョウちゃんを止めようとした、そのとき。
「あ、大丈夫よ。ちょうど終わったから」
ユリさんがそう言って、椅子に座ったまま大きく伸びをした。
「ほら、出来た」
やりきった表情で、描き上げた下絵の紙を左手に持ち、こちらへ向ける。
新たに描き直した「リストラくん」と「トラウマくん」、そしてリョウちゃんの落書きみたいなイラストを元に描き上げた「トラブルさん」……どの子も、冴えないイイ顔をしている。
「ありがとう、リョウちゃん。これ、めっちゃいいアイデアだと思う。絶対に採用されるって、自信あるよ」
ユリさんが言うと、リョウちゃんは照れくさそうに頭を掻きながら、
「お礼なんかいいんだ。たまたま思いついただけだし、お詫びの品みたいなもんだし……」
と言って、ひとつ、深く頭を下げた。
「この子たちに手伝ってもらって、……っていうより、ほとんどこの子たちのおかげで、リョウちゃんの暗号や謎解きをここまで解読してきたけど……リョウちゃん、音楽だけじゃなくて、作家とかの才能もあるんじゃないかって思ったわ」
「……ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。でも……俺、いま、音楽より小説より、もっとやりたい事を見つけたんだ」
なんだか、いい雰囲気。ナナがぶち壊さないことを祈るわ。
「やりたい事……?」
「ああ、俺……お前と一緒にいたい。……あんなことの後で、信用されてないのは分かってるけど……これが、正直な気持ちなんだ。反省してる」
するとユリさんは、突然、リョウちゃんの胸倉を両手で掴んだ。
「断っておくけど、もうリョウちゃんと恋人同士になんか、戻るつもりはないわよ?」
って、ユリさん……。
「俺だって、そんなつもりはないよ」
って、リョウちゃん……?
「俺、頑張って仕事探すから。仕事が決まったら、俺と夫婦になってくれないか?」
「……あたしも……同じこと考えてた」
うわぁ……。なんて、素敵。ガチプロポーズの瞬間、見ちゃった。
「じゃあ、5時過ぎたし……帰ろーぜ」
ナナが、言った。
「そうだね、帰ろっ」
「ええ、そうね」
ナナがそそくさとパソコンを片づける間、あたしはお菓子をいくつかほおばり、モモはみんなのコップをキッチンに下げた。
「みんな、本当にありがとうね」
そんなユリさんに、あたしは返す。
「こちらこそ。ごちそうさま」
そうしてひとしきり笑った後、あたしたちは二人に手を振って、部屋を後にした。
夕暮れ近い、帰り道。
セキレイがぴぴ、ぴぴ、と鳴きながら、波を描いて飛んでいく。その後を追うように、あたしたちのチャリが颯爽と風を切る。
家に帰れば、ママの作った晩ごはん。
明日は土曜で、学校はお休み。
そんな当たり前の中に、いくらでも謎は転がっているのね。
たとえば、恋とか、友情とか。




