表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/21

19.鍵の謎

挿絵(By みてみん)

 あたしはユリさんの作業机を指差して、言った。

「念のため、鍵を見比べてみよ。ユリさん、ロッカーの鍵と予備の鍵、見せて」

 ユリさんは机の引き出しから小さな鍵を1つ取り出し、「はい」とあたしの方へ放り投げた。それから、ハンガーラックの端に掛ったバッグを探って、もう一つの鍵を見つけ出す。

「こっちが普段使ってる方ね」

 どちらもチャチなものだけど、普段使っている方には金属製の輪っかが付いている。

「キーホルダーとか付けてないんだ?」

「あたし、キーホルダーとかストラップとか、要らない派なのよ」

 どれだけ見比べても、鍵の形は一緒だった。

「鍵が同じってことは……予備の鍵をすり替える時と、戻す時。最低でも2回はこの部屋に入らなきゃ無理ってことね。それも、ユリさんがこの部屋にいないとき……ユリさん、何か心当たりない?」

 あたしが聞くと、ユリさんはしばらく腕を組んで考えた後、「あ」と言って目を大きく見開いた。

「たしか先週だったと思うけど、ヒトミさん、お客さんと一緒に外出して、そのまま戻ってこなかった日があったのよ。……うん、そう、先週の始めぐらいよ」

「イラストがなくなったのは、先週のいつ?」

「木曜……だったと思う」

「じゃあ、仮に先週の始めに何らかの方法でヒトミさんがこの部屋に入って予備の鍵をすり替えたとしましょ。で、木曜日にそれを使ってイラストを盗んだ。じゃあ、今度はそれ以降のいつか……鍵を戻しに来てるはずなんだけど」

 再び、ユリさんが考え込む。

「ん~、……あとは、あの時ね。今週始め、リョウちゃんの浮気事件の日。あの日は本当に暇で、ヒトミさん、普通に早退したのよ。だけどその後、あたしも帰っていいって言われちゃったから、ここで鉢合わせしたわけなんだけど……」

「じゃあもう、決まりじゃんか。ヒトミさんが犯人だよ」

 ナナが面倒臭そうに言った。

「あたしもそう思うけど……リョウちゃんがヒトミさんとグルじゃないとすれば、ヒトミさんはリョウちゃんの目を盗んですり替えなきゃならないわけでしょ? 引き出し開けて、物音立てないように鍵をすり替えるって、男の人がちょっとトイレに立った間にできるような簡単な作業じゃないよね」

 するとモモお嬢様から、意外な意見が飛び出した。

「シャワーじゃないかしら?」

 やだ、オトナ(笑)

 でも、それイイ線いってる。

「最初のすり替えの時は特に、鍵の場所も知らなかったわけだから、それなりに時間の余裕が必要だったと思う。2回目の時は、もう場所も知ってるし、そこまで時間が必要ではないけど……う~ん、やっぱトイレぐらいじゃ無理だと思う。それに……」

 やっぱどう考えても、リョウちゃんはユリさんの味方なんだよね。

「ユリさん、リョウちゃんはイラストが消えたこと、知ってたの?」

「もちろんよ。あたしが『リストラくん』と『トラウマくん』のアイデアを閃いた時から、デザインのことで相談に乗ってもらってたんだもん。イラストが消えた日も、帰ってすぐに話したわ」

「なら間違いないわ。リョウちゃんは、ヒトミさんが犯人だって気づいてたはずよ」

 あたしは、確信した。

「最初は……おそらく先週の始め。リョウちゃんはヒトミさんに誘惑されて、つい浮気しちゃったんでしょ。そのとき、シャワー中に鍵をすり替えられたのね。でも、リョウちゃんはそんなこと知る由もない……ううん、それどころか、ヒトミさんが何者なのかも知らなかったと思う。ところが数日後、ユリさんのイラストが姿を消した。リョウちゃんはそのとき、初めて気づくのよ。ロッカーの予備の鍵を盗まれた、って……」

 麦茶をひと口だけ飲んで、あたしは話を続ける。

「けど、慌てて引き出しを見てみたら、なんだ、あるじゃん、ロッカーの予備鍵……リョウちゃんは頭がいいからね。その時点でおそらく、すべて悟ったのよ。ヒトミさんはユリさんの同僚で、最初から鍵をすり替えるために自分を誘惑してきたんだ、って」

「男ってバカだよな~」

「ほんとね」

 モモはいいとして……世の男の人は、ナナにだけは言われたくないと思う。イケメンのリョウちゃんに萌えてたの、どこの誰よ!

「予備の鍵がすり替わったままなら、ヒトミさんが犯人だっていう物的証拠になるわ。だから本当は、ヒトミさんと浮気しました、ってユリさんに白状すれば、その時点でヒトミさんが犯人だとわかったはずなのに……やっぱり、浮気したことは隠しておきたかった」

「まあ、そりゃあそうよね」

 ユリさんが、ため息交じりに言った。

「そしてリョウちゃんは、考えた。鍵を戻しに、彼女は必ずもういちどやって来るだろう。自分の手で動かぬ証拠を掴めば、助かる道がある。彼女はイラストを盗んだ犯人。自分は、浮気をしてしまったダメ男。お互いの弱みを握り合っている分には、お互いにそれが抑止力になって、秘密は守られる、ってわけね」

 そこまで言うと、ナナがクッキーを口の中に入れたまま手を上げた。

「でもさ……タイミング悪くユリさんが帰って来て、結局、浮気はバレちゃったわけじゃん。だったらさ、リョウちゃんはもうヒトミさんが犯人だってこと、秘密にしておく理由なくね?」

 さすが新聞記者。言われてみれば、その通りね。

「証拠を掴み切れてない、とか……?」

 モモが言った。そんなバカな、と思ったけど、ちょっとまって。

 その可能性は、なくもないわ。

 あたしは、鍵のすり替えにばかりとらわれ過ぎてた。ああ、なんてこった。

「ユリさん、お店で使ってるロッカーって、どんな大きさ?」

「ロッカーの大きさ? う~んそうね、このぐらい……幅50センチ、高さは180センチってとこかしらね……」

「何個かくっついてるタイプじゃないよね?」

「ええ、個別になってるやつよ?」

「そうか、それなら可能だわ……」

 あたしが1人で納得していると、みんながじれったそうにあたしを睨みつけた。

「どーゆことだよ」

「ちゃんと説明してほしいわ」

「何が可能なのよ?」

 正直、自分でも信じがたいんだけど――もう、これしか考えられない。

 もうひと口、ふた口と麦茶を飲んで、あたしは話し始めた。

「あの日、ヒトミさんはリョウちゃんに見つからないように、予備鍵を戻そうと思った。リョウちゃんはその現場を押さえるなりして、証拠を掴みたかった。けど、それより早くユリさんが帰って来ちゃって、じつは二人とも、まだ目的を果たせないまま浮気が発覚しちゃったのよ。……だからリョウちゃんは、浮気がバレた後も、ヒトミさんが犯人だ、とは言えないでいるの」

 するとあたしの頭を、ナナの手がペチンと叩いた。

「実際、鍵は戻ってるじゃんか」

「最後まで聞いて!」

 あたしは叩かれた頭をさすりながら、説明を続ける。

「予備の鍵は戻せなかった。だったら、本チャンの鍵とロッカーも、全部すり替えちゃえばいいじゃん」

 すると今度はモモが、あたしのツインテールを握って左右に引っ張った。

「ふざけてるの?」

「ふざけてないから、放して、話させて!」

 モモって、意外と力が強いのね。

「ユリさん、今週……浮気発覚後に、ロッカー絡みで何か、起こらなかった?」

 そう聞くと、ユリさんは両手をポンと合わせて、

「あったっちゃあ、あったわよ。おとといなんだけど……あたしの鍵が一瞬、鍵穴に入らなくて……」

 と話しだした。……ほらほら。

「けど結局、ヒトミさんがやったら簡単に開いたのよ。あたしの手元がちょっと狂ってただけだったみたい」

「違うよ、ユリさん。それ、まさに、それ」

 あたしはユリさんを指差して、言った。

「その時点で、あらかじめロッカー自体、もう入れ替わってたのよ。中身もそっくりそのまま、全部入れ替わってたの。つまり、ユリさんのロッカーの場所にはヒトミさんのロッカーが立ってて、中身はユリさんのもの。一方、ヒトミさんの場所にはヒトミさんの荷物が入った、ユリさんのロッカーが立ってる。……ユリさんは自分の鍵でヒトミさんのロッカーを開けようとしてるわけだから、鍵穴に鍵が入らなくて当然だよね。で、ちょっと鍵貸してみて、とか言ってヒトミさんはユリさんから鍵を受け取り、そこで鍵をすり替える。ヒトミさんのロッカーなんだから、ヒトミさんの鍵でなら簡単に開くに決まってるでしょ」

 そこまで言うと、ユリさんは口元を押さえて、

「じゃあ、この予備の鍵も、本チャンの鍵も、ロッカー自体も、元はヒトミさんの……」

 と言いながら、それぞれの鍵を指差した。

「そう言われてみれば……お店の鍵は、お店のママとヒトミさんが1つずつ持ってるから、ヒトミさんは昼間、お店にはいくらでも入れるのよね。めっちゃ手間はかかるけど、ルルちゃんの言う方法なら鍵のすり替えは可能だし、イラストを盗まれたのも、昼間なら誰にも見られず簡単にできたんだわ」

「結果、同じ鍵がユリさんの手元に2個あるわけだから、イラストだけが消えたように見えたってわけか。やるな、ヒトミのやつ」

「やつって、ナナ。あんたヒトミさんと知り合いなの?」

 こうして、ヒトミさんが犯人だって事はハッキリした。けど、事件が解決したわけじゃない。

「イラストは、もう処分されちゃったかな……」

 あたしがつぶやくと、ユリさんはクールに言った。

「それはもういちど書き直せば済むけどね。よその会社に売り込まれたりしたら、あの社長さんに迷惑かけちゃうし、たいへん。著作権とか版権なんて、先に発表した者勝ちだから……。その前に、3匹目のトラ柄動物を描いて、社長さんに見せなきゃ」

 って、前向きなのはいいけどさ。そう簡単な問題じゃないでしょ。

「何かいいアイデアでもあるの?」

 モモの質問に、ユリさんはアメリカ人ポーズで肩をすくめた。

 トラ、とら……トランプ? トランポリン?

 ああ、ダメだ。そんなの、専門外だし。

 推理やパズルは得意でも、キャラクターの案なんて、あたしの脳細胞からは一生、出てこないと思う。

「あ、そうだ!」

 ナナが急に、まあまあ大きな声を上げた。

「困った時はほら、アレだよ、アレ。リョウちゃんの!」

「ああ!」

 みんなの声がキレイにハモって、なんか、気持ちがひとつになった(笑)

 ユリさんがパソコンを立ち上げ、例のリョウちゃんの曲の再生ページを開く。

「もう1つの悩みごとで苦しい時は、あの曲をもういちど聞きに行くように……そうそう、ユリさんにも言っとかなきゃね」

「何が?」

「リョウちゃんが言ったのはさ、もういちど『聞け』じゃなくて、『聞きに行け』なのよ。これって、意味ありげだと思わない?」

 あたしが言うと、ユリさんは「ああ~」とうなずいて、

「ここまで解いてきた謎を思えば、リョウちゃんなりに絶対なんか考えてるわよね」

 と、納得してくれた。

 そんなわけで、お昼休みに3人で話した内容を、ユリさんにもざっくり伝える。

 麦茶は全員、もう2杯目を飲み干しそうだ。

「……だからね、ファイル名でもないのに、なんで『1行目』って書かないで、『01行目』って書いたのか……とかね。謎が尽きないわけよ」

「なるほどねぇ……。でもしつこいようだけど、絶対何か意味があると思う。もうリョウちゃんはそういう奴よ」

 この時、あたしは何となくだけど、思った。

 ユリさんはリョウちゃんの事を、もう許してるんじゃないのかなって。

 あたしは恋なんかしたことないから解らないけど……。ましてや大人の恋なんか、解るはずもないけど……


  01行目から23行目まで

  歌詞をすべて書き出してみてはいかがカナ?


 世の中、謎だらけね――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ