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17.伝言

挿絵(By みてみん)

「そういえばさ……」

 ナナが言った。

「リョウちゃんがここの合い鍵を持ってるって話、あれまだ詳しく聞いてねーぞ」

 ああ、忘れてた。事件は解決したんだから、もういいじゃん。

「そうそう、リョウちゃんはあの朝、合い鍵を置いて出て行ったのに……」

 ユリさんまで言い出した。さらには、

「詳しくは事件が解決したら話すって言ってたわよね」

「約束は守るべきだぞ、加賀谷」

 野田先生とアッキーまで。……仕方ない。

「あれは、思い込みを利用した簡単なパズルだよ。ユリさん、リョウちゃんが置いてった合い鍵、貸して?」

 あたしが言うと、ユリさんは「はい」と言って、窓際のCDラックの上に置いてあった鍵をこちらへ投げた。

「これ、本当に合い鍵かどうか、ユリさん、あの朝ちゃんと確かめたの?」

「……えっ?」

 ほらほら。人の固定観念なんて、そんなもの。

「このキーホルダーに見覚えがあるから、合い鍵だって決めつけちゃったんじゃないの?」

「あ~、そう言われればね。ちょっと返して」

 ユリさんはあたしの手から鍵を取り戻すと、自分の鍵と重ねて見せた。

「ほら、やっぱ同じ鍵じゃん。鍵山、ピッタリ……」

 残念、そうじゃないのよ、ユリさん。

「今はそうだよ。あたしが言ってるのは、リョウちゃんが出て行った、あの朝の時点で、ってこと」

「……は?」

 だから、ね。

「あの朝、このキーホルダーについてたのは、この鍵じゃないの。似たような、べつの鍵……リョウちゃんが持ってるとすれば、おそらく実家の鍵か何かだと思うけど」

 ちなみにそのキーホルダーっていうのは、何かよく知らないけどソフトビニール製のキャラクター。

「ユリさんはこれを合い鍵だと思い込んだだけ。実際には、リョウちゃんはまだ合い鍵を持ってた。目的はわからないけど、とにかく合い鍵をもう1個、こっそり作るために……」

 するとリョウちゃんが、急に口を開いた。

「ユリに何かあったら、いつでも飛んでこれるようにな。でも、信用をなくした男が合い鍵持ってると思ったら、気分悪いだろうからさ。だから、こっそり」

 そう言って、リョウちゃんはポケットから2つの鍵を出して見せた。

「あとは簡単でしょ? この部屋にはリョウちゃんの実家の鍵、リョウちゃんの手元にはアパートの合い鍵が2つ。その夜、ユリさんが仕事に行ってる間に、リョウちゃんは合い鍵を使ってこの部屋に入り、実家の鍵と合い鍵をすり替える。リョウちゃんの手元には合い鍵と実家の鍵が収まり、この部屋には合い鍵が1つ、残る。……これで、リョウちゃんはいつでもこの部屋に出入り可能になったわけ」

 そのとき、野田先生が「はい」と手を上げた。

「鍵のすり替えはわかったけど、そもそもなんでリョウちゃんが合い鍵を持ってるって気づいたの?」

「それは、時系列で考えれば簡単だよ。もしリョウちゃんが合い鍵を持ってないとしたら、不思議な図を冷凍庫に入れたのはいつ? リョウちゃんがこのアパートを出て行くときにはもう、仕込んで行かなきゃならないじゃん。でも、モモが家出の相談をリョウちゃんに持ちかけたのは、その日の放課後なんだから。事件ありきの暗号が、朝から仕込んであるはずないもんね」

 そこまで話すと、今度はナナが手を上げた。もう、なんでも聞いて!

「ところでさ、『モモの保護』って簡単に言ってたけど、リョウちゃんの親御さんにブロックされてるんじゃかなったん? どーやって説得したのさ」

 ああ、そのことね。

「じつは、野田先生にだけあたしの推理を話しておいたのよ。夢実野小学校4年生クラス担当の野田香保里です。社長のワイロのことも、モモの家出にリョウちゃんが協力してることも全部知ってるから、もう大丈夫です。リョウちゃんの指示でモモを迎えに来ました。……そこまで説明して、モモが野田先生の顔を確認すれば、リョウちゃんの親御さんも、安心してモモを解放してくれると思って」

 簡単に説明すると、ナナだけでなく、他のみんなもふ~んとうなずいた。

 ふとよぎった沈黙。そこへ割り込むように、遠くで電車の走る音がする。静まった部屋の中、いくつかのため息が交差する。

 するとそのとき、ちょうどユリさんのケータイのアラームが鳴った。8時だ。

「あ、ヤバイ、あたし行くね。リョウちゃん、みんなが帰ったら、戸締りお願い」

「あ? あ、ああ……。――あ?」

 リョウちゃんの変な返事に、みんながズッコケた。

「って、鍵、持ってていいのか?」

「次の彼氏ができるまで、責任持ってよ。何かあったら、飛んできてくれるんでしょ?」

 ユリさんはそう言って、わたわたとパンプスを履き、玄関でいちど手を振った。

「ナナちゃん、また連絡するね。ばいばい」

「あ~、ほい」

 ナナのマヌケな返事を後に、ユリさんは玄関から出て行った。

 さて、ご主人のいない部屋に、みんなでいつまで居てもしかたない。

 それに、いくら先生が一緒だからって、あんまり遅く帰ったらマズイもんね。

「じゃあ、我々もそろそろ解散しますか」

 アッキーが言って、ようやく解散ムードが芽生える。

 おのおの忘れ物をチェックしながら立ち上がり、伸びをしたり、あくびをしたり。

「社長、お金忘れてってもいいですよ」

「忘れないよ!」

 リョウちゃんと社長は仲直り。そして、

「社長、ムスメ忘れてってもいいっすよ」

 ナナとモモも、仲直り。

「だから、忘れないって!」

 そうして笑い合いながら、それぞれ靴を履いて、部屋を出る。

 最後にリョウちゃんが部屋を出て、合い鍵でカギを閉めた。

「それにしても……」

 ふと、リョウちゃんが言った。

「おチビちゃん、アンタ本当にすごいな」

「ルルだよ、ルル!」

「ルルちゃんか、覚えとくよ。もし……」

 階段を降り終えて、最後にリョウちゃんが言い残した。

「もしよかったら、ユリに伝えといてくれ。もう1つの悩みごとで苦しい時は、あの曲をもういちど聞きに行くようにって……」

「え……ちょっと……」

 わけがわからないまま、でもリョウちゃんは構わずにチャリにまたがって、振り向かずに手を振った。

 カッコつけすぎで、ちょっとね。

 他のみんなは普通に挨拶を交わして、それぞれの家へ。

 モモは、モモパパの車で。あたしとナナとアッキーは、野田先生の車で、それぞれ帰って行った。


 気になって仕方なかった。リョウちゃんの最後の伝言。

 あの曲の内容はたしか、出来る範囲でいいから、可能性を諦めるな、みたいなメッセージだったはず。

 ただ単に、凹んだらあの曲を聞いて頑張れ、ってだけ?

 あたしには、どうもそれだけじゃないような、何か含んだ言い方に思えたのよ。

 そんな、次の朝。ナナのケータイに、ユリさんからメールが入った。ゆうべはありがとう、的な挨拶だけだったけど、なんかほんわかと、嬉しい気持ちになった。

 夢実野商店街に、豆腐屋さんの生温かい匂いが流れている。もう少し先へ行くと、その匂いはパンの香ばしい匂いに変わる。

 ぐーぐーぽっぽと鳩が鳴く。コンビニの角の交差点。顔にたかる、羽虫の群れ。

 ……やっぱ、気になる。

 あたしはゆうべのリョウちゃんからの伝言を、とにかくユリさんに伝えるべきだと思った。

「ナナ、お願いがあるんだけど……」

 あたしはそう言って、リョウちゃんの言葉を正確に、正確に、ナナに教えた。

「リョウちゃんがそう言ってたって、ユリさんに返信してちょーだい」

「オーライ」

 あとは、ユリさん次第だよね。

 あたしには、リョウちゃんが何を言いたかったのか、今ひとつしっくりこなかったけど、もしかしたらユリさんならわかるんじゃない?

 一連の暗号みたいに。


 なんて思ってたんだけど……お昼休みになって、あたしの脳裏に一つの疑問がわいてきた。

 それは、リョウちゃんのセリフ。

『あの曲をもういちど聞きに行くように』

 おかしいと思わない?

 だって、あの曲をユリさんが聞こうと思ったら、ユリさんは自宅にある自分のパソコンを開いて、その場であの動画サイトにアクセスして、動画を見るに決まってる。

『もういちど聞くように』なら解るけど……

『聞きに行く』って、いったいどこに聞きに行くのよ!

 その謎を誰に聞いたらいいものか分からなかったので、とりあえずダメモトでナナに聞いてみた。すると……なんだかあっさり、その答は返ってきた。

「いやさ、アクセスすること自体、『行く』って言ったりするんだよ。公式サイトに行って書きこむとか、それこそ動画サイトに行って作品を見てみるとかな」

 あ、そうなの? あたしはケータイもパソコンも持ってないから、とにかくネット関係にはうとくてダメね。

「じゃあ、聞きに行くってコトは……えっと、聞くためにアクセスしろって意味で……」

「ややこしい奴だな、ポチは。考えすぎだって。地方にライブ見に行くわけじゃねーんだからさ。『聞け』を『聞きに行け』って言ったからって、そんな深い意味ないよ」

 ん~、なんか釈然としないけど、まあナナがそう言うんだから、ネットの世界ではそんなもんなんだろう。

 ああ~、でもやっぱり気になるよ。

 あれだけの暗号を作ったリョウちゃんが、意味もなくあたしに伝言なんか託す?

 あの時、チャリで追いかければ、自分でユリさんに直接言えたかもしれない。

 なんならまた、メモに書いてポストに入れとけばいい。

 あたしのコトをズゴイとか、さんざん褒めた後の、伝言。

 あたしに何か、期待してるんじゃないか、なんて……自意識過剰なのかな。

「そんなに気になるんならさ……」

 ナナがあたしの頭をポンと叩いて、言った。

「行ってみるか?」

 ナナがバッグからパソコンを取り出し、開いた。起動する間、一言も喋らず、ただじーっと画面を眺めてしまう。

 正常にパソコンが立ち上がると、ナナはすぐにブラウザとやらを開き、「ニコニコ動画」に連れて「行って」くれた。

『空想の翼で僕だけの青空へ飛び立て』を検索する。……あった。あの曲のサムネイル。

 それをクリックすると、見覚えのある動画再生ページが現れた。

「じゃ、再生してみっか」

 イヤホンをナナと方耳ずつシェアして、あの不可思議な雰囲気の曲を再び聞いてみる。この曲が、はたしてユリさんを救うのだろうか?

 いや……ちがう、ちがう。

「聞くんじゃなくて、聞きに行くって言った意味を探りたいんだってば」

 あたしはそう言って、そのページを隅々まで調べた。

 つまり、このページに、アクセスすることに意味があるんじゃないかって思う。

 あたしの記憶が確かならば、この前見た時と、何ら変化点があるとも思えない。再生数とかマイリスとやらの数字は増えてるみたいだけど、タグや動画説明などは、全く変わってないと思う。

 そんな時、ナナの後ろからひょっこりと顔を出した美少女がいた。

「何を見てるの?」

 モモだ。……この子、こんなに人懐っこかったっけ?

「ああ、モモか。これ、ほら、リョウちゃんの新曲だよ」

 ナナも、違和感なく受け答えてる。やっぱり、もともと根本的に仲が悪いわけじゃなかったもんね。あんなこと(シチュー事件)があって、むしろちょっと仲良くなったんじゃないのかな。

 そのとき、モモが画面を指差して、言った。

「ねえナナ、これって――」

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