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15.捕獲作戦

挿絵(By みてみん)

 夕方の6時、あたしたちはユリさんのアパートに集合した。

 普段ユリさんがお仕事に出かける7時が、作戦の開始時刻。その前に、作戦内容を確認するため、打ち合わせをしなきゃならない。

「リョウちゃんの希望どおり、ユリさんには動画にコメントしてもらったわ。『ヒント希望』って……。それを見たリョウちゃんは、例の不思議な図の謎を解くヒントを届けに、再びここへやってくるはずよ」

 みんなの目を見回して、話を続ける。

「アッキーと社長はアパートの裏で待機。リョウちゃんはおそらく通勤に使ってた自転車でその辺まで来て、ユリさんが出かけたのをこっそり目で確認してから、このアパートに来ると思う。集合ポストは無いから、ドアポストにヒントを書いたメモを入れるため、必ず階段を上がってドアの前まで来るわ。そこで……」

 あたしはユリさんの方を振り向いて、ひとつうなずいて見せた。

「お仕事に向かったと見せかけて、ユリさんが急いでアパートに戻る。階段はひとつしかないから、リョウちゃんは必ずユリさんと鉢合わせする。まさか、ユリさんに対して暴力をふるったり、2階から飛び降りて逃げたりはしないと思うから、ユリさんが『話を聞かせてくれ』と言って部屋に誘い込む」

「2人が部屋に入ってドアを閉めたら、俺と社長がこの部屋に戻ってくればいいんだな?」

 アッキーが言った。

「そ。ただし、リョウちゃんをコーフンさせないように、穏やかにね。特に社長――リョウちゃんからすれば、社長は敵だと思うから、怒ってないよ、話し合おう、ってゆうオーラを全力で出してちょうだい」

「わ、わかった。わかりました」

 社長が、なぜか敬語で返事をし直したのが、ちょっとおかしい。

「アッキーも、まずモモの担任だってコトを正直に伝えて、モモの健康状態と安全を確認してね」

「了解だ」

 社長とは逆に、上から目線でうなずくアッキー。

「ユリさんと社長とアッキーに囲まれたら、さすがにもう抵抗しないと思うけど、念のため玄関のドアは社長がブロックしといて」

「了解です」

「次は、モモと現金の保護。たぶんリョウちゃんとモモの住処はリョウちゃんの実家で間違いないと思うから、すでに野田先生が向かってる。実家の近くで待機してもらって、頃合いを見てモモを保護する段取りになってるから……」

 みんなが、妙に動きをそろえてうなずいた。

「ちなみにだけど、リョウちゃんが実家を出たら連絡してって野田先生に言ってあるから、連絡が入ったらスタンバイね。……万が一連絡が無くても、どこか外出先から直接来る可能性もあるから、7時15分前にはスタンバイ」

「オッケーだ」

「了解です」

 打ち合わせの間に、ユリさんのお化粧も完了した。

「モモを保護した後は、じっくりお話を聞かせてもらいましょ。みんないい?」

 全員、再びうなずく。

「ナナ、一言もしゃべってないけど、大丈夫?」

 あたしが聞くと、ナナはようやく口を開いた。

「だって、おれらクローゼットに隠れて待ってるだけだろ? 余裕だぜ」

 と言いつつ、完全に緊張してるのがわかる。

「カンチョーしてあげよっか?」

「ヤメロ」

 それからしばらくして、6時半頃にアッキーのケータイが鳴った。野田先生からの連絡だ。

「……はい、はい。わかりました。それじゃ……」

 電話を切ると、アッキーは

「予想通り、リョウちゃんらしき人物が自転車で実家を出たそうです」

 と言って立ち上がった。

 それにつられて、他のみんなも立ち上がる。

「じゃあ、みんな。お願いね。あ、アッキーと社長はケータイの音、消しといてね」

 あたしが言うと、2人はわたわたとケータイを操作して、マナーモードに切り替える。

「それじゃ、予定どおり2人は外で待機ね。くれぐれもリョウちゃんに見つからないように、極力お喋りも控えてね」

「おう、わかってる」

 ああ、アッキー。あなたがいちばん心配なのよ。

「健闘を祈るわ……」

 そう言って手を振ると、2人は軽く手を上げて、外へと出て行った。

「ウチらは7時までここで待機ね。15分前になったら、大きな声でのお喋り禁止」

「まじかー」

「当たり前でしょ! ユリさんは1人きりっていう体なんだから」

「ところでさ、クローゼットの中でオナラしたくなったらどーすりゃいい?」

「ガマンに決まってんでしょ! 死守よ、死守!」

「あたしの服にヘンな匂い付けたら、ナナちゃんバリカンで坊主にするわよ!」

「うぅぅ、それはカンベン……」

 そんなこんなで時間は過ぎ――いざ、作戦実行の時がきた。


 蛍光灯の紐をつまんだユリさんが、

「じゃ、行ってくるね」

 とささやき声で言って、その紐を3回、引っ張った。

 部屋はほぼ真っ暗になって、ユリさんの姿がなんとなくうっすらと見える。

 玄関のドアが開き、彼女が出て行った。その扉が閉まると、再び部屋に闇が充満して、少しだけ、怖くなった。

 まもなくリョウちゃんがやって来て、ポストにメモを入れるだろう。あたしたちはクローゼットの扉の格子に指を掛け、引っ張った。

 その扉がカチリ、と完全に閉まる。あたしの右隣りにナナがちゃんといるのが、息づかいでようやく分かるけど……暗すぎて、全く見えない。

 どこか近所で、犬が吠えている。たまたま前の道を通った車の音も聞こえた。

 このアパートの他の部屋には、本当に誰か住んでいるんだろうか?

 そのぐらい、物音も聞こえない。ただひたすら、あたしとナナの息づかいだけが交差する時間……。

 暗闇は空間だけでなく、そんな時間さえも奪っていく。

 ユリさんが出て行ってから、何分ぐらい経ったっけ? 玄関のある方向は、本当にこっちだったっけ?

 隣にいるのは、本当にナナ……?

 そう思って右を見ると、いつの間にか、少しだけ暗闇に目が慣れて、窮屈そうなナナの姿がぼんやりと見えた。

 そのとき――

 カン、カン、カンという乾いた鉄の足音が聞こえてきた。その音が少しずつ音量を上げてくる。

 もしこの足音がリョウちゃんなら――そう思った瞬間、それは、あたしたちのいる部屋の前でピタリと止まった。

 かさこそ、コソ。紙のこすれる音がして、玄関のドアポストのフタが、パタリと鳴った。

 予定では、アパートの角から全速力でユリさんが走って来てるはず。その姿を想像していると、思っていたより一瞬早く、もうひとつの鉄の足音が近づいてきた。

 テンポの早い、小走りの足音。それが止まると、「リョウちゃん?」とでも言っているのだろう、ユリさんらしき女性の声。

 玄関前でいくつかの会話が交わされた後、ようやく、玄関のカギが開いた。

 扉が開き、靴を脱ぐガサゴソという音が二人分……なぜか、異様に近く感じる。

 そしてやっと、蛍光灯が幾度か点滅して、部屋が明るくなった。

 逆に、眩しくて目が痛い。

「お~、明るいトコで見ても、やっぱリョウちゃんね」

「あたりめーだろ」

 ユリさんとリョウちゃんの会話は、どことなく、あたしとナナに似ている気がした。

 リョウちゃんは相変わらず、イケメンで。ナナが食い入るようにその様子を見ている。

「で、これが次のヒント?」

「ああ」

 いや、ナナよりは口数が少なくてクールね。

 そしてまた、鉄の足音が近づいてくる。

「なにこれ、どういう意味?」

「だからさ……いや、もうこの際、答を言っちゃっても――」

 ユリさんが会話で上手く気を引いてる時。

 玄関の扉が勢いよく開いた。

「こんばんは~」

 挨拶しながら入ってくるアッキーに続いて、

「や、どうも」

 と社長が部屋に入ってくる。

「え、社長!」

 リョウちゃんが驚いたところで、いよいよ、あたしたちの出番。

 あたしとナナは小声で「せ~のっせ~でっ」と合図して――

 アッキーに負けないぐらいの勢いで、クローゼットの扉を押しあけた。

「はいっ! ドッキリ大成功~!」

「てってれーっ」

 あたしたちが出ていくと、さすがにリョウちゃんの動きが固まった。

「ど……ドッキリ?」

「ユリさん、今日は出勤を1時間ほど遅らせてもらったんだよね?」

 あたしが振ると、ユリさんはなかなかの笑顔で、

「そ。だから本当はまだ、出かける時間じゃないの」

 と言って、リョウちゃんの肩をポンと叩いた。

「え、じゃあさっき出かけたのは……?」

「リョウちゃんをこの部屋に誘い込むための罠でした~」

「てってれーっ」

 なんか、あたしとナナだけテンションがおかしいけど、気にしないでね(笑)

「というわけで、初めまして木田原さん。川口萌百の担任の紅林といいます」

 変なタイミングで、アッキーが自己紹介をする。

「あ、どうも。初めまして……」

 アッキーに与えた役割は、モモの安否確認。

「失礼ですが、家出中の川口を保護してもらってますよね? 健康状態を確認したいんですが……」

 なんだか、刑事さんにでもなりきってるみたいなアッキー。

「あ、はい。問題ないです。母にも協力してもらって、食事も一緒に摂ってますし、モモも母をよく手伝ってくれてます」

「ということは、監禁状態というわけではないんですね。……安心しました」

 見ると、社長もひとまずホッとしている様子で、ふぅと息をもらしている。

「ナナ、野田先生にメールして。モモを保護して、って」

「あいよ」

 ここで、あたしが一歩、前へ出る。

「今晩は、リョウちゃん。この前はどうもね。とりあえず、もう逃げも隠れもできる状態じゃないし、そうする必要もないわ。落ち着いて、じっくり話を聞かせてもらいましょ」

 あたしが言うと、リョウちゃんはアッキーと社長とユリさんを見て、観念したとでもいうように、ひとつため息をついてから、ちゃぶ台の脇にでんと腰を下ろした。

「そうそう、モモも大事だけど、2百万も無事だよね?」

「ああ、手を付けるつもりはないよ」

「だそうです、社長」

 社長に振ると、まるで絵に描いたように胸を撫で下ろした。

「それじゃ、いったいどーゆーつもりだったのか、洗いざらい全部喋ってもらいましょうか」

 あたしが言うと、リョウちゃんは大きく深呼吸をして、他のみんなはそんなリョウちゃんに注目する。

「社長――どうしてこんなバカなことしようとしたの?」

 あたしのセリフに、みんなが「えっ?」と言いながら、ニワトリみたいに首を突き出す。

 そしてニワトリみたいに、社長に首ごと視線を移す。

「な……なんのことです、お嬢ちゃん?」

 あ、また子供扱いしやがった。

「社長には内緒にしてたけど、あたしたち、もう不思議な図は手に入れてるの。そしてその謎が今日、解けたのよ」

「もう……そんなところまで……」

「まあまあ、社長もそんなとこに突っ立ってないで、こっち来て座ろ?」

 それぞれイマイチ納得しない表情のまま、ちゃぶ台を囲ってみんなで座る。

「それじゃあ、野田先生とモモが到着次第、不思議な図の意味から解説しましょうか」

 あたしはちゃぶ台の上に、不思議な図のコピーを広げた。

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