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13.上から読んだり下から読んだり

挿絵(By みてみん)

 おチビなあたしには、冷凍庫の扉はちょっと高い。

 扉を開けると、冷凍庫特有の匂いを伴った冷気が溢れ出した。

 中には食べかけのカップアイスや、数種類の冷凍食品が雑多に入っている。

 ロールキャベツも、そこにはあった。

 いや、用があるのはロールキャベツじゃない。冷凍庫の中をもっとよく探ると……

「あ、これじゃないかな」

 見つけたのは、とある炭酸飲料の緑っぽい空き瓶。

 あたしはそれを取り出して、扉を閉めた。瓶がとても冷えていて、手に冷たい。

 急いでリビングに戻り、ちゃぶ台の真ん中に置いた。

「ジンジャーエールの瓶? それがどうかしたのか?」

 アッキーが言った。

「アッキーは冷凍庫に炭酸飲料の空き瓶が入ってても、不思議に思わないの?」

 言いながら、あたしはその瓶を再び手に取り、逆さまに返して軽く振った。

 すると、かさかさりんと涼しげな音を立てて、筒状に丸められた紙がその口から顔を出した。

 瓶から完全に取り出すと、紙は輪ゴムで筒状に止められていた。それこそ、巻物のよう……。

「なんでそれが、冷凍庫に隠してあるってわかったの?」

 ユリさんが言った。

「住人のあたしですら気づかなかったのに……」

 あたしは輪ゴムを抜き取り、その紙を伸ばす。

「しつこいようだけど、リョウちゃんはユリさんに伝えたい事があるの。もしリョウちゃんの実家の蔵なんかにこんなもの隠したら、見つけてもらえないかもしれないでしょ? そう考えると、もっと簡単な場所で、『蔵』がないか考えたのよ」

「それが冷蔵庫ってわけか」

 アッキーが言った。

「そ。それで、ユリさんの生活スタイルを考えたら、冷蔵庫の中の『巻物』なんてロールケーキか巻き寿司か冷凍食品のロールキャベツぐらいしか思いつかないし、ロールケーキや巻き寿司が食べかけで残ってるとも思えなかったから、消去法でロールキャベツ。だから、不思議な図は冷凍室の中にあるとにらんだわけ」

「さすが、名探偵ね」

 ユリさんがそう言って、あたしの頭をなでる。……子供扱いされてる気がしてならないんですけど……。

「とゆーわけで、これがリョウちゃんの言う、不思議な図に間違いないでしょ」

 広げたA4サイズの白い紙には、色付きの図が印刷されていた。


挿絵(By みてみん)


「また棒人間じゃんか」

 ナナがつまらなそうに言った。また、っていうのはたぶん、リョウちゃんの曲の動画に出てきた棒人間を指して言ってるんだと思う。

「リョウちゃんが使ってるパソコンソフトは、こういう幾何学的な図なら簡単に描けるからね。さっきの動画も、同じソフトで作ったやつだと思うわ」

 そう言って、ユリさんはペットボトルの紅茶をちびちびと口に流し込む。

「ところで……この図、また暗号みたいよね」

 野田先生が言った。

「逆さまにひっくり返して見ても、同じ図柄になってるみたいだけど……」

「点対称ってやつですね」

 アッキーが口を挟む。教師の職業病、正直ウザイ(笑)

「あたしも間違い探ししてみたんだけど、ひっかけとかじゃないみたい。線のよれ具合以外は、完全に対称ね」

 あたしが言うと、みんなが図を睨みながら、うんうんとうなずく。

「わたしたわしわたしたわ、っていうのも、そこそこ有名な回文よね」

「それもつまり、ひっくり返して読んでも同じってことですよね」

 教師が二人して、パッと見で誰でも気づきそうなことしか言ってくれない。もっと何かこう、あっと驚くような意見は出てこないものかな。

 するとナナが、図の真ん中あたりを指差して、言った。

「これ、タワシを渡してる場面を図にしたってことだと思うんだけどさ。おれには、玉子の寿司にしか見えねえ……」

 って、リョウちゃんの絵心の問題でしょ、ソレはっ!

 まあ確かに、タワシにはちょっと見えないけどさ(笑)

「それでみんな、時間は大丈夫なの?」

 おっと。ユリさんが言ってくれなかったら、この図の謎を解くまでまた座りこんじゃうところだったわ。

「だいじょばないよ。この図の謎は宿題にして、今日はもう帰らなきゃ」

「おれ宿題キライなんだけどな~」

「兵藤、おまえ新聞委員の仕事はやってくるくせに、宿題やってこないよな」

「そうなの? ダメじゃない、兵藤さん!」

 そうしてひとしきり笑いながら、帰り支度を始める。不思議な図はユリさんのプリンターでコピーさせてもらった。

「くれぐれもこの図のことは、社長には内緒にしてちょーだいね」

 あたしが言うと、みんなが視線を交わしてうなずき合った。


 次の日。モモが学校にひょっこりやって来た……らいいなと思うけど、やっぱり思い通りにはいかない、朝――。

 モモ本人は来てないけど、モモに関する情報が思わぬ所から入って来た。

「おーっす、ポチ」

「ルルだっつってんでしょ!」

 いつもの挨拶を交わした後、ナナはあたしの手を引いて、教室の隅に招いた。

「何よ、ナナ。不思議な図のこと、何かわかったの?」

「ちがうよ。じつは、ウチの後輩から、モモの目撃証言が取れたんだ」

「……え、まじ?」 

 ナナの所属する新聞委員会は、委員会とは名ばかりの部活動みたいなもので、図書室を拠点に毎日、自由参加で活動している。

 活動時間は、朝と放課後。そしてこの日の朝、ナナは4年生の男子から、モモの目撃情報を入手したのだ。

「モモはおれと違って後輩からも人気あるからな。ウチの後輩どもも、モモのことは知ってるんだよ」

 ナナはそう言って、頭の後ろで手を組んだ。

「じゃあその子が見たモモっていうのは、見まちがいじゃなさそうね」

「ああ」

「で、場所は?」

「ボンボンバーガーの前だってさ。歩道に突っ立ってるところを見たってんだけど……」

「それって、いつの話?」

「3日前……ちょうど、モモがいなくなった日の夜だよ。んで、その時モモはコンビニか何かのレジ袋を持ってて、ドライブスルーから出てきた車に乗ってどっかに行ったらしい」

「それってつまり、無理やりじゃなく、自分の意思で車に乗り込んだって感じなのかな?」

「抵抗したとか大声を上げたって話はしてなかったから、たぶんな」

 モモはリョウちゃんと一緒にいるって思い込んでたけど、車に乗って行ったとなると、ちょっと話が変わってくるわね。

 ユリさんからは、リョウちゃんが車を持ってるなんて話は聞いてないし、だいいち、半分はユリさんに稼いでもらって生活してたぐらい貧乏なんだから、車なんて持ってるとは思えない。

 だとするとモモは、あたしたちがまだ知らない、他の誰かといるのかもしれない……。

 反面、無理やり誘拐されたってわけじゃないのは確かみたいだから、リョウちゃんじゃないとしても、相手はモモと顔見知りで、家出の協力者であることに変わりないわ。

「ナナ、もっと手掛かりないのっ?」

 あたしが言うと、ナナは面倒臭そうにポケットから手帳を取り出した。

「運転手の顔は見えなかったって。んで、車の側面には『きんいろがわ』って書いてあって、ボンバー(ボンボンバーガー)を出て右に曲がってったってさ」

 出て右ってことは、駅よりコッチ側……モモと顔見知りだとすると、行先は地元からそう遠くないのかもしれない。

 ……ん? きんいろがわ?

「ナナ、ちょっと手帳見せて」

「いいよ。ほい」

 手帳を覗きこむと、そこには「金色川」とハッキリ書かれている。

「ね、これ漢字で書いてあったって、後輩ちゃんが言ったの?」

 手帳を指差して聞くと、ナナはひとつ下唇を突き出して、

「いんや、おれが勝手に漢字で書いたんだけど……字、間違ってねーよな?」

 と頭を掻いた。

「金色川の漢字を間違えたらヤバイわよっ! ……そうじゃなくって、これ、たぶん漢字は『川』だけで、あとはカタカナだよ?」

 あたしが言うと、ナナは「ハァ?」と目を見開いて、

「何でそんなコト分かんのさ?」

 と言いながら、開いたままの手帳であたしの胸元を小突いてきた。

「いいからちょっと、書いてみてよ」

 手帳のカバーに挿されたシャーペンを取り出し、余白に書き込む。


挿絵(By みてみん)


「ほら、何か気づかない?」

 その文字を指差して、ナナに迫る。

「あ~、言われてみれば字づら的に見覚えが……」

「そのとき車は、どっちに走って行ったんだっけ?」

「え~、と、右……」

「じゃあ、右向きに走る車の側面にこの文字がくるように、車の絵を描いてみて」

「メンドくせーなぁ……こう、でいいのか?

挿絵(By みてみん)

「ほら、もう気づいたでしょ? 車に会社の名前を入れるとき、日本語の表記どおり左から右へ読むように書く場合と、進行方向を考えて前から後ろへ読むように書く場合とがあるじゃん。……あたしの勘だけど、実際には『(株)キンイロ川』って書かれてたと思うよ」

 そこまで言うと、ナナは「ああ」と首を縦に振りながら、

「川口インキ! なんだ、モモん家の会社の車じゃんか、これ」

 と言って手帳をパタンと閉じた。

「リョウちゃん、おとといは会社にいたんだから、もしリョウちゃんが免許を持ってるとすれば、三日前の夜、社長に上手いこと言って車を借りることは可能だよね」

 あたしが言うと、ナナも調子に乗ってきて、

「モモも最低限の下着の替えぐらいは買わなきゃならなかったんだろな。んで、ボンバーのバーガーが家出して最初の食事だったんだ」

 と、軽く推理をしてみせた。

「だけど車は返さなきゃならないし、とりあえず自分の住処にモモをかくまったまま、おとといは出勤した。会社のお金を持って、その日は何事もなかったかのように家に帰る。そして昨日は、会社に来なかった……」

 あたしが言うと、ナナが急に記者の才能を発揮して、

「ちょっと待てよ、なんか1日余計じゃね?」

 と、鋭くツッコんできた。

「3日前、モモが会社に行った日の夜に、そのまま会社の金持ってトンズラした方のが早いし確実じゃんか。モモをかくまったまま出勤なんて、リスクでけーだろ」

 珍しく、ナナが冴えてる。

「言われてみれば、そうだよね。……次の日じゃなきゃダメだった理由が、何かあるはずだわ」

 じつはゆうべ、不思議な図の宿題をやらずに寝てしまったあたし。

 この謎を解けば、その理由が解る気がした。

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