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短編

パクリじゃないさ、今はまだ。

作者: sin_crow

リリリ、と目覚まし時計が鳴っている。

一階から母さんが起きなさいよーと叫ぶ声が聞こえた。


……ちょっと待て、どうなってる?


大学進学とともに出たはずの部屋の中で、俺は呆然としていた。










「アイデアが、ね。ありきたりなんですよ」

「はぁ……」


昨日。そう、昨日だ。

久しぶりに連休をもらえて、久しぶりに出版社に持ち込みをして。

それでいつもと同じダメだしをされた。


「文章自体はむしろ、かなり良い部類に入るんですよ。ただ、設定が……どこかで見たようなものばかりなんですよね」

「はい」

「ぶっちゃけますとね、アイデアは良いけど文章力が低いって方がまだマシなんですよ。書いてるうちに文章力は向上しますから。ただ、発想力がないのはなぁ……」

「……そうですか」


と、遠回しに可能性がないと言われ、「まぁまた書いたら見ます」の言葉を最後に終わらされてしまった。


ロビー近くの壁に貼られたポスターをグシャグシャにしたくなる。


「元天才女子高生作家、天才ぶりは未だ健在! 結城華の最新作!」


……ああ、もう。

天才なんて、大嫌いだ。









そうだ、それで家に帰って、そのまま着替えることもなく寝てしまったのを覚えている。

でも、なんでじゃあ実家にいるんだ?


部屋の中を歩き回ってみる。

何も変わってない? 俺が家を出た時のままか?

いや、ちょっと待て。

本棚に並べられたジャンプが、古い……?


タンタン、と階段を昇ってくる音が聞こえる。

部屋のドアがノックされた。

ばっとそちらを振り返る。


「直樹、まだ寝てるの? 学校に遅れるわよー?」


がっ、こう?

俺はだってもう26で、小さな会社だけど、ちゃんと働いてる……だろ?


俺は急いでドアを開けた。

降りて行こうとしていた母さんを慌てて呼び止める。


「母さん!」

「あら、直樹、起きてたの」


母さんが随分と若い気がした。

まさか、いやでも、もし本当にそう(﹅﹅)なら——


「母さん、教えて! 今って、何年?」

「は?」

「いいから!」


俺は変われる、かもしれない。

今、と母さんは一つ呟いて、言った。


「2004年よ。何、寝ぼけてるの?」


今は、2004年。つまり十年前。

やっぱりそうだ。俺は戻ったのだ。


「あは、は」


——俺は、過去に戻ったのだ!


「やった! あははは!」

「ちょっと、どうしたのよ直樹。具合悪いなら、今日学校は……」

「いや、悪くない、悪くないよ」


悪くないどころか最高だ。

最高すぎて、笑いが止まらない。


「母さん、具合は悪くないけど、今日は学校休むよ」

「え? ……直樹、あんた本当に大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫」


ただ、書きたくってたまらないだけだ。


だって本当に俺が過去にいると言うならば。

これから十年間で、どんなものが流行るのか、俺は知ってる。

未来では使い古されたアイデアも、()ならまだ、目新しくて斬新だ。


俺は、書いてやる。

本来なら別の人が書くはずだったもの。

そのアイデアで、俺が書く。


未来が変わる? 世界が変わる?

知ったことか。

神様か何か知らないが、くれたチャンスなら存分に使ってやる。






しかし、十年前か。つまり今、俺は高一で、本来なら、ちゃんとした小説を書いてなかった頃だ。

手の中のガラケーを弄ぶ。


スマホがないのが不便だった。

自分用のノートパソコンも、今に比べて随分と分厚いし重い。


だけど……この頃にはきっと誰もスマホなんて想像しなかったんだろう。

なら、俺がそれを出した話を書けば、予言書みたいになるわけか。面白い。


書きたいものがまた次々に湧き上がってきた。

しかし、書くものは決まっていた。


俺は迷いなく、打ち始めた。






——気が付いたら夕方になっていた。いつの間にか、母さんは仕事に行ったらしい。

くぅっと固まった身体を伸ばす。


と、腹が鳴った。

そういえば、何も食べてなかったっけ。

でも今はそれどころでもない。


何とか打ち上げた数十万字の原稿をプリントアウトしていく。

ウィンウィンという起動音が、俺を急かしているようでさえあった。


印刷待ちの最中、俺は制服を着た。

着慣れないが、妙にしっくりくる。

変な感じだ。


紙の束を掴むと、俺は自転車をこいだ。


何人かの同級生とすれ違いながら(不思議そうな声をかけられながら)、俺は学校にたどり着いた。


暗くなり始めた世界の中、明るい部室棟でなく、静まった教室たちの中で、一つだけが目立っていた。


そこにいるはずなのだ。彼女(﹅﹅)はいつも、放課後の教室にいたから。

思わず、足が早くなる。

半ばなぎ払うようにして、俺は教室の扉を開けた。


彼女は、ちゃんといた。


「結城、華……」


この二年後、女子高生作家としてデビューする天才。

彼女は、俺の同級生だった。






……彼女が、俺らが受験に必死になってる頃、凄い大きな賞をとって、見慣れすぎた無表情でこの学校を去って行った日のことはよく覚えてる。


すました顔で、堂々と出て行った彼女の話をなんでか誰もしなかったけど、でも、皆きっと意識してた。

あんな風に見せつけるように去って、その上ニュースやら本屋やらで彼女の名前をめちゃくちゃ見た。


……悔しかった。

死ぬほど悔しかった。


そうだ、クラスメイトの、あれは誰だっけ、卒業式の日、俺に彼女の話を振った奴がいた。


「お前、あいつのこと■■だったんだろ」





彼女は一瞬だけ無表情を崩して俺を見た。

すぐに元に戻る。俺を思い出したらしい。


「えっと、高橋くん、だ」

「ああ」

「……何か、私に用?」


俺は彼女に寄って行って、強く握りすぎたせいで少しシワになったそれを手渡した。


「これを読んで欲しい」


ちらりと見て、彼女はすぐに分かったらしい。

これは、と言ってから、どうして、と呟いた。


「私が……私も、書いてること、知って……」

「ああ知ってる。だから、読んでくれ」


そう言うと、彼女は一つ頷いて受け取った。

ただ黙って紙面に視線を落とした。

パラパラ、とめくる音が聞こえる。


夕日が背中に熱い。

だが、じんわりと背に滲む汗は、決して自転車をこいで来たことによるものでも、陽によるものでもない。


俺は、緊張していたのだ。


ふぅ、という吐息とともに、彼女の手が止まる。

ああ、時間だ。

俺は一言、こいつに言いたいことがあって来た。


「あの、高橋くん。これって高橋くんが書いた小説——」

「……結城」


よく聞いてくれ、と彼女の言葉を遮る。


「これは、正確に言えば、俺の物語もんじゃあない」

「え?」


俺は彼女に、宣戦布告しに来たのだ。


「結城、お前が未来に書くはずだった物語だ」






「……どういう、意味?」


彼女は無表情ながら、わずかに動揺をにじませていた。


「どういう意味も何もない。俺は知ってるんだ、結城が未来に書く本の、その内容をな」


彼女の本は全て読んでいた。


悔しくて、読んだ。

読んだらもっと悔しくなった。


それでも、読まずにはいられなかった。


「……未来。高橋くんは、未来から来たの」


そう、と彼女はあっさりと俺の言葉の真実を見抜いた。

多分、それが意味することも分かっただろう。

その上で、彼女は言った。


面白いね、と。


「な、結城、これは嘘でも、作り話でもなくて……!」

「うん、分かってる。だから言った。面白いよ、高橋くんの人生の物語」


彼女には、もしかしたら人の人生の全てが物語なのかもしれなかった。

そして、俺の人生を面白いと言った。

天才が、あの天才が、俺の人生を評価した、のか……?


思わず喜んでしまいそうになる気持ちを慌てて抑えた。

違う、喜ぶのは、違う。


「何で、怒らないんだよ」

「何を怒るの」

「俺のしたこと、盗作だって、怒んねぇのかよ」

「怒って欲しかったの」


彼女は無邪気とも取れるほど、何の感情もなく聞いてくる。

怒って欲しかった、わけじゃない。

だけど、怒ると思った。

それが普通だと。


でも、俺は思い出していた。

彼女は凡才ふつうでなく、天才いじょうなのだということを。


彼女は続けて言った。


「怒らない、よ」

「……そうか」

「だって、盗作じゃないでしょ、今の時点では」

「そう、か?」

「うん」


それに、と彼女はその小さな口をまた開いた。


「私は、書きたいから書くの。書かないと生きられないから、書くの。

盗作とか、どうでもいい。私は書くだけ」


彼女はスッと立ち上がって、俺の方をまっすぐ見つめた。

彼女の喉から溢れたのは、詩だった。


「頭の中で、彼が彼女が僕が私が

マグマのように煮え立って

出たい出たいと叫んでる

一度ひとたび筆を取ったなら

彼らは一瞬静まって

それからまたすぐ暴れ出す

だけれど筆を取らなくば

彼らは頭の器を零れ出て

自分が空っぽになってしまう

そんな漠然とした恐れが

私にはあるのだ


だから私は、書くことを止められぬ

書くことを止めたなら

私は生きてはいられない

こんな醜い執着を

“創作意欲”と人は呼ぶ

だけれどその実この衝動は

もっと汚く切実な

“欲”という名の怪物だ」


すうっと彼女は息を吸った。

再び座った彼女は、俺の方を見てはいなかった。


「今、のは……」

「さあね。ただの、思いつき」

「思いつき……」


彼女はやはり底が知れない。

怪物と言うなら、それは……彼女自身なんじゃないのか。


それで、と声をかけられてハッとする。

そこには怪物なんかではなく、ただ小柄な少女がいるだけだった。


「高橋くんが私の書く本の内容を知ってるってことは、私は、作家になったのね」

「え? あ、ああ……」

「そう」


彼女は嬉しそうではなかった。

ただ、外を見つめていた。


「ちなみに、それは私の何作目になるはずだったの」

「……1作目。デビュー作に、なるはずだった」

「いつ?」

「2年後」


彼女のデビュー作、『君の心は宙へと浮かぶ、僕はそれを捕まえた』は、空を飛ぶこと、つまり自殺を夢見る少女と、そんな少女を留める楔になろうとする少年の物語。


主人公の少女は、何処か彼女によく似ている。

彼女の目は、沈みゆく夕日と教室の白い光とを混ぜ込んでいるのに、真っ黒だった。

どこを見ているのか分からない。今にも飛び立ってしまいそうだ。


俺はかける言葉を失って——そしてそんな俺をあざ笑うように、六時のチャイムがなった。


彼女は、その音でようやく、世界に戻ってきた。


「……帰らなきゃ」

「あ、ああ、そうか」

「うん。帰らなきゃ」


彼女が残るのは六時まで。制限時間は切れた。

チャイムはさながらシンデレラの十二時の鐘のように、俺たちを遠ざける。


だが。


「ああ、そうだ」


そのまま帰ってしまうと思われた彼女は、ドアのところで立ち止まって、俺を振り返った。


「言い忘れてたけど。その話は、もう私の物語ものじゃないよ」


責められているのかと思って、ごめんと言えば、違うと返された。


「違う、高橋くんが書いてしまったからじゃなくて。私が——」


と、彼女はそこで一旦言葉を切った。


「……高橋くんは、綺麗な文章を書くよね」

「え?」

「とっても、綺麗な」


そこだけは、少しばかり褒められてきたものだった。

でも、彼女の言葉ではまるで重みが違った。


「私は、高橋くん以上のものを書けないと思った」

「えっ、は……?」


彼女と再び目があった。

彼女の瞳は色を帯びていた。


そして、彼女は。

俺が本来、一度も見るはずのなかった笑みを……俺に見せた。


「書けないと思った、のが、少し……悔しい」


彼女はそう言って、再び向き直ると、そのままもう振り返りはしなかった。


「な、んだよ、くそっ……!」


俺は、誰もいない教室で悪態をついた。

ああいけない、もう少しで先生の見回りがあるだろう。

休んでいたのに、ここにいるところを見られたら面倒だ。


そう思うのに、俺の足は動かなかった。

彼女の悔しさを、俺が彼女に送るしかなかったはずの感情が、俺に向けられた。


その事実から、離れられなかったのだ。


卒業式の日。

言われた言葉を思い出す。


「お前、結城華(あいつ)のこと好きだったんだろ」


……ああ、悪いかよ。

そうだよ、俺は結城華と、彼女が書く作品に恋をしていたんだよ、ずっとな。

だから、俺は彼女と同じ世界にいたかった。彼女の隣に並びたかった。







俺が彼女に渡した小説は、本来のものとは少し、タイトルを変えていた。


彼女の心は宙へと浮かぶ、俺はそれを——










——捕まえたい。




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― 新着の感想 ―
[一言] 自分の中で久々に読んだ種類の小説でとっても面白かったです! 主人公と女子高生の関係がこれからどうなっていくのか気になって仕方ないです! つ、続きなんて考えてないですよね?((チラッ
[一言] 天才とか超越系のキャラは描くのが難しいですが いい感じにできてると思います。 渡した作品は内容だけが同じで、描き方は彼のオリジナルだったのかな? その辺りは少々わかりづらいですね。 彼女に悔…
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