学園 3
私がこの世界で完全に“味方”だと言い切れるのは“悪役令嬢”として、どのルートでもどの攻略キャラでも必ず“女主人公”と敵対する立場にいる凪ちゃんだけだ。
学園の人間はルートや進み具合によっては“女主人公”に好意的だから、例えモブキャラであっても完全に信用することは出来ない。特別委員会役員は“女主人公”を主人公にすると基本的にライバルとして出て来るけれど最終的に“女主人公”と攻略キャラを祝福するし、攻略キャラである生徒会役員と蒼依は論外だ。
まぁ。蒼依の場合逆に“女主人公”を攻略する可能性はあるけど、それは実際に2人を見なければ分からないし。“女主人公”が蒼依と同じく転生者じゃないなら、蒼依に攻略される可能性は十二分にあるとは思う。
だけど、“女主人公”が私と同じく転生者として記憶をもち、尚且つ私と違いゲームをやりこんでいた人間だと仮定するとその可能性に期待するわけにはいかない。「常に最悪を考えて行動する」が私の座右の銘だしね。
居場所が分かるGPSは便利だけど、諸刃の剣になりかねない。でも、まぁ。生徒会役員用のスマートフォンがもらえたのは、よかった。プライベートの連絡先なんて凪ちゃん意外に教える気はないし。
私の携帯のメールアドレスと電話番号をこの学園内で知っているのは凪ちゃんと烏羽先生と蒼依だけだ。本当は烏羽先生と蒼依には教えたくなかったが、下手にフリーメールのメールアドレスなんかを教えて不審がられても困る。
本音は話さないが不審がられない程度には高校生らしい言動や行動をとらなければならない。全く持って面倒くさいが凪ちゃんのためだと思えば耐えられる。
ちなみに「万寿菊の会」の人間にはフリーメールのメールアドレスを教えている。万が一流出しても、直ぐに消せるようにだ。私は彼らをある程度は信用しているが信頼はしていないのだから。
「烏羽せんせーい! 何でわざわざこんなの作ったんですか? 中等部にはこんなのなかったのに!」
元気よく手を挙げて発言したのは、橘だった。やっぱりこれは彼の癖なのかもしれない。彼の名前と同じ萌黄色の瞳は好奇心で煌めいているように見える。
「高等部からは外部生が入学し、それに応じて色々とトラブルが増えるのでね。常に互いの居場所を把握し迅速に行動出来るようにするためと機密情報を漏らさないためにも生徒会役員用のバッチとスマートフォンを支給することになったのだよ。ただ、GPSはプライバシーの侵害にもなりかねないということで機能するのは学園内に限られているので安心したまえ」
GPSは学園内に限られていると言う言葉に少し安心した。家の場所が知られる心配はなくなったというわけだ。どういう仕組みかは全く分からないが、当たり前と言えば当たり前かもしれない。身内でもないのに居場所が分かるなんてプライバシーの侵害にも程があるし。
「まぁ。なかなか使えそうなものではあるな。生徒会役員だけでなく特別委員会役員の居場所も連絡先も分かるなら、話がスムーズに進む」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべたのは生徒会長だった。黙っていれば王子様のような見た目だが、口を開けば少し残念な人だ。この人の場合、従姉妹であり特別委員会役員のトップにあたる風紀委員長と鉢合わせしないために活用しそうだな。仲悪いし。
「烏羽先生。このスマートフォンに他の生徒の連絡先を入れても構わないでしょうか?」
取りあえず聞いてみる。出来れば部長会に所属している蒼依とファンクラブの会員の連絡先をいれておきたい。一々スマートフォンとガラケーを使い分けるのは面倒だ。
「ほう? 誰か入れておきたい人間でもいるのかね?」
「部長会所属写真部部長であり今年からクラスメイトになった柊と「万寿菊の会」の会員です。彼らとはプライベートではなく学園内のことについて話すことも多くなるでしょうから」
「あっ。確かに。そうねぇ。部長会の子の連絡先は入れといたら便利かも知れないわ」
「役員の方々はファンクラブの会長の連絡先をこのスマートフォンに入れておいたらいいかもしれませんよ。何か伝達する必要はあっても個人の連絡先を教えたくはないでしょう?」
私の発言に凪ちゃん以外の生徒会役員はハッと目を見開いた。一度警告されても喉元すぎればなんとやらなので、再び警告する日がくるかもしれない。その時に口頭でファンクラブに連絡するのは面倒くさいだろうと思って言っただけなのだが、そんなに驚くことか?
彼らは私が思っている以上に世間知らずで天然なのかもしれない。有能なのは知っているが本当に大丈夫なんだろうか? こんなんじゃ“女主人公”にコロッと落ちる気がしてならない。
「僕は雪城さんの案に乗りたいですね。部長会の方やファンクラブの子とは連絡をとる必要が出てくるでしょうし」
「そうだな。俺も同感だ」
「アタシもよ」
「お、俺も」
「僕もー!」
「アイツの連絡先は入れる気ないけど瑠璃ちゃんの意見には賛成よ!」
「ふむ。学園生活のための連絡ならば構わないということにしよう。ただ、くれぐれも私的には使わぬようにな」
乗っかりすぎだろ生徒会と思いつつも私は烏羽先生に「ありがとうございます」と愛想笑いで告げるだけにした。
* * * * * *
GPSとスマートフォンの利用の仕方や操作方法について和やかに会話していた時、その嵐は突然やってきた。
「失礼するわよ!」
橘達がはじめて生徒会に来たときのようにガシャーンっとドアを乱暴に開けて入ってきたのは、緑がかった黒髪をおさげにし黒縁メガネの奥の瞳は翠色をしている真面目系美少女。特別委員会のトップである風紀委員長にして生徒会長の従姉妹である柚木翠先輩だ。この人が一番はじめに蒼依に落ちたらしい。まぁ。一昔前の模範的な生徒という見た目に反して行動はぶっとんでるけど、真面目な人間や努力家には優しい人だ。
「げっ。碧。何しに来やがった」
「ちょっと八つ当たりにきただけよ!」
うん。胸をはりながら当たり前のように言ってのけるあたり流石柚木先輩という感じだ。生徒会長とは同族嫌悪なのか同じ年で比べられ続けたことによる対抗意識なのか分からないが遭う度に喧嘩している。
「あら。珍しいわね。翠ちゃんが1人なんて。深尋ちゃんはどうしたの?」
「そうだ。深尋はどうした!」
茜先輩と生徒会長が言っている深尋とは特別委員会役員で保健委員長の東雲深尋先輩だ。柚木先輩とは幼なじみで親友。その従兄弟の生徒会長とも仲がいいらしく、よく茜先輩と共に2人の緩衝材になっている。
以前生徒会長が蒼依を「ハーレム男」と嫌そうに言っていたのは同じ年だけど妹のように可愛がっている深尋先輩をたぶらかしたとしていい印象を持っていないからだ。深尋先輩は大人しい人だから尚更騙されているとでも思っているのかもしれない。
「深尋は仕事よ! だから仕方なく1人で来たんじゃない! それに深尋を女侍らせてる螢なんかと会わせたくないもの!」
ビシッと生徒会長を指差す姿は様になっているけど、蒼依に落ちた柚木先輩の発言だと思うと微妙な気分になる。案の定それを知っている生徒会長はイラッとした表情を浮かべていた。気持ちは分かる。
「ハーレム男に侍ってるお前にだけは言われたくはない!」
生徒会長のごもっともな指摘につい頷きそうになりながらも何とか耐える。バタバタと走る音が廊下から聞こえてきた。石蕗学園は上履きを履く習慣はないため走ると結構音が響く。
「翠ちゃん!」
「「深尋!」」
「あら。深尋ちゃんいらっしゃい」
驚く生徒会長と柚木先輩、平然としている茜先輩。ドアに右手をかけ左手に私達が支給されたものと同じスマートフォンをもった茶色の髪をポニーテールにして東雲色の瞳を揺らめかせている美少女。特別委員会役員の保健委員長で、彼らの話題にあがっている東雲深尋先輩だ。
どうやら、早速GPSを使ったらしい。幼なじみだから柚木先輩の行動は手に取るように分かったんだろうが、一応スマートフォンで確認したら案の定生徒会室にいて、生徒会長と喧嘩しているのが容易に想像出来たから止めに来たといった感じだろうか。
「もう。翠ちゃんも螢君も何してるの? 生徒会役員さん達困ってるよ。」
深尋先輩が眉を下げて注意すると生徒会長も柚木先輩も気まずそうに目をそらした。こういうところは流石身内と言うべきか反応がよく似ている。それを見ながら慣れたように笑っている茜先輩は実際慣れているんだろう。
確か、全員幼稚舎から石蕗学園の生徒で茜先輩は生徒会長の深尋先輩は柚木先輩の親友だから、こういう場面に遭遇することは度々あっただろうし。
「えっと。翠ちゃんと螢君が迷惑かけてすみません。って、あれ? 瑠璃ちゃんがどうして此処にいるの? それに、そのバッチ……」
生徒会役員に頭を軽く下げた深尋先輩が目を丸くして私を見てくる。
「あら。本当! 雪城さんじゃない! 何で生徒会なんかにいるのよ」
その深尋先輩の言葉にやっと柚木先輩は私に気づいたらしい。深尋先輩と柚木先輩に説明するのは面倒くさいなと思いながらも私は苦笑を返した。別に気づかないでくれて、よかったのに。