影響 3
六限の前に聞いた薄ら寒い金持ち達の裏事情のおかげで少しだけ心に余裕が出来た気がする。どうやら今回は私1人で足掻きまくらなくても良さそうだ。もちろん、凪ちゃんを守り抜くと決めている以上、これからも気を抜くつもりはないし、私1人でもクソ女を追い出せるようにクソ女の問題発言や問題行動を地道に記録させてもらうとしようか。備えあれば憂いなしだよな。
「瑠璃ちゃん。安心してね。あの2人や烏羽先生に何か言われても私が必ず守ってあげるから!」
「あっ、ありがとう。凪ちゃん」
私が黙りこくっていたせいで、凪ちゃんに多大な誤解をさせてしまったらしい。現在、私と凪ちゃんと、ついでに水瀬の3人は生徒会室に向かう廊下を歩いている。だから、凪ちゃんは私が会長達に怒られることを不安がって黙っていると勘違いしたみたいだ。それで、私が怖がっている会長達から庇ってくれようとしているわけだな。本当に凪ちゃんは優しい子だ。
ちなみに今回の違反者発見云々に関しては「万寿菊の会」の中では(何故か分からないが)既に広まっているらしく楠木さんや同じクラスの会員の子や副会長から『内部生の上流階級者も混ざっていたというのに臆することなく断罪するとは、流石会長です!』なんて、お褒めの言葉をいただいてしまった。あそこに上流階級者が混ざってたなんて、私はメールで初めて知ったんだがな。
「まぁ。螢先輩も茜先輩もそんなに怒ったりはしないと思うよ。……でも、雪城さんも年上に怒られるのが怖いとか思ったりするんだね」
「いや。別に会長達は怖くないっていうか、ぶっちゃけ、どうでもいいんですけど、烏羽先生に何を言われるか気になるんですよね」
「えっ? あっ。そうなんだ……。でも、確かに烏羽先生が何を言うかは僕も気になるかな」
「でも、烏羽先生は怒るとは限らないじゃない? 烏羽先生だし、もしかしたら、褒めてくれるかもしれないわよ?」
「うーん。どうなんだろうね?」
烏羽先生もとい要さんは本当に何を考えてるのか分からない人だからな。場所が家だったら、気安く何考えてるか聞けるんだけど、ここは家じゃなくて学校だし。何でわざわざ私を名指しで呼んだのやら。理由は分からんが会長達に便乗した可能性もあるよな。本当に何を考えてるんだか。
「失礼しま――」
「瑠璃ちゃん! 大丈夫だったの!? アタシ心配したのよー!」
入室の挨拶をする前に茜先輩に突撃された。肩を掴まれて揺さぶられるが、こうして見ると茜先輩って結構背が高いんだなとか意外と力あるんだななんて、ちょっと現実逃避をしてしまう。ぶっちゃけ少し酔いそうだ。絶対、漫画みたいに頭ガクガク揺れてるよな。
「茜先輩ー! 瑠璃ちゃん気分悪くなっちゃうから、それくらいでやめてぇぇぇえ!」
「えっ? きゃあああ! 瑠璃ちゃん大丈夫!? 顔が真っ青よ! ごめんね。瑠璃ちゃん! アタシったら加減がきかなくて……」
「だ、大丈夫です」
「とりあえず、お茶か何か淹れてあげたらどうですか?」
「そ、そうね。直ぐに用意するわ!」
水瀬のフォローにバタバタと走り去る茜先輩を見送って、ほっと一息ついて、つい手で口元を押さえる。後少しでも長く揺さぶられてたら確実に吐いてた。凪ちゃんに感謝しないとな。私は絶叫系などのアトラクションが好きだがグラグラ動いたりすると酔うタイプなのだ。だから、遊園地に行っても満足するまでジェットコースターに乗ったことはないし、長距離移動には酔い止めが欠かせない。凪ちゃんはそれを知っているので止めてくれたのだ。今は少し頭がぐらぐらしている感じがするが、直ぐによくなるだろう。
「瑠璃ちゃん。大丈夫? ほら、私に掴まって。ソファーに座りましょう」
「ありがとう……。助かるよ。凪ちゃん……」
言われたまま凪ちゃんの腕に掴まってよろよろとソファーに座る。やっぱり、このソファーに座ると落ち着くな。ふかふか感が絶妙だ。凪ちゃんは私の隣に座ったようだが、少しだけぼんやりさせてほしい。そんなことを思っていると目の前にミルクティーがそっと置かれた。思わず上目で見ると茜先輩が心配そうな顔をしている。
「ありがとうございます。茜先輩」
「いいのよ。アタシが悪いんだから気にしないで」
「全く瑠璃ちゃんは酔いやすくて繊細なんだから気をつけて下さい!」
「ええ。これからは気をつけるわ」
「それなら、いいです。はいっ。瑠璃ちゃんの好きなフィナンシェ! これ食べて元気だしてね」
「うんっ。ありがとう。凪ちゃん」
すっかり、しょぼくれてしまった茜先輩には悪いが今はフォローする気にはなれない。ついでに何故か沈んでいる水瀬も今は無視させてもらう。どうせ、凪ちゃんが私の好みを知っていたことに対して凹んでいるだけだろうしな。蒼依によると水瀬は未だに凪ちゃんに好きなものや苦手なものを覚えてもらえていないらしいし。不憫な従兄弟だな。
「もう大丈夫そうだな。雪城。昼休みの違反者の件の顛末は翠から聞いているから安心しろ。木賊にはむやみに部室棟に呼び出さないように注意もしておいた。俺がお前に注意したいのは一つだけだ。お前は補佐とは言え生徒会役員だ。今回のように風紀の管轄である違反者を発見した場合であっても風紀委員長ではなく生徒会長の俺にまず連絡をいれろ」
「はい。分かりました」
なるほどな。風紀違反者だから風紀委員長の柚木先輩にとっさに連絡しちゃったけど、一応私の上司は会長なわけだから会長に先に連絡するべきだったわけだ。今になって考えてみたら私が会長より先に柚木先輩に連絡をしてしまったことにより会長は「部下に信頼されていない」と学園上層部から判断される可能性もあったんだよな。これからは気をつけることにしよう。
しかし、会長の用件は分かったが依然として一番知りたい烏羽先生の用件は分からないままだった。何故なら、烏羽先生は生徒会室に今居ないからだ。まぁ。色々と忙しいんだろうな。クソ女についてもそうだが、今回の違反者に上流階級者も居たなら尚更ややこしいことになったんだろう。
ちなみに一年コンビも生徒会室に居るのだが、さっきのやり取りに困惑しているのか、昼休みの件が気になっているのか、黙りこくってチラチラと私を見てくる。ぶっちゃけウザい。「何か言いたいなら、とっとと言えよ」と正直言ってしまいたくなるのだが、空気が悪くなりそうなので我慢することにしよう。
「すまない。遅くなった」
「烏羽先生」
「雪城。今日は災難だったな。違反者の処遇については風紀委員長から聞いたかね?」
「ええ。まぁ。違反点10をつけるとは伺いましたが……」
「そうか。あの違反者の中には上流階級者も居たようだ。そうだな……証拠画像を撮っていた君にプライバシーの侵害だなんだと文句を言った女性徒だ。覚えているかね?」
文句を言って来た女性徒は確かに上流階級者っぽかったな。なんかリーダーポジションのように見えたし。それなりに美人で家柄もいいのに性格ブスとは勿体無いな。性格ブスなんじゃなくてプライドが高かったのか? まぁ。別にどっちでもいいか。私には関係ないし。とりあえず、覚えているとだけ言えばいいよな。
「あのリーダー格っぽい人ですか、覚えていますよ。それで、その人が何か?」
「彼女に対してだけは、特別措置がとられるそうだ」
「そうなんですか。でも、それって、私には関係ない話だと思うんですが……」
「関係はないが知る義務はあるのだよ」
知る義務ねぇ。全くもって面倒臭い限りだ。私が違反者として知らせたのだから、そいつ等の末路まで聞けとはな。しかし、烏羽先生がわざわざ私に話すってことは、柚木先輩が言ったことより罰が重くなったってことか? 心なしか生徒会室の空気も張りつめている気がするし。
「あの女性徒だけは、親の意向で自主退学になった」
「……それ、やっぱり私に関係なくないですか? 一度遭っただけの女性徒が退学するってだけですよね? まぁ。これで更に私の悪名は広がるんでしょうけどね」
「ふむ。それは別にかまわないということかね?」
「今更じゃないですか? もうすでに何人も自主退学に追いやってるんですし。この学園で知らないのなんて一年の外部生くらいでしょう? それに、周りに恐れられてた方が便利なときもありますし、ね」
そうだ。何もかも今更だ。私が石蕗の魔女と呼ばれるようになった事件で何人もの人間が――正しく言うなら十数人の人間が自主退学に追い込まれた。追い込まれたと言うのは違うか。私が追い込んだんだったな。でも、私だって何も自主退学させようと思っていたわけじゃない。奨学生として通っている私にとって退学はとても恐ろしいことだしな。他者をそんな目にあわせる気だって、あまりなかったのだ。ただ、そいつ等の親が、家の沽券や信頼を傷つけられるのを恐れて勝手にそいつ等を自主退学させただけだからな。
だから、今更1人くらいなら何とも思わない。思わなくなってしまった。不本意なのは凪ちゃんの為にした行為以外で悪名高くなったことくらいだ。以前の時は凪ちゃんの為だったから、むしろ誇らしかったわけだが、今回は何のメリットもない。少しだけ損した気分だ。そんなことを考える私はそうとう歪んでいるんだろうな。




