意外な事実 3
若竹先生は、さっき見かけた女たらし先輩までは、いかないにしても、それなりに窶れているように見えた。表面上はいつものホストっぽくも教育に熱心な教師なのだが、ふとした拍子にため息をこぼしたり、問題を解かせている間に眉間をもんだりしている。なかなか、お疲れのご様子だ。本当にいつも通りの烏羽先生と会ったから余計にそう思うのかもしれないが。
まぁ。若竹先生が窶れるのも無理はないと思う。なんせ、修学旅行中という学園を離れている時期に、受け持っている生徒(問題児)がいきなり人格交代をおこし、その上こちらに戻って来る途中でまた人格交代したんだからな。しかも、その問題児は実は上流階級組の血縁者ときたもんだ。修学旅行の時には知っていたかも知れないが少なくとも、転校してきて直ぐの時は知らなかったみたいだし。学園上層部や血縁者だと浮上してきた蓬生家やクソ女の両親から説明を求められたりしたんだろう。気の毒なことだ。
同情はするが、正直に言って私はあまり関わりたくないんだよな。若竹先生には、ちゃんとクソ女と距離を置けってアドバイスしたし、それ以上のアドバイスなんて今のところはない。クソ女を甘やかしたツケがまわって来たんだと思う。若竹先生は私から見ても“ワタシ”から見ても「甘いがいい教師」だと思うから出来れば潰れないで欲しいものだ。
しかし、少しだけ厄介だな。本格的に追究されはじめたのが修学旅行から帰ってきた後だとしたら、土、日のたった2日、今日含めてもたった3日でここまで窶れるのは、正直に言って想定外だ。よく観察しないと分からないレベルだとしても分かる人には分かるだろうし。若竹先生のファンからは、クソ女への批判が酷くなるだろうな。それは、さして問題ないが他のファンクラブまで巻き込みだしたら悲惨だ。
こういう時の女の無駄な団結力の強さってシャレにならないからな。「万寿菊の会」は静観したいが、他のファンクラブに友達がいる会員もいるだろうし、分裂する覚悟はいるかね。まぁ。これからのクソ女の行動次第ではあるが。だが、調子に乗っているみたいだし、自重することはないだろうな。
「やっぱり、若竹先生窶れてたなー。想像通りというか何というか……」
「快活な若竹先生らしくない哀愁がそこはかとなく漂っていたね。本当に大丈夫なんだろうか?」
「まぁ。仕方ないんじゃないの? 哀れむなら、あんた達があの転校生を引きつけてあげたらいいんじゃない?」
「でも、凪ちゃん。この2人にそれをされたら最近一緒くたに扱われてる私達も迷惑を被ることになりかねないよ?」
「大丈夫よ。そうなったら私達は離れれば問題ないわ! 私は瑠璃ちゃんがいればいいもの!」
「それもそうだね。私も凪ちゃんがいればいいよ」
「ちょっと、そこ2人。当事者そっちのけで勝手に俺達を囮にする方向で話を進めないでくれないかなー」
「確かに若竹先生は心配だけど若竹先生のために犠牲になるつもりは僕にはないよ?」
「まぁ。それはそうよね。私があんた達の立場でも多分、同じこと言うもの」
あえて口には出さなかったが、同感だと私も思う。私は凪ちゃん以外のために無駄な労力を使う気にはあまりなれないし。蒼依と水瀬は若竹先生を「他の教師よりも親しい教師」という枠組みには入れているようだが、身を挺して守るほどの存在ではないらしい。ドライというより、今回ばかりは相手がウザい上に話が通じないクソ女だからだろうな。
「若竹先生のために囮にならないにしても、修学旅行中にある程度、課題を片づけられちゃったせいで、監視が減る可能性があるから気をつけるにこしたことはないだろうね」
「うげ。マジかぁ。面倒くせぇ」
「また。あの日々がはじまるんだね……」
「やっぱり、コイツらと行動するのやめようかしら?」
「うーん。でも、いざという時に蒼依達を囮にして私達は逃げるように出来るし、一緒に行動するメリットは一応あるんじゃないかな?」
「流石、瑠璃ちゃん。いい案だわ!」
「瑠璃さんって、サラッとゲスいこというよな」
「昔からああなのかい?」
「あー。はじめて会った時から、あんな感じではあったけど、昔はもうちょっと丸かったかなー」
私自身はそんなに変わったと思っていないけど、蒼依には変わったように見えるのか。なんか、不思議だな。変わったとしたら、いつからだろうか? 色々あったし、去年からかな? 凪ちゃんも蒼依と同じように私が変わったと思ってるんだろうか? もしも、そうだとしたら、凪ちゃんの瞳には私はどんな人間に映っているんだろう?
「瑠璃ちゃんは昔から優しい子じゃない。あんたって見る目ないのね……」
「そりゃ。瑠璃さんはお前には甘いからな」
凪ちゃんは心底不思議そうに蒼依を見ている。「何言ってんだコイツ」って感じの顔だ。対する蒼依は溜め息を吐き、水瀬に慰められてるけど。でも、よかった。凪ちゃんには、変わったように見られていないんだ。安心したな。でも、蒼依が変わったと言うなら多分、私は凪ちゃん以外に対する態度に変化があったんだろう。よく分からないけど。
* * * * * *
凪ちゃんを水瀬と共に生徒会室に送り届け弁当を持ったまま待ち合わせ場所に向かう。話し合いに、どれくらい時間がかかるか分からないから弁当持参なのだ。相手が何を考えているか分からないからな。待ち合わせ場所まで結構距離があるし。生徒会室に弁当を置いていったら確実に食いっぱぐれる。私は別に一食くらい抜いてもいいと思っているが、凪ちゃんと烏羽先生に怒られるし。
凪ちゃんは心配のあまり悲しそうな顔をするから、なんか見てるだけで罪悪感が半端ないんだよな。「美少女にこんな悲痛な顔をさせるなんて私はなんてことをしてしまったんだろう?」って。烏羽先生は烏羽先生で普段の冷静沈着な態度のまま、ひたすら食事の大切さについて説明してくる。反論をしようにも、その隙を与えずにたたみかける感じだ。どちらも違う意味で気まずい思いをすることになる。
時間差でそんな思いをするくらいなら、面倒だろうが時間がなかろうが、ちゃんと弁当を食べた方が何百倍もいい。相手も2人のことを知っているし、事情を話せば分かってくれるだろう。まぁ。烏羽先生のところは後見人とぼかさせてもらうが。だって、烏羽先生と関係があるなんてバレたくないし。
面倒事は避けるに限る。コレは一応烏羽家と私のトップシークレット――とまではいかないだろうが、隠していることではあるし。信用していない人間には、あまり話したくないんだよな。相手に問題があるとかないとかではなく、私の考えによるモノだけど。
そうこう考えているうちに、待ち合わせ場所の部室棟に辿り着いた。流石、名門校だけあって部室は部室棟という別校舎があるのだ。文化部は学園に近い方、運動部は遠い方に別れ、渡り廊下で繋がり二棟建てられている。だが、運動部には、それぞれ練習場所があり、更衣室なんかも隣接されているので、ぶっちゃけ部室棟がいるのか謎だ。会議とかは部室でするんだろうか?
とりあえず、文化部の部室棟に入り二階にある渡り廊下を目指した。文化部は部室の隣に練習用の部屋などがあるから意外と部屋数が多いのだ。例えば、茶道部なら隣に茶室があるという感じだな。演劇部にいたっては四部屋もあり、荷物を置くためや会議用の部室に大道具などの倉庫用の部屋に衣装部屋、その上本格的な舞台がある部屋まであるのだから驚きだ。
どんだけ力を入れているんだかと思わないでもないが、コレがこの学園では普通のことなんだよな。部活ってレベルじゃないと私なんかは思うけど。とりあえず、渡り廊下を通って運動部の部室を目指す。昼休みに運動部の部室を利用することはあまりないので、ガランとしていた。人に見られる不安が少ないという点ではありがたいな。
スマートフォンのアプリを起動して学園の見取り図を見る。さっきも確認したが念には念を入れた方がいいからな。目的地を再確認するついでに凪ちゃんがちゃんと生徒会室にいるか確認する。私以外の生徒会役員は全員生徒会室に揃っているらしい。これなら、何かあっても安心だろう。
あぁ。そういえば、コレが出来るのって私だけじゃなかったんだよな。凪ちゃんや水瀬に相手をぼかしたけど、居場所を確認されたら確実に私がドコにいるか分かるし芋づる式に誰に会っているかも分かってしまうかもしれないな。その時は凪ちゃんに心配をかけないように相手にも口裏を合わせてもらえばいいか。わざわざ、出向いているんだから、それくらいはしてくれるだろう。
アプリを終わらせスマートフォンをポケットに直す。もう目的地の直ぐ側まで来ている。スマートフォン出しっぱなしは、流石に失礼だろうしな。ドアの前に立ってノックをする。部室は防音とかしてないから、ちゃんと音が届いているだろう。ガラッとドアが開くのを冷静に眺める。
「いらっしゃい。雪城さん」
穏やかに私に声をかけたのは、少しだけ困ったような顔をした中性的な美貌を持つ人。そう私をこんな遠いところに、わざわざ呼び出したのは、楠木さんの部活の先輩――部長会所属の女子バスケットボール部部長であり、学園の騎士様との異名を持つ木賊晶先輩だった。




