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石蕗学園物語  作者: 透華
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学園 1

 生徒会会議を終えた私は家に帰ってきていた。なぎちゃんは家まで車で送ると言ってくれたけど会議自体は午後一時には終わったのでスーパーで買い物をするために断ったのだ。かわりに教科書を貰わなければならない明後日送ってもらう約束になった。なんせ、教科が多いのでいくら徒歩で通えるくらいの近さでも、しんどい。

 少し遅めの昼食は作るのが面倒くさかったからスーパーのサンドイッチ(マスタード抜き)だった。最近はどれもこれもマスタードの入ったサンドイッチばかりで嫌になる。そのため、マスタード抜きのサンドイッチを見てテンションがあがり気づけば買い物カゴに入れていた。

 私はマスタードが嫌いだ。胡椒の辛さは大丈夫だが、唐辛子やマスタード、山葵の辛さは苦手で食べられない。要するに甘党なのだろう。カレーも甘口と中辛の中間が限界だし。“ワタシ”の時ですらそうだったのだから、もうどうしようもないだろうな。

 今は凪ちゃんとメールで受ける教科を相談していた。同じ教科をとっていると教えあったりも出来るしノートも見せあえる。ただし、どちらかに合わせて受けたい教科を我慢しないというのが私たちの間における暗黙の了解だ。それでは、様々な授業がある石蕗学園に入った意味がなくなるし、どちらかのためにどちらかがしたいことを我慢するというのもおかしな話だからだ。

 今のところ決まっているのは必修の現代文、古典、数学、英語、公民(政治・経済)、世界史、日本史、情報、理科(科学か生物)礼儀作法(茶道、華道、マナー講座、社交ダンスのうち二つ)コレに加えて選択教科として音楽、書道、美術、中国語、韓国語、仏語、独語、伊語、露語、スペイン語、ポルトガル語、科学、生物、体育、家庭科etcと、兎に角科目が多い。

 時間割が成り立つのかと心配になるが、コレを成り立たせるのも、また生徒の実力になる。なんせ、自主性を重んじ自由に選ばせているのだから、自分の適性に合わせて自分で決められる。テストで悪い点をとったのなら、それは、完全に生徒自身の責任だ。

 頭を抱えつつも受けたい授業の時間帯が重複しないように考える。とりあえず、礼儀作法はマナー講座と茶道、理科は生物。あと、体を動かすのが苦手なので体育は取らない。書道と音楽と家庭科はテストで点が取れるから選択する。


ピンポーン


 静まり返った部屋にインターフォンの音が響いた。時間かと思いプリントをテーブルの端によけてドアに向かう__がその前に一応インターフォンをとって誰か確認する。誰が来たかは分かって居るのだが、コレをしないと来客自身に怒られるのだ。少し理不尽だと思わなくもないが、私の身を案じてのことだと分かっているので、大人しく従っている。


「時間ぴったりですね」


『時間を守るのは、人間として当たり前の礼儀なのでね』


「そうですね。今開けるので少し待って下さい」


『ああ』


 返事を聞いた後、玄関に向かう。ドアを開けると、今日も数時間前に学校で顔を合わせたばかりの人が立っていた。


「いらっしゃい。要さん」


「あぁ。邪魔をするよ。瑠璃」


 私と関わりの深い“女主人公”の攻略キャラ。それは、黒髪黒目にクールな印象を与える銀縁眼鏡をかけている生徒会顧問。烏羽要からすば かなめ先生その人だ。学校では公私を分けてお互いにあまり干渉しないようにしようと決めていたのだが、何と彼は私の一年の時の担任だった。しかも、次は生徒会で深く関わることになるのだから、なんとも複雑な気分である。


「ご飯食べますよね? 今用意するんで、ちょっと待ってもらえます?」


「ああ。いただこう。だが、急がなくても良いぞ。……ふむ。受ける教科を選んでいたのか。今年は学年一位を取り続ける必要はないのだから、あまり気負わぬようにな」


 その堅苦しくも優しい兄のような言葉に苦笑を浮かべ、後は焼くだけの状態にしておいたハンバーグのタネをフライパンにのせる。今日は和風ハンバーグだ。要さんは和食洋食中華関係なく食べる。ついでに言うなら好き嫌いもない。私はどちらかて言うと洋食派だがハンバーグは大葉と大根おろしをのっけてポン酢をかけた和風が好きだった。

 焼きあがったハンバーグを皿にのせて要さんと自分が座る席の前に置きポン酢と大葉と大根おろしを持っていく。お茶は要さんが冷蔵庫から出しコップももってきてくれたので助かった。ほかほかのご飯とサラダを並べて席に付く。


「いただきます」


「いただきます」


 2人で向き合って夕食を食べるのは月に最低でも二、三回はある恒例行事だ。要さんは両親共に死んた私の後見人のような立ち位置に居てくれる。石蕗学園に入るよう頼んできたのは凪ちゃんの祖父だが、私に石蕗つわぶき学園の奨学生制度や生徒会に入る方法を教えてくれたのは彼だったのだ。


「今日は生徒会役員と初顔合わせだったが、どうだったかね?」


「そうですね。皆さん面白い方々だとは思いますよ。色々甘い部分はあるようですがね」


「ふむ。相変わらず手厳しいものだな。あまり苛めてやらないでくれたまえ。使い者にならなくなったら困るのでね。まあ。彼らが瑠璃の逆鱗に触れない限りはの話だが」


「分かってますよ。そういえば、要さん。何か面白い話とかないですか? 例えば……転入生とか?」


 姿の見えない“女主人公”について探りを入れる。この世界から存在が消えたということは流石にないだろうし、転生者なら石蕗学園に入りたがる可能性は高い。聞いておいても損はない情報だ。


「君がそのような話を聞きたがるのは珍しいな。今のところは、そのような話は聞いていないが、もし、聞いたら話してやろう」


「要さん。ありがとうございます」


 要さんは昔から私に甘いから、この言葉はきっと守ってくれるだろう。だが、彼も攻略キャラの1人だ。不必要に疑われる要素は作るわけにはいかないし情報も流せない。これからは、この時間は穏やかな物ではなく、如何に効率よく情報を聞き出し、こちらの手札は隠すという時間に変わるのだろうな。


* * * * * *


 入学式があったせいか、辿り着いた学園にはいつもとは違う活気があった。本格的に授業がはじまるのは、明後日だ。受ける科目は昨日のうちにパソコンから入力しているので、今日中には必要な教科書が学園に届く手筈らしい。

 わいわい騒ぐ新入生を掻き分けながら、こっそりと生徒会室に向かう。今日もまた生徒会会議が行われることになっている。最初に学園に来いと言われたときは、明日の全校集会のために椅子を並べるのかと思ったが、そこは流石、金持ちの集う石蕗学園。そういう雑用は全て業者が行うらしい。

 まぁ。確かに美化委員がある割に掃除の時間はなく、掃除は夜に担当の業者が行っているらしいので納得できると言えば納得できるのだが。そのせいで、正直に言うと美化委員の存在理由がもう一歩分からない。

 校舎内は外と比べると随分と静かだった。新入生達は外に集まり、在校生は殆どの生徒が今日は休みだから当たり前か。居るとしたら、それこそ部活か私のように役員としての仕事があるかだ。それなら、昨日を休みにして明日始業式にしてくれたらよかったのにと思ったが、教科書の関係で出来なかったらしい。

 最近は、いつも、隣に凪ちゃんが居たから1人で廊下を歩くのは久しぶりだ。そんな凪ちゃんは私のような補佐と違い正式な役員ということもあって、朝早くから学園に来ているらしい。昨日の会議で出た意見(主に私の愚痴)を追加した草案を作り直し、更に煮詰めるために新しい草案を作るのだそうだ。

 明日には渡す予定らしいので、かなり切羽詰まってる状況のはずだが、原本さえ作れば後はお決まりの業者任せなので私達は文章さえ考えればいいらしい。


* * * * * *


 生徒会室の前で立ち止まり中の様子を伺う。こっそり透明の窓から中を見ると丁度休憩中のようだった。この学園は基本的に防音と冷暖房完備なので快適だが、中の様子を知るには少々不親切な造りをしている。


「失礼します」


「えっ? 瑠璃ちゃん。どうしたの? こんな早くに」


 目を円くする凪ちゃんにニッコリ笑った。新入生としてHRに参加しなければならない龍崎りゅうざきたちばなは後で合流する予定で私も彼らと同じ時間でいいと言われていたが親友が頑張っているのだからと早めに来たのだ。いや、違うな。本音を言うなら、凪ちゃんの顔を見て安心したかったのだ。


「凪ちゃんが頑張ってるから早めに来たの。はい。これ凪ちゃんの好きな。クランベリー入りのクッキーとチョコチップクッキー」


「うわぁ! 美味しそう! ありがとう。瑠璃ちゃん!」


 凪ちゃんはお屋敷で美味しい物を食べているはずなのだが、私の作った物が一番美味しいと言ってくれるので、ついつい手作りの物をあげたくなってしまう。

 普段から凪ちゃんは可愛いが、どちらかと言うと綺麗系の顔だちをしている。でも、笑うと一気に幼くなり可愛らしさが際だつのだ。特に私の手作りの物をあげると花がほころぶように嬉しそうに笑ってくれる。

 今だって、私が持ってきたクッキーをまるで宝物を見るかのように瞳を煌めかせて、そっと手で包んでいるのだ。本当に可愛いとしか言いようがない。


「凪ちゃん。そっちは凪ちゃんのお家用だから鞄になおしていいよ。お茶請け用には別に入れてきたから」


「本当!? 瑠璃ちゃん大好き!」


「本当。私も凪ちゃん大好き」


 うん。やっぱり凪ちゃんはとっても可愛い。本当に“女主人公”の立ち位置奪っといてよかった。この笑顔が失われるなんてことあってはならないのだから。


「あら。瑠璃ちゃんはお菓子づくりが得意だって聞いてたから嬉しいわ」


あかね先輩のお口に合うかは分かりませんよ?」


「ふふっ。大切なのは気持ちよ。キ・モ・チ。じゃあ、ワタシはお茶でも入れてくるわね」


 茜先輩はそう言うと給湯室に入って行った。気持ちか。別に凪ちゃんが生徒会室でも家でも気にせず食べられるように持ってきただけで生徒会役員のことを思っての差し入れではないのだが。まぁ。いい方向に勘違いしてくれたので良しとしよう。


雪城ゆきしろさん。ありがとね。丁度凪がイライラしてたところだったから助かったよ」


 ススッと私に近寄ってきた水瀬に耳打ちされる。従兄弟なんだから、少しくらいは機嫌を直す方法くらい把握しておけよ。なんて思いながらも愛想笑いだけは返しておいた。




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