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石蕗学園物語  作者: 透華
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はじまり ある従兄弟の独白

 僕は楽しそうに笑う従姉妹を眺めながら気付かれないように溜息を吐いた。その笑顔はとても輝いて見える。僕達の前では絶対しないものだったから余計にそう感じられるのかもしれない。

 その笑顔を向けられているのは雪城瑠璃ゆきしろ るりという今年からクラスメイトになった少女だ。そして、今日から生徒会補佐として共に学園を支える仲間でもある。彼女は僕の従姉妹――水瀬凪みずせ なぎとは小学生の頃からの親友らしい。利用するようで悪いけど僕は雪城さんを通して少しでも凪との距離を縮めたいと思っている。

 凪は栗色のウェーブがかった背中の中ごろまでの髪に同色の大きな瞳をした文句なしの美少女。対して雪城さんは腰までの黒髪に黒目で真面目を絵に描いたような見た目をした少女だ。顔立ちも言っては何だけど平凡という類に入るだろう。

 一見不釣り合いにも見える2人だけど凪は彼女には明るくて可愛らしい少女のような姿を見せ独占欲を露わにするし、彼女もまた凪をとても大切にしているのが、よく分かる。なんせ、凪と同じ生徒会に入るために一年間もの間、筆記試験で一位を取り続けたり、凪を守るためだけにファンクラブを創立し会長になるぐらいの努力を簡単にしてしまえる人なのだ。

 雪城さんが女性でよかったというのが、僕達、水瀬家の人間、及び生徒会の共通見解だった。だって、彼女が男だったら誰も太刀打ち出来ないだろうから。


* * * * * *


「質問でーす! 雪城先輩のことは何て呼んだらいいですか?」


 元気よく挙手して発言したのは新入生で今年度から庶務になる予定の橘萌黄たちばな もえぎだ。少しはねた黄色い髪に萌黄色の大きな目。小柄な体の彼は子犬のような印象を与えるが、実は結構周りを見ている。そんな彼もまた非常に親友思いの人間だった。


「雪城先輩のままでいいですよ」


 雪城さんは愛想笑いを浮かべているけど、実際は名前で呼ばれたくないんだろうなぁと何となく思う。僕は雪城さんのことをあまり知らないけど、雪城さんは名字も名前も好きじゃないと彼女や凪と同じ中学で僕の友人の柊蒼依ひいらぎ あおいに言われたことがある。


「えーっ! 僕、皆のこと名前で呼びたいのにー!」


「そうねぇ。この際、瑠璃ちゃんを何て呼ぶか決めちゃいましょうか」


 だだをこねる萌黄に乗っかったのは僕と同じく生徒会副会長の座につく三年の矢霧茜やぎり あかね先輩だ。緩やかくせのある肩までのオレンジ髪と同色の瞳の中性的な男性である。最初は喋り方に違和感を感じたけど今はもう慣れた。気遣いの出来る素敵な先輩だと思うけど悲しいことに家族にはつまはじきにされてるらしい。

 茜先輩がチラリと見たのは生徒会長である紫堂螢しどう けい先輩だ。螢先輩は、その視線と意味に気づいたのか若干気まずそうな表情を浮かべた。金色の髪に紫色の目をした先輩は一見物語の中の王子様のようだけれど学園内の人間には裏で王様と呼ばれている。尊大に見られがちだけど生徒のことを考えている生徒会長らしい人だ。

 螢先輩は雪城さんが教室に来たときから雪城さんのことを彼女の異名である「石蕗つわぶきの魔女」と呼んでいる。それは自分への戒めもかねているのかもしれないが、呼び名としては微妙だ。

 僕達の生徒会は割とフレンドリーで基本的に名前呼びだ。まぁ。凪と新入生で会計になる予定の龍崎浅葱りゅうざき あさぎは例外だけど。凪は茜先輩以外は基本的に役職で呼ぶ。僕のことは「アンタ」人に居場所を聞くときなんかは「私の従兄弟」という呼び方をすると聞いて密かにショックを受けた。そんな、呼び方をするのは未だに僕達に心を許せていないからかもしれない。

 浅葱は赤い髪に鋭い浅葱色の瞳という荒々しく大柄な風貌に反して、物凄く気弱で真面目な性格をしているせいか「先輩を馴れ馴れしく名前で何て呼べない」と半泣きになり僕達も無理強いするつもりもなかったため全員を名字に先輩付けで呼んでいる。浅葱は萌黄と親友同士でいつも一緒にいる性格も見た目も真逆の2人が何で仲良くなったのかは分からないけど、バランスのとれた良いコンビだと思っている。

 ちなみに黒髪黒目にクールな印象を与える銀縁眼鏡が特徴である生徒会顧問の烏羽要からすば かなめ先生は基本的に名字呼びだが僕と凪だけは副会長の水瀬、書記の水瀬と呼び分ける。なかなか、個性的な呼び方だと思うんだけど、それが、烏羽先生らしいと受け入れられるから不思議だ。


「僕は今まで通り雪城さんって呼ばせてもらおうかな」


「……俺も雪城と呼ぶことにしよう」


「じゃあ、僕は瑠璃先輩って呼びまーす!」


「お、俺は雪城先輩って呼ばせてもらいます」


「アタシは瑠璃ちゃんね」


 一斉に言い出した僕達を雪城さんの隣に座る凪は非常に冷めた目で見つめてきたが、雪城さんは相変わらず愛想笑いを浮かべて、その呼び方でかまわないと言った。


* * * * * *


 今日一日雪城さんと関わって、彼女は彼女自身と凪のことを優先的に考えていることが分かった。そして、内部生のバカ達に対する怒りが消えていないことも彼女の言葉で身にしみた。

 ついでに言うなら僕達に対して割と容赦がなく特に興味もないらしい。ファンクラブと話をしろと言われた時はどうしたものかと思ったが、彼女の会長としての手腕と凪の発言を聞く限り、面倒だと遠ざけるだけじゃなく、たまには近づいて話をする必要があることは何となく分かった。

 彼女は僕達とは違う視点で世界を眺めている。やはり、外部生だからだろうか? 僕達、生徒会に属する人間は凪と雪城さん以外、幼稚舎からの持ち上がり組__要するに内部生だからどうしても視野が狭くなってしまう。雪城さんが入ってくれたことで凪も穏やかになるだろうし、彼女が僕達と凪の間の潤滑油になってくれたら、ありがたい。

 そして意外なことに、どうやら、彼女は蒼依のことは呼び捨てにしているらしい。親友の凪ですら「凪ちゃん」なのに。不思議なことだが、かといって蒼依と仲が良いかというと微妙に判断しづらいものだった。仕事を押しつけると言ったり軽口を叩き合う仲ではあるみたいだけど、どうなんだろうか?


「ねぇ。凪? 蒼依と雪城さんって仲良いのかい?」


「はぁ? 別に仲良くなんてないわよ。何ふざけたこと言ってるの? ひっぱたくわよ!」


 しまった凪に蒼依の話は鬼門なんだった。何故か分からないが、凪と蒼依は俗に言う犬猿の仲らしく、非常に仲が悪い。中学は同じらしいから、そのときに何かあったのかもしれない。

 凪はふんっと僕に向けてくれていた視線をスマホに落とし、操作しだす。完全に存在を無視されている気がする。凪は怒ると不機嫌オーラを放ちはじめるため分かりやすいのだが、今のところ機嫌を治す方法は雪城さんと話させるくらいしか僕には思いつかない。

 その後僕は本来なら居心地のいいはずのリムジンの中で随分と気まずい思いをし続けることになった。従姉妹と仲良く会話出来るようになるには、まだまだ道のりは長そうだ。

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