穏やかな日々 ある演劇部部長の所感
「全くお前は何を考えているんだ。生徒会役員達が困っていたぞ」
「ごめんね。あーちゃん」
「私に謝るなよ」
呆れたように僕に声をかけたのは「あーちゃん」こと木賊晶。あーちゃんは見た目も口調も男らしくて、しかも性格まで男前だから「騎士様」とか裏で呼ばれてる僕の幼なじみで最愛の彼女。
僕達はさっきまで生徒会室でおしゃべりをしてた内容は転校生の桃園姫花について。桃園さんがひーちゃんや副会長君を追いかけ回したり、螢君達と会おうと足掻いて居るのは知ってたけど、実際に会ったのは昨日が初めてだった。
あっ「ひーちゃん」は僕達部長会の一員の写真部部長の柊蒼依のことだよ。ハーレム君ってあだ名でもよかったんだけど、あーちゃんに止められちゃったんだよね。僕もあーちゃんには甘いよね。
そうそう、桃園さんは劣化版シンデレラかゲーム脳少女か勘違いヒロインのどれかをあだ名にしようと思うような女の子だったよ。僕は面倒くさいけどポエム添削係だったから待ってたのに、一度も提出しなかったし、理由を聞けば「なんでぇ。私がぁ、こんなことぉしなきゃぁダメなんですかぁ?」とか逆に聞いてくるんだもん。
罰則だって分かってたはずなのにおかしいよね? その上、自分を避けてるひーちゃんや副会長君や螢君達が自分を愛してるから助けてくれるとか思いこんでいるんだよ? 助けてくれなかったら今度は「あのぉ“悪役令嬢”にぃ、みんなぁだまされてるのねぇ!」とか言い出すし。
本当に何が何だか分からなかったよ。アソコまで話が通じない人とか僕は初めて会った気がする。そういえば、同席していた若竹先生は頭を抱えてたね。桃園さんの担任だから無理もないけど。何というか哀れになったよ。教師って大変だよね。
桃園さんの発言はまるで、自分がゲームや小説のヒロインであるかのようなものばかりだった。僕は演劇部部長だから、もちろん劇をやるけど、アソコまで「役になりきる」と言うか「役と自分の境目がなくなった」ことはない。本当に変な子だよね。
あーちゃんに話したらあーちゃんも顔を真っ青にしていた。あーちゃんはマトモな女の子だから、気味が悪くなっても仕方ないよね。桃園さんは何だかこの学園に突如現れた毒みたいなものに見えたな。まぁ。人間なんだけど。でも、周りに悪い影響しか与えないのは確かだもん。
アレに付きまとわれたら逃げたくなるよねって不覚にも納得しちゃったね僕は。だから、そんな「おかしな子」に付きまとわれてる生徒会役員達に注意を促しに行ったというわけさ。ほんの少しだけ螢君達の趣味が変わったのかって興味が合ったのも理由の一つだけどね。
結果として、趣味が変わったとかは微塵もなかった。今年の生徒会はなかなか面白いメンバーが集まってるけど、変な趣味の子は居なかったみたいだ。安心だね! 顧問の烏羽先生も桃園さんは全力スルーみたいだし、本当によかった。よかった。
「俺様系の螢君にオネェ系の茜ちゃん。爽やか系の副会長君にギャップ萌えの会計君、やんちゃ系の庶務君。それに、書記はザ・シンデレラで補佐は魔女さん。本当に個性豊かなメンバーだよね!」
「確かに、個性的だな。まぁ。部長会や特別委員会と比べると大分マトモだと思うが」
「それも、そうだね! それにしても、魔女さんが生徒会役員になってくれて助かったかな? 螢君達だけじゃ、ちょっと詰めが甘そうだったし」
「あぁ。なんと言っても彼女は……石蕗の魔女だからな」
あーちゃんは少しだけ複雑そうな表情を浮かべている。あーちゃんは優しいから一学年下の女の子に悪い意味で付けられた「石蕗の魔女」って、あだ名があまり好きじゃないらしいんだよね。本当に人がいいというか何というか。
だけど、僕は「石蕗の魔女」はむしろ敬称だと思っているんだ。だって、彼女の隣には常にシンデレラがいるんだよ? シンデレラを助ける魔女さんなんて素敵じゃないか! 魔女さんは実際に魔法を使えるワケじゃないけど、僕達には考えられないような「魔法」を使ってシンデレラを救ってみせたんだ!
あのとき、僕は。いや、僕達は衝撃を受けたんだよ。なんせ彼女は地位も権力もない奨学生だった。それにもかかわらず生徒の中で上に立つ人間達を押しのけて、見事にシンデレラを救った。立ちはだかるものは完膚なきまでに叩きのめして。まさに現代版シンデレラを生で見れた気分になったよ。もしくは、下剋上物語かな?
シンデレラはシンデレラでただ自分の悲運を嘆くだけの女の子じゃなくて、部長会トップである僕にも意見してくる強い子だ。だからこそ、魔女さんはシンデレラに惹かれて、シンデレラを助けようって気持ちを抱いたのかな?
その件に、ひーちゃんが関わってたって知った時は驚いたけどね。魔女さんとひーちゃんとシンデレラは同じ中学出身だから、仲がよくてもおかしくないんだけど、ひーちゃんと魔女さんはそれ以外にも何かある気がするんだよね。
でも、詮索するつもりはないよ。少しくらいミステリアスな方が魅力的だしね。そうそう、ひーちゃんと言えば、取り巻きさん達――要するに特別委員会の妖精さん以外の子達を少しだけ焚き付けてるみたい。もうちょっとしたら、体育祭だからかな?
ひーちゃんは写真部部長だから体育祭の日は牡丹組、薔薇組関わらず写真を撮らなきゃいけないんだよね。そのためには、桃園さんはちょっと邪魔なんだろうなぁ。付きまとわれてたら写真撮るのも大変だろうし。
ひーちゃんに焚き付けられて、一番燃えてるのは風紀委員長の「ゆっちゃん」こと柚木翠ちゃんなんだよね。ゆっちゃんは、もともと、風紀を乱す桃園さんをよく思ってなかったみたいだけど、今回の件で完全にキレちゃったみたいだし。
だって、明らかに間違ったことをしているのに「自分は悪くない」とか主張されたらイラっとくるよね。しかも、責任転嫁はするわ何もしなくても誰かが助けてくれると思いこむわ。僕が風紀委員長だったら匙を投げてただろうね。
それでも、退学にしろって学園上層部にかけあわない辺り、ゆっちゃんも甘いのかな? 自分の手でどうにかしたいのかもしれないけど。僕は一応、中立組織である部長会のトップだけど、権力のない生徒の味方を必ずしなきゃいけないワケじゃないんだよね。だから、ゆっちゃんを止める気はない。
正直に言って桃園さんのことは、すでに見限ってるんだよ。だって、彼女のせいで高校生活最後の貴重なゴールデンウイークを潰されたようなものだしね。下らないって言われそうだけど、僕にとっては大事なんだよ。いや、僕じゃなくても結構、大事じゃない?
まぁ。とりあえず、良くも悪くも高校生活最後の一年間はなかなか波乱に満ちたモノになりそうかな? もちろん僕は存分に楽しませてもらうけどね。どうせなら、楽しまないと損だしさ。出来れば劇的なモノがいいかな。劇の脚本にも使えるしね。