穏やかな日々 1
「桃園さんが停学処分?」
「はい。何でも課題を真面目にこなさなかったのが理由だそうです。普通の宿題用の課題すら終わらせていなかったらしいですよ?」
「それは、また思い切ったことをしましたね……罰則として渡されたにもにも関わらず、課題をしないなんて……しかも、宿題まで終わらせないとか信じられません」
「同感です。今日は学園に来ていましたが、直ぐに生徒指導部に連れて行かれて一週間停学にするという処分を言い渡されたとか」
「まぁ。たったの一週間ですの?」
「もう少し長くても良さそうですけれど」
「いえ。一週間ではあるんですが、課題を更に増やした上でらしいです」
「あら? それって、停学が解除される日が来るのかしらね?」
「そういえば、彼女に出された課題って、休暇中に終わらないほど難しいモノだったっか?」
「いいえ。宿題用の課題と同様に真面目に授業を受けていれば分かる程度のモノだったはずです」
「そうだな。石蕗学園は確かに厳しいけど、生徒に無理難題を押し付けたりはしないしな」
「彼女。本当に不真面目な生徒でしたのね。若竹先生もお労しいですわ」
「私は、そんな桃園さんのクラスメイトである楠木さんがお労しいですね。いつも、ありがとう。楠木さん」
「会長の仰る通りですわね。楠木さんのおかげで私達は有力な情報を手に入れられますし……」
「い、いいえっ! 会長と凪様のためですから!」
「凪様にも伝えておきますね。でも、桃園さんに目を付けられたら大変ですから、あまり無理はしないようにしてください。まぁ。一週間は安全そうですけど」
「ふふっ。会長ったら。でも、彼女がいらしてから大変でしたものね……」
「ええ。いっそ、このまま退学にならないかしら?」
「まぁ。めったなことは仰らない方がいいですわよ」
楽しげに語らう美男美女達を眺めながら今朝から感じていた違和感を払拭された私はホッと息を吐いた。なるほど停学処分になったから、一限からは追いかけ回されなかったわけか。しかし、予想を裏切らない残念っぷりだな。ゴールデンウイーク中に出された課題は授業の補完的なモノだったから居眠りとか遅刻とかしていなければ分かったはずだが、それすらしていないとは思わなかった。
普通の学校なら課題提出をしなかっただけで停学処分とかならないし、油断したんだろうか? だが、クソ女の場合は宿題用だけじゃなく、罰としての課題も出されていたわけだし、キッチリしないと不味いって思わなかったんだろうか? いや、そもそも罰を出された時点で柚木先輩に喧嘩を売っていたということは、自分のしたことが石蕗学園というブランドを傷つけると理解してないんだろうな。困ったモノだ。
そうそう。今私は「万寿菊の会」の会合に参加している。さっきから話していたのは、会合参加者――要するに「万寿菊の会」の会員達だ。ちなみに今は放課後で、凪ちゃんには先に帰ってもらった。凪ちゃん自身は参加したがったが、今日は水瀬家で身内だけの晩餐会があるらしく参加出来なかったのだ。正直に言って安心した。凪ちゃんの前では、あまり話せないような内容だし。
「それにしても、桃園さんが居ないだけで、穏やかな時間が過ごせますわね」
「私のクラスでは桃園さんが停学処分を受けたと聞いた瞬間男女問わずガッツポーズを浮かべていましたよ……」
「あれ? 彼女って女性だけじゃなくて男にも嫌われてるのか?」
「はい。若竹先生や烏羽先生には媚びを売りますし、水瀬様達を追いかけ回したりもしますが、クラスメイトへの扱いは雑なんです」
「雑って、どんな風にですか?」
「面倒事はやってもらうのが当たり前でお礼も言いませんし、逆にやらなければ、ぶつぶつ文句を言われますから女子よりも男子の方が彼女に苦手意識を持っているんじゃないでしょうか? というか、彼女には近づかないように気をつけていますね」
「まぁ! クラスメイトを使用人のように扱うなんて、なんて酷い方なのかしら」
「本当に裏表が激しいというか、なんというか……」
凄まじい性格だな。まぁ。裏表と言うより、媚びを売る相手とそれ以外への扱いの差が激しいって感じか。しかし、本当にクソ女のクラスメイトは苦労してるよな。クソ女が停学になって喜ぶ気持ちもよく分かる。
「そういえば、桃園さんって友達はいないんですか?」
「少なくとも学園にはいないと思います。昼食もいつも1人で食べていますし。はじめは外部生の子達は歩み寄っていたんですが桃園さん自身に親しくする気がなかったというか……常に上から目線なので、流石に……」
なるほど、それは腹が立つな。周りから浮いている転校生に声をかけたら上から目線で対応されるとか私も話したくなくなるわ。しかも、相手は超がつくほどの問題児だ。仲良くする義理もなければ得もないわけだしな。
クソ女にとってしてみれば、周りはモブキャラにすぎないから、どんなことをしてもいいと思っているんだろうが、本当に馬鹿だなぁ。塵も積もれば山となるって言葉を知らないんだろうか? まぁ。知らないからこそ雑な扱いが出来るんだろうな。
「まぁ。せっかく、騒がしい方が居ないのですし、私達も学園生活を楽しみましょう?」
「そうですね! 若竹先生もちょっと安心してましたし」
「生徒会役員の方達は静か過ぎて不審に思っていましたが、桃園さんの停学を知れば安心するでしょうね」
「さようでございますね。最近は二年のみならず三年や一年にも迷惑をかけていましたもの」
「柚木様も少しは落ち着けるのではないかしら?」
「柚木様と言えば、あの転校生は柚木様にも至極失礼な物言いをなさったとか?」
「あぁ。私も存じてますわ。何でも「自分が可愛いから嫌がらせをするんだ」とか「そんなんだから、柚木様は柊様に相手にされないんだ」とかおっしゃったそうですわね」
「なんて、おかしなことを仰るのかしらねぇ」
上品に微笑みあうお嬢様方から、そこはかとなく漂う不穏な空気に思わず男性会員達と顔を見合わせ苦笑を浮かべながら聞き流す。学年はバラバラだが男子生徒はまだマシだが女生徒は皆大分ストレスがたまっていたみたいだな。「万寿菊の会」の会員でこれなら他の生徒会役員のファンクラブは凄いことになっているんじゃないだろうか? 特に水瀬と若竹先生のファンクラブは凄まじいだろう。
だが、クソ女が停学で来ないとなると次に登校して来た時に今までと何も変わらない行動をした場合、周りが一気に爆発しそうだな。いやぁ。全くもって大変だ。冷却期間が長ければ長いほど反動が酷いだろうしな。私としては楽しめるが、クソ女は戸惑いしかないだろう。まさか、世界の中心である自分が本気で周りから非難されるなんて考えていないだろうし。
まぁ。周りが本気で非難したところで、どこまでクソ女が受け止めてくれるか分からないが、ますます電波っぷりが加速しそうな気がしないでもない。いっそ、攻略対象と引き合わせて非難させた方が手っ取り早い気がするな。
だが、それは、やはりリスクが多いか。会わせようものならファンクラブ達が暴走しそうだしな。一体これからどうなるのやら。一番いいのはクソ女が自重してくれることなんだが、やっぱり望みは薄いだろうな。困ったものだ。
そんな事を頭の隅で考えながらも、会員達との会話に再び参加することにした。1番この場に居て欲しいはずの凪ちゃんが居ない以上、私がホストとしてもてなさないといけないだろうし。




