交流会 3
キッチンに向かうと茜先輩にエプロンを渡された。なかなか乙女チックなデザインだと思う。なんせ白を基調とした生地に小さなピンク色のバラの花が散りばめられている。しかも小さなフリルまでついているのだ。
普段は汚れてもいいように100均で買った無地のモノを使っているから、何か使うのをためらってしまうが、このデザインなら凪ちゃんには凄く似合うと思うグッジョブ茜先輩。
茜先輩含めた男共は皆目の色と同じ色のエプロンをしていた。いちいち芸が細かいな。しかし、なかなか様になっているとは思う。料理が出来る男に見えはする。実際は出来ないだろうが。
「それじゃあ、とりあえず、カレーとサラダを作りましょうか。皆がどれくらい出来るか分からないから、とりあえず野菜切ってみてくれる? あっ、瑠璃ちゃんと凪ちゃんは料理出来るの知っているから、ちょっと見といてもらえる? あと、烏羽先生もお願いします」
「「はい。分かりました」」
「ああ」
包丁を使わせるとは意外だったが、何事も経験ということだろうか? ちなみに、キッチンに今いるのは私達だけで使用人は全員キッチンから出ている。まぁ。妥当な判断だよな。見てたら手を貸したくなるだろうし、不安にも思うだろう。
とりあえず、私は要さん――じゃなかった烏羽先生の様子を見たかったんだけど。茜先輩料理出来るって知ってたんだな。仕方ないし、別の人を見るしかないか。面倒だな。
「雪城は副会長の水瀬。書記の水瀬は龍崎。私は橘を見るのが一番効率がよいな」
「なぜ、その人選に?」
「紫堂を矢霧が見るとなると、残るのが副会長の水瀬、龍崎、橘の3人だ。まず、橘は落ち着きがないゆえ怪我をする危険性が高い。よって私が監視する。残り2人はどちらでもかまわないが、どうする?」
「うー。烏羽先生ひどいー。けど、僕確かに落ち着きないもんね。僕が怪我するだけならいいけど凪先輩や瑠璃先輩が怪我したら大変だし」
「お、俺もこのままでいいです」
「僕も構いません」
「というか、俺を茜が監視するというのは決定事項なのか」
「あら? 嫌だった?」
「嫌ではないな。よろしく頼む」
「雪城達も構わないな?」
「私はいいですよ」
「私も……」
一応これで分担が決まったわけだが、凪ちゃんが見ると決まった時微かに龍崎の顔が赤くなったのは気のせいか。いや、多分気のせいじゃないな。橘も何か目が輝いてたし。まぁ。水瀬を見ながら龍崎も監視しておけばいいか。別に凪ちゃんに惚れてても、さして問題はないし。
「それじゃあ、はじめましょうか」
茜先輩の言葉により、金持ち坊ちゃん達のカレー作りが幕を開けた。正直に言って、かなり不安だが、やる気はあるようだし。まぁ。それなりに頑張るか。
* * * * * *
「水瀬君ってさ。人参皮付きで食べるの?」
「えっ? あっ」
「螢! お願い! お願いだからピーラー使って! ピーラー! 怪我するからぁ!」
「ピーラーって何だ?」
「あんた。今持ってる玉ねぎに違和感感じない?」
「す、すみません」
「橘。包丁を持った状態でキョロキョロするな。そして、切る前に野菜を洗え」
「あっ。ごめんなさい」
うん。こんなことになるんじゃないかとは分かってはいた。だって、野菜の名称と形は知ってても、それをどう調理するかとか知らないだろうなって予想はしてた。でも、これは、ひどいな。
生徒会長は生まれてはじめて持った包丁でブルブル腕を震わせながらジャガイモの皮をむこうとし(茜先輩は半泣きになって止めていた)、水瀬は人参の皮をむくということを知らなかったらしく、そのまま切る作業に入ろうとするし。
龍崎は三分の二くらいの大きさになるまでタマネギをむき続け涙をボロボロと落としまくるわ、橘は洗っていない人参をまな板に載せ包丁を手に持ったまま会長達(特に龍崎)の様子を見ていた。
あれだな正に「何これカオス」って言いたくなる感じだな。最初は初心者達の自主性に任せようということになっていたが、自主性に任せられるほど彼等には知識がなかったらしい。
「とりあえず、このピーラーで皮をむいていこうか。使い方分かる?」
「いや……あっ、螢先輩みたいにやればいいのかい?」
「うん。そうだよ。先に全部皮だけむいちゃおうか」
「そうさせてもらうよ」
水瀬はそう言うと実に真剣な表情でピーラーを手に取り慎重に人参の皮をむき始めた。コレは時間がかかりそうだな。周りを見てみると、龍崎以外の全員がピーラーを手にしていた。「少し凪ちゃん達の様子を見てくる」と水瀬に伝え2人に近づいた。
「凪ちゃん。どんな感じ?」
「さっきから涙流し続けてて作業にならないのよ」
「あぁ。タマネギが目にしみちゃったか。龍崎君。目を洗ってからでいいからタマネギを水にさらしてみて、そしたら少しはマシになると思うよ」
「す、すみません。水瀬先輩、雪城先輩。お、俺迷惑かけて」
「別に気にしてないわよ。最初は皆そんな感じだし。黙って見てた私も悪いしね。あと、いちいち謝る暇があったら瑠璃ちゃんの助言通りにして」
「す、すみません」
「龍崎君。別に凪ちゃんは怒ってるわけじゃないから。勘違いしないであげてね。それじゃあ、そろそろ私は戻るね」
「る、瑠璃ちゃん!」
目を洗い始めた龍崎とちょっと顔を赤くした可愛い凪ちゃんに手を振り水瀬のところに慌てて戻る。ヤバい人参が小さくなる。
「水瀬君。人参はそれぐらいでいいよっ。あと、ジャガイモの皮むくときは気をつけてね」
「うん。分かったよ。雪城さん。それにしても、このピーラーって便利だね。雪城さんや凪も使ったたりするのかい?」
「私達は包丁でそのまま皮むいちゃうかな。そっちの方が慣れてるし」
「そうなんだ……」
水瀬は話しながらも真剣な眼差しでジャガイモを見つめている。うん。これで相手がジャガイモじゃなければ様になるんじゃないかな?
「螢! 危ないから、ちゃんと野菜を固定して切ってちょうだい!」
「だが、猫の手が基本だと聞いたことがあるが……」
「確かに猫の手は基本だけど、指を切る心配がないなら、この際どんな持ち方でもいいわ!」
うん。なかなか会長達の方も大変そうだな。というか会長は猫の手知ってたのか。一体どこから仕入れた情報なんだろうな。ちなみに私は猫の手は基本的にしない。何か苦手なんだよね。
「橘。野菜は洗剤ではなく水だけで洗いなさい」
「えっ? でも、洗剤で洗った方が綺麗なんじゃ」
「野菜についた泥などを落とすためなら水だけで充分だ。紫堂の家が用意した材料なら農薬の危険もないしな。まぁ。基本的に我々が購入するものは農薬の危険がないゆえ、水洗いだけでいい」
「はーい」
橘は大人しく洗剤を置き水洗いを開始した。まだ、そこだったのか。皮むきまで進んですらいないとか他と比べると少し遅れている気がするんだが、大丈夫なんだろうか? まぁ。いざとなれば烏羽先生がなんとかするだろう。
「雪城さん皮むけたよ」
「それじゃあ、先にタマネギの上と下を少し切って、その後半分に切ってから水にさらしてくれる?」
「一気に切らないのかい?」
「一回水にさらした方が涙がでにくくなるの。凪ちゃんの前でタマネギで泣くのは嫌でしょう?」
「雪城さん……もしかして……」
「凪ちゃんには言ってないから安心していいよ。水瀬君がただの従姉妹としてじゃなく凪ちゃんを見てるって」
「うん。出来ればこれからも秘密にしておいてくれると助かるな。というか、よく気づいたね」
「いいよ。いや、鎌をかけてみただけだけど、あってたんだね。まぁ。それはおいといて、早く切ってくれる?」
「雪城さんって冷めてるね。そっか、僕は上手くはめられちゃったんだね」
「まぁね」
タマネギと格闘をはじめた水瀬を眺めながら、いい情報を掴んだなと少しだけいい気分になった。水瀬を脅す――いや水瀬にお願いするときは凪ちゃんネタで揺すればいいな。この気持ちがずっと続いてくれたらいいんだけど。これから、どうなっていくんだろうか?
* * * * * *
結論から言えば予想以上に時間はかかったが無事にカレーは完成した。ただ、あまりにも進みが遅かったので、会長達には野菜だけ切ってもらい後は茜先輩がカレー作りに取りかかった。会長達は最後まで作りたがったが、私達指導係の方が苛ついてしまったのだ。
正直に言って人に料理を教えるのがこんなに大変だとは思わなかった。私は“ワタシ”の時にも人に料理を教えたことはなかったし。もう二度としたいとは思わない。勿論、会長達が文句一つ言わずに頑張っていたのは知っているが、それでも面倒くさかったのは事実だ。
「カレー作りがあんなに大変だとは思わなかった」
「同感よ。というか、会計は泣くし、庶務は危ないし、会長は度々叫ぶし散々だったわ。茜先輩ももうちょっと考えてくれたらよかったのに……」
「まぁ。茜先輩もあそこまで出来ないとは思ってなかったんじゃない?」
「そういえば、アイツは迷惑かけなかった?」
「水瀬君は他3人比べるとマシだったんじゃないかな。覚えも早いし、包丁持って余所見しないし、一々感動して叫ばないし」
「それなら、いいわ。瑠璃ちゃんに迷惑かけてたら文句言ってやろうと思ってたのよね」
「龍崎君はどんな感じだったの?」
「瑠璃ちゃんが来てくれた後もタマネギのせいで暫く涙流してたけど、指示出せばキッチリやるし、会長達に比べたらマシだったと思うわ」
「そっか」
凪ちゃんの素直な批評に苦笑がもれたが、何となく納得できる。本当に会長と橘を茜先輩と烏羽先生が受け持ってくれてよかった。
私達はカレーを食べた後再び部屋に戻ってきていた。茜先輩は昼にカレーを食べる予定を立て夕食までにする企画も何か考えていたらしいが、カレーが出来上がったのが昼というよりもお菓子の時間になってしまっていたので、各自夕食まで部屋でゆっくりすることになったのだ。
何というか初日からコレでは前途多難な気がするが、本当に大丈夫なんだろうか? そんな、ちょっとした不安を抱きつつもここにいる限りクソ女と接触する不安がないという事実に少しだけ安堵していたのは秘密だ。




