交流会 2
会長に先導されて入った部屋は大きな赤い薔薇を生けた花瓶とこれまた大きな森林の絵が目をひいた。中央には温かみのある木のテーブルに汚れが目立ちそうな白いソファーがある。なぜかテーブルの上には呼び鈴が置かれていた。部屋の大きさ自体は驚くほど広いという感じではなかったので、少しだけ落ち着けた気がする。
ソファーに座ると生徒会室の物と同じようなふかふかさがあった。これは素晴らしい。全員座ったのを確認した会長が呼び鈴を鳴らすと、扉からスーツ姿の柔和な顔立ちをした老年の男性が入ってきた。漫画や小説の金持ちの家には必ずいる執事だろうか? はじめて見たな。
「失礼いたします。お呼びですかな。坊ちゃま」
「ああ。ミルクティー3つとブラックコーヒー3つとカフェラテ2つ。あと、茶菓子を持って来てくれ。急げよ」
「かしこまりました」
執事さんは私達にも恭しく頭を下げると部屋を後にした。リアル「坊ちゃま」なんて初めて聞いた。別に金持ちの家なんだから、おかしなことではないはずなのに会長への「坊ちゃま」呼びに笑えてくるのは何故だろう? あれか、何となく似合わないからか?
「ねぇ。螢。どうして高砂さんが居るの? 確かに螢付きの世話係だけれど、あの人って本邸に勤めてるはずでしょう?」
「あぁ。今回の合宿は大切なモノだからな。俺が最も信用出来る使用人である爺を連れてきた。爺も烏羽先生や生徒会役員に会ってみたいと言っていたしな」
茜先輩は執事――高砂さんと面識があったらしい。しかし、「坊ちゃま」と「爺」って本当にテンプレな金持ちの会話に出てきそうな単語だな。いや、実際会長は金持ちなんだが。他の人も「坊ちゃま」とか呼ばれてるんだろうか? 何それ面白い。そんなことを考えていたらノックの音が三回響いた。
「入れ」
「失礼いたします」
高砂さんは相変わらず穏やかな笑みを浮かべワゴンのようなものに会長が注文していたモノを載せてやってきた。お茶菓子はいくつか種類があるらしい。会長の家で出てくるということは、きっと美味しいものばかりのはずだ。なんだか楽しみ。
「茜とその隣にいる女生徒2人にミルクティー、俺と烏羽先生と颯にブラックコーヒー、残り2人にカフェラテだ」
「かしこまりました」
「螢先輩ひどーい! 僕と浅葱はついでなの!?」
「うるさい。騒ぐな。浅葱を見習え」
「うぇ!? お、俺、見習われるようなとこない……」
「そんなことないよ! 浅葱はすごいよ!」
「あ、ありがとう。萌葱」
「うん!」
会長達のやり取りを微笑ましげに見つめながら高砂さんは会長の指示通り飲み物を配っていく。私の番になったときに軽く会釈したらニコリと笑ってくれた。なんだが癒し系な雰囲気がある。高砂さんは飲み物を配り終えると最後にテーブルの中央にクッキーやチョコレートが入った籠を置いた。
今は丁度10時過ぎくらいだから、軽めのお菓子が多いらしい。しかし、昼食はどうなるんだろうか? 一応礼儀作法を学ぶ一環でテーブルマナーも習ったが、上手くできるか少し不安だな。堅苦しいフレンチとか出てきたらどうしようかな? あぁ。面倒くさい。
「ありがとう。爺。また用があれば呼ぶから控えておいてくれ」
「かしこまりました」
高砂さんは私達に向けても穏やかに微笑むと、何も載っていないワゴンをひいて部屋を出て行った。生徒会長達にも言えることだが動きの一つ一つが洗練されている。流石上流階級の令息達と使用人だな。
「それでは今回の交流会だが、何をするかは茜に説明してもらう。俺は場所を提供するだけだからな」
「うふふ。分かったわ。でも、此処で全部言っちゃうのはつまらないし、まずは次にすることだけ教えるわね」
「そっちの方がドキドキするね! ね。浅葱?」
「お、おう。そうだな」
「あら、そんなに期待されちゃうなんて嬉しいわね。颯君達は言ってくれないのかしら?」
「僕も楽しみにしていますよ。茜先輩の企画は面白いものばかりですし」
「私も楽しみではあるけど……」
「……私も楽しみですよ」
「そう? 皆に期待してもらえてるみたいだし。それじゃあ、言っちゃおうかしらね。――皆でお昼ご飯を作りましょう!」
「「「「「はい?」」」」」
私達の反応に茜先輩は悪戯が成功した子供のような満足げな笑みを浮かべた。ちなみに、会長は驚きすぎて固まり、烏羽先生は面白そうに眼鏡の奥の瞳を微かに輝かせていた。確かに面白そうだが、用意されたモノしか食べたことない坊ちゃん達には無理じゃね。
* * * * * *
茜先輩曰わく「たまには自分で食事を作って、大変さを理解しましょう」とのことだったが、恐らく茜先輩の狙いはソレだけではなく私や凪ちゃんにも気を遣って企画してくれたんだろうな。確かに、お堅いフレンチよりは気軽だが、坊ちゃん達に指示を出すのは面倒くさそうだ。
というか、下手したら怪我するのに、よくキッチンを使う許可が出たな。高砂さんに頼んだわけではなさそうだけど。どうやったんだろう? まぁ。包丁とか使わせなければ問題ないか。私と茜先輩と凪ちゃんと――要さんもある程度料理出来るし、残りの生徒会役員達には、雑用でもさせればいいか。
「ねぇ。瑠璃ちゃん。昼ご飯作るって、言っていたけど何作るのかしらね?」
「調理実習とかなら無難にカレーとか味噌汁だけど……どうなんだろう?」
「まぁ。でも、思い切ったことしたわよね。茜先輩も。料理作るだけっていうのは楽でいいけど」
「私達は楽だけど、問題はお坊ちゃん育ちの会長達だよ。包丁とかは流石に持たせないだろうけど、どうするつもりなのかな?」
「分からないわね。でも、キッチンに行けば分かるでしょう。茜先輩なら、そこら辺よく分かってるでしょうし」
「そうだね」
会話を中断して再び課題に取りかかる。ここは凪ちゃんと私に与えられた部屋だ。男女どちらでも泊まれるようなアイボリーの壁に明るい木の床、窓は大きいが優しい黄色のカーテンがかけられている。天井は白くシャンデリアがあった。
茜先輩には11時30分から調理に取りかかると言われたので私達は少しだけお菓子を分けてもらい部屋で課題をすることにしたのだ。後に残すと面倒になるし。早くすませておくに限る。ちなみに他の生徒会の人間が何をしているかは知らない。それにしても、このチョコレート美味しいな。甘すぎず苦すぎず程よい甘さだ。多分高級菓子なんだろうから店名は見ないでおこう。
「瑠璃ちゃん。そのチョコレート気に入ったの?」
「うん。かなり美味しいよ。凪ちゃんも食べてみたら?」
「ええ。いただくわ。こっちのクッキーも美味しいわよ」
「そうなの? じゃあ、食べてみる」
食べながら課題をするなんて学園の人間に見られたら眉をしかめられるほど、行儀が悪い行為かも知れないが、私達2人はいつもこんな感じだから問題ないと思う。だって、こっちの方がはかどるし、何より話が弾むから楽しいんだよな。




