四月の終わり 1
桃園姫花が転校としてやって来てから何だかんだで一週間が経った。若竹先生は私達と授業を被らせないように、かなり頑張ってくれていたらしく、本当に授業は一切被っていなかった。流石ホスト教師だ。見た目だけでなく中身もホストだったらしい。何て考えるのは失礼だろうな。
ただ、若竹先生の努力も虚しくクソ女は相変わらず蒼依と水瀬をストーキングし続けては女生徒達に阻止されている。最近は一年や三年のところにも時間があれば行っているらしく、一年は龍崎や橘のファンクラブが、三年は柚木先輩を中心とした風紀委員や同じく会長達のファンクラブが追い返しているようだ。若竹先生や烏羽先生は若竹先生の場合担任ということもあり困っているようだが、一組の生徒が割り込み烏羽先生は大人の余裕からか完全にスルーしている。
それでも、諦めないあたり、ある意味そのポジティブ思考は尊敬できなくもないが、ぶっちゃけ諦めた方が周りや本人のためだと思うのだが。まぁ。でも、周りの迷惑を考えずに執念深く追いかけ回すからこそクソ女はクソ女なんだろうな。空気読めよ。
そうそう、クソ女が出没するせいで、生徒会役員は昼ご飯を生徒会室で食べることが恒例となった。学食にするとクソ女と鉢合わせする可能性があるし、教室だと他の生徒の迷惑になるからだ。生徒会室の場合はセキュリティーがしっかりしているし、教室に戻るまでに幾つかのルートがあるので鉢合わせする心配がかなり減るのだ。
私と凪ちゃんの2人なら別に学食や教室で食べても問題ないのだが、クソ女と遭遇したくないのは、私達も同じではあるのだ。私1人なら証拠集めのためにクソ女と遭遇してもいいのだが、クソ女と凪ちゃんを接触させるような真似はしたくない。凪ちゃんが穢れるし。
しかし、クソ女が私に接触して来ないあたり自分の立ち位置の可笑しさに違和感を感じていないようだな。まさか“ワタシ”が死んだ後に“女主人公”の立ち位置だけ変えたゲームの続編が出来たりしてないだろうな? 確かめる術はないが少し心配になってきた。ぶっちゃけ、私が乗っ取った“女主人公”の立ち位置より「普通の転校生」の方が乙ゲーの主人公っぽい気がするし。
まぁ。そうじゃないことを祈ることにしよう。とりあえず、クソ女は攻略キャラ達に接触したがっているようだし、彼等が落ちないでいてくれたら一応何とかなるだろう。今のところは落ちる気配はないが、どうなるんだろうな? 卒業式まで緊張感を持って学園生活を送らないといけないわけか。面倒くさいな。
「それでは、会議を終了する」
生徒会長の声にハッとした。忘れていたが、今は体育祭についての最後の会議中だったのだ。種目は全て決まり、それぞれを受け持つ体育委員も決まった。風紀委員や保健委員の役割分担も終わり、後は借り物競争の借り物を紙に書いて提出するだけだ。
ぞろぞろと出て行く体育委員達を眺めて軽く息を吐く。ホワイトボードに視線を移すと会議の内容が事細かに書かれていたが、殆ど頭には入っていない。体育祭自体は5月中旬だし今全てを覚える必要はないが会議に集中していなかったことがバレるのは困るな。
「瑠璃ちゃん。今日はどうかしたの? 疲れちゃったかしら」
「いえ。大丈夫です。ご心配おかけしました」
案の定、茜先輩にはバレていたらしく心配されてしまった。多分、会長と水瀬と柚木先輩にもバレてるだろうな。凪ちゃんは会議中は書記の仕事をしていたので、バレていないだろうが、茜先輩が近づいてきたせいでバレてしまったはずだ。
疲れていないと言えば嘘になる。クソ女が来てからは常に気を張って生活しているからだ。しかも、人混みが苦手な私が人混みの中に居続けなければならないような状況だしな。早くゴールデンウイークになって欲しい。課題は出るだろうが学園に来なくて良くなるだけで多少は楽になる。
「瑠璃ちゃん。保健室!」
「いや、ちょっと寝不足でボーッとしてただけだから大丈夫だよ。凪ちゃん」
「でも、あと二限もあるのよ?」
「二限くらいなら平気だよ。心配してくれて、ありがとう」
凪ちゃんは不安げな表情で私を覗きこんできた。隣にいる茜先輩も心配そうな顔をしている。柚木先輩達もこちらを窺っているようだ。正直に言って恥ずかしい。いっそ本当のことが言えたら楽なんだろうが、そんなことを口にしたら一気に電波の仲間入りだし、最悪、今すぐにでも病院に連れて行かれそうだ。
「とりあえず、教室に戻ろうか。幸い五限も六限も必修科目だから移動しなくていいしね。帰りは家の車で帰ったらいいんじゃないかな?」
「それは、そうね。でも、瑠璃ちゃん本当に大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。ただ、帰りは今日も送ってもらうことになるかもしれないけど」
「車のことなら気にしなくていいわよ! 無駄に広いんだし!」
凪ちゃんの言葉に水瀬は苦笑しながら頷いた。クソ女を警戒した凪ちゃんは私が徒歩通学ということもあり「心配だから」とここのところ毎日、あのリムジンで送迎してくれているのだ。申し訳ない気がするが、ふかふかな椅子にゆっくり座れるし、朝ものんびり出来るようになったから私としては非常にありがたい。
* * * * * *
五限は数学、六限は古典。要するに私達の担任である守山先生の授業だったので、授業が終わると、直ぐにHRに入れるはずだったのだが、連絡用のプリントを職員室に忘れたらしくクラス委員と共に取りに行ってしまった。
文句一つ言わないどころか悟ったような瞳をしたクラス委員に皆何とも言えない気分になったらしく、妙な沈黙が教室を包んでいる。守山先生がプリントを忘れるのは、いつものことなのだが、本当にボケているんじゃないかとたまに心配になるのだ。
ガタガタと教室の前のドアから妙な音が聞こえ視線を向けるとクソ女らしき影が立っていた。守山先生達が帰ってくるにしては早いと思ったが何をしに来たのやら。どうせ「教室間違えた」とかやりたかったんだろうが、キッチリ閉められた普通の教室にはそのクラスの人間か生徒会とか教師とか特別な地位にいる人間の学生証や教師証をかざさないと入れないようになっている。
だから、休み時間――特に昼休みとかはドアを閉め切らないようにするし、もし他クラスで食事を取りたいなら、そのクラスの人間と予め約束をしなければならない。特別教室や自分のクラスだと学生証をかざすだけで入れるから気づかなかったんだろう。
ちなみにコレが生徒会室だと生徒会と特別委員会と部長会の人間でなければ入れないため、インターフォンがつけられている。いちいち面倒な仕組みではあるがクソ女が来て以降は感謝しっぱなしだ。そうそう、入学前の橘達が入れたのは一時的に機能を停止していたからだったりする。
ガタガタと鳴り続けるドアに蒼依が一番遠い位置からドアのそばにやってきた。私も気になっていたので立ち上がりドアに近づく。一応防音がついているので、外の音を聞くために耳を近づけてみると「何で開かないわけ! どうなってんのよ!」と確かにクソ女の声だが普段と比べると甘ったるくなく普通の口調の怒鳴り声が聞こえた。
「なるほど、こっちが素か」
「そうみたい」
2人で顔を見合わせてお互いの席に戻る。教室中から視線を向けられたが、気にしない。気になるなら自分で聞いてみることをオススメする。ちなみに今回はボイスレコーダーに録音していない。
「やっぱり、あの子?」
「うん。「何で開かないわけ! どうなってんのよ!」って叫んでた」
「なるほど、そっちが素なのね」
凪ちゃん「蒼依と同じこと言ってるよ」とは口に出さずに曖昧に笑った。だって、言ったら機嫌が悪くなるって簡単に想像つくしな。無駄に不快にさせる必要はないだろう。
「まぁ。それは、ともかくとして、そろそろ危険なんじゃないかな?」
凪ちゃんとの会話に水瀬が入ってきた。時計を見るとドアが鳴り出してから3分が経過している。確かに、そろそろ警備員が動き出してもおかしくない時間だな。その前に守山先生が戻って来てくれた方が、本人は気づかないだろうがクソ女としては幸いだろう。私としては警備員に連行されることを祈りたいところだけどね。