初対面 4
今更かもしれないが“女主人公”であるはずの桃園姫花は自分の立ち位置が「一年からの努力が実った結果生徒会補佐となった奨学生」から「何の後ろ盾もない少し金持ちなだけの転校生」に変わって居ることに気づいていないんだろうか? それとも、気づいていてスルーしているのか? どっちなんだろう?
攻略キャラ達を知っている転生者なら立ち位置の違いに違和感を感じるはずだし、あの積極的過ぎる性格なら生徒会長や烏羽先生に直接「補佐にして」とか言いにきそうなものだが、今のところソレはないようだ。
もし、変わっていることに気づいていないのなら理由は何だ? 考えられるとしたらクソ女が実は転生者じゃないということだろうが、クソ女の反応を見る限り転生者じゃないということは考えにくいし。クソ女自身じゃなく、クソ女の身近な人間が転生者だとして、ゲームの内容や攻略キャラや“悪役令嬢”を教えられたとしても後ろ姿で蒼依達を見抜いたあたり、クソ女自体が転生者と考えた方がやっぱりしっくりくる。
もしかしたらクソ女には記憶が曖昧になっている部分があるんだろうか? 寧ろ私が“ワタシ”の時の記憶を殆ど完璧に記憶している方が可笑しいのかもしれない。他に転生者の知り合いなんていないし比べようもないわけだが。考えても不毛な話だが、だからといって直接クソ女に聞くわけにもいかないしな。全く、もやもやする。出来るだけ懸念事項は早めに消しておきたいんだが。
「どうしたの瑠璃ちゃん? 先生戻ってきたから授業はじまるわよ」
「あっ、ありがとう。凪ちゃん」
凪ちゃんに指摘されて慌てて気持ちを切りかえる。あの後、私達は予鈴がなってから選択教科の教室に向かった。途中でクソ女が水瀬に近寄ろうとしたが案の定どこからともなく現れた女生徒達に阻止されていた。教室についたのは授業が始まるギリギリだったが、幸か不幸か担当教師が忘れ物をして取りに戻っていたため考えにふけってしまったというわけだ。
だが、授業中に考え事をしていられるほど、この学園は奨学生に甘くはない。もし、聞き逃したとしても、凪ちゃんなら「体調が悪かった」と言って頼めばノートを見せてくれるだろうが、甘えるわけにはいかないし、仮病で心配をかけるのも気が引ける。なにより、凪ちゃんに仮病なんて使おうものなら、仮病と気づかずに大騒ぎするだろうし。
その後の混乱を鎮めるのに苦労しそうだよな。まぁ。仮病でも取り乱すくらい大切にされているのだと思うと幸せな気分になるが、周りにも迷惑をかけるだろう。それは、流石に申し訳ないしな。特に今日はクラスの人間に色々と助けてもらっているわけだし。まぁ。水瀬と蒼依が2人で行動をしてくれていたら、私達も面倒くさい思いはしなくてすんだんだが。
「それでは、授業を始めるぞ」
名前すら覚えていない先生の声に教室の空気が張り詰める。中学の時のどこかダラッとした空気ではなく進学校である石蕗学園の空気は厳かで、集中できる。さて、クソ女のことは脇において、今は勉強を頑張りますか。
* * * * * *
「あー。疲れたわぁ。でも、あと、一限あるのよねぇ」
「そうだね。私も疲れたよ。けど、次は若竹先生の公民の政治・経済だから三組に戻らなきゃね」
「また、若竹なのー。今日はアイツの顔見飽きたわよー」
「確かに、朝に会って、昼に会って、六限に会うとか、あまりないからね。ほら、凪立って。早く移動しよう」
「……あんたに言われたくないわよ」
水瀬に対して、ふてくされたような表情を見せる凪ちゃんが可愛くて、ついつい笑みが零れる。普段は美人さんなのに、こういうところは可愛いんだよね。本当に凪ちゃんが“女主人公”だったら逆ハーだろうがなんだろうが全力で応援したんだけどな。
「凪ちゃん行こう。あっ、そうだ。今日は少し疲れちゃったから帰りも凪ちゃんのお家の車に乗せてもらってもいいかな?」
「もちろん。いいわよ! 何だか元気出て来たわ。さっさと教室に行きましょう!」
凪ちゃんは元気よく立ち上がると私の手を引いて廊下へ歩き出した。元気になってくれて何よりだ。私も帰るのが楽になるし癒やしの時間も増えるし幸せだな。嫌がるかと思っていたが水瀬も私が車に乗るのは賛成らしい。本人には理由を聞きにくかったので後で運転手さんに聞いてみたが「お二人だと会話が……」と非常に苦い顔をして答えてくれた。つまり、そういうことなんだろう。
「あぁ! 颯君とぉ蒼依君だぁ!」
声だけでうざいが、とりあえずボイスレコーダーのスイッチは入れた。記録しとかないと。4人で顔を見合わせて足早に立ち去ろうとしたが、クソ女が私達に近づく前に、同じ授業を選択していた女生徒達が私達とクソ女の間に入り込み壁になってくれた。まるで、軍隊のような機敏な動きと一体感だった。女生徒達は今日1日で妙なスキルを身につけてしまったようだ。
「ちょっとぉ。貴女達ぃさっきからぁ邪魔ばっかりしないでよぉ! さっさとぉ。退きなさいよぉ!」
「あら? 何のことだか分かりませんわ」
「そうですわ。私達はただ、親愛なる水瀬様達と教室までご一緒したいと思っただけですわ。私達はクラスメイトですもの。妙な言いがかりはおよしになって」
「貴女、凪様にも可笑しな言いがかりをなさったそうね。どういうおつもり?」
「私だってぇ。颯君達とぉ一緒にいたいだけよぉ。言いがかりなんてぇ、してないじゃなぁい! 貴女達は邪魔するしぃ。あの女は“悪役令嬢”でしょぉ!」
その言葉に一気に女子だけでなく男子も殺気立ったが、安心してくれ、ちゃんと記録している。ただ、やっぱり言われっぱなしは気に入らないな。だが、庇ってくれてる女生徒達を掻き分けて行くのも申し訳ない。どうしたものか。
「さっきからストーカーみたいな真似はするし、水瀬に妙な濡れ衣着せるしマジ迷惑だよなぁ。皆、さっさと教室戻ろうぜ。次は生徒指導部の先生の授業だし遅れたら大変だしな」
蒼依は前半を独り言のように呟いた――呟く声の大きさじゃなかったが――あと、周りを取り囲む生徒達を順々に見ていった。要するに「これ以上相手にするな」と言いたいわけだ。蒼依は別に平和主義者ではないので、単純に相手をするのが面倒になったんだろう。何だかんだで一日中つけ回されてるし。
「そうだね。私は一日中他クラスの人間追いかけ回すような余裕ないし遅刻とか困るよ」
「私も同意だわ。訳わかんないこと言う奴にかまって遅刻とか最悪よ」
「僕もかな。生徒会役員として遅刻はしたくないね。それに妙な濡れ衣着せられた上、集団遅刻とかさせたくないかな」
周りは私達の言葉に「それもそうか」と頷くと一緒に歩き出してくれた。後ろで、まだクソ女が喚いていたが同じ一組の人間が回収してくれたらしい若竹先生もだが本当に御苦労なことだと思いながら私はボイスレコーダーのスイッチを消した。
* * * * * *
「今日は本当に災難だったね」
「これが、続くと思うと正直に言って憂鬱だよ」
「明日からは会長とかにも、ストーカー攻撃しそうよね。その前に一年に行くかしら」
「それ、龍崎君泣くんじゃない? 橘君は大丈夫そうだけど。あっ、でもファンクラブが守ってくれるかな?」
「そうだね。三年は柚木先輩とかもいるし大丈夫だと思うけど、一年は心配だね。彼女の方が先輩ではあるし」
「アレが同学年とか信じられないわ」
「同感。小学生からやり直せって言いたくなるよねー」
「一応学力はあるんだろうけどね」
「学力がなければ、退学とかもさせられるのかしら?」
「学費払ってる以上は、よっぽどのことしないと退学にするのは難しい気がするけどね。まぁ。今日みたいに水瀬君とか蒼依につきまとってたら時間の問題な気もするけど」
「それは、言えてるね」
私達は3人そんなくだらない会話をしながらリムジンで優雅な帰路についた。家についたらカメラとボイスレコーダーのデータをパソコンにバックアップしないとなぁなんて私はこっそり考えていたけど。




