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石蕗学園物語  作者: 透華
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はじまり 2

基本的に携帯から投稿しているので、読みづらいかもしれません。

 “男主人公”である“柊蒼依ひいらぎ あおい”は決して“悪役令嬢”である“水瀬凪みずせ なぎ”と同じクラスにはならないはずだ。ゲームが終了した三年では分からないが、少なくとも一年と二年では絶対ならない。そんな情報はゲーム中に出ていなかったのだから。

 また、イレギュラーか。コレは騒がしいクラスになる。“悪役令嬢”に“女主人公”の攻略キャラ、その上“男主人公”までいるなんて、全くややこしいことになった。思わず舌打ちしたい気分になりながらも彼の攻略キャラを思い出す。

 先輩2人同輩2人後輩2人教師1人に隠しキャラ(女主人公)の計8人。少なくとも学園で目立つ18人と関わる可能性がこの時点で出てきてしまったらしい。考えていなかったわけではないが面倒だと感じるのは仕方がないことだろう。

 とりあえず、私は凪ちゃんが幸せになれたら、それでいい。それを目標に今年一年乗り切るしかないな。よし、頑張ろう。“女主人公”がどんなヤツかは知らないが打てる手は打っているし。


瑠璃るりちゃん。悪いんだけど、ちょっと生徒会室行ってもいいかな?」


「うん。いいよ」


「ありがと。イジメられたら、直ぐに私に言ってね!」


雪城ゆきしろさんを苛める人なんて、この学園には居ないと思うけど……」


「あんた。まだ居たの?」


扉に寄りかかる水瀬に凪ちゃんは再び冷めた瞳を向けた。恐らく彼は凪ちゃんが生徒会室に行くのを待っていたのだろう。地味に健気だ。


「どうせなら、一緒に行こうと思っただけだよ。行くところは同じなんだからいいだろう? ね? 雪城さん?」


 此処で凪ちゃんではなく私に聞いてくるあたり、あざといなと感じながらも頷いた。このままでは埒があかないのだから仕方ない。予定時刻に遅れてごちゃごちゃ言われるのも面倒だし。

 それに、私は水瀬が別に嫌いではないのだ。凪ちゃんの従兄弟として凪ちゃんと仲良くなるための手段として私を利用するのは、かまわないと思っている。凪ちゃんにとって「水瀬家」が居心地のいい場所になるなら、それにこしたことはない。

 凪ちゃんの相手として認めるかどうかは今後の行動を見て決めさせてもらおうと思っているが。少なくとも私以上に凪ちゃんのことを大切にするヤツ以外は認める気はないな。


* * * * * *


 生徒会室までの道のりは、さして問題はなかった。凪ちゃんは水瀬をひたすら無視したが、何だかんだで会話は成り立っていたし。

 問題はこの中、生徒会室だ。なんせ、攻略キャラが一気に出てくるのだから。まぁ。一年の時点で後輩以外とは残念ながら面識があるので初対面というわけではない。


「失礼します」


 ドアを開けたのは水瀬だ。彼はドアを開けると、私達を促した。流れるような仕草に流石良家の子息と感心しながら水瀬に礼を言い、ドアをくぐると見慣れた人物が揃っていた。


「あら、久しぶりね。雪城瑠璃ちゃん。今日から、よろしくね?」


 優しげに微笑み特徴的な口調で声をかけてくれたのは、もう1人の生徒会副会長である三年の矢霧茜やぎり あかね先輩だ。緩やかなくせのある肩までの茜色の髪と同色の瞳の中性的な美人さんだが男性である。過去に色々あったらしく口調や仕草が女性的だが恋愛対象は異性らしい。


「こちらこそ。よろしくお願い致します」


「あら、そんなにかしこまらないで頂戴な」


 軽くウインクする彼に愛想笑いを返す。凪ちゃんは矢霧先輩とは、それなりに仲がいいと聞いたことがある。紅一点の上、外部生として浮いていた凪ちゃんでも分かるように視点を合わせて話をしてくれていたらしい。


「なんだ。今日は随分と大人しいな。石蕗の魔女の異名を持つくせに一体どうした?」


 生徒会長専用の椅子に腰掛けながら、声をかけてきたのは生徒会会長である紫堂螢しどう けい先輩だ。金色の髪に切れ長の紫色の瞳をした正に王子といった外見で、口調は高圧的だが声には気安い雰囲気が漂っている。威厳は感じるが威圧感はないというかなんというか。


「私も一応礼儀はわきまえておりますので……」


「つまらないな。石蕗の魔女。敬われるのは気分がいいが、堅苦しいのは、あまり好きじゃない。もう少しくずせ」


「分かりました」


 生徒会長は些か残念そうな表情を浮かべているが、私は愛想笑いを貫いた。というか、この男、私のことをこれから魔女といい続けるつもりじゃないだろうな?

 生徒会長が先程から言っている「石蕗の魔女」とは一年のある事件でついた私の異名だ。その事件の結果、私は生徒会と縁を持ち、周りに畏れられることになったが、後悔はしていない。


「ふむ。やはり、面識があるとスムーズにことが進むな。雪城。今日から生徒会補佐として、頑張ってくれたまえ」


 最後に声をかけてきたのは、オールバックにした黒髪に同色の瞳、クールな印象を与える銀縁眼鏡が特徴の英語教師兼生徒会顧問である烏羽要からすば かなめ先生だ。

 さて、これで皆さんお分かりだろうか? “女主人公”は生徒会補佐になることで生徒会役員と関わることになるのだが、その場には今、私がいる。コレでは物語をはじめることすら出来ないのだ。いくら美少女と言えど、家柄のよくない彼女が生徒会役員に近づくことをファンは許さないだろう。

 本来ならこんな面倒くさい立ち位置につく気はさらさら無かったが、凪ちゃんが生徒会書記として存在する以上そうも言っていられない。

 ゲームの中でも“水瀬凪”は生徒会の紅一点だった過去から後から入ってきた“女主人公”に嫌がらせをするわけだが、嫌がらせをされる位置に私が割り込んだことで、その可能性は無くなった。

 もっとも私は凪ちゃんが人に嫌がらせをするなんて思ってはいないが、問題は“女主人公”だ。もし、“女主人公”が私と同じ転生者でゲーム通り攻略しようと考えるような女だった場合、凪ちゃんが危険になる。

 今の生徒会のメンツを見る限り、そう簡単に凪ちゃんを裏切ることはないと思うが、妙な“主人公”補正的なシステムがないとは限らないのだ。

 だから、私は苦労したが筆記試験で学年一位を取り続けたわけだ。凪ちゃんと出会った時点で熱心に勉強し始めたことと人生二度目だったお陰で何とか達成出来た。”ワタシ”の頃には考えられなかったレベルの学力を身に付けられたのは素直に嬉しかったが、中世ヨーロッパみたいな時代に転生していたら、その時点で詰んでいただろうことが容易に想像出来てしまうのは少し悲しい。

 まぁ。烏羽先生曰わく学年一位を取り続けなくても、先生や水瀬が推薦し、生徒会長や副会長も凪ちゃんのことを考え、私を補佐役にするつもりで水面下で調節をしていたらしいが。

 結構、早い段階(一年の二学期後半)で私にすると決まっていたらしく、その時点で教えてくれなかったことに多少腹は立ったが直ぐに許せた。

 だって、生徒会のメンツが凪ちゃんを大切に思ってくれていると分かったから。それは、私にとって非常に有益な情報だったし。一年間、凪ちゃんと付き合っていて彼女に好感を持たない人間なんて殆ど居ないだろうが。凪ちゃんは努力家だし、優しいし気遣いだって出来る子だ。

 それに、生徒会間では私だと決まっていても正式に認められていない状態では烏羽先生も簡単に情報を漏洩するわけにはいかなかったのだろう。

 ぼうっと凪ちゃんと水瀬と共に突っ立っていると、副会長に手招きされた。それに従い生徒会室の真ん中にあるガラスのテーブルに近づくとお菓子が置いてあった。「疲れたときには甘いもの」というし、そのために常備しているのだろう。それにしても、どれも高級そうなお菓子に見える。


「瑠璃ちゃんも座りましょ?」


「うん」


 凪ちゃんに促され、茶色い革のソファーに腰をかけると想像以上にフカフカしている。つい、手でも感触を確認するように押す。うん、やはりフカフカだ。そして、革の手触りも滑らかで柔らかい。さすが、金持ち学校の二大統治組織の一角生徒会役員の集う教室だ。ちなみに、もう一角は特別委員会といって“男主人公”の攻略キャラの殆どが所属している。


「ふむ。随分と、このソファーがお気に召したようだね」


 正面に水瀬と並ぶ形で座った烏羽先生に言われ、チラリと周りを見ると何故か水瀬や副会長、そして会長にまで微笑ましい表情を向けられていた。凪ちゃんは言わずもがなだ。


「アタシ、紅茶淹れてくるわね。瑠璃ちゃんはストレートがいい? それとも、ミルクティー? レモンティー? あっ、コーヒーでもいいわよ。螢と颯君はコーヒー派だから」


「瑠璃ちゃんはミルクティーよね」


「うん。えっと、ミルクティーをお願い出来ますか?」


「まかせて頂戴。あっ、気安く瑠璃ちゃんって呼んじゃったけどよかったかしら?」


「かまいません。あっ、私もお手伝いしましょうか?」


「ありがと。でも、好きでやってることだから気にしないで、待ってて。それから、アタシのことは茜って呼んでね」


「わかりました。お願いします。茜先輩」


「うふふ。やっぱり、女の子がいると潤うわー」


 副会長改め茜先輩は楽しげにウインクしながら、生徒会室専用の給湯室に姿を消した。凪ちゃんから聞いていたが、本当に気配りの出来るいい人らしい。周りから人望があるのも納得だ。柔らかい雰囲気は周りを和ませるし、気さくなところも高得点だ。

 今のところ凪ちゃんの相手としては烏羽先生の次にいいかもしれない。いや、教師と恋愛するリスクを考えると生徒の方が無難だし、そうなると一番か。

 1人で納得していると、ガシャーンと壊すほどの勢いでドアが開いた。その場にいた全員でドアの方を向くと、ドアを開けたらしい小柄な少年と視線にビクついた大柄な少年がいた。


「ごめんなさい! 遅れちゃいました!」


 やたら元気よく叫んだのは小柄な方――生徒会庶務(予定)の一年橘萌黄たちばなもえぎだ。はねた小麦色の髪に萌黄色のくりっとした目をしている。私よりは身長がありそうだが小柄な体と相まって人懐っこい子犬みたいな雰囲気だ。


「お、遅れて。すいません。あの、お、俺……」


 相変わらずビクつきながら言った大柄な方――生徒会会計(予定)の一年龍崎浅葱りゅうざきあさぎだ。赤茶色の髪に鋭い浅葱色の瞳という荒々しい風貌に反して随分と気弱なようだ。ニコニコ笑う橘君と違って酷く青ざめている姿が何とも哀れで、たまらず声をかけた。


「とりあえず、中に入ったら、どうかな? 凪ちゃん。この子達中に入れて大丈夫だよね?」


「ええ。2人とも、新しく生徒会に入る庶務と会計だから大丈夫よ」


 凪ちゃんは私に、にっこり笑ってから2人を手招きした。橘君は直ぐに来ようとしたのだが龍崎君は戸惑うように私達の顔と座っている席を見ている。

 もしかして、上座と下座が分からなくて固まってるのか? 此処は、両サイドに四人掛け、前後に二人掛けのソファーがそれぞれ置かれている。本来、ソファーの場合、一人掛けが下座なのだが、此処に一人掛けはない。会議をすること前提のこの部屋では一番上座が議長席、つまり奥の二人掛けのソファーに烏羽先生か会長が座るべきなのだが烏羽先生は私の向かいに座っている。

 私が座っているのはドア側の四人掛けだが、奥(上座側)凪ちゃんがドア側なのだ。見たことのない私が上座側にいることで、恐らくこんがらがっているのだろう。


「凪ちゃん。ごめん場所変わってもらっていい?」


「えっ。どうしたの?」


「多分。上座と下座で戸惑ってるんだと思う」


 凪ちゃんに耳うちしながら、烏羽先生にアイコンタクトを取り立ち上がった。凪ちゃんは座ったままずれてくれ、烏羽先生は一番奥の二人掛けの席に移ってくれた。

 本当は私が一番下座側に座るべきなのだが、多分凪ちゃんはソレを嫌がるだろうし、かと言って凪ちゃんを下座に座らせるわけにもいかない。


「はい。お茶できたわよーって。あら、席替えしたのね。それに、萌黄君と浅葱君じゃない! どうして、立ちっぱなしなのよ座りなさいな」


 丁度良いタイミングで茜先輩が出てきてくれたお陰で二人もやっと動き出し二人掛けのソファーに仲良く腰掛けた。

隠しキャラと後一名を除いて“女主人公”の攻略キャラが全員揃った姿はなかなか壮観だった。後一名は“女主人公”の担任兼社会教師兼生徒指導部に所属する教師だったりする。


「取りあえず、自己紹介すべきなのか?」


 会長専用席から水瀬の隣(上座側)に移動した会長は首を傾げた。多分それは私と一年2人に向けられた言葉だろう。それ以外は全員知り合いだしな。


「そうねぇ。萌黄君と浅葱君は瑠璃ちゃんと面識ないでしょうし」


 お茶やコーヒーをそれぞれ(一年の分も)おきながら会長の向かいに腰を下ろした茜先輩は私達に視線を向けてきた。


「はーい。僕。凪先輩の隣の先輩知らないです!」


「お、俺も知らないです。すみません」


「そうですね。私も2人のことは知りません」


 本当は知ってるけど。なんて言えないしなぁと思っていると、凪ちゃんが私にギュッと抱きついてきた。水瀬が少し羨ましそうな顔をしているのが見える。優等生の見本みたいな奴だが好きな子とのスキンシップに憧れるのは、やはり男の子だな。


「この子は雪城瑠璃ちゃん。私の親友で筆記試験で学年一位を一年間取り続けて、生徒会補佐に任命された凄い子なのよ! 努力家でスッゴく優しいの! あっ、手を出したら許さないから」


 凪ちゃんは牽制するように言ったが2人とも私の名前を聞いた瞬間、ちょっと青ざめた気がする。


「僕、橘萌黄です! 生徒会庶務になる予定だよ! よろしくお願いしまーす?」


「お、俺、今年から生徒会会計になる龍崎浅葱です。よ、よろしくお願いします」


「生徒会補佐に任命された雪城瑠璃です。よろしくお願いします」


 やっぱり2人とも微妙に困惑していることが伝わってくる。私の噂は一年にまで届いているんだろうか?いや、2人が内部生だから知ってるのか?

 此処にいる生徒は凪ちゃんと私以外は幼稚舎から石蕗つわぶき学園に通っている俗に言う内部生であり、全員中学でも生徒会に所属していたらしく、その縁で空席になった会計と庶務に龍崎君と橘君を据えたはずだ。

 ならば、私が一年の時にやらかしたことを知っていてもおかしくはない。というか龍崎君は確実に知っているだろう。何ていったって顔が青通り越して白いし。


「そんなに怯えなくて大丈夫だよ。浅葱。雪城さんは基本的に無害な人だと僕が保証する」


「殆ど面識ないくせに、何でアンタが瑠璃ちゃんのこと分かったように言ってんのよ。ムカつくわね」


 水瀬のフォローに凪ちゃんがツッコミを入れたが、ごもっともである。私と水瀬は確かに殆ど面識がないのだから。私達の関係性なんて従姉妹の親友か親友の従兄弟程度のものだ。


「副会長の水瀬が言う通りだ。基本的に害はないから安心したまえ。もしも、あるならば如何に優秀といえど生徒会には入れてはおらんよ」


 烏羽先生のフォローかどうか微妙な発言にやっと納得したのか龍崎君は此処に来て、はじめて少し落ち着いたようだった。

 ちなみに烏羽先生は凪ちゃんと水瀬を「書記の水瀬」と「副会長の水瀬」と呼び分けているが、会長達は普通に紫堂や矢霧と呼んでいる。教師としては生徒の名前を呼び捨てにするのは問題があるのかもしれないが、なんかややこしい。


「質問でーす! 雪城先輩のことは何て呼んだらいいですか?」


 元気よく挙手して発言する橘君に此処は小学校だったっけ? と、ついつい思ってしまった。見た目も幼いが行動も幼いようだ。


「雪城先輩のままでいいですよ」


 さして親しくもないし、親しくする気もない。茜先輩の場合、凪ちゃんから名字で呼ばれるのを嫌っていると前情報をもらっていたから配慮した結果だしね。

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