割り箸のログハウスで、
ワタシの彼は情緒不安定です。
「愛してるよ」と耳元で囁くと、ワタシを殴りつけ、「ごめんなさい」と謝って、ワタシを蹴りつけます。
きっと、純粋な人なのでしょう。ただ、少しだけ、純粋過ぎた。
ふと、小学生の頃を思い出します。
彼は夏休みの自由研究に割り箸でログハウスを造っていました。ワタシは彼の隣でそれを見ていました。
彼はその丸い瞳を輝かせて、必死に割り箸を組み立てていきます。
ワタシは彼が遊んでくれなくなったのが、なんだか退屈で、邪魔になると分かっていても話し掛けてしまうのでした。
「ねぇ」
「うん、なに?」
「この家が出来たら、なにに使うの?」
「キミと一緒に住むんだ」
「こんな狭いのに?」
「うん。大丈夫!だってぼくたちは小さいから」
「そうかな……」
「そうだよ、ぼくたち二人だけなら充分だ。充分なんだ」
だからダンス、ダンス、踊ろう。
る、た、らら。る、た、らら。
近頃では、ワタシも彼も眠りが浅くなって、少しの物音で起きてしまいます。
ざ、ざ、ざ、ざざ。
何処からか水の流れる音がします。心配になって、横を見ると彼が居ません。
ああ、きっとまたやっているのだろうな。
ワタシは洗面所に向かいます。ドアを開けると、彼が俯きながら必死に手を擦っています。皮膚は擦り切れ、泡は赤色に染まっています。
痛いに違いないのに彼は手を洗うのを止めません。
いつも、ワタシは彼を止めようとします。
「ねえ、止めて」
「においが、においが消えないんだ」
「匂いなんて、しないわ」
「する。ひとごろしのにおいだ」
「……もういいの、いいのよ」
「じゃあ、なんで!なんでお前は、此処に!」
る、た、らら。る、た、らら。
あっ。
手が離れ、落ちて、
くるりくるり、くるり、と。
暗闇。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
彼は未だに悔いているようです。あれはただの不幸な事故だったのに。
あの日から、ワタシは彼に触れる事が出来ない、彼の眼にしか映らない幻に成りました。
彼は悔いているようです。
この山の中のログハウスで。
ワタシと二人きり。