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仕事中

作者: 竹仲法順

     *

「課長、三番にお電話です」

 社のフロアにいる女性社員が俺にそう言ってきた。仕事中だったが、仕方ないので出る。一体誰からだろうと思いながら……。保留にされていた電話の通話ボタンを押し、受話器に右耳に押し当て、

「はい、お電話代わりました。大川です」

 と言うと、受話器の向こうから、いつも親しくしている取引先の会社の社長の名島の声が聞こえてきた。俺もすぐに、

「ああ、名島社長。……ご用件は何でしょうか?」

 と訊く。名島が、

 ――大川さん、今から予定ある?

 と問う。俺も目の前のパソコンでの作業に追われていたので、今、いったん席を立つと名島に付き合わされるのは分かっていたのだが、別に少しだけの時間なら大丈夫だと思って、

「ええ、空いておりますが」

 と言った。電話先の名島が、

 ――そう。今から飯でもって思ってね。近くのステーキハウスに君を誘おうかなって。もちろん俺の奢りなんだけど。

 と返す。俺もパソコンに付いているデジタル時計を見て、午前十一時過ぎだったので、さすがに食事時だなと思い、

「社長が仰るなら参りますが」

 と言った。

 ――今、ちょうど街の目抜き通りの交差点角のカフェにいるんだ。待ってるよ。

「ええ。では今からそちらに向かいます」

 ――ああ、来てくれ。俺も腹減ってるんだ。それにステーキ肉に有り付きたいしね。

「分かりました。では参りましょう」

 受話器を置くと、上から背広を一枚羽織って歩き出す。今から行けば、正午前にはカフェに着くだろう。俺も名島が以前からうちの社に大規模な商談を持ち掛けてきているのは知っていた。そういったことがあるので、尚更接触しておく必要がある。パソコンは付けっぱなしにしていても自然とスタンバイ状態に入るのだ。見計らってフロアを出た。確かあのカフェはここからだと歩いて十分ぐらいだろう。食事を一緒に取れるとなると、いいと思える。ずっとフロアではキーを叩くことが続く。課長職に納まって三年が経つ。三十代後半で管理職を任されているので、ゆっくりする間はなかった。その分、こういった会食などの機会が一番いい。食事を取りながら意見交換できるからだ。普段ずっと社のフロアでパソコンのキーを叩き続けている。管理職のきつさは骨身に染みるぐらい分かっていた。パソコンを使いながら作業を進める。データの詰まったフラッシュメモリは毎日USB差込口から抜き取り、自宅へと持ち帰っていた。仕事は変わらず続く。俺もたまには食事で美味しい物を食べてもいいと思えた。ほんの慰みに、である。その日も名島と会食できれば、普段昼間食べているコンビニ弁当よりも格段にいいと感じられた。俺もさすがに癒しが必要なのである。もちろん自宅に仕事を持ち帰るときは、ノートパソコンの置いてあるリビングにBGMで静かなクラシック音楽を掛け、寛ぎながら仕事をしていた。責任がある。管理職である以上、疲れてしまう。だが、こうして昼間の時間帯に食事を奢ってもらうと助かる。腹を満たさないと午後からの仕事が出来ないからだ。俺も名島が食事をご馳走してくることに対し、ありがたみを感じていた。普段ずっとパソコンに向かい続けている。手はキーの叩きすぎで右の方が幾分壊れ掛けていた。手書きすることはほとんどない。俺もそれだけ慣れてしまっている。パソコンを使っての作業に。

     *

「社長、お久しぶりです」

「ああ、大川さん。久々だね。……今からこの通りにあるステーキハウスに行こう」

「ええ。私も社長が行かれるとなれば、お供いたします」

「君もだいぶ今の仕事に慣れてきただろ?」

「はい。ですが、まだ課長職ですから。社を引っ張るのはまだ先です」

 名島に対し、適当に言っておいた。きっとこの社長も疲れているのだろう。数々の事業を一手に引き受けてきた男だ。さすがにあまりプライベートなことは詮索せずにおいた。社に継続して仕事が入ってくるのはこの男のお陰だ。裏でいろいろとやるのが得意らしいのだが、俺も仕事を回してもらっている以上、逆らえないし、逆らう気など毛頭ない。単に仕掛け人としているなというぐらいで。歩いてステーキハウスへと向かい、店内に入っていく。昼時だが、店の中は疎らだった。窓際の席じゃなくてカウンターへと座る。店のマスターが、

「ああ、名島さんに大川さん。お揃いで」

 と言い、笑顔を見せた。今、一応仕事がオフの時間帯なのでゆっくりし続ける。マスターに対し、名島が幾分老眼の入っている目でメニューを見、

「ステーキのBコースを二人前と、コーヒー二杯」

 と言った。「かしこまりました」と返したマスターが豪快な感じで目の前で綺麗に捌いた肉を、鉄板の上で焼き始める。名島がこんな料理を昼間から食べることがあるというのを知って驚いた。セットもので二人合わせて一万円とちょっとのようである。俺も躊躇うことがあった。こんな豪勢な食事を取れることに対して。だが名島はこういった贅沢に普段から慣れてしまっているらしい。当惑していた。昼間から豪勢なステーキのコース物などを食べられる名島の姿を横目で見つめながら……。やがて分厚い肉が焼き上がり、ゆっくりと肉にナイフとフォークを入れて食べ始める。ウエルダンだったが、よく焼けている分、美味しかった。俺もずっと食事しながらも、合間でゆっくりとビジネスの話をする。食事時はこういった意見交換も兼ねているのだ。普段ずっと仕事ばかりしているから、こういったときに相手の意見を聞き、食事し続ける。胃に血流が行くので、幾分眠気が差すのだが、別に構わないと思っていた。食後にコーヒーをホットで一杯飲みながら寛ぎ続ける。食後の歓談もまたいいのだ。絶好のビジネスタイムとなる。相手の持っている見解を聞きながら、ゆっくりとコーヒーを飲み続けた。砂糖やミルクを入れずにブラックで飲むと、眠気が取れる。そしてレジで名島がカードを提示し、食事代を支払うと、揃い踏みで歩き出す。さすがにこの人には頭が上がらないなと感じていた。決してお互い利用し合っているわけじゃない。単に昼間食事会を兼ねて意見交換するだけなのである。夜になると、これが繁華街のショットバーへと移るのだ。そういったことは察していた。高い金を使って食事やお酒などを飲み食いしながら、また新たなビジネスが生まれるのだと。だが俺もそういった席にはほとんど参加しない。一会社の課長職の人間がしゃしゃり出ることじゃないからだ。それに俺にはすべき仕事が山ほどある。一つ一つ地味にこなしていた。もちろん就業時間が終わって社を出、自宅マンションに帰り着けば一人になるのだし、精神的に落ち着くのだが……。自宅のパソコンを立ち上げてフラッシュメモリをUSB差込口に差し込み、開く。そしてまたキーを叩き始める。単調さを感じながらも仕事が続いていた。ずっと仕事漬けなんだなと思いながら……。会社ではお昼休み以外、ずっと仕事にどっぷり漬かっていた。ゆっくりする間がないまま、一日が終わる。絶えず時間に追われながら……。

                                (了)


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