恐ろしいものは……
『奴等が次に滞在するであろう街の西に今は使われていない砦がある。そこを使って欲しい』
アルベルダ王の話は要約するとこんな感じ。今は廃墟だそうな。
何でも内乱の元凶だった先王が私腹を肥やしていた配下共々最後に立て篭もった場所だとか。
キヴェラ寄りだし使えるんじゃないの? とも思ったけれど、先王がキヴェラ王と通じていたという噂もあり内部構造その他がバレている可能性があるから破棄したんだとか。
……まあ、無能な王が治める国をキヴェラが放っておくとも思えないから何らかの繋がりがあったことは事実だろうな。
国を腐らせてから攻めた方が楽だもの。愚王ならばまともな人達は処罰しちゃってるだろうし。
予想外だったのは現在の王が居た事、同志だけじゃなく民にも支持を得た事、そしてグレンが居た事だろう。
『ちなみに砦を落とした時の功労者はグレンだ。砦を覆う形で煙を充満させ中にいた奴等が出てきた所を狙ったんだ』
『煙は結界の意味が無い』なんてこの世界の人間は思いつかなかったんだろうな。普通は風向きにも左右されるし。
防ぐ事も可能だが、その場合は結界を作り出す時に煙を『物理攻撃』と認識しなければならない。
炎などの触れれば怪我をするものならばともかく、煙が攻撃になるなんて思わなかったんだろう。攻撃魔法ならば防ぐ用意はしてあっただろうけど煙はどうする事も出来ません。
魔法で風を起こしたとしても一時的に晴れるだけで続ければ魔力が尽きるし、魔術師は数自体が少ない。逆に煙は燃やす物さえ用意していれば民間人でも製作可能。持久力の差で負けたな、魔術師。
で、燻し出した所を狙って投石したらしい。その辺の石を使えば武器も傷みません。相手が篭城していたからこそできた『短時間で勝負がつき尚且つ武器も人も損なわない方法』ですね。
間違いなく元の世界の建物火災――特番で放映された系――が元になったと思われる策だ。
私が砦イベントで使った薬の霧を煙に置き換えた状態ですね。やっぱり使うよな、あの方法。
視界を塞がれ呼吸もままならない状況に陥った兵士など敵ではない。しかも話を聞く限り隠し通路からも煙を充満させたから逃げ場が無かったと推測。
一番困るのが『愚王が生きたまま逃亡・もしくは行方不明』という事態なので焼け焦げた死体にするわけにもいかなかったんだろうな、本人確認が可能な状態で処刑なり遺体を晒すなりして確実に死んだ事を広めなければ偽物を仕立て上げられかねないし。
『キヴェラを最後に頼って見捨てられたんじゃないか』とはグレン談。場所的に可能性は高い。
アルベルダ王は事実を当然掴んでいるだろうけど、私達が部外者なので明かせないのだろう。
そんな訳あり物件を提供していただきました。冗談抜きに人が死んでます。
しかも獲物……もといターゲットはキヴェラの騎士。
これはやるしかありませんよね……!
題して『廃墟であった怖い話 in アルベルダ 〜二十七年目の復讐〜』。
ゾンビはゼブレストでやったので今回は学校の怪談をベースに恐怖伝説を作り上げたいと思います。
キヴェラに恨みを持つ怨霊が生粋のキヴェラ人である騎士に恨みを晴らすというシナリオです。
なお、話を合わせてもらう人々――アルベルダ王の御忍びの協力者達――も用意してもらった。
ついでに役者さん達もゲットです。よし、これで私はオカルトハウス製作に専念できる。
そう大まかに話したら問題発生。
「状況を見届けるべきだろう」
「というか俺達も見たい! 何だ、その面白そうなものは!」
台詞はそのままアルベルダ王御自身の御言葉です。
それでいいのかよ、王様。これ、私の見極めだろ?
そう思っていたらグレンに肩を叩かれた。
「娯楽が少ないのだよ、この世界」
……。
既に娯楽扱いが決定したようです。セシル達も期待に満ちた目でアルベルダ王と話していたりする。
「まあ、折角だからギャラリーが多い方がいいけど」
「だろう!? そう思うよな!?」
……グレンよ、お前もかい。
ま、娯楽が少ないってのも事実だ。特に国の上層部ともなれば趣味に没頭する時間もないだろう。
廃墟も砦だけあって隠し部屋などがあるらしいけど、見学者の立場上現場に居るわけにもいかない。
そんなわけで急遽グレンの館の一室にモニタールームが作られる事になった。仕掛けられた魔道具の映像が映し出されるので酒でも飲みながらお楽しみください。異世界の料理のアピールも兼ねて軽食は用意しますとも。
尤も砦全体が使用されるので映し出される映像は複数になる。上手く面白いものが映ってくれればいいのだが。
「ミヅキは向こうに居るのだろう?」
「うん。だからここでは本当に映像を見るだけになるよ。会話できるよう魔道具を持つから何か聞きたいことがあったら聞いてくれて構わない」
「判った。基本的に儂がお前に話すようにしよう。お前の言葉をこちらの全員に聞かせることは可能か?」
「できるよ。じゃあ、設定しておく」
「うむ、頼んだ」
ゼブレストで一度やらかしてるから手馴れたものです。あの後、興味を持った黒騎士達の協力を得て更に楽しめるよう改良されているのだ。電話がある世界の住人なので簡単ですね!
『皆で楽しめるようにする』という目的の元、ギャラリーの為に他にも色々と無駄に開発されとります……魔法を使えない白騎士達が拗ねるから。
こればかりは魔法が主体になるので参加は諦めてもらうしかないもんな。対貴族の場合は非常に有能なのだけど。
「それじゃ役者さん達を借りて向こうで準備してきますね! 一度戻って来るので、それまでに見学希望者を集めておいてください」
「ああ、判った。ミヅキ、役者といっても儂の館の使用人なんだが」
「こっちで調整するから問題無し! 幽霊騒動ならアルベルダの兵士じゃないとマズイでしょ?」
幽霊映像製作に御協力いただくのです。他にもオカルト的な動きをしてもらうし、映像を弄るからそれなりに見える。
そもそも映像に攻撃はできないので単に恐怖を煽る演出の一つです。多少の粗は問題無し。
ついでに王様が連れてた近衛の服装を借りた――顔バレしても困るので服だけ入手、強制的に脱がせた。些細な事で男が落ち込むな――ので騎士の幽霊も登場します。
「それよりも最初と最後を頼む人達は大丈夫?」
最重要とも言える立場の人を思い出しグレンに尋ねる。
奴等を砦に誘導する人と全てが終わった後に奴等を回収する人達です。重要、凄く重要。
特に後者はオカルト体験した連中を現実に戻す役なので『通りかかった民間人』と『通報を受けて調査に来た騎士団』という設定にしてみた。
選民意識満載の連中なので回収には騎士を使うけど、その他は民間人を使うのでちょっと心配です。私達が姿を見せるわけに行かないから仕方ないんだけどね。
「問題ない。以前から色々と世話になっている連中でな、今回の事も喜んで引き受けてくれた」
「……『喜んで』?」
「キヴェラが気に食わないのと単純に面白そうだから、らしい」
「あっそ。じゃあ、その人たちも見ててもらったら?」
「おお、そうしよう。喜ぶだろうな」
グレンの様子からして皆様ノリノリな模様。納得してるみたいだし、これなら大丈夫だろう。
頑張ってドッキリを成功させましょうね! ターゲットにネタばらししないけど!
そんな訳で時は過ぎていった。
余った時間で軽食を何種類か用意したら皆さん酒を持参してました。冗談抜きに娯楽として見る気満々なようです。
それじゃ、そろそろいってみましょうか。
……ああ、私も役者として参加しますとも。
一人くらい攻撃判定がある『敵』が居ないと現実味に欠けるでしょ? 罠に追い込まなきゃならないし。
約二名が何か言いたげにこちらを見てるけど気付かぬ振りです。役者さん達も映像だけで参加なので単独行動再びですね。危険な目に遭うのは私一人で十分です。
「ミヅキ、ずるいぞ」
「参加したかったですわ……」
……。
私の心配じゃなくてそっちかよ、御二人さん。
セシル、エマ。そんな目で見ても今回はお留守番!
※※※※※※※※※
――某所にて―― (ある騎士視点)
「……い、おい!起きろ!」
「……あ?」
「寝ぼけるな! いい加減に目を覚ませ」
苛立った声を上げる同僚に不快になりつつ身を起こし……己が状況に首を傾げる。
一本のロウソクが頼りなく照らす薄汚れた部屋らしき場所――家具など無い室内、床の冷たい手触りに倉庫なのかとあたりを見回す。
「……何処だ、ここは」
「知らん! 俺も気がついたら此処にいた。他の奴等も同じらしい」
呆れたような口調に苛立ちを滲ませる男は額に手を置きながら必死に今日の行動を思い出しているようだった。
自分達は王命を受け、逃げた王太子妃を追ってアルベルダに入国した筈だ。
数日をかけて村や街に立ち寄り情報を集めつつ、王都を目指していた。こちらがキヴェラ王の命を受けた者ならばアルベルダも協力を拒むまい、と。
確か宿で仲間達とアルベルダ王に謁見を申し込む手筈を話し合っていた筈だ。その為にまずは繋がりのある貴族と連絡を取ろうという事になったと思う。
……。
……。
……そうだ、宿の主人だ。
話し合いの後、軽く酒を飲んでいた自分達は宿の主人の下らない昔話に付き合ったんだ。
『騎士様方、向こうに見える廃墟には絶対に近寄ってはいけませんよ』
『あそこは先王様達が最後に果てた場所。己が愚かさを最後まで認めようとはせず、国を呪い、民を呪い、そして自分達を裏切った者達を呪って死んだそうですから』
『噂では何処かの国に助けを求めたにも関わらず見捨てられたとか……』
『その怨念は今でも砦を彷徨っているそうです。それが手放さなければならなかった本当の理由だと聞いたことがあるのですよ』
人の良さそうな主人は何処か怯えながらも自分達にそう語った。
尤もそれを真に受ける奴等ではない。何を馬鹿なと笑い飛ばし、それどころか酒の勢いもあって退治してやると豪語した奴もいた。
その様子に主人は顔を青褪めさせ、それ以上の事は口にしなかった。
……いや、最後に何か言ったような気がする。本当に小さな呟きだったが。
『あ……な……え』
……『哀れ』? いや、もっと長い。確か……。
思考に沈んでいた意識は不意に肩を叩かれたことで浮上する。視線の先には先程の同僚。
「とりあえず此処を出るぞ。誰か人がいるやもしれん」
「人だと?」
「ああ。あのロウソクは俺達の誰が用意した物でもない。ならば最低一人は俺達以外の人間がいるはずだ」
頼りない明かりを指さす同僚に納得したとばかりに頷く。確かにそのとおりだ。
既に何人かは近くの部屋を探索しているらしい。俺が最後に目覚めたということだ。
「あまりバラバラになっても困るが、ある程度は手分けした方がいいだろう。俺達も行くぞ」
「確かに単独行動は控えた方がいいだろう。他の奴等がいない部屋でも……」
『う、うわああああぁぁぁっっ!』
『逃げろ! 早く!』
探すか、という言葉は突然の叫び声に遮られる。
顔を見合わせ、即座に部屋を飛び出た通路には似たような状態の仲間達が何人もいた。
あの叫びを聞いて何事かと皆部屋を飛び出してきたらしい。
「何だ? 何があったんだ?」
「いや、わからん」
「突き当たりの部屋を調べてた奴等じゃないか、あの声」
口々に言うも誰もその場から動こうとはしなかった。いや、違う。動けなかったというのが正しい。
騎士である以上、野営などは当然経験するし夜が怖いと泣く幼子でもない。普通の闇を怖がる筈はないのだ。
それがあの叫び声を上げる事態。好奇心で足を進めるほど愚かではない。
しかも叫び声を上げた者達は未だこちらに姿を見せてはいないのだ。
ある程度は闇に目が慣れたとはいえ、暗闇に包まれた廃墟らしい場所と現状は恐怖心を煽るに十分だった。
「……。行くぞ」
誰に言うでもなく呟くと俺は目的の場所へと足を進める。剣の柄を握り締めた手が嫌な汗を滲ませるが気にしてはいられない。
そして開け放たれたままの扉から内部を覗き込み――
「な!?」
一瞬恐怖も忘れて絶句する。
背後から覗き込んでいた仲間達もあまりの光景に言葉をなくし呆然としているようだった。
あまり広くない部屋の中は。
頼りなげに揺れる明かりに照らされた薄暗い場所は。
――赤い霧で満たされていた。
「い……一体何が」
言いながらも床に倒れている仲間達に視線を向ける。
苦しいのか誰もが顔や喉を手で押さえ、真っ赤に充血した目からは涙が流れている。
解毒の魔道具を身に着けているのだ、毒ならばこうはならない。
では、一体……?
「……っ、逃げろ! ここから出るんだ!」
誰かの声が切っ掛けとなり、動ける者達は思い思いの方角に駆け出していく。
倒れていた仲間の縋るような視線から目を逸らし、必死に足を動かす俺の耳に微かな声が聞こえた。
『裏切り者』と。
その声に俺は主人の呟きをはっきりと思い出していた。
『哀れで、愚かな、生贄』
それがあの宿で記憶に残る最後の言葉だったと。
※※※※※※※※※
――某所・一室にて―― (グレン視点)
「……。一体何だ、あれは」
映像を見ていた王が呆然と呟く。他の面子も無言で頷き同意する。寧ろそれしかできない。
思わず溜息を吐いてしまうのは友人の性格が健在だったことが原因か。いや、今回はそれが十分頼もしいのだが。
キヴェラの騎士達が滞在する宿の住人達は王の協力者だ。
滞在客もこちらの手配した事情を知る者達である。つまり獲物もといキヴェラの騎士達以外は全員関係者。
噂を流し廃墟に誘導という手段をとると関係の無い者まで興味本位で来る可能性もあることから拉致したのだ。
実は宿で彼等に振舞われた酒は『口当たりは良いが弱い奴が飲んだら死ぬ』と言われているほど強いものなのである。性質が悪い事にその酒は後から酔いが回ってくるので知らずに飲むと泥酔する羽目になったりする。
一般的な解毒の魔道具は酒を毒とは認識しないのである。念の為、潰れた隙に魔道具を剥ぎ取り廃墟に運んだ上で再び装着させたらしい。
なお、魔道具は全員同じ形をしていたので非常に判り易かったようだ。支給品を身に着けていた事が仇になるとは思うまい。
余談だが、魔道具を奪ったままにしなかったのは『酒が原因で死んだら困るから』という事情によるものだ。命の危機になれば魔道具の効果が現れるかもしれないから、と。
それだけだと思っていたが、今の映像を見る限り『毒ではない』と思わせる意味もあるのだろう。
そして彼等が二日酔いにもならず目覚めたのは部屋にミヅキが作った魔道具が仕掛けられているからである。目覚めた時には魔道具の効果でアルコールが抜けているのでそこまで強い酒を飲んだ自覚は無いに違いない。
『現実だと思ってもらわなきゃ』とはミヅキ談。酒の所為にすることは許さないらしい……奴は悪魔か。
それにしても『最初の部屋が安全なのはお約束』とはどういうことだろうか? あの赤い霧が関係しているのか?
「ミヅキ、少しいいかな?」
皆の視線を受けミヅキに事情説明を求める。映像に本人が出ていないことから隠し部屋で様子を窺っているのだろう。
『はいはい、何が聞きたいのかな?』
「今の現象の説明を求む」
『ああ、赤い霧の正体?』
「うむ。毒ではないのならば何故あんな状態になるのだ?」
誰もが疑問に思うのはそこだろう。彼等は解毒の魔道具を身に着けているのだから。
そして返ってきた答えは予想外のものだった。
『唐辛子を煮て成分を抽出後、限界まで塩を溶かしたものをそのまま霧にしてみました』
「……はぁ?」
『目に入れば大変な事になるし吸い込めば鼻も喉も焼けるし咽る。しかも色が赤いから薄暗い所だと不気味です』
実際はもう少し明るい赤なのだとミヅキは言っている。暗い場所では赤黒く見えただけだと。
ああ、それであの部屋が安全だと言ったのか。……いや、それ以前に何故そんなものを作る事を思いつく!?
『イルフェナの料理人さん達に香辛料貰ったのを思い出してさ〜、キヴェラが嫌いと言っていたから少し混ぜてみました。勿論それだけじゃ足りないから買い足して使ったけど』
そうかい、料理人達もそんなものに使われるなんて思わなかっただろうな。
『塩も唐辛子も所詮は調味料、毒だと認識されません。しかも』
「し……しかも?」
『被害者連中の状態が普通じゃないでしょ? 怖さを盛り上げる演出効果もありだ!』
「ああ……確かにな」
先程の映像を思い出す。
うん、確かに異様だった。薄暗い中で真っ赤に充血した目をした奴等に縋り付かれそうになったり、涙を流しながら苦しむ姿を目の当たりにすれば怖かろう。
しかも原因不明。毒は無効だと知っているのだから。
『怪我でも毒でも無いから治癒魔法も解毒魔法も効きません。水で洗い流すくらいしか対処方法無いんじゃない?』
確かに治癒魔法では治せそうに無い。彼等の魔道具もミヅキ製作の魔道具の様に『健常な状態に戻す』というものでなければ効果は無いだろう。
此処ら辺が異世界人との差だと言える。この世界の住人達は攻撃に対する認識が酷く単純なのだ。だからこそ予想外の物を使えば意外と成功する。
『本来は体内に無い物全般に対して』と認識しているミヅキの解毒魔法ならば酒や調味料による被害も回復できた筈だ。
それを狙って策を思いつくかは性格の問題なのだが。
映し出された映像では未だに騎士達が蹲っている。最初の獲物となったことは気の毒だが、これ以上の恐怖を味わうことはないのだから幸運……なのだろうか?
室内では『痛みが引くまで大変ね』と明るく告げるミヅキの声に何人かが戦慄していた。
誰もが『自覚ありか……全てを理解している上でやってるのか、こいつはぁぁっ!』とでも言いたげな表情だな。何だか顔色もよろしくない。
はっきり言おう、そのとおり! 軽く考え過ぎだ、お前ら。
ミヅキは敵に容赦などしない。治癒魔法が存在するのだ、死なない程度に身も心も甚振られる事だろう。でなければ鬼畜だ悪魔だなどと恐れられる筈は無い。
そもそも魔王に馴染んでるじゃないか、あれは。
『元々、変質者対策みたいな感じで考えてたんだよ。元の世界にも撃退スプレーとかあったでしょ?』
人体実験済んで助かったわ、効果有りだと魔王様に進言してみようかな……などと外道な発言を続けるミヅキに室内の誰もが絶句した。
人体実験ときたもんだ、挙句に騎士を痴漢扱い。しかも試作品は改良を経てイルフェナに齎されるかもしれない。
恐怖する理由は人其々。頼むから敵対だけはしないでくれと願う自分は悪くない。
現実だろうと鬼畜ぶりは健在、年月が経とうとも記憶と大して差がないとはどういうことだ。
『思い出って実際の事より過剰に記憶するものだよな!?』と思わず内心突っ込むが色々言いたい相手は現在廃墟の隠し部屋に篭っている。
これから次々と騎士達を襲う恐怖と言う名の悪戯にほんの少し胸が痛んだ。
でも行動も同情もしない。自分だってミヅキが怖い。アルベルダも大事。
「あ〜……判った。これからも頑張ってくれ」
『楽しみにしててね〜!』
通信を切る際の言葉にも元気一杯に返してきた。
……どうしよう。マジで手加減とか考えていないかもしれない。
溜息を吐き振り返った室内の反応は物の見事に二つに分かれていた。
一つは『騒動大好き、もっとやれ!』な人々、もう一つはミヅキの行動に恐れ戦く人々だ。
前者にセシル殿とエマ殿がいるのは色々思う所はあっても許そう、王が嬉々としてそちらに混ざっていることに比べれば些細な問題である。
「……陛下。少々はしゃぎ過ぎではありませんか?」
「そうは言ってもな、凄いぞ魔導師殿は!」
妙に目をキラキラとさせながらはしゃぐ中年親父は正直ウザかった。
いい歳をして娯楽、しかも悪戯にはしゃぐ姿に頭痛を覚える。
アンタはこの国の王だろ、英雄だろ!
心の声は側近の誰もが一度は思う事である。
まあ、ミヅキと今後も付き合いを続ける気ならこれくらいでなければ神経が擦り切れるだろう。
ミヅキは『懲りない・めげない・リトライ上等』といった不屈の精神の持ち主だ、繊細な奴が交渉などしようものなら落とし所を見つける前に胃に穴が空いて倒れる。
「いやぁ、これからが楽しみだな!」
傍観者として無責任にも言い放った王に対し――
「ええ、そうですね。敵となれば明日は我が身でしょうか」
「え゛」
「この騒動が終わった後の交渉、頑張ってくださいね?」
思わずちくりと言ってしまうのは仕方がないことだろう。
やれやれ、昔ならば間違いなく楽しむだけであったというのに。
面倒な立場になったものだと言いつつも口元に笑みを浮かべ、ミヅキの勝利を願いグラスを傾けた。
一番恐ろしいのは作戦を思いつく人。多分、娯楽扱い。