友情と一滴の裏工作
エドワードの受難其の二。
戦闘終了は相手のライフが0になるまでです。
二人が帰ってからも沈黙は続いていた。
エドワードさんは色々と思う事があり過ぎて。
アリサは肯定も否定も出来ない状態で。
セシル達は私の出方を待っている。
「アリサ、お茶淹れてきてくれない? エマに教えてもらうといいよ」
「え?」
唐突な私の提案にアリサはきょとんと首を傾げる。
「エマってね、元貴族なんだけど侍女の仕事とかしてるんだよ。だからお茶淹れるのは上手いんだ」
「ああ! 確かに私がいるのですからアリサさんに教えて差し上げられますわね。御自分でお作りになった御菓子に合ったお茶を淹れる事もあるでしょうし」
エマが納得とばかりに手をパチンと鳴らし席を立つ。
「さ、参りましょう。……ミヅキ、色々と茶葉を試したいので少々遅くなっても構いませんわね?」
「うん、構わないよ。この状況じゃ話も無理でしょ」
「そうですわね。さ、アリサさん。参りましょう?」
「う……うん。そうだね、気分を変える意味でも美味しいお茶と御菓子はいいかも」
「お菓子はミヅキのお手製のクッキーがありますわ」
「本当!? じゃあ、頑張って淹れなくちゃ」
「ええ、旦那様の為に美味しいお茶を淹れましょうね」
くすくすと笑いながら促すエマの言葉にアリサは赤くなる。
初々しいなぁ、癒されるなぁ……!
アリサの中の優先順位はエドワードさんが最上位。誰が見ても『旦那様大好き!』な状態です、大変微笑ましい。
それ以前に少々席を外してもらった方がいいのだ。
エドワードさんだってアリサに情けない姿はこれ以上見せたくないだろう。
エマは私の意図を読み取りアリサを連れ出してくれたのだ。
ついでに言うなら使用人達の印象を好転させる意味もあると推測。今後を考えると不審人物として警戒されるのはあまり良い事じゃないだろう。
楽しげに「行って来るね」と部屋を出て行くアリサに手を振りエドワードさんに視線を戻す。
相変らず落ち込んでますねぇ、エドワードさん?
「で。いつまで落ち込んでいるつもりですか? 今ならアリサは居ませんよ」
その言葉にエドワードさんはゆっくりと顔を上げる。
「すまない。正直、理解したつもりになっていただけに思う事が有り過ぎてね」
「理解する事なんてできませんよ? 本人じゃないんだし」
「ああ、判っている。だが、アリサについて何も考えていなかったと思い知らされた」
溜息を吐きつつも俯く事は無いようだ。それは同じ『異世界人』という括りの私に直接話を聞く事ができる貴重な機会だという事が理解できているからなのだろう。
基本的に私もアリサも自分が保護されている国から出ない。
そしてエドワードさんも今後外交に関わる事もなくなるので接点は本当に無くなる。
手紙の遣り取りだと時間が掛かるしね、今しかないから互いに言いたい放題の方がいい。
「アリサに会う前、セシル達が言ってたんですけどね」
徐に口を開く私をエドワードさんはじっと見詰める。セシルは私に主導させ自分はフォローに回るつもりのようだ。
「『さぞ心細いだろう』『家族が居るならば慰められるだろう』って。そりゃ、そうですよね。常識さえ違う世界に一人放り込まれれば言葉が通じているとはいえ恐怖が常に先に立ちます」
右も左も判らないどころか子供でさえ知っている事を知らない状態なのだ、その事実にさえ恐怖するだろう。
しかもアリサは外見的にも子供で通る筈は無い。
守護役連中が傍に居たなら、嫉妬から無知を嘲笑う奴が居なかったとはどうしても思えない。
「次。アリサと手紙の遣り取りをするようになって気付いたんですけどね、アリサって自分で行動する事を好むんですよ」
「自分で行動する……?」
「料理をする、家庭菜園を作る、今だって『お茶を淹れる』という行動を嬉々として行なっているでしょう? でもね、それって貴族としては良い顔をされませんよね」
「それは、まあ……」
「きっと言われたでしょうね、『そのような事は私達がいたします』『そのような事はお止めください』って。アリサからしたら当たり前の事なのに叱られるんです、訳が判りませんよね」
「あ……!」
エドワードさんも気付いたらしい。
セシルは首を傾げている。……ああ、セシル的には『それの何処が悪いんだ?』ってことだろうね。
コルベラって王族でさえ自分の事は一通りできるように教育されてそうだもの。セシル達を見る限り、侍女は居ても茶を淹れるくらいで叱られたりはしないだろうよ。
「あのね、セシル。貴族って侍女が身の回りの事をするのが当然だよね?」
「ああ」
「だから侍女達からしたら『人を使う側の方が侍女の真似事をするなんてみっともない!』ってなっちゃうんだよ。加えてこの世界の常識を知らないから無知って評価がつく」
「……蔑まれるだろうな」
「うん、間違いなく。でも貴族の常識を知らなければ何が悪いのか判らないし、これまで当たり前だった行動を改めろって言われても習慣って簡単に消えないよ」
これは教育者側に非があるとしか言い様が無い。アリサを『貴族の客人』扱いしているなら彼女のとるべき行動は『貴族の常識』に当て嵌められてしまう。
最初から『異世界人はこの世界に対して全くの無知、しかも民間人らしいよ!』と周囲に告げて理解のある人達で固めておけばフォローしつつ学ぶ機会を作ってくれた筈だ。
私は村の子供達から学ぶ→先生に学ぶ→ゼブレストに放り込まれる→イルフェナ、という形です。
先生に学ぶ段階で『貴族以上と民間人では生活が全く違う』という事を教えられているのだ。
だからっていきなり後宮破壊の実行担当にするのはどうかと思うけど。
『一度貴族社会に放り込めば必死に学ぶ』って『池に放り込んで命の危機になれば泳げるようになる』くらいの無茶な言い分ですぜ、魔王様……!
ここら辺は先生からの報告で左右されたと思われる。先生もその後に鬼教育が待ち構えているとは思わなかったのだろう。
恐らく私がイルフェナで魔王様の客人という立場ながら騎士寮で生活しているのは『貴族生活は無理・合わない』と判断されたから。大丈夫なら守護役の実家預かりが妥当だろう。
最も安全な場所――魔王様直属の親衛隊の住処――である程度の制限はあれど無理なく庶民ライフを送れ、という気使いです。騎士なら自分の事は自分でするのが当然だしね、アルやクラウスから見てもその方が都合がいい。
「ついでに言うなら民間人だと周囲に人が控えている事はないのですよ。それ、監視されてるみたいです」
「できるだけ不自由させないようにと思っていたんだが……」
「確かにありがたいと思いますよ? でも、そういう状況に慣れていない人間にとっては苦痛なんじゃないですか? 私の場合は騎士寮で生活しているのですが、自分の部屋では一人でも壁一枚隔てて親しい人達が居ます。必要ならば頼れる距離を保ちつつ個人としても尊重されています」
不自由させないように、という気遣いは正しいと思う。でもそれは貴族視点のものだ。
民間人がずっとその状態って物凄くストレスが溜まると思うのですよ。
「エドワード殿。話を聞く限り貴方達のアリサへの接し方は教育というより客人への対応のように聞こえる。民間に下った今、何の問題も起きていないのならばアリサは学ぶ事は嫌いではなく努力もする子だということじゃないか?」
「ああ、そうだね。本当にそのとおりだ」
深々と溜息を吐くエドワードさんは本当に後悔しているのだろう。控えていた使用人さんも俯いているってことは思う事があるってことか。
ふむ、そろそろいいかな。
私はセシルに一度頷くとエドワードさんに向き直る。
「アリサは変わりました。だから貴方達も変わってください。まずアリサがどういった生活をしていたかを踏まえて教育方針を決定すべきだと思います」
「アリサ本人の能力に関係なく『異世界人』という事実の為に狙われる可能性もある。彼女にも自覚を促すべきだ。今の彼女は自分を『価値がない』と思っているだろうからな」
アリサは一度貴族達から見放されている。だからこそ危機感が薄いだろう。
まあ、保護者があれだけ萎びていたので何らかの対策を取ってはくれるだろうけど。
「わかった。君達に誓おう。私も後悔するのは一度でいい……いや、次は無いようにする」
顔を上げてはっきりと私達に告げるエドワードさん。
これならば同じ間違いは犯さないだろう。
が。
何事にも保険は必要だと思うのです。
「次は無い? 当たり前じゃないですか! 次にやらかしたら私達がアリサを引き取りますから」
「ミヅキはイルフェナの騎士寮に住んでいたよな。アリサを迎えに来ても普通に会いに行けるのか?」
「ううん! 無理! 魔王様の許可が必要だし、会いに来ても騎士達が同席するよ」
「はは、近衛騎士も有志で来そうだな、『男が会いに来る』のだし」
「守護役どころか保護者が集合するんじゃない? 事情を知っていても同じ事を繰り返した結果なら魔王様は簡単にアリサを渡さないと思うよ、あの人親猫とか言われちゃうくらい過保護だから!」
ザックザックと残り少ないライフを削り取っておきます。
エドワードさんの顔色がどんどん悪くなっていくけど気にしません。
いや、でも間違った事は言って無いよ? 『異世界人を守る』っていう義務を放棄してたわけだしね?
次が無いどころかバラクシンの評価に繋がりますって!
「と、言う訳で! 冗談抜きに次なんてありませんから。頑張ってくださいね」
「ああ、アリサの保護者にも伝えた方がいいだろうな。ミヅキは敵を黙らせる方法が暴力しかないのだし」
「攻撃されない限り仕留めないってば! 大丈夫、アリサは守りますよ。バラクシンに無能という評価がつくだけですから」
明るく楽しく碌でもないことを次々口にする私達にエドワードさんは今度こそ固まった。
やだなー、エマが居ないだけマシですよ?
それに。
馬鹿な事をしないよう、今のうちに釘を刺しておかにゃならんのです。
だって、もうすぐキヴェラとドンパチやらかすじゃん?
事前に私がどういう人間か伝えておくのは優しさですよ?
国を相手に復讐計画を発動する問題児ですよ、貴方の目の前に居るのは。
目標は自分の計画どおりに事を進めてキヴェラの災厄と事後評価がつくことです!
今のうちに馬鹿な連中は押さえとけ!
「それでは! 私の凶暴っぷりを判ってもらう為に素敵な映像を御覧下さいな。娯楽です、娯楽」
「ご……娯楽?」
「ええ! ちなみに私は役者・演出・裏方を担当、場所と出演者はイルフェナ以外に提供してもらいました。あ、申し訳ないですが使用人さんは部屋を出てくださいね、エドワードさんだけ特別にお見せするので」
特別ですとも、物凄く!
さすがにこの映像をバラ撒こうとは思わない。もう砦の修復も終わっているだろうから証拠は当事者のみだろう。
だが、人の口に戸は立てられない。キヴェラの動向を探る上でバレるよう仕向けるつもりですよ、あの二人が明日も来るみたいだし!
だったら今のうちに『異世界人の魔導師凶暴説』を植え付けておくべきだ。
これで『異世界人の魔導師が王太子妃の逃亡に関わっている』という可能性が出て来る。
あくまで『可能性』。ただし娯楽映像提供は『イルフェナの異世界人本人』。
元々あった私の噂も手伝って絶対に無視できない状態になるだろう。そうなれば問い合わせ先はイルフェナ・ゼブレスト・コルベラの三国だ。
Q・今回のキヴェラの騒動は何が原因でしょう?
A・王太子妃だったコルベラの王女が冷遇に耐え兼ねて侍女と逃走した。
Q・そんな事が王女個人に可能でしょうか?
A・普通に考えて無理。協力者も厳しい。
Q・では、そんな突き抜けた行動をとる御馬鹿……いや、可能性があるのは?
A・イルフェナの問題児もとい異世界人の魔導師ならやりかねん。
魔導師=天災。しかもバラクシンにはその異世界人本人が『女性二人』と訪ねて来ている。
ただし、ゼブレストとイルフェナのアリバイ工作があるので『事実』とは認められない。あくまで疑惑のままだ。
疑惑だけでイルフェナとゼブレストに追及なんて真似は出来ないので、問い合わせ先は当事国のコルベラ一択。
キヴェラ寄りなら対外的に無関心を貫く筈なので問い合わせた国は中立かコルベラ寄り。
姫の帰還は問い合わせがあった国に知らされるだろう。コルベラとしても『心配してもらった側』として事の顛末を伝えねばならない。
結論・事の詳細が大変詳しく本来無関係の国にまで流出。
アリサの心配も本心だけど、私達の為の行動でもあるのです。バラクシンを疑惑の発端にして今回の事を広める気満々です。
キヴェラよ、災厄が去った後もチクチク苛められるがいい。少々強気な国なら今回の事を外交に活かすだろう。
直接攻撃を仕掛けるわけじゃなく、『案じてくれた国に誠意を見せただけ』ですからね?
コルベラにもささやかながら復讐の場を与えてあげなければな……!
私一人が楽しむなんて真似はしませんよ。さあ、皆さんも御一緒に!
なお、セシルとエマにこの計画を話したところ大変喜び協力を約束してくれた。
……うん、あの扱いに怒らない国って無いと思うんだ。一矢報いる方向になったら目も当てられん。
そんな思惑の元、砦イベントの映像を見たエドワードさんは。
「エド? 何だか涙目になってない?」
「アリサが自分の為に淹れてくれた御茶の味に感動してるんだよ」
「ふふ、頑張りましたものね」
「え、えと……ありがとね、エマさん!」
『何も言うな』という私とセシルの無言の脅迫の下、アリサが淹れてくれた美味しいお茶を堪能したのだった。
勿論、自分の記憶を映像に残すなと御願いしておきました。
残して上に報告しても良いけど共犯疑われるから止めとけ、と言ったら物凄い勢いで頷かれた。
だって、明らかに映像を残す事前提で撮られてますもの。私自身が映っている事も含め、『複数の視点=共犯がその場に居た』という解釈もできる。
実際は記録用魔道具を使ったからなのだが、場所が場所だけに『事前に仕掛けたのではなく共犯者の記憶を繋ぎ合せた映像』と思われる可能性が高い。
さすがにヤバさを理解できてしまったようだ。単なる娯楽とは思っていない。
大丈夫! あれは娯楽だ、記録とかじゃないから!
突撃して場所を(強制的に)借り、その場に居た人達に参加してもらっただけ! 反論は認めない。
その後、アリサと作った夕食は全員の心を非常に和ませ。
使用人達とも楽しげに話すアリサに私達は安堵したのだった。
エドワードさんも楽しげだったので何とか復活したらしい。良かった、良かった。
※※※※※※※※※
「……」
「……」
「……エドワード」
「何も言わないで下さい。迂闊な事を言えば十倍返しで返って来ます」
「う、うむ……」
翌日。
折角だからと昼食に招待された――と、いうことになっている。実際は気を取り直しての情報収集だ――二人はやって来るなり固まった。
見た事も無い異世界の料理とアリサどころか使用人達と楽しげに談笑する三人娘、そして何かを悟ったようなエドワード。昨日の状況からは考えられない和やかな光景だろう。
『一体何があった!?』
恐らく二人の頭の中はこの台詞で埋め尽くされている。使用人達に遠巻きにされてたもんな、私達。
アリサの護衛を兼ねているだろう人々から警戒心を取り除くのは簡単ではない。
「エドワード、これはどういう事だ?」
訝しげに尋ねるリカードは周囲の状況に納得できないようだ。
真面目だね、君。将来的にそれで足を掬われる可能性があるから気をつけた方がいいぞ?
大真面目に悪役に徹してくれる奴ばかりではないのだよ、世の中は。
まあ、エドワードさんにこの状況を説明しろというのも酷ですね。そろそろ助けてやろう。
「こんにちは、ライズさんにリカードさん」
飲み物を差し出しつつ二人に話し掛けるとあっという間に笑みを作る。
おお、さすが王族です。いきなり敵意を向けるような真似はせんのだな。
「ミヅキか。随分とこの家の住人達と仲良くなったようだね?」
「ええ! きっと皆さんもアリサに対して思う所があったからでしょうね」
「ほう?」
僅かに瞳を眇め興味深そうにライズさんは聞いてくる。
「この家の人達ってアリサに好意的じゃないですか? だからアリサ本人が私達と仲が良い事に加え『国なんぞ知らん、アリサだけは守る』という意気込みを感じ取れば仲間意識も手伝って好感度は上昇します」
彼等はアリサ以上に国を優先しなければならないから。
だから自分達の代わりを任せられるような存在だと認識すれば好意的になるのは当然。
アリサの御付きと言う名の教師役になっている中年の女性は『お嬢様に何かあれば必ず連絡いたします』と約束してくれた。亡くした娘が生きていればアリサくらいらしく、娘の様に感じているらしい。
「アリサの悪評を聞いていたのに実際はあの状態、疑問に思っていたところに昨日の私の説明で事情を理解したんですよ。元々アリサの努力を認め見守ってくれていた人達ですから私達の事も彼女を守る手段の一つとして認識したんです」
「なるほど。仲間意識もあるがそれ以上に『奥の手』扱いか」
「でしょうね。私達にバラクシンの事情は関係ありませんから」
エドワードさんには心を抉る勢いで理解してもらったが。
使用人達とも話していたので今後は全員の協力の下、アリサの教育が行なわれるのだろう。
「ところでね、ミヅキはキヴェラという国をどれくらい知っているかな? 昨日君も言っていたように少々騒がしいのだが」
周囲の状況に納得したらしいライズさんは本日の目的を達成することにしたようだ。
下手に暈して聞くより直球で聞いた方が早いと思ったらしい。リカードさんもライズさんの傍に控えながらこちらを窺っている。
昨日の映像はあくまでも『夢』であり、私達が知っているのは噂に過ぎない。今日は確実な情報として私に振ってきている。
「そうですね……国としては知っています。私はイルフェナ在住ですから情報を少しは耳にしますよ」
実行もしたけどな。『知っているか』と聞かれたので『知っている・いない』で答えますよ。
「王太子妃が逃亡したそうだ」
「あら、確定したんだ? ではあの夢は事実だったのでしょうか。あれ、でも誓約がありますよね?」
「ほう、誓約の存在を知っているのかね?」
「黒騎士達から聞きました! 『逃亡しようが誓約がある限り逃げられない』って」
事後解説でしたが。
嘘は言っていない。セシル達からもっと詳しい内容を聞いたけど。
「なるほど、イルフェナも逃亡したという噂くらいは掴んでいたのか」
「そうみたいです。でも噂の域で事実と断定してませんでしたね」
「何故かな?」
「街の噂に過ぎないからですよ。あの冷遇が事実なら逃亡したと見せかけた場合もあるんでしょう? それに捜索にあたっている騎士達は随分と落ち着いていたそうですよ」
「キヴェラ王の罠という可能性か!」
「その可能性も疑っていたみたいです」
なるほど、と二人は頷いている。キヴェラ王は逃亡を簡単に許すような人だとは思っていないらしい。
王太子の評価が元々アレなので廃嫡狙いで問題を起こさせたという見方も納得できるようだ。
……私が言った事は嘘だけど。
逃亡成功は私の性格の悪さがキヴェラ王を上回っただけです。
「実は逃亡には少し無理があると思っている部分もあるのだよ。侍女も一緒だそうだ。キヴェラ相手に女性だけの逃亡というのは少々信じ難い」
「へぇ、それは目立ちますね。高貴な方と貴族令嬢の侍女達で旅は困難でしょうに」
「……」
「……何か?」
「いや。そうだね、私もそう思う」
私も事実と嘘を混ぜて言ってますが貴方もやりますね、ライズさん。
ライズさんはわざと言葉を足りない状態にして話題を振っている。それに引っ掛かれば王太子妃の一行だと確信が持てる、といったところだろうか。
王太子妃の逃亡が確実な情報なら疑いますよね、やっぱり。
『誓約の存在』……重要な事だが解呪に関わったならば避けたい話題。
『侍女も一緒』……人数は言っていない。通常ならば王太子妃付きの侍女は複数という認識。
『女性だけ』……協力者の有無は不明。姫と侍女だけならば『逃亡は困難』という発想が一般的。
良くも悪くも個人の意見は『一般的』な模範解答ですよ、私。それ以外はイルフェナの見解を与えられた情報として口にしているだけ……という風に装っています。
私達が知っているのは王太子妃の冷遇と逃亡の噂のみ。ライズさんに聞く前まではそういう設定だ。
イルフェナでは噂として聞いたけど今事実として知りました、という感じですね。
迂闊に個人的な意見を混ぜようものなら即座に『どうしてそう思う?』と突っ込まれるだろう。
警戒すべきは『当事者しか知らぬ情報を引き出される事』だからね、セシル達もさらっと流している筈だ。
昨日の『夢』はあくまでも冷遇の証拠映像と言われているもの。それが事実かどうか『私達は知る筈がない』。
尤も……あの映像を持って来たのが魔王様の命令という線も捨ててはいないだろう。情報交換をして来い的な感じで。だから今私に伝えたんだろうな。
躓く事無く言葉を返す私にライズさんは一度溜息を吐くと話題を変えた。
これ以上情報を聞き出すのは無理だと判断したらしい。しつこく尋ねてイルフェナにチクられても困る、といった部分も本音だろうけどね。
「君はこのままイルフェナに帰るのかな?」
「いいえ? アルベルダの友人に会いに行きます」
「アルベルダ?」
「ええ。元の世界と違って時間がかかるので、今回は一度に友人達を訪ねてしまおうと思って」
異世界人なので護衛とか許可が必要なんですよね、と続けると納得したとばかりに頷かれる。
「基本的にイルフェナやゼブレストの限られた場所しか行かないので楽しみなんですよ」
「……そうか。よき旅を」
「ありがとうございます。ああ、そうだ。イルフェナを発つ前に聞いたんですけどね……」
ちょっと失礼、と背伸びして耳元に口を寄せる。
ライズさんは訝しむも抵抗はしなかった。
「む? 内緒話かね?」
『ええ、だって……キヴェラのゼブレスト寄りの砦が落ちた、という噂ですから』
「な!?」
思わず声を上げたライズさんに人々の視線が集まる。
「ミヅキ、何を言ったんだ?」
「内緒話だから秘密ー」
セシルの問いかけにわざとらしく返す。リカードさんは聞こえなかったらしくライズさんを窺っている。
「ミヅキ、ちょっと隅へ」
ちょいちょい、と手招きしながら移動するライズさんの言葉に合わせるようにリカードさんは私の腕を取り引き摺っていく。
「……詳しく教えてくれないか」
「詳しくも何も今伝えた部分が全てですよ。何せ制圧された形跡はないみたいですし」
「何?」
うん、やっぱり食い付いて来ますね。その『奇妙さ』こそ興味を抱かせる重要なポイントです。
「一度落ちてそれっきりらしいんですよ。だから『誰が落とした』のか不明なんですって。情報元は国境付近の村人らしいですよ? 兵の扱いの酷さに退役したとか」
「ふむ……『誰』というのは? 組織でなければ国が疑われる筈だが」
「それがですね、『復讐者』と名乗ったそうです。挨拶代わりに一発入れたみたいな感じなんでしょうかね?」
ライズさんもリカードさんも難しい顔で考え込んでしまっている。
確かにこれだけで状況を察しろという方が無理だ、退役した兵の証言しかないのだから。
しかし、王太子妃の逃亡にも関わらずキヴェラが動かぬ事実に信憑性が増す。
実際、王太子妃に逃亡されながら殆ど動かぬキヴェラを訝しく思う人は多いだろう。
諜報員を向かわせる先は上層部の考えを探る意味も含め王都周辺。
だから『強国』という立場を揺らがせるような『噂』を掴ませる為には誘導が必要だ。
イルフェナで聞いたところ、私がやらかした程度なら砦の修復は容易いらしい。ならば証言という不確かなものが残っている証拠の全て。魔道具で記憶を見せてもらうというわけにもいかないだろうし。
『各地の砦に兵が増員されている』という情報も含めて是非真実に迫っていただきたい。
そのまま逃亡したところでコルベラに味方は少ない。
周辺諸国には『キヴェラに勝てる』と思わせる要素を掴ませる必要があるのだ。
何より人から齎された情報ってだけだと素直に受け入れてもらえない可能性がある。
自分達で必要な情報を得てもらわなければ困るのだ。
その切っ掛けになってもらいますよ! バラクシンの皆様?
「君は何故その情報を我々にくれるんだ?」
「アリサと私の為ですよ。周辺諸国が正しい情報を掴んでいれば混乱はキヴェラだけで済みますから」
『だって、混乱が連鎖しても鬱陶しいでしょう?』
にやり、と笑ってひっそり告げる私に二人は一瞬顔を引き攣らせ。
「君は……本当にイルフェナの魔王によく似た考えをするね」
「……悪夢のようです。おい、そこは建前でも『無関係な人々が困らぬ為』とか言わないか?」
「自分に正直なのです」
「つまり本音だと?」
「逞しいというか、よく躾けられていると言うか……」
「褒めても何も出ませんよ?」
「「褒めてない、褒めてないから!」」
何故ハモるかな? 二人とも。
でもこれでキヴェラの強国神話に皹を入れる事はできそうだ。
後は……追っ手の皆さんがどう出るか、かな?
先生の『目立たぬよう努力なさい(=『個人』を表に出すな)』という教えは様々な場面で活かされています。
災厄は地道に活動中。強国の認識を揺らがせたり、コルベラへ問い合わせが行くように仕向けてます。