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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
キヴェラ編
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暫しの休息

イルフェナでの(時々黒い)和やかな時間。

 お説教も無事終わり――と言うか今更過ぎて諦めたという方が正しい――皆は仕事へと戻って行った。

 私はそのまま食堂に残って料理人さん達のお手伝い。

 『事情は知ってる』『頑張れよ』という言葉を貰ったので、キヴェラは嫌いなのかと聞いたら意外な事実が判明した。料理人さん達の何人かはキヴェラが滅ぼした国の出身らしい。

 何でもイルフェナに隣接していた小国で『キヴェラに取り込まれるのは御免だ!』とばかりに親兄弟と亡命したんだとか。

 その時、民を快く受け入れてくれたイルフェナに感謝して城勤めを目指したらしい。

 よく受け入れたな、イルフェナ。戦を仕掛けられた表向きの理由にされたんじゃなかろうか、それ。本命は港の獲得だろうけど。

 他にもキヴェラの支配を嫌って周辺の国へと流れた人達はいたらしい。


「親父達も『最後まで残って祖国と共に死ぬ』って考えだったんだけどな、王様が『民が生き続ければ我が国が真の意味で滅ぶ事は無い』って演説したのさ。国に残って生きるか逃げるかは状況次第だったしな」


 なるほど。

 予想でしかないが、亡命があっさり叶ったのもその王様が事前に話を通してくれていたからじゃないのか。

 王に頭を下げられれば断る国は少なかろう。王族を匿えと言っているわけじゃないのだし。

 しかもキヴェラの狙いは土地。亡命者の割り出しなどの余計な手間をかけるとは思えない。


「それでイルフェナに来たんですね」

「ああ。ゼブレストは元々戦の多い国だし、イルフェナはキヴェラと遣り合えるからな。子供や年寄りを連れた家族はイルフェナに来た筈だ。……勿論、残った奴等もいたんだけどな」


 確かに一番安定してそうだ。しかもイルフェナって仕掛けられたら牙を剥くもの、さぞや盛大にキヴェラの手を噛んだことだろう。

 翼の名を持つ騎士達の凶悪さが知られる出来事とかになってそうですね。

 キヴェラが代々侵略による領地拡大をしてきたなら幾度となくドンパチやらかしてそうだ。


「だからな、理由はどうであれ俺達は嬢ちゃんを応援してる! さっきの説明会、俺達がここに居る事を許されたのは殿下が事情を御存知だからだ」

「……ああ、『絶対何かやらかしてるから聞いておけ』って感じですか」

「はは! まあ、そんなとこだ。まさか、キヴェラ相手にあそこまでやってるとは思わなかったぞ」

「実はまだ半分なのですが」

「本当か!? ……いやぁ、キヴェラは大変だな!」


 大変と言いつつも上機嫌で頷く料理人さん、大変素直な方ですね! しかも野菜の皮を剥きながらする話題じゃないのに誰も咎めません。

 これぞこの騎士寮の日常。この人達も武器持って闘えるだろ、絶対。

 

「ま、死ぬなよ。皆、悲しむからな?」

「死ぬ気は欠片もありませんよ」

「いや、嬢ちゃんは報復に熱が入り過ぎて自分を疎かにするタイプみたいだからさ?」

「……気をつけます」

「そうしてくれ」


 そんな会話をしつつ手伝っていたら料理長さんに携帯できる香辛料のセットを戴いた。道中使えということらしい。

 何やらご褒美を戴いてしまった模様。具体的な事は言わずに『旅でも美味い物食わせてやれ』と言うあたり国への配慮を感じます。そりゃ、城の料理人がキヴェラへの攻撃を勧めるなんてできんわな。


 気分的には『やっちまえ!』といった感じだろうか。


 ありがたく使わせていただきますとも!

 キヴェラへの報復は貴方達の分も追加してより一層熱心にやっておきますからね!

 どちらにしろ互いに只では済むまい。

 キヴェラは今の強国としての地位を保てないだろうけど、私も悪評広まるからなー。

 ……イルフェナとゼブレストさえ滞在できれば十分だけど。

 グレンやアリサといった友人達は手紙を遣り取りできるし、用があれば訪ねてくるだろう。

 ……。

 うん、やっぱり問題無し。喜んでキヴェラの災厄と呼ばれよう。


 そんな事を考えつつ、和やかに夕食の準備は整っていった。


※※※※※※※※※


「……で。何でここまで人が多いかな」

「良かったじゃないか、ここまで心配されて」

「そうだぞ、ミヅキ。居て当然の奴等以外に殿下を始め近衛やレックバリ侯爵にまで心配されてたってことじゃないか」

「どっちの心配?」

「「お前を心配してたのは本当だが、一体どんな暴れ方をしてくるか気になるじゃないか」」


 息ぴったりだな、騎士s。心配はそこかよ。

 尤もこの二人は危機察知能力が発揮された結果そう言っていると思うけど。

 いや、確かに危険と言えば危険ですからね。キヴェラだけでなく周辺諸国も関わってくるからさ。

 なお、騎士sの言葉どおり魔王様やレックバリ侯爵に近衛の皆さん、今回に限りセシル達とその護衛として女性騎士達が騎士寮の食堂で食事をしている。

 要は『私がイルフェナに居ない事』を知っている人々だ。そりゃ、いきなり姿を見せなくなれば気付くでしょうね、近衛の皆さん。

 ここまで来ると当然立食形式にするしかないので、座って食事をしているのは一部のみ。

 ……食事を楽しみつつ情報交換をしている、というのが正しい状況説明なのだが。

 しかも騎士達(近衛含む)はキヴェラ王太子の暴言――『魔王と呼ばれようと大した事は無い』というアレです――を知り大変お怒りらしく私に好意的。

 なので『困った子だ』とは言っても本格的に行動を諌めようとはしない。

 私達の心配のみです、キヴェラはどうなろうと知ったこっちゃねぇな! とばかりに総シカト。

 でも黒騎士達には呪術の講師役を拒否されました。教えたら心の赴くままに『おまじない』を実行する事を危惧したようです。

 仕方ないので目的の人物に会ったら行動で示そうと思います。


 素敵な言葉だな、実力行使って。


「……お前何を考えた?」

「秘密」

「秘密、じゃないだろ!?」


 煩いぞ、騎士s。

 君達の危機察知能力は本っ当〜に本能レベルで発動してるんだな。

 でも言う事きかない。珍獣なので本能というか感情に忠実なのです。


「殿下ー! こいつがまた物騒な事を考えてます!」

「止めてください!」

「またかい、ミヅキ……。自分が死なないようにするんだよ?」

「はーい」

「「随分返事が違うな!? お前」」


 親猫様です、魔王様です。私は配下A、とりあえずは従います。

 それに。

 魔王様、私の心配はしても止めて無いじゃん?


「相変らず無茶をするのう」


 狸様がワイングラス片手に話し掛けてくる。先生も一緒だ。

 共通の話題ができた所為か話し込んでいたらしい。先生は村に来ちゃったから叔父と甥の会話は久しぶりなんじゃなかろうか。

 レックバリ侯爵、呆れたような言葉とは裏腹に大層楽しげですね。セシル達が無事だった事が嬉しいのだろう。


「無茶と言うか……つい本気を出しかけまして。それに砦イベントは先生との共同作業ですよ」

「ほう?」

「それ以外は溢れる殺意をぶつける所をキヴェラに限定したら総合的に気の毒な展開に」


 無関係なキヴェラの皆さんは気の毒ねーと目を伏せて呟いたら、先生は呆れた視線を向けてきた。


「ミヅキ、君は判っていてやっただろうが」

「バレました?」

「君が自分の行動の齎す結果を予想できなかったとは思えんからな」


 やだなー、先生突っ込まないでくださいよ。

 私の思考回路に慣れてないレックバリ侯爵が唖然としてるじゃないですか。


「待て待て待て! 八つ当たりであの状態だったとでも言うのか!?」

「嫌ですね、手紙にも書いたじゃないですか! 『過小評価していた自分を恥ずかしく思います』って。ですから」


 にこり、と笑い。


「本番はこれからですよね。必ずやコルベラ王の下で這いつくばらせて……いえ、心と体の底から反省させてみせますよ」

「体とは何じゃ、体とは!?」

「細かいことを気にしないで下さいよ。それでもラスボスだった人ですか」

「ら……らすぼす?」

「叔父上、奴等に手加減などいりませんよ。ミヅキ、追っ手は半殺しにしてもいいから証拠隠滅だけはきちんとするように」

「わかってますよ、先生」

「よし」

「『よし』じゃなかろうがっ!? 全く……妙な所だけ姉上から受け継ぎおって」


 狸様、ボケないでくださいな。先生はとても正しい事を言っているじゃないですか。

 それに私はまだ王太子に一発も入れていません。

 地位剥奪は元々廃嫡を狙われてたっぽいから起きても私の所為じゃありませんよ!

 セシル達の事も含めて十矢は報いてみせますからね!

 そのまま雑談に興じる先生と狸様を放置し、ふらふらしてたら今度は近衛騎士さん達に捕まった。

 お久しぶりですね、皆さん。

 ところで。


「ジャネットさんは一体どうしたんです……?」


 いきなり抱き締められ、そのままなのですが。苦しくない程度に背後から抱き締めて無言です。

 なお、ジャネットさんは数少ない女性騎士達のリーダー的存在で近衛騎士団長さんの奥様だ。

 凛々しく美しい毅然とした姿しか知らないので、無言で抱き締められると困ります。


「あ〜……騎士としては君の行動に納得できても、その、母親的感情は納得できない部分もあってな」


 言葉を濁しつつ団長さんが解説してくれる。

 『うちには娘が居ないから特にな……』と付け加えるあたり個人的に心配してくれているのだろう。

 厳しくも優しい女性ですね、ジャネットさん。


「帰ってきますよ、此処に」

「……約束よ? 怪我をしたらすぐに治すのよ?」

「それは勿論。あいつらに負ける気なんてありませんよ」


 そう言うとジャネットさんは悔しそうに顔を歪める。


「ああ、もう! 今ばかりは騎士じゃなければ良いのにって思うわ。それなら『行っちゃ駄目』って言えるのに!」

「あはは、それだとジャネットさんと会う事も無かったですね。私は基本的に此処で生活してますから」


 実際、会う事さえ無かっただろう。

 そもそも町で擦れ違ったくらいでは異世界人などと判らない。

 『私が異世界人』で『ジャネットさん達が近衛騎士』だからこそ今があるのだ。


「ミヅキ、折角だから『母様』とでも呼んでやれ。母親は子供を信頼するものだろ?」

「ディルクさん」

「いいじゃないか、酒の席なんだし。息子の俺が許す! あ、俺は兄様で宜しく」


 明るく言うディルクさんは驚くべきことに団長さん達の実子だ。

 知った時は『似てねぇっ!』と言う言葉を飲み込んだにも関わらず騎士sから肩を叩かれた。誰もが思う事らしい。

 思わず当時を回想する私にディルクさんは満面の笑みで促してくる。

 いや、だから貴方は本当に団長さんの息子ですか!? でも意外と強引な人だから言うまで逃がしてくれそうにない気がする。


「ええと……母様? 大丈夫だから心配しない、で!?」


 がばり! と音がしそうな勢いで抱き締められる。

 ディルクさんの嘘吐きー! より母の心境になって心配させただけじゃないかー!


「ええ! 必ず、必ず母様の所に帰って来るのよ?」


 ……。

 流石だな、息子。一応納得はしてくれたみたい。

 おや? 団長さんが目頭を押さえているんだが……目にゴミでも入りました?


「くっ……夢にまで見た光景が……!」

「そうよね、アルバート。必ず叶えましょうね!」

「勿論だ、妻よ!」


 ……? 頭の上で意味不明な夫婦の会話が展開されています。

 事情を知ってるらしきディルクさんは笑みを浮かべたまま無言。教えてくれる気は無いようだ。


「ミヅキ、ちょっとこちらに来なさい」


 視線を向けた先には魔王様とアルとクラウス。

 三人揃うと悪企みしているようにしか見えないのは気の所為でしょうか。

 ジャネットさんに放してもらって彼等の傍に寄って行くとブレスレットらしきものが差し出される。


「これは城で働く者達の身分証明みたいなものだよ。医師や魔術師の弟子でも見習い扱いと認められれば所持することが許されている。身に着けていなさい」

「いいんですか、それ渡しちゃっても」

「問い合わせが来たし今更だろう? それにね、これを見せれば診療所などで薬草の補充も受けられる筈だ」


 なるほど。先生から貰った薬草や種はあるけど、他に必要なものができたら国の施設を頼れってことですか。

 確かに本職のアドバイスを受けつつ薬を貰えるならありがたい。先生に色々習ってるけど本格的に医師を目指してるわけじゃないしな。

 それに身元のしっかりした医師を頼る事ができるというのも重要だろう。

 『身元のしっかりした医師を頼れる立場』ならば他国でもある程度の扱いは保証される、ということじゃなかろうか。

 そんな物を持ってる奴が逃亡者やってるとは思わんよな、普通。


「さすがに今回の事は王族限定で報告している。だがそれだけだ、我々の手助けは無いと思いなさい」

「了解です」

「ただ一つ言うなら父上達は君の『悪戯』を非常に喜んだ。あの様子だとキヴェラが仕掛けてきても喜んで迎え撃つだろうね」


 ……。

 色々とキヴェラに対し思う事がおありだったようです。

 まあ、キヴェラはイルフェナに喧嘩売った過去があるから良くは思われていなかっただろうけど。

 そういえばレックバリ侯爵から今回の話を聞かされた時も『喧嘩上等! 迎え撃つ準備はできてます!』と言わんばかりじゃなかったかな、魔王様達。

 アル達も『我々も賛同してます』って言ってたよね? ムカついてましたか、実は。

 尤もあれほど嘗めた事を言う王太子が何かの間違いで王に即位したら確実に攻め込まれそうだがな。


「前に仕掛けられた時は小国だと随分嘗めてかかってきたからね、キヴェラは」

「見下された怒りがそのままなんですね?」

「そうとも言う」


 その『前に仕掛けられた事』が一度じゃないんじゃなかろうか。

 そういえば奇人・変人な実力者達は愛国者揃いでしたっけ。愛国者達の怒りは随分としつこいみたいですね、彼等にも見せ場を譲るべきなのだろうか。

 まあ、国の方針としては『表立って応援できないけど敵対する事は無いよ』ということだろうな。今回イルフェナはまだ何もされていないんだし。

 いや、このままだと『一戦やる? やっちゃう?』的なノリで今か今かと待ち構えてる人も居そうなんですけどね。

 某天使な外見の人とか、白い人達とか、黒い人達とか。


「えーと……報告と言う名の『私とキヴェラの攻防の記録』を楽しみにお待ちください」

「まだ殺る気なんですね、貴女は」

「アル、まだ戦いは始まったばかり。キヴェラは半分終わってるっぽいけど!」


 自己申告しておく私にアルが苦笑する。でもやっぱり止めません。白騎士様もお怒りの御様子。やはり映像の効果は絶大ですね!


「それからな、母がお前が行なった誓約の回避方法に非常に興味を示している。帰国したら呼び出しがあるぞ、絶対に」


 あの、それ『理解できるまで放さない!』ってことじゃないよね?

 え、ブロンデル家にドナドナ確定ですか!?

 ところで何故コレットさんがそれを知ってるのかなー? クラウス。話しただろ、お前。


「というわけで。全部終わってからのお説教も残っているし、無事に帰ってきなさいね」


 にこやかに嬉しくない事告げんでください、魔王様。



 そんな感じでイルフェナの夜は更けていった。

 さて、明日から再び逃亡生活です!







団長夫婦の謎会話は以前の番外編参照。

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