キヴェラ混乱の元凶、去る
「……これにて上映会を終了いたします」
私の言葉にセシルとエマは惜しみない拍手を送り口々に絶賛している。
イベントの詳細を聞きたがる二人に少し待って貰って映像編集した甲斐があるというものだ。
「実に面白い! 参加できなかったのが悔やまれるな」
「本当ですわ。ミヅキ、次は置いて行かないでくださいませ!」
なお、部屋にいる人達が見ていたのは例のイベントの証拠映像である。
自分の視点だけではイマイチ状況が理解し難いので、騒ぎを起こす前に何箇所か仕掛けておいたのだ。
兵達は霧と異常事態で混乱していたので何の問題もなく仕掛けることが出来た。
私達の周囲だけ妙に視界が良かったのは記録に必要だったから。完全に霧が晴れたのは風が吹いた時だけだから基本的に薄暗いけど、それなりに確認できる。
斜め上から(敵対状況が判る)、敵の後方から(私の行動が判る)、そして私の記憶(敵の状況が判る)。
三方向からの視点切り替えで編集された映像は本当にイベントにしか見えない。即ち娯楽。
私が絶賛悪役だけど。
隊長格がイマイチ主人公っぽくないけど。
ついでに言うなら私以外の役者さん達(仮)は未だ夢の中にいらっしゃいます。
「さすがにセシル達はマズイでしょ。隠れて見るだけならともかく」
「それは理解できてるんだがな……仮面を着けてミヅキの傍に控えるとかどうだ?」
「今の私達でしたらその程度で大丈夫そうですわね」
「でも悪役だよ? あと本来王族って守られる立場でしょ」
「そちらの方が楽しそうじゃないか? それに今は逃亡者だ……寡黙な剣士とかどうだろう」
「向こうも善人には見えませんし、私も是非参加したいですわ!」
和気藹々と『次は参加したい!』『じゃあ、配役どうする?』と語る私達に突っ込む奴は居なかった。
商人さん達、かぱっ! と口を開けたまま硬直中。
やだなー、神殿に潜入する時も『遠足』って言ったんだから『楽しいイベント』と言えばそれ以上だと思ってくださいよ。
それにこれは今後を考えれば必要な事ですって!
ただ……望んだ結果を出す為の方法が私の独断と偏見に満ちているだけで。
それに凄くね? 実質二人――実行犯は一人――で砦を落としたんだよ?
頑張った事を褒められても良いよね!?
「あー……その、嬢ちゃん? 念の為に聞くが『それ』は何処だ?」
「あそこ」
指差しで窓から見える遠方の明かりを示す。
霧が晴れてるし明かりを全部壊したわけじゃないから場所の確認は十分です。
……外で寝てるけど役者さん達は風邪とかひかないだろうか。
まあ、一応兵士だし寒いわけじゃないから大丈夫だろうけど。そこまで責任持てん。
「で、この映像は……」
「判り易いよう視点を切り替えて記録・編集してみました。詳細は手元の解説書を御覧下さい」
「いや、演劇鑑賞とかじゃないから」
「そうは言っても魔道具の映像ですから現実ですよ? これ」
そう言うと商人さん達は頭を抱えて黙り込んだ。つまらなかったかな?
私の演技力もとい悪人度が足りなかったのだろうか。やはり最後の退場は華々しく『高笑いをしながら炎の中に消える』とかの方が盛り上がって良かったかもしれない。
『高笑い』って悪役の定番だしな。お約束を外すべきではなかったか。
「違うから! 嬢ちゃんが考えてる事と俺達が思っている事は全く別!」
「違いましたか。じゃあ、何が不満?」
「不満はねえ。無いんだが……」
「無いんだが?」
「「何で娯楽扱いなんだよ!?」」
あ、ハモった。他の人達は未だ硬直中。
この二人は私の御守役と化してるだけあって立ち直りが早いな。
まあ、とりあえずその疑問に答えてあげよう。
「個人的な趣向で」
「それで砦を落とすな! 兵士を弄ぶな!」
「真面目にやったらつまらないじゃないですか! キヴェラを嘲笑う出来事の一つなのに!」
「……本音はそれか? 解説書には『追っ手の数を減少させ質を落とす為』って書いてあるぞ?」
「同じ結果を出すなら楽しくやりたい。死者も重傷者も居ないって凄くないですか?」
「それは凄い、確かに凄い」
「だが人としては色々問題だろ? バレた時のキヴェラの屈辱と怒りは半端無いぞ?」
「そこが重要なんじゃないですか! 私の掌で盛大に踊るがいい!」
ぐっ、と拳を固めて高らかに言い切る私を見て商人さん達は再び言葉を失い。
「ミヅキはすっかり悪役がお気に入りだな」
「楽しそうで何よりですわ」
セシルとエマは微笑ましそうにコメントしていた。
ほら、商人さん。世の中は楽しんだ方が勝ちですよ?
防音魔法がかけられていなければ即座に通報されるレベルの事を話している自覚は一応あります。
……反省しないだけで。
※※※※※※※※※
翌朝。
朝食後に私達は其々の目的地へ旅立つ。ここからは別行動になる。
別行動になる前に渡したのは宿の厨房を借りて作った昼食です。
感謝を込めた最後の手料理ですよ。イルフェナでも会えるか判らんし。
イルフェナへはもう少し距離があるけど、私達は今日中にゼブレストへ着く予定だ。
……いや、昼過ぎには着くな。昨夜、夕食がてら訪れた酒場で知り合った商人達が馬車に乗せてくれるから。
丁度ゼブレストへ向かう途中なんだってさ。小父さん達とも顔見知りらしい。
情報収集を旅の目的としている所為か小父さん達は結構顔が広いようだ。
商人だから情報を集めていても不審がられないしね、諜報員が混じってる場合も多いとみた。
それにしても料理好きをアピールしておく為に厨房を借りて作ったおつまみが移動手段に化けるとは。
人生何があるか判りませんね!
「じゃあ御願いします。これ本日の昼食です」
「はいよ。お、悪いな」
ギリギリお兄さんと呼べる商人さんが笑顔で荷物を受け取り仕舞い込む。
兄弟二人で家の商売を手伝っているというハンスさんは弟のカミルさんと二人で旅をすることが多いらしい。
彼等も王都から早々に脱出した人達なのだろう。すまんね、迷惑かけて。
「何かあったら遠慮なく叩いてくれ。あの黒髪の子には遠慮すんな」
「は……はたく? おいおい、女の子相手に手を上げるってのはなぁ……」
「治癒魔法が使えるから大丈夫だ! 勇気を出さなかった果てに被害が拡大したらどうするよ!?」
「はぁ?」
……小父さん達、カミルさんに何を言い聞かせてるんでしょう?
やっぱり昨夜のイベントは私の危険度を一気に上げましたか。凶暴認定されましたか。
……。
商人達よ、安心するがいい。私の所属はイルフェナです。上には上がいます。
親猫もとい魔王様には概ね従順ですとも、後が怖ぇ。
「予想外に早く着きそうだな」
セシルも漸くキヴェラから出られる事が嬉しいのか何処となく表情が明るい。
エマは上機嫌を隠そうともせず荷物整理してたもんな、二人のストレスはそれなりに溜まっていた模様。
ゼブレスト王宮に着けば転移法陣で速攻イルフェナ行きです、もう少し頑張ってください。
きっと狸……いや、レックバリ侯爵が今か今かと待ち構えている筈です。
多分、私はそのまま魔王様と愉快な仲間達の待つ騎士寮へ連行されますが。
砦イベントは先生以外知らなかったからね〜……説教が簡単に終わるよう祈っててくれ。
そんな事を思いつつ村を後にした。
別れ際の商人さん達の顔が非常〜に不安そうだったのは気の所為だと思います。
が。
ゼブレストの王は私の親友でした。親友と書いて類友と読む。
宰相様に双子のようだと言われた片割れは私の行動パターンなんてお見通し。
私が逃亡の手助けをすると知った以上、動かないなんて真似は当然しなかったわけで。
キヴェラを無事に脱出しゼブレストの国境を越え。
当初の予定と違い私達が降りる事無く何処かに向かって馬車は進む。
いや、ハンスさん達が妙に国境に詰めていた騎士と親しかったとは思うよ?
しかも何処かで見た顔が警備に混じってる時点で疑いましたとも。
だって、私が知ってるゼブレストの騎士ってリュカを除いて全員後宮騒動の関係者。彼等はルドルフの身辺警護を担う騎士、つまり近衛です。
その後は何故か騎士に警護されて進む馬車の中、気分はドナドナされる子牛。
「一体どういうことだ?」
セシル、警戒するのは尤もだが安心していい。これは間違いなくルドルフの差し金だ。
そう思っても納得させられる自信は無いから黙ってるけど。
セシルから視線を逸らしつつ、騙された事も事実なので近くに居たカミルさんの腹に一発見舞っておきました。
……。
小父さん達と同じかよ、お前ら。
商人にしては素晴らしい腹筋をお持ちです。互いに本当の姿を知ってたっぽいですねー、これ。
「すまん。俺達も命令なんだ」
ほう。
流石です、親友よ。私が大人しく逃亡補助だけをするとは思ってなかったのですね?
万一を考えてサポート要員を派遣してくれてましたか。
もしや王都で起こした騒動だけでなく昨夜のイベントもバレてる?
でもね、これは間違いなく目の前の人発案の嫌がらせだと思うのです。
「お待ちしておりました。頑張りましたね、ミヅキ」
連れて行かれた先、国境付近の砦で美貌の腹黒将軍様が待ち構えているなんて誰が思うかぁっ!
アンタ、ルドルフの護衛筆頭でしょ!?
「会いたかったですよ、ミヅキ」
喜びを隠そうともしない将軍様に周囲の反応は『顔を背ける』か『驚愕』の二種類に分かれた。
顔を背けてる奴の一人が『すみません、逆らう勇気が無く……!』と呟いたのはどういうことだ。
……一部は嫌がらせだと理解していたな? セイルよ、彼等に何したの!?
お迎えは別の奴担当だったんじゃないか?
セイルは不信感一杯の私を物ともせず抱き締めると耳元に小さく「大人しくしていてくださいね」と呟く。
そして笑みを浮かべ私を抱き締めている絶世の美形にセシル達は見惚れる……なんてことはなく。
「退け、嫌がっているだろう」
「しつこい殿方は嫌われますわよ?」
べりっと音がしそうな勢いで私を引き剥がすと背中に庇うセシル、笑顔でナイフを構えるエマ。
どうやら本能的に将軍様のヤバさを感じ取ったらしい。
凄いな二人とも。普通の女は私に嫉妬の視線を向けてくるんだぞ?
勿論、セイルはそれを狙ってやる奴だがな。
セイルは二人の行動が予想外だったのか軽く目を見開くと気分を害するどころか楽しげな笑みを浮かべた。
「ふふ、これなら大丈夫そうですね」
「何が、でしょうか?」
警戒心も露にエマが尋ねる。セシルは相変らず私を庇ったままだ。
姫様ー、嬉しいけどもう少し自分の立場を自覚しておくれ。立場が逆です。
「貴女達ならばミヅキ一人に負担を強いることはないと判断した、ということです」
「ほう? 私達を試したのか」
「当然です。我がゼブレストにおいては貴女達よりミヅキの方が重要であり、個人的にも失えない存在ですので」
「それが本音か」
「ええ。貴女達も国とミヅキを比べれば当然国を選ぶ。そういうことですよ」
あ〜……セシル達を知らないから『王家の姫と侍女』っていう認識が強かったのか。
もしもセシル達が普通のお姫様で足手纏いにしかならないようなら何らかの手を打つってことだろう。
その選択肢にはセシル達を見捨てるというものも含まれていたに違いない。
見極め役でしたか、セイルは。
てっきりいつもの嫌がらせかと思ってましたよ!
「……。何か失礼な事を考えませんでしたか?」
「イイエ?」
「視線が泳いでいますけど」
「素敵な将軍様に見つめられて恥ずかしいだけですー。年頃の乙女ですからー」
その言葉の割にはセシルの背に引っ付いてるから説得力無いけどな。
そんな馬鹿な遣り取りを眺めていた二人は顔を見合わせると警戒を解いた。
ええ、気にしちゃ駄目ですよ。いつものことだ、気にすんな。
それにゼブレストも最近色々あったから正直他国に構っていられないというのが本音なのです。
ここまでしてくれるだけでも破格の扱いだろう。
「ほう? 貴女の口から『年頃の乙女』という言葉を聞く日が来ようとは」
これは期待に応えないといけませんね! と笑みを深めた美貌の将軍様は私をひょいっとお姫様抱っこにし。
あまりの素早さに呆気に取られたセシル達を先導する形で馬車に乗り込んだのだった。
少しでも危険を回避すべく城には裏口から入るらしい。
まあ、目撃情報は無い方がいいわな。貴族がキヴェラと繋がってる可能性もあるし。
一泊していってくださいねと言う将軍様、何故そこで『以前作ってくださったパイが食べたいです』というリクエストがくるのでしょう?
宿代代わりに働けってことですか?
ついでにキヴェラでやらかした事を洗い浚い吐けということですね?
そして特別に使用を許可された後宮に着くまで当然の様に将軍様の膝の上でした。
運ばれる時もそのままですよ、前にも同じ事があったよね!?
……待ち構えていたルドルフに『お前、またかよ!』と言われ笑われたのは言うまでも無い。
個人としても王としてもルドルフが優先するのは主人公。
個人としては『友情』、王としては『重要性』。