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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
キヴェラ編
85/699

守備兵達の災難

「じゃあ、そろそろ行くね!」


 黒いローブを羽織り嬉々として荷物の点検を終えた私は居残りな人々に声をかける。

 現在地は転移方陣を越えた場所にある国境付近の村、その宿屋の一室。

 王都の近くの転移方陣から移動した国境付近にある村に一泊、その後イルフェナとゼブレストの国境を目指すというのが一般的。ここはゼブレストの最寄り村なのでイルフェナへはもう少し距離がある。

 ま、時間がかかるもんね。それでも転移方陣が使える分、かなり短縮されている。

 行きも国境超え(両国で身分証明の確認)→転移方陣(更に確認)→王都近くの転移方陣着(再び確認)という非常に面倒なことになるのだが、暗殺者とかを防ぐ事を考えると仕方ないのかもしれない。

 一応転移方陣の使用は『身分のしっかりした者限定』と言われているのだけど馬鹿正直に信じないわな、そりゃ。

 妙な行動される事を警戒してか転移方陣の近くに砦が設置されているので、騒ぎを起こせば滞在している兵士さんがすぐ対処に訪れる素敵な環境です。

 おかげで旅人が多くても治安が良く村といっても寂れた印象は無い。ここを最後に私とセシル達はゼブレストへ、商人さん達はイルフェナへ向かうことになる。

 目的地が分かれた建前は『ゼブレストで食材買って帰るから』。

 商人経由で買うと高いので、状態維持の魔法が使える魔術師――しかも趣味が料理――が居るなら納得してもらえます。

 実際、料理人が個人でゼブレストを訪れる事は珍しくないらしいし。


「ミヅキ、何だか楽しそうだな?」


 呆れる商人さん達とは違いセシルは興味津々だ。どちらかと言えば参加したいというのが本音だろうか。

 エマも同様。

 この二人、あの後宮生活を自分なりに乗り切ってきただけあって精神的に逞しく好奇心が非常に強い。

 連れて行けないのが実に残念ですね! 映像は魔道具に収めてくるから帰りを楽しみにしててくれ。

 

「うん、すっごく楽しみ。師弟の共同作業だし?」

「ミヅキのお師匠様というと……ゴードン医師でしたっけ?」

「そう。腕の良いお医者様ですよ」


 狸の血縁者だが。

 私が何をしても胃薬を必要としない、非常に大らかな人ですよ。


「嬢ちゃん、今更口出す気は無いが……ゴードン先生の恥になるような事はやってくれるなよ?」


 おや、商人さん達もゴードン先生の事は知ってるのか。

 呆れながらも釘を刺してくるってことは『犯罪の共犯者にするな』と暗に警告しているのだろう。


「大丈夫。何をするか先生は知ってるし、それを踏まえて共犯者になってくれました」

「……そうか」

「ええ。本人に確認してもらってもいいですよ」


 未だ複雑そうな表情だが、商人さん達はそれ以上言って来なかった。

 ええ、何を言いたいか判りますよ?

 だって先生は『医者』ですから。

 『命を救う側である医者』が殺戮に関わるなど許される筈は無い。

 これまで築き上げてきた信頼を壊すことにしかならないのだ、世話になった事があるなら私を止めるだろう。



 が。



 誰も殺戮なんざ望んでませんよ、寧ろ死んだら意味がねぇっ!


 大量殺人? 私達が安易に犯罪者になるとでも?


 殺すのは誰でも出来ます、弄ぶ事が目的です!!


 師弟揃って『ざまぁ!』と嘲笑う事はあってもシリアス方向になることは無い。


 『頭脳は時に剣に勝る』……いや、『頭脳は時に剣より性質が悪い』と証明してみせますとも。 

 

 死なせませんよ? 生きて恐怖とその体験談を広めてもらわなきゃ困りますからね。

 これ、重要。凄く重要。

 今後に関わる重要なイベントを『ただの犯罪』なんてものにはしませんよ? 

 ああ、騎士sが居たら全力で止めそう。

 本能的な部分とこれまでの経験から『絶対に碌な事にならない』と確信される。


「御心配なく。絶対に、そんな(生温い)展開には、しませんから」

「そ……そうか?」

「はい」


 にこりと笑って頷く私に何故か商人さん達は顔を引き攣らせ一歩下がった。

 あら、心の声が口に出てたかね?


「ところで、ミヅキ。どうやって砦まで行くんだ? 抜け出す姿が絶対に目撃されるぞ?」


 セシルの疑問は御尤も。

 場所柄、村の出入り口には警備の兵が立っている。

 勿論、対策を練ってありますよ。


「上から行く」

「は?」

「まあ、空中飛行の術まで使えるのですか!」


 流石ですわ! と感心するエマには悪いが、それはこの世界の魔術を基準に考えた場合だ。

 私の使う魔法は基本イメージと知識の産物。なので普通とはちょっと違う。


 体を浮かせる→重力軽減、飛ぶ→風を操る・オプションで翼、空気抵抗→結界で対応


 この三つの同時使用でどうにかなる。

 これ、逆に専門的な知識があると駄目だと思われ。『いい加減さ』と『思い込み』が重要なのだ。

 そもそもこの世界と元の世界が同じとは限らない。

 酸素と水素で水、くらいの中途半端な知識だと無限に水が出せるが、『どの程度の酸素と水素を組み合わせればどのくらいの水ができる』といった知識があるとその分しかできないだろう。

 時間短縮による植物育成も実際はイメージどおりに成長させるものだと推測。

 習う時に一度種から実をつけるまでを見せてもらった事が基準だからね……『さすが異世界! それだけで育つのか!』という認識です。

 種から育てて元の世界と比較しない限り私の中では『それが正しい』。

 解毒魔法や治癒魔法みたく便利な魔法を使えなくなっても困るのだ、だから先生も私の思い込みを正そうとはしない。

 結果、自分で組み合わせて似たような効果を出すという状態に落ち着いた。

 故に『ある意味万能』。自分の魔力量と周囲への影響を考慮しなきゃならない分、面倒とも言う。

 自分で考え出せ・習うより慣れろ、を実戦しなきゃならんのだよ。詠唱が使えないから仕方ないんだけどさ。


「エマが思ってるのと違うから。確かに普通に体を浮かせて飛ぶと大変だろうね」

「はい? 何か違うのですか?」

「うーん……説明は今度ね」


 首を傾げる二人には悪いが意味不明な単語が多過ぎるだろう。

 ついでに言うと『同じ世界の同じ程度の知識を持つ人』しか使えない気がする。


「ま、いいや。じゃあ行って来ます」

「気をつけてな」


 窓から見た周囲は真っ暗とは言わないが元の世界に比べると格段に暗い。

 念の為に存在を認識できなくなる魔道具を持っているから、気配を感じても人だとは思われないだろう。

 それ以前に人は普通飛ばない。

 窓から出て一度屋根へ、そこで目的の場所を確認する。

 ……と言ってもやや遠方にそこしか明かりが無いから迷子になる筈は無いけどな!

 私は風の無い暗闇に身を躍らせ、とりあえず目的地を目指す事にした。



※※※※※※※※※


 ――国境付近の砦にて(隊長視点)――


 ふと違和感を感じ辺りを見回す。

 薄っすらと出ていた霧は何時の間にか少しずつ濃くなっていくようだった。

 稀にだが霧が出ることもある。そうおかしなことでもあるまい。

 副官とそう結論付けた筈だが何故か違和感が拭えないのだ。


 霧はこんなにもじっとりと重く感じるものだったろうか?


 いや、霧だけではない。何か……胸がざわざわとして警笛を鳴らす。


 兵士としてのカンなどと言ったら笑われるかもしれないが、意外と悪い予感は当たるものなのだ。

 と、その時。

 どさり、と重い音を響かせて何かが倒れた。視界は悪くなる一方だ、目を凝らすより動いた方が早い。


「おい、どうした!」


 ……その問い掛けに応えが返されるよりも早く似たような音が響き部下達の慌てる声が聞こえてくる。

 何だ? 何が起きた?

 壁伝いに歩く靴先に倒れた『物』を見つけ呆然とする。


「おい! 一体何が起きた!」

「たいちょ……からだ、が……動かな……い」

 

 体が動かない? ……この霧か? それとも砦を覆うほどの魔法か?

 だが、砦にも結界が張られている筈。ならば食事に入れられていたと見るべきか。 

 現に解毒の魔道具を身に着けている自分は何ともない。間違いなく毒の類だろう。


「くそっ!」


 部下を気遣うより己の失態に歯噛みする。

 辺境の砦だろうが『侵入を許した』という失態を見逃してくれるほど甘くは無い。

 せめて侵入者を捕らえる事ができれば。

 そんな思いに突き動かされ侵入者が目指すだろう、自分の執務室へと駆け出そうとした直後。


 ドッガァァァァン……!


 霧の中に響く何か重い物が吹き飛ばされたような音。

 そしてその後に続くのは。


『お邪魔しまーすっ! さあ、イベントの始まりだよ』


 妙に明るい、少々高めな若い男の声が霧の中から聞こえてきたのだった。

 ああ、破壊されたのは門だったのか……と誰かが絶望を滲ませ呟いた気がした。



※※※※※※※※※


 ふふ……砦の内部は良い感じに兵が倒れてますね!

 ま、解毒の魔道具を身に着けず霧の中にいればそうなるわな〜……すまんね、エキストラになってくれ。

 大丈夫! 暫く痺れてその後は一日寝こけるだけだから!

 人体実験済みだから安心していいよ!

 ああ、私は解毒作用の魔道具持ってるから効かないからね。

 


 砦に到着した私がやったのはひっそり結界の一部に穴を空ける事だ。

 そこから先生が調合した薬を霧状にして暫し待つ。

 元々結界が張られていた砦を覆う形で特定の成分を通さないようにした結界を作り、その中に霧が発生している状態ですね。流れたら効果が薄れる。 

 稀に霧が発生する場所なのは確認済み。『霧が発生する条件』とか解明されていなければ不審がられまい。

 気付かれる事を警戒して一応門近辺を見ていたのだが、逃げ出す奴は居なかった。一人くらい気付けよ。

 ……尤も効果が出るまで建物の影に体育座りで待つ私も相当間抜けだが。


 先生、我等の腕の見せ所ですよ。映像はしっかり残しておきますからね……!


 先生、名医と言われるだけあって調合の腕が凄いのだ。『こんな感じで』と言ったら希望どおりのものを作ってくれたのである。

 特に麻酔や睡眠作用のあるものは使う機会が多いから得意らしい。

 調合された液体が効果そのままで霧になるのか? という疑問は『魔法を使えばいいだろう』という一言で解消された。患者によってはそういった使い方をするんだとか。

 ……そういえばゲームのトラップにもありました、状態異常効果の霧。あのイメージでやればいいのか。

 とは言っても兵士だから耐性をつける訓練をしている場合がある。

 なので魔王様公認で人体実験決行。哀れな獲物はバクスター家から献上された。そういえば騎士だったね、赤毛。

 バクスター家まで処罰しないという約束の下、事情聴取が終わったアンディ君は派遣されてきました。

 イルフェナの騎士に効くなら大丈夫だろうという言い分の下に実験を繰り返し、あっさり完成。

 アンディ君は痺れてるか寝てるかのどちらかだったので、あまり罰になってません。

 今後は再教育が始まるし今は寝ておけとばかりに放置してきたので本人の感想は聞けなかった。今度聞こう。 


 なお、この薬の効果は『痺れて暫く経つと眠りに落ち一日は目覚めない』というもの。

 襲撃の証言をしてもらわにゃ困るのです、痺れていれば邪魔もできまい。

 犯人の特徴をしっかり見てもらわなければならないので一時的にゲーム内の姿と声に変更。

 幻影を出すのではなく自分の姿を『そう見える』ようにしている。自分で幻影纏ってボイスチェンジャー使っているようなものだろうか。 

 ただし、あくまで『そう見える・聞こえる』だけなので抱き付かれたりすると一発でバレる。

 ……実戦経験のある兵士相手だと『実態があるもの』と『幻影』の区別がつく可能性があるんだと。危険だけどこればかりは仕方ない。

 隊長格は解毒の魔道具も持ってそうだしね、そのあたりも気をつけなきゃならない。



 そんなわけで効果が出てきた頃を見計らい行動開始です。


 霧の中、砦の門を破壊して現れた人物に倒れた兵達は恐怖を滲ませる。

 気持ちは判るぞ、だって結界が張られていた筈だもんね? 

 霧を閉じ込める意味でも結界は張られたままですよー、一旦解除して新たに張っただけ。

 フード付きローブを纏った表情が見えない男? に突破された事に加え身動きできない状況なのだ、怖かろう。

 とりあえず明かりは幾つか破壊しておく。この後の演出の為です、一人でイベントを起こすのも大変ですね。


『初めまして、キヴェラの犬ども? 我等の調合した毒の効き目は如何かな?』


 わざと煽るような言い方をすると目に見えて兵士の瞳に恐怖が宿る。

 ただ、騒動を聞きつけてやってきた人物達は目を眇めただけだった。微妙に恐れてはいるようだが。


「貴様は何者だ。魔術師か?」

『あはは! まず聞くのがそれなんだ? 倒れた部下を心配しなくて良いのかい?』


 毒だと言っただろう……そう続ければ男は口元を歪めて暗く笑う。


「代わりはいくらでもいるんでね。しかも容易く侵入を許した役立たずだ、気にする必要があるとでも?」

『おやおや、捨て駒としか思ってないんだね。可哀相に』


 私の挑発に隊長らしき男は平然と部下を切り捨てる言葉を口にする。

 一応まだ聞こえてる筈だけどなぁ? ああ、頑張って睨み付けてる人も居るし。


「で? 貴様は何者だ」

『……私達は復讐者だよ』

「私『達』だと?」


 その言葉には応えずフードに手をかけ一気に顔を晒す。不意に吹いた風が霧を一瞬退け私の髪と顔が露になった。

 薄暗い中、月明かりに照らされ流れる『銀髪』、瞳の色は『緑』。女のような顔立ちでも声から『男』だと判る。

 ただし魔道具の効果で『顔』は正しく認識できないが。

 記憶に残すのは髪とか目の色です、あと性別。顔の造形じゃなくインパクト重視です。

 そこで『薄暗いのに瞳の色まではっきり見えるんだ?』と突っ込んではいけない。私も思うがそこは場の雰囲気と勢いで流してくれ、兵士達よ。


 いいか、わざわざ演出してるんだからしっかり覚えておけ? 


 都合よく風なんて吹くわけないだろ? 呆けてる場合じゃねえぞ?


 『月明かりに照らされた顔は云々』といったありがちイベントですよ、顔の出来には突っ込むな!


 しかも『復讐者』は複数設定なのです。なので当然――


 ザシュッ


「え、う……うわぁぁぁぁっっ!?」

「おい、どうし……!?」


 毒が効かない兵士達の腕や足が次々と切りつけられ血を滴らせてゆく光景に大半の者が驚愕し、次の瞬間には苦痛に顔を歪めていく。

 そんな騒ぎの中、私は魔石の魔力を辿り魔道具を破壊していった。これで彼等はそのうち立っていられなくなる。

 音も無く彼等を切りつけた人物は両手に短剣を構えた少年。ちらりと敵に視線を送ると霧に中に消えていく。


 これも幻影。ゲーム内での記憶ですよ。ついでに言うと兵達の傷は浅い。

 気配がしないのは当たり前です、風刀で切りつけたのは私だもん。無詠唱だからこそできる技。

 幻影は如何にも『切りつけました』な動きをしていただけで攻撃ができる筈も無い。攻撃を合わせただけです。 

 よく見ればおかしい事に気付くだろうが、霧の効果もあって今の彼等には無理だろう。

 そして私の周囲にも霧に隠れるように複数の幻影を出現させておく。

 気配は無いのに聞こえてくるクスクスという笑い声、腕を組んで立つ男、優雅に微笑む美女……全部ゲーム内の仲間達の幻影です。

 実在してるわけじゃないからお尋ね者になっても問題無し。割と派手な外見の連中を選んだから別人が拘束される事もなかろう。


『油断し過ぎだよ? 私は『私達』って言ったじゃないか』

「く……貴様等……」


 毒が効いてきたのか頭が回らなくなってきたらしい。

 『影がないだろ』『一体どこに居た!?』『何でお前しか喋らんの?』といった当たり前の疑問は綺麗に頭から抜け落ちているようだ。

 辛うじて立っていた全員が膝を突き体が徐々に倒れてゆく。

 嗚呼、悪役街道まっしぐらな私……! 倒れてる兵の中に正義に燃える主人公タイプがいればなお良かったのに。


『恨まれている自覚があるだろう? どうして報復する機会を窺っていると思わないかな? ……王都で面白い事が起きたみたいだから便乗したんだよ。私達にも参加する権利があるだろう?』

「王都……?」

『知らない振りかい? 王太子妃が逃げたそうじゃないか』

「「な!?」」


 多くの兵が驚愕の表情を浮かべている所を見るとこちらまで情報が伝わっていないらしい。

 いや、隊長格は知っているっぽいな。通達されたばかりで兵にまで情報が行き渡っていないか、王太子妃という立場を隠しているのか。

 それとも今はコルベラ方面や主要な町が重点的に探されているとみるべきか。

 まあ、転移法陣が使えなければ潜伏先どころか移動範囲は狭いのだけど。


『それにしても簡単過ぎる。……興醒めだね』


 わざとらしく溜息を吐くと困惑が怒りに変わった。……あと少し意識を保てよ?


『私達の復讐ってね、君達みたいな雑魚で満足できる程度じゃないんだ。他を狙った方が楽しめるかな』

「馬鹿に、する、のも……いいかげん……っに」

『事実だろう? 容易く侵入されて手も足も出ない役立たず』


 君の言葉そのまま君自身にお返しするよ――笑みを浮かべながらそう告げると男は必死に睨みつけ立ち上がろうとする。

 無理すんな? 寝転がっててもいいぞー、妥協して君に重要なポジションやってもらうからな?


『これ以上此処に居ても無駄だね。……ああ、これくらいはやっておこうか』


 そう言って片手を頭上に上げると魔力の影響を受けたローブと髪がふわりと舞った。

 そして振り下ろした直後、強い光と盛大な音と共に砦に亀裂が入る。

 光と音と振動、そして砦に付けられた人の力では成し得ぬほどの亀裂。

 それらから単純に連想されるものは――落雷。

 それまで何とか強気で居た者達でさえ目の当たりにした光景に絶句し怯え始める。


『だから言っただろう? 『簡単過ぎる』って』


 にやりと笑い背を向ける。未だ硬直したままの人々は私以外が消えた事も落雷の不自然さにも気付かず呆然としたままだ。

 種明かしすると『目も眩むほどの光』と『落雷の音』を同時に再現して砦の一部を割っただけ。リアル落雷だったらこんなものじゃ済まないって!

 単に襲撃が夢ではなかった証拠として残しておくだけなので落雷にする必要なし。

 そもそも目で認識できるほど近くに居るなら危険です。気付かないままでいてください。


 さて、最後の仕上げですよ!


 いかにも『偶然落としました・気付いてません』な状況を装い折り畳まれた紙を風に乗せて隊長らしき男の元へ送る。

 男は必死にそれを握り締め、そのまま力尽きたように倒れ込んだ。


 よし、離すなよ? 起きたらそれ持って中央に相談しろよ?


 意識はあるのに体は動かない、しかも徐々に眠りに落ちる。全員が完全に眠ったのを確認して私はひっそり退場です。

 念の為に一度戻って彼がちゃんと握り締めているか確認して。

 その後は結界を通常のものに張り直し退場。霧は集めて液体に戻し、解毒した上でその辺に破棄。証拠隠滅です。


 ふ……これこそ今回最大の罠、題して『お約束どおりに事が進むとは限らない』!


 あれですよ、ゲームのオープニングとかにある『襲撃されるけど手も足も出ず敗北、だけど犯人が残していった物をヒントに追いかける』的なイベントです。

 『炎の中を高笑いしながら消える』という退場方法は『焼死する奴が出ないのはおかしい』『砦全体に焦げた跡を残すのが面倒』といった理由により却下。地味な退場方法になりました。

 ゲームなら主人公の旅は目覚めた所から始まりますね。似たような展開の度に思うがそんなヤバイ奴をレベル一桁の主人公に追わせる王は鬼だと思う。

 ……話を戻して。

 実は折り畳まれている紙は一枚ではない。重ねて二枚あるのだよ。

 紙に描かれているのはキヴェラの地図。ただし、キヴェラが周囲の国を制圧する前の物と現在の物。

 そして現在の地図には何箇所か赤で印が付けられ、その一箇所がこの砦だったりする。


 これを見た奴はこう思うだろう……『他にも狙われる砦がある、奴等はそこに現れる』と!


 昔の地図と復讐者という言葉から『犯人は滅ぼされた国の人間』だと思いますよね?


 複数の復讐者から『組織的犯行』を疑いますよね?


 砦の状態から『強力な魔術師か魔導師がいる』と判断しますよね?


 『奴等が王太子妃を匿っているかも』と疑ってくれれば最高です。協力者の可能性が出た分、王太子妃の居場所が国内・国外どちらか不明になってくる。

 普通に考えるなら王太子妃って重要な駒になるしね、逃がすより捕獲して利用すると考えるのが妥当。

 それに国を守る事を優先するなら王太子妃の追っ手に有能な人物や魔術師を使う事は控えるだろう。

 紅の英雄に魔術師を殺されているのだ、数はそこまで居まい。そして魔法勝負になった場合を考え魔法が使える者は防衛に駆り出される。

 結果として私達が有利に逃亡生活を送れるのだ、魔術師が居ないだけでもかなり違う。

 追っ手を嘗めるなと言われ続けたのです、ならば追っ手の数と質を落とせば問題無し。

 『国の警備』『復讐者への警戒』『国内での王太子妃捜索』『国外逃亡した場合の追っ手』。戦力を分散させている事に加えて他国では大っぴらに行動できないから私達でも逃げきれる可能性・大。

 先生、私は見事遣り遂げて見せましたよ!

 師弟二人で砦を一個無力化なんて土産話としても最適です!

 ……一つ一つの行動は地味な上、魔術師レベルの魔法を複数使用しているだけなのですが。

 一番派手なのは門ぶち破りと砦の亀裂。後遺症も無いから人の被害は切り傷だけ。

 下準備頑張った! 裏工作頑張った! 悪役っぽく演技してみた! 程度です、マジで。

 魔道具使うか魔術師が数人いれば十分可能。どうにもならないのが先生の薬。

 一人でやるから色々と忙しかったのであって役割分担するなら難しい事は無いのだ。

 一人で演出・裏方・役者をこなした私は魔王様達に呆れられること請け合い。

 でも一番笑いを取るのはキヴェラだ、それは間違い無い。


 だって、この後の事は全然考えてないもん。待ち構えてても誰も行かないよ?


 先生との共同作業の為、追っ手の数を減らす為という目的なのでイベントはこれで終了。

 散々コケにしておいて申し訳ないですが続きはありませんよ、ゲームじゃないもの。

 だから握り締めた紙に霧の影響が出てない謎とか粗は結構ある。普通文字が滲んだり紙がへたる可能性あるよな……あれは防水加工してあるけど。

 捨て駒発言によって兵士を退役する人続出、今回の事を人々に広めてくれれば更に増える……となってくれれば楽しいけどそこまでは望むまい。

 あくまでイベントです。目的が達成されただけでも良しとしておこう。


 そして行きと同じ方法で帰った私を待っていたのは目を輝かせたセシル達の『何をやったか教えてくれ!』という催促だった。

 セシル達って何でも娯楽方向に考えるようにできてるからあの後宮でも平気だったのね……。


 

  

真面目に仕事をしているキヴェラ兵士の皆さんが知れば激怒しそうなイベントですが主人公に罪悪感は皆無。

ノリ的に『盛大かつ悪質な悪戯しか選択肢の無いハロウィン』。

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