本人を見て判断すべし
――王城・謁見の間にて―― (ある近衛騎士視点)
「まだ見付からんのか!」
苛立ちも露に王は報告に来た騎士を怒鳴りつける。
確かこの騎士は城下町の治安維持を担当する隊の隊長だった筈だが……それでも見付からないとはどういう事だろうか。
彼等は良くも悪くも町を知っている筈である。
たかが女性一人――しかも正真正銘王族の姫が――見つけ出せないなど信じられるものではない。
よほど手の込んだ誘拐にあったか、共犯者が匿っているか。
確かに王太子妃様の境遇はお気の毒以外何物でも無い。
残されていた侍女の日記の内容を僅かに聞いただけでも絶句するに十分だった。
寧ろ生きていた方が不思議だとすら思うほどに酷い。
王族の姫、しかも我が国の王太子妃たる方を何と思っているのか!
正義感に駆られた者やコルベラに恩を売りたい者ならば手を貸す可能性もあるだろう。
だが、共犯になるにしても利点など無いに等しい。キヴェラ王の怒りを買えば自分だけではなく一族郎党破滅が待ち受けている。
そんな危険な賭けをする者が居るとは思えず、最終的に姫と侍女が逃亡したと考えられていた。
兵を町に放ち探せば容易く見付かるだろう、と。
王太子妃様と懇意にしている者が居なかったことからも逃亡の手引きをした者がいたとは考え難かったのだ。
「申し訳ございません。黒髪の娘は何人か見掛けておりますが、どれも王太子妃様とは思えず」
「確認はしたのか?」
「はい。旅人には旅券を提示させるだけでなく、周囲の者にも滞在期間などを聞き込んでおります」
そもそも追われている人物が警戒心無く姿を晒すなどありえまい。
それは私だけでなく王や騎士もそう思っているようであった。
「そういえば……イルフェナに問い合わせた人物が居たな。あれはどういうことだ?」
王の横に居た宰相がついでとばかりに尋ねる。
……イルフェナ? あの厄介な国がどうかしたのだろうか?
宰相の僅かに期待を含んだ視線を受け、騎士は少々居心地悪そうにしながらも淀みなく答える。
「我々の質問にも動じず、鋭い指摘をしてくる娘がいたのです。『冷遇が国の意思と見られる場合がある』と。王太子妃様の予算の事を言い出したのも彼女です。もしや間者かと疑いかの国に問い合わせたのですが何処にも不審な点は無く」
「その娘が王太子妃本人と言う可能性は?」
「ございません。本人ならば目立つような言動はしないでしょう。逆に王太子妃様の顔が判らぬならば関わった職人達に聞けと助言するくらいですから」
確かに本人ならばありえない。間者にしても目を付けられるような真似はすまい。
「だが、問い合わせる程度には疑ったのだろう?」
「はい。イルフェナの返答によれば彼女は魔術師であり宮廷医師の弟子だそうです。指摘された事に関しても国の内情に全くの無知でなければ気付くのが当然かと思われます」
「そうか……」
魔術師であるならば賢い娘なのだろう。しかもイルフェナという実力者の国において。
しいて言うなら疑われるような指摘を容易く口にする事に幼さというか未熟さを感じる。
尤もそれが彼女自身が王太子妃様でも間者でもないことの証明になったのだが。
外交でイルフェナと関わった者ならばそんな未熟者を手駒として使うなど『ありえない』と言い切るだろう。
自分もかつて所詮貴族出身の『お飾りの騎士』だと甘く見て返り討ちにあった苦い記憶がある。
身分よりも実力が全て――あの国はそういう国だ。
そう結論付けたのは騎士だけでなく宰相も同じだったらしい。
期待したのか溜息を吐いてゆるく首を振った。
「まずいな……」
それまで黙って聞いていた王が洩らした言葉に宰相は怪訝そうな表情になる。
「その娘の話を聞いていた周囲の者達はどんな様子だった?」
「は? それは……興味深げに聞いていたと思いますが」
「その者達が大人しく口を噤むと思うのか?」
王の指摘に誰もが顔色を悪くした。
……それはそうだ、只でさえ夢が噂になり人々の関心が王太子妃様の冷遇の真偽に向いている。
そんな状況で新たな火種とも言うべき可能性を知ればどうなるか。
民はより不安に駆られ城に疑惑の目を向けるだろう。
いくら『王太子様の後宮に介入できない』と言っても何処まで信じるだろうか。
それ以上に明確な断罪を求め、最悪の場合暴動が起きる。
「あの娘は……それを狙っていた、のでしょうか」
「それは判らん。だが、イルフェナが自ら仕掛ける事はないだろうから可能性としては低かろうな」
「では……」
「その可能性に気付かなかったお前達の失態であり、この一年あれに好き勝手をさせてきた我々の落ち度だ」
そうだ、その娘は切っ掛けでしかない。
今気付くか後々気付くかの差でしかないだろう。何れ誰かが辿り付く可能性なのだから。
全ては……『伝統を理由に全く動かなかったこちらの咎』。防げたにも関わらず防がなかった我々の罪を他者に押し付けるような愚か者にはなりたくはない。
誰もが沈黙し顔を俯かせるのは立場は違えど自身の不甲斐無さゆえ。
私もその一人として、深く後悔している。
『何故、咎められようとも王太子妃様の状況を確認しなかったのか』と。
少なくとも公になる事だけは避けられたに違いない。
「姫を探す事は最優先だが民の不安を煽らぬよう注意せよ。必要以上に旅人を疑ってもならぬ」
「陛下、それでは他国に現状を知られる事になりますが」
「ここまで騒ぎになった以上は隠し通すことはできん! 下手に拘束すれば付け込まれる隙を作ることになろう。それに……『誠意ある行動』をすることが先ではないか?」
苦いものを多分に含んだ王の言葉に誰も言葉を返す事は出来ない。
『誠意ある行動』とは事を起こした者達への断罪だ。当然、それには王太子殿下も含まれている。
あれほどの事を起こした自分勝手な王族を民が次期国王と認めるだろうか。
何より王妃様もただでは済むまい。正妃の生んだ第一王子という肩書きがあの方を傲慢にした一因でもあるのだから。
「姫の捜索はこれまでどおりに。ルーカスを連れて参れ」
そう告げた王の表情は父親である以上に一国を担う者のそれであった。
その表情に密かに安堵する自分を自覚し目を伏せる。
例えどれほど殿下が言い訳をしようとも……王が親子の情に流される事はないのだろう。
※※※※※※※※※
「旅券を提示してくれ……よし、行っていいぞ」
町を出て行く旅人達の旅券を確認しつつ、目当ての人物が居ないか目を光らせる騎士達。
大変ですねー、御仕事頑張って。
すぐ近くに居るのに気付かない君等に同情はしませんよ? 社交辞令です。
「やっぱり滞在を切り上げた奴等が多いな」
「それは仕方ないと思うよ、ビル。封鎖されても困るし」
「確かに」
ビルさん達もすぐ近くで言葉を交わしている。
流石に夢だけでなく騎士達が走り回る状況になってくると危機感が増したのか旅立つ人続出です。
私達が滞在していた宿でも大半が今日明日にでも街を出て行く筈だ。
「つーかね、一人くらい『何故、王太子妃様が堂々と街中に!?』とか言ってもいいと思わない?」
わざと騎士に聞こえるように言ってから髪を摘んでみせる。
如何にも残念そう・不満そうに言う私に商人さん達だけでなくビルさん達までもが生温い視線を向けた。
「嬢ちゃん。姫ってのはな、気品に溢れてるもんだろ? お前の何処にそれがある?」
「嬢ちゃん……騎士様達も大変なんだからな? 冗談も程々にしとけ」
「えー……酷いですよ、小父さん達」
「ミヅキ、お前本っ当に賢さが残念な方に向いてる奴だよな」
「ビル、言い過ぎ」
「奢ってやると言ったら迷わず酒を頼む奴だぞ? これは。下手したら不敬罪だろうが」
あら、中々に酷い言われようですねー……騎士様達よ、なぜ其処で視線を逸らす?
王太子妃と認めたくも疑いたくもありませんか、そうですか。
これでもゼブレストでは『血塗れ姫』と呼ばれているんですが。
……。
容赦無しという意味だけど。粛清王の協力者的な渾名だからね、あれは。
確かに私じゃ一年も大人しくしてるなんて真似はしませんとも。
数日後には報復が開始されて王太子と殺り合ってるでしょうね……!
それは別にしても一応私も年頃の乙女なのだが。
扱いが微妙に酷くないかい、皆さん?
同じ宿だった人達も納得と言わんばかりに頷くのやめてくださいな。
ああ、騎士様達が可哀相な子を見る目で私を見ている感がひしひしと!
「でもさ、本当にどうするんだろうね? 私達はイルフェナに戻るからあまり関係ないけど」
ちら、と後ろを振り返りつつ町を後にする。
町を出てしまえば自分の目的地方面の転移法陣を目指すので目指す方向は其々違う。
ビルさん達ともここでお別れだ。
「俺達もアルベルダ方面だからなぁ……コルベラに向かう連中は止められるかもな」
「うっわ、迷惑!」
「そう言うな、必死なんだからさ。お前も小父さん達の言う事を聞くんだぞ? 問題児!」
荷物を背負い直しビルさんがくしゃりと私の頭を撫でる。
何だかんだでお兄ちゃんな二人には構ってもらいました。ありがとね。
でも、ごめんなさい。
今回の事を仕組んだのはほぼ私です。
酒場であれだけ目立てば絶対にイルフェナに問い合わせが行くだろうと予想しての茶番は大成功。
旅券を見せれば『ああ、この子ね』的な視線と共に容疑者から除外されます。
ついでに言うなら私が口にした事は盛大に広まった。酔っ払いと町の住人の情報網を嘗めてはいけません。
まあ、本命もしっかり騙されてくれたみたいだが。
町の住人達の王への評価は高い。
いや、民の評価だけではなく他国からも警戒される人物が現在の王なのだ。
下手に動いても誤魔化されてはくれないだろうと予想して『その賢さを利用した策』を仕掛けさせてもらった。
賢王ならば私個人よりも『私が酒場で口にしたことが齎す影響』を気にするだろう。
足元を危うくしたまま王太子妃の捜索を強行するような真似はすまい。
それを証拠に騎士達は住民の不安を煽るような行動は避けているようだ。
質問を投げかけられれば声を荒げる事無く対処している。その落ち着いた様に住民も不安を収めているみたい。
暴動を押さえる手段としては的確ですね。噂に踊らされる人が出るのを防ぐ方向にしたのか。
力で噂を無理に押さえ込めば逆効果。兵の焦りも当然不安を煽る事になる。
現状は『王太子妃の逃亡は事実だが既に対処していますよ』といった所だろうか。
中々やりますねー、さすが大国。
この分だと王太子含む冷遇に荷担した連中も見せしめの様に断罪される可能性が高い。
それに私に関しても酒場での接触以上の事はしてきていない。
一般的とは言い難い可能性を口にした人物に不審な点でも在れば拘束されるだろうが、イルフェナに問い合わせても旅券情報そのままです。
不当な拘束などしようものならイルフェナが介入してくると理解できているのだろう。
他国から見たイルフェナの印象というものも重要だ。これまでの歴史が国の在り方を証明している。
更に言うなら何らかの形で関わっているなら『自分が不利になるような事は口にしない』。
戦に興味の無い国 + いまいち頭の足りない身元のしっかりしたお子様
結果として『こいつだけは違うな、あまりにも平然とし過ぎている』という認識になるのだ。
何せ敵になるのはキヴェラという大国。幾ら何でも未熟な共犯者を送り込む事は考え難い。
個人的な行動だとしても故郷さえ敵になる可能性があるのだ、無謀過ぎる。
『イルフェナならばもっと優れた人物を送り込むだろう』
『間者にしてはあまりにも目立つ言動が多過ぎる』
『魔術師ならば髪や瞳の色を変える事位思いつく筈だ』
完璧過ぎれば疑われることこの上ないが、未熟な面を前面に出す事によって逆に容疑者から外れるのだ。
上層部が有能だからこそ思いつく様々な可能性を想定した上で逆方向を演じる。
ビルさん達との遣り取りも重要だ。必要以上に幼く見えれば『魔術師でも未熟』という印象を騎士達に抱かせる事ができるのだから。
それに堂々と出て行く逃亡者など普通ではありえないのだよ。そういった思い込みも私達には有利に働く。
天才・奇才・変人の産地を嘗めんなよ?
世の中には上には上どころか想定外な動きをする存在が居るんだからな?
寧ろ王が無能か小心者だったならば逆に疑われただろう。
聡いからこそ私の策に引っ掛かってくれたのだから。
そんなわけで私達は無事に王都を脱出したのだった。
※※※※※※※※※
「こんなに簡単にいくとは思いませんでしたわ」
エマが感心半分呆れ半分に言うのも御尤も。
セシルも頷いていることから同じ心境なのだろう。
馬車の中なので今回の事を話したところで問題はない。
「適切な対処をとれる人達が国の上層部にいたからだよ」
「何?」
「ああいった事態が起きた場合に取るべき行動や疑われる要素って限られてるでしょ? 優先順位をつけられる人ならば今回の対応は正解だと思うよ?」
一応説明するね、と前置きして指を折る。
「まず『民の不安を煽らない』。暴動が起きれば姫の捜索どころじゃないし内部から崩れる可能性もある。キヴェラって国内でも差があるもの、火種が燻っている可能性は高い」
表に出ないだけで納得していない人々は居るだろう。何せ広い領土は侵略行為の賜物だ。
「次に『他国に付け入る隙を与えない』。商人や旅人が運ぶのは情報、不当な拘束をして抗議されれば事情説明をしなきゃならない」
「押さえ込むことはできないか? 相手はキヴェラだぞ?」
セシルの意見も正しい。だが、問題は『旅人』という括りにある。
「一国だけならね。でもあそこにどれだけの国の人間が滞在していた? 他国の人間という括りならばかなりの国からの抗議は必至。拘束されなくても何れその可能性があるなら結束するんじゃない?」
栄えている町だからこそ商人や旅人は多い。
幾ら何でも滞在していた人達全ての国を敵に回すほど馬鹿じゃないだろう。
「それに旅人から今回の情報が他国に齎されるなら『焦りを見せず冷静に対処する姿』を見せつける事も重要だと思うよ? こんな事があっても落ち着いていられる国ってあまり無いもの。隠された情報、若しくは手段があると見るでしょうね」
実際にあるかは不明だが。
そういった余裕を見せる事で介入を控える国もあると考えるべきだろう。
キヴェラ王が恐れられているからこそ、そう見られるとも言う。
「最後に私について。イルフェナの間者にしては粗があり過ぎる言動よね? 『わざとそういった姿を見せている』か『本当に未熟で無関係』か。キヴェラを敵にするという事が前提ならば後者ととるでしょう? わざわざ疑いを持たせる利点が無いもの」
「まあ……それはそうだな」
「イルフェナがキヴェラに仕掛けるという事も考えられませんが、それにしても腕の良い間者を送り込むと考えるのが妥当ですわね」
「だから上手くいったのよ。今回は賢さが裏目に出たというべきでしょう」
そう纏めると商人さん達は複雑そうな視線を向けてきた。
「賢いのに……能力だけなら本当に十分なのに……!」
「何故、性格が残念過ぎるんだ。方向性さえ間違わなきゃ有望株なんだがな……」
「性格の悪さがキヴェラ王を上回っただけだと思います。向こうは国を最優先に考えなきゃならないけど、私は奴等を陥れたい」
「ああ……お前、ぶち壊したいだけだもんな」
「近々もう一件困った事が起きる予定です。大変だよねぇ、国を守るって」
「追い討ちか。まだやる気なのかい、嬢ちゃんや」
「悪魔だ、悪魔がここに居る……」
鬼畜と評判です。でも個人的には全然悪いと思ってません。
だって最終的に齎される結果に不満は無いもの!
今回ばかりは魔王様も呆れを通り越して頭を抱えてましたが、何か?
商人さん達もいい加減色々と諦めようよ、楽しく生きようぜ?
「ところで。何故ここまでやるんだ? 彼等を見る限りもっと穏便な策をとる予定だったみたいだが」
商人さん達に同情を滲ませつつ尋ねてくるセシルに私は笑顔で答えを返す。
「個人的に王太子大嫌い。次点で王も嫌い」
「そ……そうか」
「まあ、私もです。ミヅキの気持ち、よく判りますわ!」
判ってくれるか、エマ。
そうだよねー、大事に思う主を格下扱いされ続けた君なら理解できるよね。
思わず手を取り合い微笑み合っちゃうぞ、同志よ!
魔王様とルドルフを侮辱した事、許すまじ。
過去イルフェナとゼブレストに攻め込んだ分も含めて恨みは深いと知りやがれ。
上層部の人間が直接主人公と会っていたならば違った結果になった可能性高し。